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第1章『屑男』
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第1章『屑男』
高根真吾、年齢四十一歳、生まれは福岡の糸島、職業は大和軍海兵隊総司令、階級、大佐。
徹底的な攻めを信条とする、闘将として名を馳せた先々代と先代の総司令以上の猛将であり、同郷の幼馴染である陸軍西部方面旅団総監黒川龍興准将、その彼との連携により見せる政治的手腕も高い有能な軍人である。
また、二千五百名からなる海兵隊の全兵員からの信頼も篤く、尊敬出来る、頼れる司令官であるという事に異論を唱える者は無い。
そんな彼に欠点が有るとしたらと聞かれれば、彼との関わりがそれなりの長さである者は口を揃えてこう言うだろう、
『女関係。それに関してはあの人は屑だよ、こういう言い方はアレだけど』
と。
高根の女性遍歴の始まりは十九歳の時、士官学校の一年生の時に遡る。初体験の相手は先輩に連れられて行った花街の商売女、それからの二十年以上の間一度たりとも特定の相手を作った事は無く、徹底的に女を性処理と遊びの相手として扱い、頻繁に花街に出向いていた。
海兵隊内で彼に想いを寄せる女もそれを告げる女もそれなりの数がいたが、
「はぁ?俺そういうの面倒だから無理。職場の女と遊ぶ気無ぇよ、揉めたらうぜぇし、勘違いされて結婚迫られるとか冗談じゃねぇわ」
そう吐き捨て、男性としての彼の評判が地に落ちるのに任官から数年も掛からなかったのは当然の事だろう。
その代わり職務に関しては士官としてだけでなく兵士として見ても有能で、高根よりも一年早く任官し六歳年下ながら既に頭角を現し始めていた敦賀貴之上等兵と共に前線部隊で鬼神の如き活躍を見せ、現場指揮官として不動の地位を早々に築き上げ、少佐に昇進し多数の部下を取り纏める立場になる迄の八年の間、後方部隊に下げられる事は一度として無かった。
そんな生活の中で彼を見る人間が時折感じたのは、活骸の殲滅という人類の悲願を信条とし、それとは関係の無い、若しくは妨げになりそうなものを徹底的に排除する頑なな姿勢。女性との関わりが妨げになると考えているのだろうという事は彼とそれなりの時間を共に過ごせば分かるのか、相変わらず花街の女を適当に抱く彼を、付き合いの長い人間は諦観の念を持って見守る様になっていた。
恋人や家族に情を向ける暇が有るならその分活骸を一体でも多く殺したい、中洲で飲んだ時にその時々の連れに対して高根が時折零したそんな言葉は本心であり、それを聞いた者はそれで良いのかと思いつつも否定する事も出来ず、ただ黙ってそれを聞いていた。
そんな中でその言葉に共鳴したのは敦賀、彼もまた同じ様に特定の相手は作らずに花街で処理を済ませる生活を送っており、職務に没頭する姿勢も高根と同じ様なもの。一つだけ違ったのは、高根は行為の中にそれなりに楽しみも見出してはいたが、敦賀の方はと言えばこちらは純粋な処理、相手に対しての気遣いは一切無く、それを感じ取った高根が逆に説教をする程で、そんな関わりの中で二人は士官と下士官という絶対的な上下関係を越えて奇妙な友情を育んでいった。
寡黙で突っ慳貪な敦賀とは違い女性の扱い以外は大過無くこなす高根、黒川という幼馴染且つ悪友という腐れ縁と敦賀という妙縁以外にもそれなりの友人を得、そこそこ充実して生きていた彼の人生が一変したのは、四十一歳のと或る秋の夜。
二年程前に偶然か運命か奇妙な出会いをし同盟を結ぶに至ったワシントン人タカコ・シミズ、八つ歳下の女性とは思えない程の戦闘能力を持ち、その若さには見合わない大佐という階級と広く深い知識と高い技術に時折寒気すら覚える程。その彼女は、同時に大変に悪戯好きな性質でありなかなかにぶっ飛んだ性格だと薄々勘付いてはいたものの、取り壊しを待つばかりとなった旧営舎二棟をたった一人で綺麗に爆破して見せた事で思い知らされた。
「……しっかし……どう説明するかなぁ、アレ……統幕の呼び出しが有ったし、京都に行く迄に理由考えておかねぇとなぁ……」
日中の出来事を思い出しつつ制服から私服に着替え、先程敦賀とタカコに告げた統幕からの召喚に思いを馳せつつ自宅を出る。今夜から仮設営舎での生活が始まり居候していた四人の曹長達はそちらへと戻って行き、賑やかだった生活をやれやれと思った後に意識が向いたのは中洲の花街。居候を抱えていた数ヶ月間は流石に出掛けるのは自重した、総司令の立場に無ければ出掛けていたかも知れないが流石に立場に伴う分別というものはこの歳になれば持つもので、久し振りに吐き出すかと中洲へと入り、食事もそこそこに通い慣れた遊女屋への道を進む。
女を指名した事は無い、気に入りの女は作らないようにしているし、金払いも悪くなく定期的に通う高根は遊女屋にとっても上客なのか、新しい上玉の女が入ればそれを優先的に回してくれるから、宛てがわれる女を拒む事も無く抱いて来た。緊張と恐怖でガチガチに固まっている女の水揚げも嗜虐心を刺激されて悪くないが、今日は疲れたから慣れている女を位の注文は入れようか、そんな事を考えつつ最後の曲がり角を曲がれば、馴染みの店の入り口の前で小さな背中が立ち尽くしているのが目に入った。
小さな背中、細い肩、最近見慣れていた女の身体が軍人であるタカコのものだった所為か余計に頼り無く見えて、こんな時間にこんな場所で子供が何を、そう思いつつ店の前へと辿り着き、暖簾を潜る前にふとその女の顔を見下ろしてみた。
「お嬢ちゃんよ、こんなところで何してんだい?君みてぇな子供が来る店じゃねぇぜ?」
その言葉に全身がびくりと震え、顔が恐る恐る上げられて視線が高根へと向けられる。子供かと思っていたが歳の頃は二十歳は越しているだろうか、それでもこんな場所には凡そ不似合いな純粋さを纏い、何が不安にさせているのか泣き出しそうな表情で高根を見上げるその女の佇まいに、ぞくり、と、何かが背筋を走り抜けた気がした。
「……うん、君みてぇな子が来て良いところじゃねぇよ、やっぱり。おいで、この辺りはあんまり治安も良くねぇし、俺が安全なところ迄連れて行ってやるからついて来な。変な事はしねぇから安心して良いよ」
「え、あの、えっと……」
「良いから、おいで」
可愛らしい声音は震えていて、不審に思われているのだろうがこんな場所にいて良い様な女ではないだろう、そう思った高根は彼女の戸惑いを無視して手を取って踵を返し歩き出す。
「無理だろうけどよ、怖がらなくて良いから、何もしねぇよ。腹減ってねぇかい?飯でも付き合ってくんねぇかな、奢るからよ」
最初こそ弱い抵抗を見せたものの諦めたのか直ぐに大人しくなり、高根はそんな彼女の手を握ったまま、中洲の街中の方へと戻って行った。
高根真吾、年齢四十一歳、生まれは福岡の糸島、職業は大和軍海兵隊総司令、階級、大佐。
徹底的な攻めを信条とする、闘将として名を馳せた先々代と先代の総司令以上の猛将であり、同郷の幼馴染である陸軍西部方面旅団総監黒川龍興准将、その彼との連携により見せる政治的手腕も高い有能な軍人である。
また、二千五百名からなる海兵隊の全兵員からの信頼も篤く、尊敬出来る、頼れる司令官であるという事に異論を唱える者は無い。
そんな彼に欠点が有るとしたらと聞かれれば、彼との関わりがそれなりの長さである者は口を揃えてこう言うだろう、
『女関係。それに関してはあの人は屑だよ、こういう言い方はアレだけど』
と。
高根の女性遍歴の始まりは十九歳の時、士官学校の一年生の時に遡る。初体験の相手は先輩に連れられて行った花街の商売女、それからの二十年以上の間一度たりとも特定の相手を作った事は無く、徹底的に女を性処理と遊びの相手として扱い、頻繁に花街に出向いていた。
海兵隊内で彼に想いを寄せる女もそれを告げる女もそれなりの数がいたが、
「はぁ?俺そういうの面倒だから無理。職場の女と遊ぶ気無ぇよ、揉めたらうぜぇし、勘違いされて結婚迫られるとか冗談じゃねぇわ」
そう吐き捨て、男性としての彼の評判が地に落ちるのに任官から数年も掛からなかったのは当然の事だろう。
その代わり職務に関しては士官としてだけでなく兵士として見ても有能で、高根よりも一年早く任官し六歳年下ながら既に頭角を現し始めていた敦賀貴之上等兵と共に前線部隊で鬼神の如き活躍を見せ、現場指揮官として不動の地位を早々に築き上げ、少佐に昇進し多数の部下を取り纏める立場になる迄の八年の間、後方部隊に下げられる事は一度として無かった。
そんな生活の中で彼を見る人間が時折感じたのは、活骸の殲滅という人類の悲願を信条とし、それとは関係の無い、若しくは妨げになりそうなものを徹底的に排除する頑なな姿勢。女性との関わりが妨げになると考えているのだろうという事は彼とそれなりの時間を共に過ごせば分かるのか、相変わらず花街の女を適当に抱く彼を、付き合いの長い人間は諦観の念を持って見守る様になっていた。
恋人や家族に情を向ける暇が有るならその分活骸を一体でも多く殺したい、中洲で飲んだ時にその時々の連れに対して高根が時折零したそんな言葉は本心であり、それを聞いた者はそれで良いのかと思いつつも否定する事も出来ず、ただ黙ってそれを聞いていた。
そんな中でその言葉に共鳴したのは敦賀、彼もまた同じ様に特定の相手は作らずに花街で処理を済ませる生活を送っており、職務に没頭する姿勢も高根と同じ様なもの。一つだけ違ったのは、高根は行為の中にそれなりに楽しみも見出してはいたが、敦賀の方はと言えばこちらは純粋な処理、相手に対しての気遣いは一切無く、それを感じ取った高根が逆に説教をする程で、そんな関わりの中で二人は士官と下士官という絶対的な上下関係を越えて奇妙な友情を育んでいった。
寡黙で突っ慳貪な敦賀とは違い女性の扱い以外は大過無くこなす高根、黒川という幼馴染且つ悪友という腐れ縁と敦賀という妙縁以外にもそれなりの友人を得、そこそこ充実して生きていた彼の人生が一変したのは、四十一歳のと或る秋の夜。
二年程前に偶然か運命か奇妙な出会いをし同盟を結ぶに至ったワシントン人タカコ・シミズ、八つ歳下の女性とは思えない程の戦闘能力を持ち、その若さには見合わない大佐という階級と広く深い知識と高い技術に時折寒気すら覚える程。その彼女は、同時に大変に悪戯好きな性質でありなかなかにぶっ飛んだ性格だと薄々勘付いてはいたものの、取り壊しを待つばかりとなった旧営舎二棟をたった一人で綺麗に爆破して見せた事で思い知らされた。
「……しっかし……どう説明するかなぁ、アレ……統幕の呼び出しが有ったし、京都に行く迄に理由考えておかねぇとなぁ……」
日中の出来事を思い出しつつ制服から私服に着替え、先程敦賀とタカコに告げた統幕からの召喚に思いを馳せつつ自宅を出る。今夜から仮設営舎での生活が始まり居候していた四人の曹長達はそちらへと戻って行き、賑やかだった生活をやれやれと思った後に意識が向いたのは中洲の花街。居候を抱えていた数ヶ月間は流石に出掛けるのは自重した、総司令の立場に無ければ出掛けていたかも知れないが流石に立場に伴う分別というものはこの歳になれば持つもので、久し振りに吐き出すかと中洲へと入り、食事もそこそこに通い慣れた遊女屋への道を進む。
女を指名した事は無い、気に入りの女は作らないようにしているし、金払いも悪くなく定期的に通う高根は遊女屋にとっても上客なのか、新しい上玉の女が入ればそれを優先的に回してくれるから、宛てがわれる女を拒む事も無く抱いて来た。緊張と恐怖でガチガチに固まっている女の水揚げも嗜虐心を刺激されて悪くないが、今日は疲れたから慣れている女を位の注文は入れようか、そんな事を考えつつ最後の曲がり角を曲がれば、馴染みの店の入り口の前で小さな背中が立ち尽くしているのが目に入った。
小さな背中、細い肩、最近見慣れていた女の身体が軍人であるタカコのものだった所為か余計に頼り無く見えて、こんな時間にこんな場所で子供が何を、そう思いつつ店の前へと辿り着き、暖簾を潜る前にふとその女の顔を見下ろしてみた。
「お嬢ちゃんよ、こんなところで何してんだい?君みてぇな子供が来る店じゃねぇぜ?」
その言葉に全身がびくりと震え、顔が恐る恐る上げられて視線が高根へと向けられる。子供かと思っていたが歳の頃は二十歳は越しているだろうか、それでもこんな場所には凡そ不似合いな純粋さを纏い、何が不安にさせているのか泣き出しそうな表情で高根を見上げるその女の佇まいに、ぞくり、と、何かが背筋を走り抜けた気がした。
「……うん、君みてぇな子が来て良いところじゃねぇよ、やっぱり。おいで、この辺りはあんまり治安も良くねぇし、俺が安全なところ迄連れて行ってやるからついて来な。変な事はしねぇから安心して良いよ」
「え、あの、えっと……」
「良いから、おいで」
可愛らしい声音は震えていて、不審に思われているのだろうがこんな場所にいて良い様な女ではないだろう、そう思った高根は彼女の戸惑いを無視して手を取って踵を返し歩き出す。
「無理だろうけどよ、怖がらなくて良いから、何もしねぇよ。腹減ってねぇかい?飯でも付き合ってくんねぇかな、奢るからよ」
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