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『勤務二日目・課業明け』

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 昨日とは別の居酒屋の個室、そこで涼子は今日の報告をしつつ馬刺しを食べ猪口の日本酒をちびちびと舐め、その向かいでは土屋が涼子の話を聞きながらさくら鍋を突いている。乗馬が趣味の二人の夕食としては色々と間違っているのだろうが、当の二人としては然して気にもならないのか、話題は今回の案件の事ばかりだ。
「パワハラの煮凝りみたいな職場だな。二日間でもう粗方固まったと思うが、まだやるか?」
「そうだね、残りで精度高めようか」
 涼子の言葉に返す土屋の様子は普段とは何も変わらず、涼子はそれを見ながら
(自分から話し出すなら大目に見ても良かったんだがね……一度釘を刺しておくか)
 と、内心でそう呟いて話を続けた。

「あの営業所、他の営業所と比較して赤伝処理数、多いんじゃないか?」
 ぴたり、と、土屋の動きが停止する。
「……何で、それ知ってるの?いや、実はそれも探って欲しかった事なんだけど」
「どっかに電話して赤伝処理したって言ってたんだけどさ、バッグの横の紙袋にその処理したってのと同じ商品が複数入ってるのを見たのよ、しかも昨日と今日二日続けて。で、うちのに言ってフリマやらオクのアプリで同じ出品してるの探したんだけど、数時間が特定出来ちゃった。よっぽど早く捌きたかったのか倉庫で写真撮っててさぁ、周りの映り込みで倉庫の何処で撮ってるのかも丸分かり」
 そこ迄の杜撰な管理だったのか、と、土屋は顔を赤黒くして箸を持つ手に力を込める。べきり、と、音を立てて箸が折れる様子を見た涼子は薄く笑い、ゆっくりと立ち上がった。
「業者に廃棄委託する費用は量によっぽどの変動が無いと変わらないから、外から数字を見てただけじゃ気付かなかったんだなぁ、回収は頻繁で他の事業ごみと一緒に処分してるし、回収前の現物を確認するタイミングにも恵まれず、か。運が悪かったな」
 そう言いながらゆっくりと歩き出し、立ち止まったのは土屋の背後。未だに何も言わず顔を赤黒くさせたままの土屋の背中を見下ろしながら
「ま、商品は即購入してお前の名前でお前の自宅に配送する様にしておいたから、証拠として使え。購入費用は経費として後で請求する。馬刺しのおかわり頼んで良いか?良いよな?あ、すいませーん、馬刺しもう一皿追加で」
 障子の向こうを店員が通りかかった気配を察知し注文を出す涼子、しかし視線は土屋の背中へと落とされたままで、表情も何とも言えない冷たさを纏っている。そしてそのまま十秒程黙ったままでいた後、土屋の背中へと向けて腕を伸ばしつつ短く言葉を吐き出した。

「――これが狙いだろ?」

 ダンッ!という音が響き、その直後土屋の上半身はテーブルの上に押し付けられていた。状況の飲み込めない土屋が身体を起こそうとするもそれは叶わず、繰り返される
「これが狙いだろ?」
 という涼子の言葉と共に、首筋に何か鋭い金属の板の様な物が押し付けられ、その冷たい感触に動きが止まった。
 土屋の背中には涼子の足、それが彼女の体重を掛けて身体をテーブルへと押し付け、手にしたステーキ用ナイフが土屋の首筋、頸動脈に正確に狙いを定めて押し当てられている。
「――お前さ、最初からこれが目的だったろ?最初言い淀んで誤魔化してたのはこの事だよな?言わなかったの理由はどうでもいいが、私はこういうのが好きじゃないんだ。馬鹿な事やるのは嫌いじゃない、寧ろ大好物だ。でもな、良い様に使われるのは好きじゃないんだよ……次は無いぞ、覚えとけ」
「……ごめん、悪かった」
「分かりゃ良い」
 一分にも満たない短い遣り取り、土屋の言葉に涼子はナイフを離し背中からも離れて行く。本来気位が高く気まぐれで恐ろしく扱い難い人格の持ち主である涼子、その本質を忘れ自分の良い様に使おうとしていた己を土屋は戒めつつ、もう一度
「ごめん、悪かった。怒って当然だと思う」
 と、心底の詫びを口にして頭を下げた。
「分かりゃ良い、今後は気を付けろ。で?洗い浚い話せ、態度によっては引き続き協力してやるよ」
「元々の切っ掛けは赤伝処理の数なんだよ、他の営業所の数倍も多いって程でもないけど、全営業所の中では一番多い。こういうのは元を断つ必要が有るけど俺から動けば犯人に悟られて潜られる可能性が高かった、で、ほとぼりが冷めた頃に再開のイタチごっこになるだろう。事が事だけに長引いたり上に知られれば俺自身の管理責任が問われて評価が下がる事になる、ぶっちゃけ資産の横領の前じゃ事務同士のパワハラなんかどうでもいい様な話だ。で、中に人間送り込むのが一番だなって結論になったんだけどさ、こういう生臭い話は流石にし辛くて……ごめん」
 その言葉の意味は涼子にも分からないでもない、そんな生臭い話を最初から前面に押し出して外部の人間に話をするというのは気が進まないのは理解出来る。もっとライトな(今回は事務方のパワハラ疑惑)件で話を進めておき、途中から偶然分かったという体で事を進めたかったのだろう。しかしそれで利用されるとなると話は別だと涼子は鼻で笑い、
「最初からそれで話して来なかったお前が悪い、小便でもちびっとけ。馬刺し注文した直後で良かったな、馬刺し食わずに逃げるのは気が進まなかったんでな」
 と、そう言いながら猪口に残った日本酒を飲み干した。
「はい、ごめんなさい」
「で?明日からはどう動くのよ?」
「パワハラの方に関しても深刻化すれば俺の管理責任問われる事になるしどっちにしろそっちも解決しないといけないのは確かなんだよね、だからさ、そっちの情報も集めつつ、横領の方に関しても調べてもらえないかな。今回続けて二件有ったって事はまたやるだろうし、誰が何処迄関わってるのかも出来るだけ知りたいんだけど」
「私が日中探るだけじゃ何処迄出来るか……事務所が無人になる時は無いのか?」
「ああ、それなら土日は休みだから無人になるよ、その時に二人で入って帳簿の類も見てみようか」
「だな」
 世間でそれなりに生きていれば、組織での自分の立場の確保や保身に策を弄する必要が有る事も有る、そんな事は涼子自身誰に言われずとも痛感している。だから、土屋が謝罪の意思を示し今後はやらないと誓った以上、事を荒立てる気は無い。それよりもあのババアを追い詰めて嬲り殺した方が余程楽しそうだとそんな事を考えつつ、丁度店員が持って来た馬刺しを、涼子は笑顔で受け取った。
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