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第477章『大博打』

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第477章『大博打』

『何を……言っているのか、我々にはさっぱり――』
「誤魔化そうとしても無駄ですよ。我々大和軍は、あなた方ワシントン正規軍と博多沖に突如として現れた侵攻艦隊、そして、シミズ大佐が同一の組織に属する存在だという確証を得ています」
 先に口を開いたのはテイラー、その言葉が終わるのを待ち通訳をしようと構えていた金子に先んじて、テイラーの言葉が理解出来ている筈の無い黒川が口を開く。応接机の上に乗っていた書類の山へと手を伸ばし、その中の一束を手に取りテイラー達へと向けて中身を示しながら、身体を起こし浅く座り直し、ずい、と、上半身を乗り出して見せた。
「こちらがあなた方ワシントン軍正規軍の兵器の写真です。ホーネットは、兵装だけではなく塗装も侵攻艦隊と全く同じ、この二枚の写真に、何か違いが有りますか?そして、塗装こそ違っていましたがシミズ大佐とその部下が乗り込み最後の戦闘を行っていた機体も、兵装は全く同じでした。こちらがその写真です」
 言葉と共に机上に並べられていく写真の数々、いつの間に撮られていたのか、そう思ったテイラー達が僅かに険を深くし口元を歪めるのを見て薄く笑いながら、この機会を逃すものかとばかりに、黒川は畳み掛ける様に言葉を続ける。
「写真だけではありません、博多郊外の山中にホーネットが数機墜落しています、いずれも侵攻艦隊の指揮下に在ったと思われるものです。その残骸や積載されていた兵器も回収して精査しましたがその全てに『U.S.A.F』の刻印や印字が有りました……United States Armed Forces、合衆国軍、とね。そして、これは我々大和軍がシミズ大佐を保護した時に彼女が搭乗していたと思われる機体と、そこから回収された各種の兵器の写真です。こちらにも、全く同じ文字が刻印されていましたよ」
 三年前、タカコを保護した際とその後に、高根の命令の下海兵隊の手により対馬区に散らばった残骸は可能な限り回収され、それは詳細に纏められ、それ等を記した資料は総司令執務室の金庫の中で厳重に保管されて来た。軍人としての当然の行動だが、ワシントン側としては格下の相手と見ていた大和側がそこ迄周到に立ち回っているとは考えていなかったのか、次々と提示される写真とそれに続く金子の通訳に、流石に動揺の色をその顔に浮かべ始める。
 タカコは兵器が押収された事は当然知ってはいたが、目録についても彼女の方から触れた事から考えても、資料や写真の存在についても理解していたのだろう。それでも、大和での自分の立場を守る為、そして、仮初めの口約束とは言えど、同盟相手たる大和軍の領分を尊重し黙認して来たに違い無い。
 対決姿勢をとる事になれば、その諸々の証拠はワシントン側にとっては致命的ですらあった。そこ迄周到に隠そうとしなかったのは、そして、こうして突き付けられる迄思い至らなかったのは、偏に大和という国とその国軍を格下と見ての事。
 そして、黒川はその事を、恐らくは大和軍に属する軍人の中で、誰よりも正確に理解していた。北米大陸を支配する巨大国家、そこが擁する強大な軍隊。そんな組織が、極東に存在する国力も貧弱と思しき小国の軍事力やそこが有する能力等、必要以上に重要視する筈が無い。黒川のその見通しは正鵠を射ていたという言葉ですら生温い程に的確で、ワシントンとの邂逅が現実のものとなった時、彼の採った行動は、三つの陣営の写真情報を可能な限り集める事だった。
 そうしてどんな些細な事でも情報を集めそれを蓄積しておけば、その後の交渉に於いて有利に働くであろう事は確実だった。事実、彼等は侵攻艦隊を正規軍の叛乱だとは認めず正体不明の勢力扱いし、自分達は大和の危機を救いに来た英雄なのだという絵図面を死守しようとしている。そして、同じ理由からタカコ達の部隊の介入やその存在すら認めず、交渉をワシントンに有利に運ぶ為に動いている。
 自分が彼等の立場なら、先程黒川はそう言ったがそれは本心であり、だからこそ、彼等が何をどう突っ込まれるのが一番嫌なのか、それも手に取る様に分かっていた。高根も副長も軍人としてずば抜けて有能ではあるものの、自分よりも余程実直で、こんな駆け引きには向いていない。それも分かっていたからこそ、この交渉が始まる前に黒川の口から二人へと
「今回の交渉、全て私に任せて欲しい、お願いします」
 と、そう言って頭を下げもした。
 これは自分の戦い、踏み止まる武力、それこそが大和陸軍の誇りなのだ――、黒川は自らにそう言い聞かせ、苦虫を噛み潰した様な面持ちになっているワシントン人二人へと向かって更に言葉を続ける。
「ホーネットの扱いに関して、ワシントン軍はどうやらまだそれ程練度が高まっている様子ではないですね、機体や兵装の真新しさから推察するにそれは間違い無いでしょう。開発され制式採用されたばかりの新兵器、侵攻艦隊がワシントン軍と何の関わりも無い正体不明の勢力なら、シミズ大佐とその部下達がワシントン軍と何の関わりも無いのなら……何故、最高機密と同等の扱いを受けているであろう最新鋭の兵器と全く同じものを、彼等は所有し運用していたんです?それとも、軍事機密が簡単に流出してしまう程、ワシントン軍の機密管理は杜撰だという事ですか?」
 その言葉を金子が通訳するが、表情と空気が重くなるばかりで反応は無い。それでも、相当に追い詰めた、王手迄は後少し、黒川は逸る気持ちを抑え努めて冷静に振る舞いながら、止めの一押しとなる言葉を吐き出した。

「認めなくても構いません、立場上出来ない事も理解します……ただ、少し考えてみて下さい。今は我々三人を含む極少数しか知らない、我々が所有するこの膨大な情報を、我が国の政府が……そして、国民が知ったとしたら……貴国が我が国で展開しようとしている政策や戦略は……どうなるんでしょうね?」
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