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第401章『軍と文民』
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第401章『軍と文民』
その後、爆弾は八回投下され、計十発の爆弾が対馬区の地面を叩きその上に犇いていた活骸の大群を薙ぎ払い押し潰し、そして焼き殺した。前半の五発は巨大な火球が出現しそれが活骸を薙ぎ払い、後半の五発は大きな爆弾から無数の小さな爆弾が撒き散らされ、その破片が活骸を引き裂いた。そのどちらもが大和人にとっては未知の光景、部下達にこれ以上見せるのは拙いと高根や黒川、そして副長が後退を指示しようとした時には既に遅く、その場に居合わせた全員が防壁の鉄柵の向こうに繰り広げられた地獄を網膜に焼き付ける事となった。
「司令!総監も副長も下がって下さい!!誰か三人を指揮所にお連れしろ!!」
第一防壁前に展開させている部隊を取り纏めていた島津が監視台に上がった三人に気付き、総指揮官達がこんな最前線に何をしに来たのかとばかりに声を荒げる。それを受けて監視台への階段を駆け上がって来る海兵達、高根達三人はその彼等に促され、地上へと降り乗って来た四駆車の助手席と後部席に押し込まれ、車は本部棟へと向けて慌ただしく動き出した。
車内では皆無言のまま、三人共今し方見た出来事、それが持つ意味の重さに耐え切れないかの様に、ぶるり、と身体を震わせた後がっくりと肩を落とす。
勝てない、戦おうとしても蹂躙されるだけだ、そんな想いが心を支配する、身体の力を奪って行く。活骸しか相手にして来なかったとは言えど、軍という世界で生きて来て自分と相手の力量差を見分ける感覚はしっかりと養われている。活骸であれば先人が身命を賭して築き護った防壁を頼りに少しずつでも戦おう前へ進もうと思えたし、それを実現させて来られた。
しかし、先程見たものは次元が違った。太刀や少々の銃火器や砲で対抗出来る様なものではない、空を自在に飛び回り、敵の頭上に巨大な火球を生じさせ瞬時に焼き払う。そんなものに対抗出来る力等全く持ち合わせていない事は、武力の体現である軍、そこで生きる自分達が一番よく分かっている。
爆弾を投下した後の機体群は死屍累々となった対馬区の上空を高度を下げて飛行し、自分達が投下した兵器の威力を詳細に調査し、その後は昨日迄と同じ様に日没と共に投光器の電源が入れられる頃合いになってから艦隊へと戻る為に対馬区を後にした。
指揮所の中は静まり返り、重苦しい空気で満ち満ちている。現場へと赴いた三人以外も防壁前にいた部隊が撮影した写真が指揮所へと届けられそれを目にし、あの時、第一防壁の向こう側で何が起きたのかを知った。或る者は俯き或る者は机へと突っ伏し、誰も一言も発する事すら出来ない状態が続いていた。
国防の任に在る者として、上層部が、そしてその彼等に命ずる文民、その長たる政府がどう命令を下して来るのかは分からない。万が一何がどうあっても退くなと、徹底抗戦が下令されれば自分達にそれに逆らう術は無い。双方の軍事力を鑑みればそれが無理である事は火を見るよりも明らかだが、果たして政府や官僚達がそれを理解出来るのか。
戦えと言われればそれに従い敵と向かい合う事に異論は無い、それで命を落とす事になったとしても、それも理解した上で任官したのだから宣誓した時点で覚悟は出来ている。
しかし、それも全ては自分達が散り斃れたその先にこの国の、国民の未来と幸福が見えていればこその覚悟。徹底抗戦をしたところで僅かな痛痒程度しか与えられないであろう事は明白な相手、その存在に対して下手に攻撃を仕掛ければ、そして、迎合の意の一切を見せなかったとすれば、その先に何が待っているのかは想像もしたくない。
軍の役目は戦う事、時には刃となり時には盾となり、国体と国民の身体生命を内外の敵から護る、この場の誰もその事について異議は無い。しかしそれはどんな場合相手でも退く事無く戦い続ける事と同義ではない事もまた、共通の認識だ。
戦う事が存在理由である自分達軍人の考えて良い事ではない、文民達はそう考えるのかも知れないが、大勢の部下達の命を預かっている立場からすれば、『しても無駄』である事が明白な戦いへと臨み部下達に前進の命令を下す事は、到底承服しかねる事態。
中央は、政府はどんな答えを出しどんな命令を自分達へと下すのか。武力で勝てる相手ではない、それを理解してくれれば良いのだが、誰もがそんな事を考え、深く大きい溜息を吐いた。
「……とにかく、情報の管理を。緘口令を敷け、今日見た事を誰にも話すなと、第一防壁前にいた部隊の全員に通達を……動揺をこれ以上拡大させるわけにはいかん」
静まり返った中、最初に口を開いたのは副長だった。何処がどんな答えを出し発令するにせよ、直接的戦力である九州の兵員の間に動揺が広がる事だけは避けなければ。彼のその言葉に全員が頷き、数名が伝達や調整の為に指揮所を出て行く。
「高根総司令」
「は」
「塹壕の発動を。直ぐに出来るか?」
「はい、いつでも点火出来る様に態勢は整えています」
「そうか。では、明日中に」
「了解しました」
今日の機体群の動きに直接繋がりは無いが、それでも先々の事を考えればこちらも並行して進めておいた方が良いだろう、そんな思惑により副長から下された命令に、高根もまた考える事は同じなのか異を唱える事も無く頷き、第一防壁前の部隊へとそれを伝える為に立ち上がり無線機へと向かって歩き出した。
「――時刻は確定ではないが、明日には起爆する。最終の総点検を開始せよ、送れ」
高根のその言葉を聞きながら、副長は眼鏡を外し机上に放り、目頭を揉みながら大きく息を吐く。
政府からどんな命令が下されるのかは、今はまだ確かな事は何も分からない。それでも出来るだけの手は打っておかなければ。統幕副長たる自分には、国体や国民の他に兵士達一人一人も護るべき存在なのだから。
「……軍人としてこんな事を考えるのは、情け無い限りだが、な……」
その後、爆弾は八回投下され、計十発の爆弾が対馬区の地面を叩きその上に犇いていた活骸の大群を薙ぎ払い押し潰し、そして焼き殺した。前半の五発は巨大な火球が出現しそれが活骸を薙ぎ払い、後半の五発は大きな爆弾から無数の小さな爆弾が撒き散らされ、その破片が活骸を引き裂いた。そのどちらもが大和人にとっては未知の光景、部下達にこれ以上見せるのは拙いと高根や黒川、そして副長が後退を指示しようとした時には既に遅く、その場に居合わせた全員が防壁の鉄柵の向こうに繰り広げられた地獄を網膜に焼き付ける事となった。
「司令!総監も副長も下がって下さい!!誰か三人を指揮所にお連れしろ!!」
第一防壁前に展開させている部隊を取り纏めていた島津が監視台に上がった三人に気付き、総指揮官達がこんな最前線に何をしに来たのかとばかりに声を荒げる。それを受けて監視台への階段を駆け上がって来る海兵達、高根達三人はその彼等に促され、地上へと降り乗って来た四駆車の助手席と後部席に押し込まれ、車は本部棟へと向けて慌ただしく動き出した。
車内では皆無言のまま、三人共今し方見た出来事、それが持つ意味の重さに耐え切れないかの様に、ぶるり、と身体を震わせた後がっくりと肩を落とす。
勝てない、戦おうとしても蹂躙されるだけだ、そんな想いが心を支配する、身体の力を奪って行く。活骸しか相手にして来なかったとは言えど、軍という世界で生きて来て自分と相手の力量差を見分ける感覚はしっかりと養われている。活骸であれば先人が身命を賭して築き護った防壁を頼りに少しずつでも戦おう前へ進もうと思えたし、それを実現させて来られた。
しかし、先程見たものは次元が違った。太刀や少々の銃火器や砲で対抗出来る様なものではない、空を自在に飛び回り、敵の頭上に巨大な火球を生じさせ瞬時に焼き払う。そんなものに対抗出来る力等全く持ち合わせていない事は、武力の体現である軍、そこで生きる自分達が一番よく分かっている。
爆弾を投下した後の機体群は死屍累々となった対馬区の上空を高度を下げて飛行し、自分達が投下した兵器の威力を詳細に調査し、その後は昨日迄と同じ様に日没と共に投光器の電源が入れられる頃合いになってから艦隊へと戻る為に対馬区を後にした。
指揮所の中は静まり返り、重苦しい空気で満ち満ちている。現場へと赴いた三人以外も防壁前にいた部隊が撮影した写真が指揮所へと届けられそれを目にし、あの時、第一防壁の向こう側で何が起きたのかを知った。或る者は俯き或る者は机へと突っ伏し、誰も一言も発する事すら出来ない状態が続いていた。
国防の任に在る者として、上層部が、そしてその彼等に命ずる文民、その長たる政府がどう命令を下して来るのかは分からない。万が一何がどうあっても退くなと、徹底抗戦が下令されれば自分達にそれに逆らう術は無い。双方の軍事力を鑑みればそれが無理である事は火を見るよりも明らかだが、果たして政府や官僚達がそれを理解出来るのか。
戦えと言われればそれに従い敵と向かい合う事に異論は無い、それで命を落とす事になったとしても、それも理解した上で任官したのだから宣誓した時点で覚悟は出来ている。
しかし、それも全ては自分達が散り斃れたその先にこの国の、国民の未来と幸福が見えていればこその覚悟。徹底抗戦をしたところで僅かな痛痒程度しか与えられないであろう事は明白な相手、その存在に対して下手に攻撃を仕掛ければ、そして、迎合の意の一切を見せなかったとすれば、その先に何が待っているのかは想像もしたくない。
軍の役目は戦う事、時には刃となり時には盾となり、国体と国民の身体生命を内外の敵から護る、この場の誰もその事について異議は無い。しかしそれはどんな場合相手でも退く事無く戦い続ける事と同義ではない事もまた、共通の認識だ。
戦う事が存在理由である自分達軍人の考えて良い事ではない、文民達はそう考えるのかも知れないが、大勢の部下達の命を預かっている立場からすれば、『しても無駄』である事が明白な戦いへと臨み部下達に前進の命令を下す事は、到底承服しかねる事態。
中央は、政府はどんな答えを出しどんな命令を自分達へと下すのか。武力で勝てる相手ではない、それを理解してくれれば良いのだが、誰もがそんな事を考え、深く大きい溜息を吐いた。
「……とにかく、情報の管理を。緘口令を敷け、今日見た事を誰にも話すなと、第一防壁前にいた部隊の全員に通達を……動揺をこれ以上拡大させるわけにはいかん」
静まり返った中、最初に口を開いたのは副長だった。何処がどんな答えを出し発令するにせよ、直接的戦力である九州の兵員の間に動揺が広がる事だけは避けなければ。彼のその言葉に全員が頷き、数名が伝達や調整の為に指揮所を出て行く。
「高根総司令」
「は」
「塹壕の発動を。直ぐに出来るか?」
「はい、いつでも点火出来る様に態勢は整えています」
「そうか。では、明日中に」
「了解しました」
今日の機体群の動きに直接繋がりは無いが、それでも先々の事を考えればこちらも並行して進めておいた方が良いだろう、そんな思惑により副長から下された命令に、高根もまた考える事は同じなのか異を唱える事も無く頷き、第一防壁前の部隊へとそれを伝える為に立ち上がり無線機へと向かって歩き出した。
「――時刻は確定ではないが、明日には起爆する。最終の総点検を開始せよ、送れ」
高根のその言葉を聞きながら、副長は眼鏡を外し机上に放り、目頭を揉みながら大きく息を吐く。
政府からどんな命令が下されるのかは、今はまだ確かな事は何も分からない。それでも出来るだけの手は打っておかなければ。統幕副長たる自分には、国体や国民の他に兵士達一人一人も護るべき存在なのだから。
「……軍人としてこんな事を考えるのは、情け無い限りだが、な……」
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