大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第225章『逝く者、留まる者』

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第225章『逝く者、留まる者』

 第二次博多曝露、タカコが考案し鳥栖曝露で初めて使用された戦法は博多でも遺憾無くその威力を発揮し、長い活骸との戦いの歴史の中、初めて兵士に戦死者を出さない快挙を成し遂げた。事前の情報提供が奏功したのか逃げ惑い活骸に食われる民間人も大幅に減少し、逃げ遅れた者の他には子供を迎えに行こうとしたと思われる家族や、時機悪く学校を休み自宅にいる時に活骸化した子供に食い殺された家族等、二百名程度が犠牲となったのに止まった。
 飛躍的に改善した損耗率と民間の犠牲者数、決して大っぴらに喜ぶ事の出来る状況ではないものの政治的軍事的に見て今回の第二次博多曝露は大きな転機となり、中央――、京都に関しては明るい空気が漂っている。
「……タカコ、行くぞ」
 制服を纏い喪章を左腕に付けたタカコが佇んでいるのは大和海兵隊国立墓地、真新しい大きな盛り土を前に微動だにしない彼女に、その横に立ち礼服を纏い喪章を付けた敦賀が声を掛けて肩へと手を掛ける。
「……初めて兵士に戦死者が出ない戦いになったのに、何で……葬儀やってるんだろうな」
 誰に言うでもない様にぽつりと呟くタカコ、敦賀はその言葉と様子に小さく息を吐き、
「……生きる意味を失った……そういう事だろうよ……思い止まって欲しかったがな」
 そう言いながら肩を抱く手に力を込め、タカコと同じ様に盛り土を、その下に埋葬された部下の生前の姿を思い出していた。
 風邪をひいて休んでいた小学五年生の長男が活骸に変異し、妻と二歳になったばかりの長女を食い殺し、長男自身は更なる『餌』を求めて外へと出たところで恐らくは海兵隊が撃ち殺した。風邪で休んでいるのだから無事だと必死に自分に言い聞かせ続け、該当する家族持ちのみに特別に許可された帰宅時に彼が見たものは、血塗れの自宅と食い散らかされた妻と娘の遺体、そして、通りに並べられた活骸の死体の内一体が身につけていた息子の寝巻き。その後の嘆き様は激しく居合わせた陸軍兵も海兵隊員も誰も言葉を掛ける事は出来ず、一頻り号泣した彼はふらふらと立ち上がり何処かへと消えて行き、指定された帰投時間になっても基地へと姿を現す事は無かった。
 その彼の遺体が発見されたのは終結が宣言されてから三日後の事、いつ迄経っても戻らないのを探しに自宅へと何度目かの訪問をした海兵の一人が、彼が寝室で首を吊り死んでいるのを発見した。妻も子もいっぺんに全て亡くし、我が子の一人は自分達海兵隊が手を下した、そんな惨たらしい現実には到底耐え切れなかったのだろう。
 彼だけではなく他の小中学生の子供持ちも同じ様なもので、妻が生き残っていたから、妻と高校生の子供が生き残っていたから、妻も中学生の子供も死んだが幼稚園に通う子供だけは生き残っていたから、そんな理由で辛うじて心を現実へと繋ぎ留めているに過ぎない。
 そんな愁嘆が周囲に溢れているのに戦果を喜ぶ等出来様筈も無くそれ以前にそんな気持ちすら湧いて来ず、博多全体が重苦しい空気に包まれている。
「……平気か?」
「怪我か?平気だよ」
「違ぇよ……分かってるだろうが」
「……私が子供を亡くしたわけでもない、問題無いよ」
 違うだろう、タカコの言葉に対して喉迄出掛かったものは何とか飲み込んだ。凛に抱き締められて泣いていた姿、荷台で二人きりになった時の号泣、問題無い等有り得ないのは明白なのに、あれ以来拒絶されている事が伝わって来る。泣き止んだ後はすっかりと落ち着いた様に見えるタカコ、表情も態度もいつも通りには見えるものの、心理的にははっきりとした拒絶を感じる様になった。頼れ、寄り掛かれ、半分寄越せ、今迄に数度彼女へと告げた自分の想い、結局伝わっていなかったのか、それとも伝わっていて尚拒絶するのかと小さく歯を軋らせた。
「……戻るぞ、雪も降って来た」
「……うん」
 他の者達はもう基地へと戻った、自分達もそろそろ、と肩を押して歩き出せば逆らう事もなく並んで歩き出す。道中で思い出すのは曝露が知らされる前の平和な日常、何事も起きなければ課外になった後は大部屋で酒を呑みながら説教の続きをしていた筈だ。そこにはタカコもいて、きっと彼女は真面目には聞かないだろうから自分がそれを怒り、周囲がまぁまぁと宥めて、その繰り返し。そしてその内グタグダになってただの飲み会と貸し、最終的に中洲へと繰り出していたのだろう。その後は気心の知れた者同士に分かれて店を変えたり、家族持ちは帰宅したり、そうして自分はタカコといつもの様に連れ込み宿へと入ったのかも知れない。くだらない、どうしようもない、そして平和な日常、今はもう遠い過去の事の様だ。
 あの日々が二度と訪れないという事は無いだろうが、気を持ち直す迄は長い時間が必要だろう、自分自身あの時の様な気分には当分なれそうもない。タカコは、と考えて傍らの彼女を見下ろしてみればこちらもやはり表情は沈んでいて、せめて彼女の心の痛みだけでも和らげてやりたいと思う。
「……!」
 人の気配を感じて顔をそちらへと向けてみれば、カタギリとウォーレンとジュリアーニの姿、彼等もまたタカコの事だけでなく大和に、博多に齎された惨劇に多少は感じるものが有るのか、やはりここ数日の表情は何処と無く沈んでいる。
 生き残った者、恐らくはその全ての心を支配する暗く重いもの、今のこの曇天の様だと雪がちらつく空を見上げ、口元を僅かに歪ませて目を細めた。
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