大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第260章『予算』

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第260章『予算』

 準備した訓練用トラック十五台、内、走行不能、十五台。
 あちらでは車体が白煙を上げこちらでは油槽から泡が溢れ、どうする事も出来ずに放棄されたトラックの数々を半ば唖然呆然として見詰めながら、海兵隊総司令、高根真吾海兵隊准将が口を開く。
「……何これ……トラック十五台走行不能で内燃機関か充電池に深刻な損害って……修理費だけでどれだけ掛かるんだよ……」
「……一千万……位、かな……」
 高根の呟きの様なそれに言葉を返したのは、同じ様に立ち尽くす陸軍西部方面旅団総監、黒川龍興少将。同じ糸島出身の幼馴染の腐れ縁、周囲が車両をどうにかしようと慌しく動いている中で表向きの取り繕った態度も無く砕けた口調で言葉を交わしていた。
「……おい、龍興、お前が責任被れよこれ」
「はぁ!?ふざけんなタカコは海兵隊の人間だろうがお前が被れ!」
 そんな中、唐突に高根の口から飛び出した言葉に、聞き捨てならんと黒川が気色ばむ。内燃機関に致命的な損傷を受けている車両がどれだけ有るかにも因るが、それでも修理費は先程言った様に一千万は下らないだろう。その全責任を被れとはどういう了見だと高根の方を見れば、こちらもこちらで負けじと言い返して来る。
「この訓練のお膳立てしたのはおめぇだし総責任者もおめぇだろうがよ!おめぇが責任被れよ!」
「ふざけんな!」
「そっちこそ!!」
 一連の訓練の為に取り敢えず確保した予算は二億、その二十分の一もの金額を開始から五分で失うとは、どう考えてもどう言い繕っても責任問題に発展するだろう。近い内に統幕から派遣されて来る予定の人間が誰になるかはまだ聞いていないが、その人間にねちねちと甚振られるのは確実だ。お互いにそれなりの規模の組織の長、兵員を取り纏め率いる責任と重圧だけでもしんどい思いをしているというのに、予算配分とその責任迄押し付けられては堪ったものではないと一瞬にして仲間割れが勃発した。
 タカコがここ迄徹底的にやるとは高根も黒川も考えていなかった、全くの未経験の自分達への知識と技術の伝授、最終的に実戦に即したものになる事は想定していたが、まさか最初からこんな全力投球で仕掛けて来るとは、そんな事を考えつつお互いに責任を擦り付け合い、それが五分程も続いたか、罵る事にも疲れたのか口論は不意に途絶え、黒川が綺麗に整えられた髪をがしがしと掻きながら装備品が入れられた木箱へとどかりと腰を下ろす。
「……なぁ……俺……あいつの事甘く見てたわ……実戦に即してるどころか実戦そのものじゃねぇかこれ……」
 力無くそう言う黒川の眼差しは前方のトラックへと向けられ、何処と無く哀愁の漂うその風情を横目に見た高根もまた木箱へと腰を下ろしながらポケットから取り出した煙草に火を点けた。
「何かもうよ……大和に対してのあからさまな敵対行動にしか思えねぇんだけど……あいつさぁ……味方……の筈……だよな……一応……」
「……俺、自信無くなってきた……」
「……俺も……」
 薄く乾いた笑いを浮かべつつ何処か遠くを見詰める二人、双方共タカコが裏切ったとは微塵も考えてはいないが、それにしてもこれは、と、少しばかり現実から逃避したくなって来る。予算についてもそうだが、初撃でこれだけの損害を与えるとは、これ以降は人的被害も出て来るだろうしそれが甚大なものになる事は想像に難くない。死人を出す意図での攻撃は行うなとは厳命しいてるしタカコもそれは当然だと同意はしているものの、一体何人の負傷者入院者を出す事になるのか頭痛すらして来る始末。タカコの属するワシントン合衆国とその軍が大和よりも数段進んだ技術を持っている事は理解していたつもりだったが、初っ端からこうも見せ付けられては、と、その点についても二人はそれなりの衝撃を受けていた。
 タカコが持てる知識と技術の全てを自分達大和へと開示してくれるとは思っていない、彼女も仕える国と組織が有り、守らなければいけないものも秘密も有るのだから、それは当然の事だ。それを踏まえた上でこの惨状とは、開示しても伝授しても何等問題が無いと思われる水準でこれだけの損害を被るとは。活骸を尖兵として攻撃を加えて来ている勢力の他にも、次第によってはワシントンとも事を構える事になる、早いところ彼女の教えてくれる事を我が物として体得しなければこれから先の戦いは非常に厳しいものになるのは確実だ。
 何とも幸先の悪い、そして今後を考えれば頭の痛くなる幕開け、思い切り出鼻を挫かれたなと思いつつ、高根と黒川は市街地へと消えて行った兵士達の無事を祈っていた。
 その頃、先駆けて市街地へと入り準備をしていたタカコはと言えば、
「はーあどっこいしょーお、どっこいしょー」
 と暢気に適当な調子で歌いつつ、仕掛けの一つを仕上げに掛かっていた。ここへと戻って来る前には出陣前の指揮所へとこっそりと潜り込み車両にあらん限りの悪戯を仕掛けて来た、内燃機関と充電池は細工もし易い上に与えられる損害は機能的にも金額的にも甚大だ、爆破以外では最も効果的と言って良いだろう。非正規兵であれば確実に狙って来る、先ずはその洗礼をと思い仕掛けて来たが、近くで窺っていた様子から察するに、狙った通りの損害を与えられたらしい。
「ああ……思う存分仕掛けられるって……ス・テ・キ……うふ」
 仕上げを終えて目出し帽を脱ぎ汗を拭きつつ先程の光景を思い出しつつうっとりとした眼差しで宙を見詰めるタカコ、その彼女の耳朶を遠くから聞こえ始めた人の気配が打ち、そろそろここを離脱するかと歩き始める。
「さーて……先ずは……一番厄介な相手を潰しておくかね」
 その口調は実に軽やかに弾み楽しそうで、足取りは踊る様に軽い。そして、
「はーあどっこいしょーお、どっこいしょー」
 と、適当な調子で再び口ずさみつつ、目出し帽を被り直した小さな背中は市街地の中へと消えて行った。
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