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第448章『破滅』

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第448章『破滅』

 海の方から響いて来た砲声、ヨシユキはそれを聞きながら目を細め、口元を小さく歪めて笑う。
 総司令の任に就いたフレッチャー、彼の登用をマクマーンに進言したのは自分だが、どうやらその目論見は上手く行ったらしい。マクマーンの狙いが漏れない道理は無かった、いつの時点かは不確かでもそれは必ず露呈し、彼の政敵であるウォルコットの命令の下、制圧艦隊が編成され派遣されて来るであろう事は最初から分かっていた。そうなった時、命令と規則に忠実に武装解除し降る人間ではなく、一縷の望みを懸けて反撃に出る、そんな野心的且つ短絡的な人間がこの計画には必要だった、それがフレッチャーだ。
 万が一の事を考えて息の掛かった人間を各艦艇に送り込んでおいたが、今し方の砲撃がその彼等がフレッチャーを誘導する為に先んじたのか、それともフレッチャー自身の決断によるものなのかは不明だが、今となってはもうどうでもいい事だ。
 もっと、もっと――、そんな事を考えながらここ数年間を生きて来た。求めていたのはタカコと、そして、欲望に憑りつかれた者達の破滅。タカコを掌中に取り戻す迄の暇潰しとして求めたそれは、ここ最近の間に大きな盛り上がりを見せている。身の丈に合わない程の多くを望まなければそれなりに充実した人生を送れたであろうマクマーンやフレッチャー、そしてその肚を知りつつも従った多くの士官達。その彼等の破滅がこの大和の地で今まさに結実しようとしている、自分の地位の為、政敵を潰す為、所属する組織の発言力の強化の為――、先程の砲声は、そんなくだらない事の為に自分という悪魔に魂を売り渡し甘い未来を夢想していた彼等の、人生そのものが崩壊する音だ、と、また口元を歪めて笑った。
 タカコはどうしているだろうか、ふとそんな事を考える。無線を聞いている限りでは、昨夜の襲撃は大和海兵隊と共に持ち堪え、今朝方ホーネットが彼女達を発見しもう少しで確保出来ていたらしい。そこを侵攻艦隊に乗り込んでいたタカコ達の部下が空母からホーネットを奪い馳せ参じ撃墜し、彼女と合流した、そこ迄は確実に把握している。その後は後追いとの空中戦に発展している様子だが、彼女達を撃墜したという報告は未だ入らず、今尚持ち堪えている様子だ。逆に後追いのホーネットが一機撃墜されたという報告は入って来たから、余程の強運と胆力の持ち主だ、そう評するしか無いだろう。
 手ずから育て上げた至高の芸術品、彼女が本国を離れた時点ではホーネットは試験運用の直前、恐らくは今回初めて機体へと乗り込んだに違い無いし、戦闘なぞ当然初体験の筈だ。それが撃ち落とされるどころか逆に撃墜して見せるとは、やはり自分のやって来た事、信じた事に間違いは無かったと思わずにはいられない。
 さあ、この先は一体どんなものを見せて自分を喜ばせてくれるのか――、今迄にも何度も想った事を今また胸中で呟き、ヨシユキはゆっくりと空を仰いだ。
 雲一つ無い良い天気だ、破滅の日によく似合う――、目を細めて穏やかに微笑みつつ視線を少しだけ下げれば、タカコ達が戦っているであろう山岳地帯の山々が目に入る。もう少しすれば戦いに決着が着くだろう、彼女の勝利という形で。そうして彼女はこちらへの方向へと、海兵隊基地へと帰って来る、大和の海兵達を乗せて。そして、その中には彼女が愛している男、大和海兵隊の最先任上級曹長もいるに違い無い。
『タカコ……お前は、どんな結末が見たい?』
 穏やかな、優しい声音で彼女の名を呼ぶ。もう直ぐこの馬鹿気た戦いは終わりを迎える、制圧艦隊の勝利という形で。その時、タカコは敦賀を選ぶのか、それとも袂を別ち帰国を選ぶのか。
『どちらも……させる気は無いよ……お前は帰国を選ぶ前に、目の前で愛する男を再び喪うんだ』
 そう、タカコを単に帰国させるつもりは毛頭無い。彼女が敦賀を選んだという事は分かっている。弟、タカユキの後添いに選んだ男を、目の前で喪えば良い、自分の無力さと弱さ、それを噛み締めて絶望すれば良い。それでも彼女はきっと壊れない、その絶望の中からいつか這い上がり、今以上に強く美しくなり、そして完璧に近付くだろう。そうなった彼女を、自分は見たいと、それだけを望んでいるのだ。
 自分は今以上に彼女に憎まれる事になるだろうが、それに関しては何とも思わない。彼女に愛して欲しいわけではない、微笑みかけて欲しいのでもない。彼女が強く美しくなってくれればそれで良いのだ、そして、そうなればそうなる程、彼女は自分に対して執着し感情を真っ直ぐにぶつけてくれる、憎しみ、憎悪という甘い熱さを自分へと向けてくれる。
 そんな感情も彼女が完全なる存在へと至った時に消え去るのかも知れない、それを思うと少々寂しい気がしないでもないが、完成された美しさを手に入れられるのであれば、それはそれで納得も出来るだろう。
 今はまだその途上、夢想に浸るのはここ迄にしておこうか、そんな事を考えながらヨシユキは立ち上がり、眼下に広がる博多の街並みを見まわしてみる。ここ数ヶ月ですっかりと荒れ果てた街並み、ここに活気が戻る迄には長い時間が掛かるだろう。この状態に持って来る迄に配下の人員の多くを失い、市街地に残った兵員はもう極僅かだ。残った部隊が海兵隊基地の鉄柵を破壊しようと攻撃を仕掛けてはいるが、あれも恐らくは徒労に終わるだろう。
 正規軍の軍人、掌握した民間の軍事組織の兵員、彼等の一人一人がどんな想いを胸にこの作戦に、この地に赴いたのかは知らないし興味も無い。ただ、恐らくは祖国の地を踏む事は二度と無く、この地の果てで死んで行くのであろう事を考えれば多少は哀れに感じるな、と、そんな事を考えた。

『さぁ……最後の仕上げに入ろうか……帰っておいで、タカコ……俺の、大切な宝物』
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