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第475章『計画』

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第475章『計画』

 博多沖に突如として姿を現した大艦隊、先んじていた同規模の艦隊は睨み合いから戦闘を経て制圧され、制圧艦隊の包囲の下、一週間程で海域からは姿を消した。大和近海を離れる迄は沿岸警備隊が監視と追跡を続けていたが、済州島の方向へと消えて行った事から、恐らくは済州島に設置されていたという前線基地へと向かったのだろう、事のあらましを知っていた三軍の九州地域の責任者三人はそう見当をつけた。
 それから数か月後、同じ方角から小型の艦艇が姿を現し、そこに乗艦していたワシントン合衆国の国防長官を名乗る男が持参した、合衆国大統領から大和国総理大臣へと宛てた親書が大和軍を経由して総理大臣へと届けられた。その後に、大和とワシントン間の国交の樹立と軍事同盟の締結が決定され、そして国内へと向けて宣言される事となった。
 政府、内閣の中でどんな遣り取りが交わされたのかは分からないが、それでも相当熾烈な駆け引きが為されたのだろうという事は想像に難くない。どの大和人にも経験の無かった『外国との接触』、それを今後継続して行うという事について警戒心や恐れを抱くなという方が無理だろう。国交の樹立と同盟の締結、やらなければいけない事は幾らでも有る。通貨単位や物の価値が全く違う二国間での金品の遣り取り、何を基準に夫々の通貨単位に相手の通貨単位をどう当て嵌めるのか、そんな案件に対処する為に財務省に新設された外交部の明かりはもう何か月も消えた事が無い、そんな話は九州にいても聞こえて来る。
 軍部も忙しさはそう大して変わらず、対馬区を北上して戦線を大陸側へと推し進める為に大和軍とワシントン軍が共同歩調をとり、双方の得意分野を互いに伝え合い全体の練度を高める為の軍事訓練を恒常的に行う事が決まったのは少し前の事。それから、高根も黒川も浅田も、そして全権大使の任を国防長官に渡したテイラーやグレアム、両軍の高官全員が忙しく働き続けていた。
「……疲れた……嫁と子供の顔が見たい……」
 大和海兵隊基地本部棟、その中の総司令執務室では部屋の主である高根が応接用のソファに身を投げ出しており、その向かいにはやはりぐったりとした様子の黒川が同じ様に仰向けになっている。
「見たいのは分かるが京都だろ、何か中央に用事でも無けりゃ行くのもなぁ」
「出産は立ち会うって決めてたのに無理だったし……もうやだ」
 高根の妻である凛、副長の自宅に保護され手厚く面倒を看てもらっていた彼女が元気な双子の男の子を出産したのは、前代未聞の戦闘の終結から一ヶ月程後の事。産気づき病院に運び込まれたという事はその日の内に副長を経由して知ってはいたものの、状況的にも距離的にも夫であり父親である高根が駆け付ける事は到底不可能だった。第一報から丸一日以上経過してから、無事に生まれ、母子共に健康状態は良好であるという連絡を受ける迄、普段の飄々鷹揚とした佇まいを忘れたかの様な挙動不審な高根の様子は、今でも揶揄いや酒の席での肴になっている。
 そんな彼が妻と子供の許へと駆け付けたのは、ワシントンからやって来た国防長官が首都京都へと入った日。放棄車両の片付けも完全ではない陸路では、時間が掛かり過ぎるという理由から、海兵隊基地から京都迄ホーネットを利用する事が双方の合意の下に決定され、国防長官を含めたワシントン側高官と、その案内役という名目で大和軍からは高根と黒川、そして副長が同乗し京都入りが実行された。その後黒川や副長の計らいにより、短時間の間ではあったものの高根のみが一行から離脱し、ほんの数時間程の短い間、親子四人は水入らずの時間を過ごす事が出来た。
 その時に撮影し後日現像して送ってもらった家族写真は、額に入れられ大切に執務机の隅に飾られており、高根がその写真を何とも形容し難い面持ちで見詰めている光景は日常となっている。時折通訳を伴って執務室を訪れるテイラー達もその光景を目にし、彼等もまた高根と同じく家族と離れて赴任している身の上からか、互いに写真を見せ合い仕事そっちのけで家族の話に花を咲かせる事も多い。そんな中、金子を筆頭としたワシントンからの帰還組で構成される通訳官達が、げんなりとしつつも笑顔を浮かべているのも日常的な光景となっており、今迄には無かった人の輪が、少しずつ、けれど確実にあちこちで広がり始めていた。
 そんな中、テイラーもグレアムもタカコの話題だけは絶対に出す事は無く、高根や黒川や副長がそれとなく水を向けても絶対に乗って来ない。それどころか存在を認める事すら無く、何とか彼女との繋がりを取り戻したいという高根達の思惑は、今のところ結実する様子は無い。敦賀に関しては階級の差からワシントン側の高官達と接触する機会すら無く、教導隊計画が実質棚上げ状態になっている今、通常の職務に従事する日が続いていた。
 そんな中、何やら動き始めたのは黒川。二軍間の協力計画の一つとして合同教導団の創設を進言し、共同作戦に投入可能な高度な技量を持つ人材を養成するという一大計画を打ち出し、あちこちに渡りをつける為の交渉を水面下で始めたのはつい最近の事。元来交渉や人心掌握に長けた彼の思惑はそこそこ順調に進んでいる様子で、大和側の基盤はほぼ整ったと見て良いだろう、高根へとそう告げたのは先程の事。今は別室で京都の統幕と連絡をとっている副長にも既に話は伝わっているらしく、副長が合流して来てから詳細な話を聞く事になっている。
「で、例の話、上手くいく保証は有るんかよ?」
「さぁなぁ……大和側の手回しは大丈夫だと思うんだが……ここから先はそもそも基本的な考え方の違う外国人相手だ、どう転ぶかは……一か八かだなぁ」
「これ以上の綱渡りは勘弁してくれや」
「そりゃ俺だってそうだけどよ、こればっかりはやらにゃどうにもならんのは分かってんだろ、お前だって」
「まぁなぁ」
 応接セットの机の上に高く積まれた報告書の山、総司令執務室の金庫に厳重に保管されていたそれを横目で見ながら交わされる会話。黒川の発案を初めて聞かされた時に生まれた不安は高根の胸から消える事は無く、時間が経てば経つ程に逆に大きくなっている。それでも、黒川の言う様にこれに賭けるしか無いという事もまた確かで、最終的な判断は副長に下駄を預ける事に決め、今はこうして合流を待っているところだった。
「待たせてすまない、始めようか」
 副長が扉を叩く音と共に執務室へと入って来たのはそれから三十分程後の事、慌てて身体を起こした部下二人を気遣いながら副長は黒川の隣へと腰を下ろし、話し合いはそうして始まった。
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