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第249章『絡み酒』

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第249章『絡み酒』

「自慢の妹だったんだぞ!可愛くて気立てが良くて家事全般完璧で頭も良くて!俺は大学に行かせて社会に出すべきだって言ったのに、馬鹿親父が許婚だとか言う馬鹿そうな男に嫁がせやがって!しかもあの糞男と糞親、三年子無きは去れとか時代錯誤にも程が有るわ!聞いてるのかタカコ!先任!てめぇもだ!」
「あー……はいはい、聞いてるから、うん、聞いてるぞぉ」
「なら良いけどよ……それで向こうから離縁してくれたと思ったらよ……今度は司令だよ……あの屑中年に拾われてしかも孕まされてるとか……妹の唯一にして最大の欠点は男運が無いところだ!」
「真吾が屑だってぇのに異論は無ぇが、清々しい位に言い切ってるな、普通もう少し自重するだろ。まぁ本人いねぇから好きに言やぁ良いがよ」
 夜の中洲、その一角の屋台で三人並ぶのはタカコと敦賀、そして島津。島津を真ん中にして三人で長椅子に並んで腰掛け、島津は只管焼酎や酒を煽り、両脇の二人はやれやれといった面持ちでその様子を眺めつつ思い思いの物を食べている。
 日中の再会劇の際、興奮した所為か凛が腹が張ると言い出し、真っ青になった島津が彼女を陸軍病院へと連れて行った。幸い大事は無いという事で入院はせずに済んだものの日中はそのまま寝台を借りて安静にし、夕方になってから仕事を片付けた高根がやって来て自宅へと連れ帰り、付き添いの御役御免となった島津は基地へと戻った。丁度そこで鍛錬を終えて道場から戻って来たタカコと敦賀と出くわし、二人を捕まえて半ば無理矢理にこうして中洲へと出て来たのだが、可愛がっていた歳の離れた妹が屑の悪名も高い高根のものになったのが余程衝撃だったのか、酒が進めば進む程にじっとりと湿った空気になり、付き合わされている二人としては堪ったものではない。
「お前等妹が司令のところにいるって知ってたのか!知ってて黙ってたのか!」
「知らねぇよそんなの、私だって聞いたの今朝だぞ、凛ちゃん迎えに行って連れて来てくれって言われて、その時に初めてお前との関係聞いたんだよ」
「司令と凛が同棲してるのは知ってたんだろうが!名前も!」
「いや、そら知ってたけど」
「ほら見ろ!知ってて俺に隠してたんだな!」
「前後関係がおかしいだろうが阿呆!」
 完全に絡み酒が入っている、その内にめそめそと泣き出したのを見て泣き上戸もかと更にうんざりした面持ちになる二人、島津はそんな両側の様子等気付く事も無く、それから二時間程延々と、二人へと絡みまくりつつ高根への恨み言と妹が如何に素晴らしいかという事を繰り返し続けた。
 やがてすっかりと酔い潰れてしまった島津、その様子を見てタカコと敦賀は顔を見合わせて溜息を吐き、島津の懐から財布を取り出した敦賀が
「親爺、勘定」
 とそう言ってさっさと支払いを済ませ、完全に前後不覚になってしまっている島津に肩を貸し、タカコがその横を歩く形で屋台を後にして島津の自宅へと向かって歩き始める。
「……お前、仁一に全額出させたろ、勝手に財布出して」
「当たり前だ、聞きたくもねぇ愚痴に付き合ってやった上に家迄送り届けてやるんだぞ」
「まぁ確かに……しかし、よっぽど不満なんだなぁ、凛ちゃんと真吾の関係」
 人気も少なくなった深夜の道を歩く二人、敦賀に担がれた島津を見て、苦笑いを浮かべつつタカコがそう言えば、微かに眉根を寄せた敦賀が言葉を返す。
「当然だろうが、真吾の『男としては屑』って評価は不動のもんだぞ。任官から十八年、士官学校時代も含めれば二十二年間の積み重ねだ、自業自得だろ。歳の離れた可愛い妹がその屑に孕まされたとか、反対どころか叩っ斬っても責められねぇだろうよ」
「え、じゃあお前も妹さんが凛ちゃんの立場になったら大反対する?」
「問答無用で真吾を斬り捨てるな、俺なら」
「わぁお……しかし、真吾と凛ちゃん、上手くいくと良いねぇ」
「……お前な、どうしてそう人の事ばっかり心配だの何だのしてるんだ。ちったぁ自分の事も考えろこの馬鹿が」
「えー、私は別に心配したりとか悩まないといけない事なんか何も無いし。何も悩み無く能天気に生きてるから、人の事あれこれお節介焼いてる位が丁度良いんだよ」
 島津を引き摺って歩きながらの会話、タカコから発せられた言葉に更に険を深くした敦賀が立ち止まり、倣って立ち止まったタカコを見下ろして口を開く。
「……本気で言ってるのかそれ」
「は?なーに恐い顔して――」
「刺されて死に掛けたのは誰だってんだ?それ以前に真吾の家で泣いてたのは誰だ、その後もあれだけ大泣きしてたのは、誰なんだ?」
「……それは……」
 周囲に気を遣い、そして自分に対しては気を遣わせない様にというタカコの分かり難い気遣い、それでも自分を軽く扱い過ぎだと流石に敦賀がそれに苛立ちを見せ言葉を荒げ、その気迫にタカコが押し黙れば、畳み掛ける様にして敦賀が言葉を続ける。
「てめぇが色々と抱えてるのはもう充分に分かってる。それがどういう内容なのか俺に全部話せとは言わねぇ。だけどな、それを無かった事になんかするんじゃねぇ、俺も真吾も龍興も、他の連中だってどれだけてめぇの事を心配したと思ってる。退院した今となっては他の連中はともかく、俺と真吾と龍興は今でもてめぇの事を色々と考えてるんだよ、それが見当違いだとでも言いたいのか」
「……そういうわけじゃ……」
「そう言ってるんだよてめぇは。こんな稼業で女の身で人間取り纏めてりゃぁ強がるのも虚勢張るのも必要なんだってのは分かるがな、俺等の、俺の前で迄やるんじゃねぇよ、バレバレなんだよてめぇのそれは。前にも言っただろうが、重けりゃ渡せ、寄っ掛かれ、体格も力も全然違うだろうが、てめぇは女で俺は男だ、理由なんかそれで充分だ、ぐちゃぐちゃくだらねぇ事考えてんじゃねぇよ」
 少々きつい口調ではあるものの務めて静かな口調で話す敦賀、タカコは痛いところを突かれたのか押し黙り、
「……すまん」
 と、小さな声でそう言った。
「……とにかく、こいつをさっさと家に届けて帰るぞ、これ以上遅くなれば嫁さんも良い顔はしねぇだろうしな」
 しょげ返ったタカコの様子に敦賀は目を細め、小さく溜息を吐いて再び島津の自宅へと向けて歩き出す。
「傷の具合はどうなんだ」
「もうだいぶ良いよ、銃も太刀も扱うのには問題無い。まぁ随分鈍ってるから先ずは体力戻さないとだけどな」
「そうか、無茶はするなよ……俺の腕と目の届かないところに一人で行くんじゃねぇぞ」
「……うん、ありがと」
 夜道に小さく響く会話、月の光を受けて伸びる影。静かに、夜は更けていった。
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