大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第203章『献杯』

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第203章『献杯』

 鳥栖市街地の活骸発生から三日目に入った深夜、大和海兵隊一個中隊は博多の本部基地へと帰還した。戦死者二十三名、負傷者九十八名、決して少なくはない犠牲を出したものの従来の戦法と比べ格段に向上した損耗率、それが生き残った者のせめてもの慰めとなっている空気の中、それとは少々違う空気を発しているのがタカコの部下達だった。友軍という意識も無い大和海兵隊や陸軍の損失等に痛みは殆ど感じないのかいたましそうな面持ちになる事も無く、かと言って笑顔を見せるわけでもなくただじっと黙ったまま帰還後の処理の喧騒の中地面へと座り込んでいた。
 やがて後処理も終わり海兵達が営舎や本部棟の中の空き部屋へと休息の為に引っ込んで行く中、身体の空いたタカコと敦賀とカタギリ、そして高根が三人のところへとやって来た。
「ようお前等、生きてたか」
「ケイン!そっちこそ!」
「命根性汚ぇなぁ」
「それは本国にいた俺達じゃなくてお前とヴィンスとマスターが言われるべきなんじゃないのか」
「ヴィンスは?」
「ああ、あいつは陸軍担当だからまだ鳥栖にいるだろうな、活骸の死体の処理に当分掛かりきりだろ。何せ一万体だ、焼却するにしても埋設するにしても相当時間が掛かると思った方が良い」
 数年振りになる再会、笑顔で悪態を吐き合うカタギリとジュリアーニ、冷静に言葉を返すウォーレンとマクギャレット、そして、そこに歩み寄り労わりの言葉を掛けるタカコ。自分達とは全く異なる意識と指揮系統の中に在る彼等、高根と敦賀はその様子を何も言わずに見詰めていた。ワシントン人の彼等に対して大和人やそれが構成する海兵隊や陸軍、その損失を悼めと思わないわけではないが言えた事ではない、命の危険だらけの任務の中で戦友と再会出来たのだ、それを喜び労わる事は誰に責められるものでもないのだろう。
 と、そんな事を思いつつも様子を見ていた二人へと向かいタカコが声を掛けて来たのはそんな時、
「戻ったばかりで悪いが、こいつ等を中洲に連れ出しても良いか?上陸からこちらまともな食事をしてないと思うんだ。マリオとジェフは見た目が大和人じゃないし、リーサも火傷が有るから見た目の印象が強過ぎるだろう?」
 彼等は人前に出る事も出来なかった筈だからと続けるタカコに、敦賀と自分が同行するのなら、高根はそう言葉を返す。タカコの事は信用に足る人物だと思ってはいるものの彼女の部下に迄それを無条件に適用する気は毛頭無い、少しでも多く彼等の挙動を見て自分の中に情報を蓄積させなければ、それが高根の意図するところだった。
 そんな思惑を抱えて出た深夜の中洲、普段よりも遅い時間帯の上に鳥栖へ博多駐屯地の多くが出動しており人通りはずっと少ないが、それでも夜通しの営業はいつもと変わらず、一行は高根の行きつけの店のいつもの座敷へと落ち着いた。
「よし、お前等、今日は思い切りやれ。上陸してから数ヶ月、大変だったと思うがよく耐えてくれた……有り難う」
「おいおい、タカコよ。お前な、人のカネで『思い切りやれ』は無ぇだろうよ」
 いつもの流れであれば金を出す事になるのは高根、その彼がしょうがない奴だとでも言った様子でタカコへと声を掛ければ、返されたのは普段の悪戯っぽい笑いではなく、真っ直ぐな眼差しと言葉。
「彼等は私の大切で優秀な部下だ、その彼等を労うのに他国の指揮官の財布を当てにする程ワシントン軍人は落ちぶれちゃいない。この間お前から出してもらったばかりだろう?手持ちは余裕が有る、今日は私が全て持つよ、高根総司令」
 その言葉にはっとして見てみれば、カタギリを含めたタカコの部下四名の視線が自分へと向けられている事に高根は気が付いた。タカコと同じ様な真っ直ぐな眼差し、そこに含まれる幾許かの警戒心と、そして、
『これが我々が頂く指揮官だ。この人は貴方方の仲間ではない、我々の指揮官だ』
 という強い意志。
 彼女の言う千日目迄残り五ヶ月、二年四ヶ月を共に過ごしその間に両者の間の境界をひどく曖昧にしていたのだと思い知る。タカコは他国の有能な軍人であり指揮官であり、自分と同じ様に部下を率いて生きて来て、そしてこれからもそれは変わらないのだろう。
「……そうだったな、非礼を詫びるよ、シミズ大佐」
「他人から見たら下らなかろうが、絶対に譲れない一線ってものが有る……部下の前だから余計にな」
 指揮官同士顔を見合わせて小さく笑い合い、注文を取りに来た店員に先ずは飲み物をと言うタカコを見ながら、高根は自分の企みが決して成功しないであろう事を実感していた。
 自分より八歳も年下という若年且つ女性の身でありながら大佐という階級を持ち、更には特殊部隊の指揮官の任に在るタカコ、その心は何物よりも強くしなやかで、例え子を孕んだとしても自分とその役目を見失う事は無いだろう。そうなったとして、きっと彼女は子を宿したまま帰国する、敦賀か黒川のどちらを選ぶのかは分からないが、任務や立場と男を秤に掛けたとして、後者を選択する事は決して無いだろう。
『彼等は私の大切で優秀な部下だ、その彼等を労うのに他国の指揮官の財布を当てにする程ワシントン軍人は落ちぶれちゃいない』
 先程のあのたった一言で分かってしまった、そんな自分が恨めしいし、男として彼女を望む様な事にならなくて本当に良かったとそう思った。
「皆飲み物来たか?」
 高根のそんな思いは知らずに部下へと笑顔を向けるタカコ、彼女のその後の所作と言葉に、終わりが確実に近付いている事を高根は感じ取る。
「それじゃ……活骸との戦いに斃れた、全ての大和人とワシントン人に……彼等に」
「彼等に」
「彼等に」
「彼等に」
 言葉と共に掲げられるコップ、高根と敦賀もまた、それに続き静かにコップを手に取った。
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