大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第222章『絶望』

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第222章『絶望』

 敦賀の下に博多での曝露が知らされたのは、大部屋でソファに踏ん反り返り曹長達を立たせて説教をしていた時。
「発生源は、は、博多全域の小中学校!子供ばかり、さ、三千名規模の曝露です!!」
 大部屋へと飛び込んで来た下士官、そのあまりに血の気の失せた様子に理由を尋ねれば、彼の口から出た言葉に大部屋の空気は一気に凍りついた。電車もバスも運賃は決して安くない、自家用車を持っている家庭等ほんの一握りの富裕層、そんな環境であれば俸給が良いとは言い難い軍人が基地の近隣に居を構えるのは至極自然な事で、海兵隊も例外ではなく営舎に入らず営外で生活している者は全員が博多に居を構えている。結婚している者は当然そこに家族がおり、発生源は限定されていたとは言え、一昨年の博多曝露の際には数人の海兵隊員が家族を失う結果となった。
「……小……学校……?」
 一度は将来を誓い合ったものの愛想を尽かされたり、そもそも出会いも機会も無く未婚だったりと独身者の多い現在の曹長達、それでも少数ながら妻と子を持つ者もおり、彼等は下士官の告げた内容に弾かれる様にして廊下に向かって走り出す。
「止めろ!行かせるな!」
「離して下さい!息子を!息子を迎えに小学校に行かないと!」
「行ってどうなる!無駄死にする気か!!」
「俺も娘達が!」
 一気に殺気立つ室内、咄嗟に押さえ込めと命令した敦賀とそれに従う独身者達、そして、その彼等を振り払い学校へと向かおうとする父親達の揉み合い。我が子の身を案じての力に独身者達は吹き飛ばされて床へと転がり、敦賀はその様子に舌打ちをし、残った数名と視線を合わせて頷き合い、体当たりをかまして続いて拳を腹に叩き込み無理矢理床へと捻じ伏せた。
「離して下さい!俺が抗体持ってて嫁にも引き継がれてるなら子供にだって――」
「三次獲得は無いって結果が出たのを忘れたのか!お前等の子供が今日学校に行ってるなら、潜伏期間の昨日と一昨日の二日間を学校で過ごしてるなら、今お前が迎えに行っても無意味なんだよ!分かるだろうが!!」
 何処迄抗体が受け継がれるかという事は関係者の誰もが強い関心を寄せており、諸々の研究の中核の一つだった。そして、第一獲得者から第二獲得者間での二次獲得のみで、それ以降は母子間でも性的接触でも体液の曝露でも受け継がれないと判明したのはつい最近の事。被験者として協力していた家族持ちの海兵にもそれは知らされており、それを覚えていない筈が無いだろうと敦賀が怒鳴りつければ、それがとどめとなったのか押さえ込まれた父親達は雄叫びの様な泣き声を上げ始める。
 息子が、娘が、春には高校に上がる、中学に、海兵隊に入隊すると言っていた、口々にそう言い募り声を放って泣く姿に独身者達も涙ぐみ、敦賀も流石に堪らずに顔を逸らす。この父親達は今回の掃討戦ではもう使い物にはならないだろう、血迷って妙な考えを起こさない様に隔離しておかなければ。
「……直ぐに司令からの発令が有る筈だ、いつでも出られる様に態勢を整えておけ。こいつ等は……取り敢えず営倉に、大切な兵員を失うわけにはいかん……良いな?」
「了解……しました」
「直ぐに動け、俺は司令のところに行って来る」
 もうこの場にはいたくない、そんな思いに駆られながら何とか指示を出して大部屋を出る。背後から聞こえて来るのは父親達の慟哭、敦賀はそれに顔を歪め歯を軋らせ、脇の壁に一つ、拳を叩き込んだ。
 未だ妻も子も持たない我が身、それでもそう在って欲しいと望む存在が有る今、我が子が同じ状況に置かれたらと思うと気が狂いそうになる。そうなった時に自分は職務を取るのか我が子を取るのか、考えても簡単に答えは出ず、言い表し様の無い感情が噴き出しそうになるのを抑え込みながら総司令執務室へと入った。
「敦賀、博多で曝露だ。直ぐに掃討の為の編成を組む、お前は分隊の指揮を」
「ああ……タカコは?分隊の構成はあいつに任せたい、何処にいる?」
 タカコ、その言葉に高根の肩がぴくりと揺れる、何が有ったのかと問い掛ければ、彼は大袈裟に舌打ちをして吐き捨てる様にして口を開く。
「活骸発生の報を聞いた瞬間に飛び出して行きやがった、凛がって言ってたから、多分俺の家にいる……出撃したらその序でに回収してくれるか」
「……分かった」
 いつも冷静に事に当たるタカコ、その彼女がたった一人の為に飛び出して行くとはらしくない、そんな思いは敦賀だけでなく高根も同じなのか、予想外の行動に戸惑いと苛立ちを隠せない様子が伝わって来た。それでもその事にばかり固執してもいられない、今は目の前に起きている惨事に対処しなければ。
「……活骸、殆ど子供だって聞いたか」
「ああ……博多全域の小中学校が発生源だとか」
「嫌な……戦いになるな」
「……ああ」
 思うところは同じ、大切な部下達とその家族を襲ったのであろう無慈悲な惨劇。一昨年の侵攻では家族が活骸化した者はいなかった様だが、活骸に襲われたり火災に巻き込まれたりで家族に犠牲者が出た。それだけでも深い悲しみに暮れる者がいたというのに、今回は自分達の手で戦友の家族を殺さなければならないのだ。この戦いが終わった後海兵隊をどれだけの嘆きと苦しみと無力感が襲うのか、想像もしたくない。
「……それでも……俺等は自分達に課せられた役目を果たすだけだ」
「……ああ、そうだな、準備、頼むぞ」
「ああ」
 立ち止まる事も拒否する事も許されず、突然目の前に現れる敵を只管に殺すだけ。『敵』、その概念すら不確かになりそうだ、敦賀はそんな事を思い自嘲じみた笑いを薄らと唇に浮かべ執務室を後にした。
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