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第192章『立場と矜持』
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第192章『立場と矜持』
「司令!陸軍の撤退が遅れてます、活骸と混在している状況ですがどうしますか!?」
「清水の案が完成する前に多数の犠牲者を出すわけにはいかん!現時点を以って太刀の使用へ切り替える!従来通りの掃討戦に移行しろ!但し、清水の分隊だけはそのまま散弾銃を使用しての掃討を試みろと伝えろ!」
「了解!信号弾打ち上げます!」
危惧していた通りになった、そこかしこに転がる陸軍兵の遺体、活骸に食い殺されたものだけではなく明らかに銃弾を受けて斃れた者も有る。犠牲は已む無しという見解は黒川や横山、そして統幕ですら一致したものではあるものの、散弾銃を柱とした戦法が確立される前に多数の犠牲を出す事は得策ではない。
荷台に積み込んだ無線機に付いている士官に命令を出せば、彼は無線機で発令を各車両へと伝えた後、念の為にと信号弾を空へと向けて打ち上げる。車両はまだ半径十km圏内に展開している筈だから無線で事足りるが念の為にと打ち上げられた信号弾、無線と併せて各所から応答の信号弾が打ち上げられ、高根はそれを遠くの空に確認しつつ傍らに置いた大和を鞘の上から握り締めた。
海兵の矜持の体現、散弾銃という新しい概念が持ち込まれた今も、そしてこれからも、自分達がこれを手放す事は無いだろう。これから先散弾銃が戦法の主体となるのは間違い無い、けれど、太刀が必要な場面が無くなる事も無いだろう。太刀と銃、大和とワシントン、その全く違う歴史を歩んで来た二つの国、その二つの異なった概念が出会い新しい概念を作り出す、自分達はその転換期の真っ只中を生きている。どちらかを高きに置きどちらかを低きに置くのではなく、傲慢と卑屈を作り出すのではなく、全く違う要素を対等な力関係で。それが実現すれば双方にとって良い結果が生まれるに違い無い。
「取り残された陸軍兵の収容を忘れるな!彼等も同じ大和軍の兵士だ、可能な限り回収しろ!」
各所でトラックの荷台を飛び降り掃討へと転じた海兵達、その様子を走り抜けながら眺めつつ、高根は運転席の副司令の小此木へと声を掛けた。
「おい、掃討完了迄全権をお前に預ける、頼んだぞ」
「司令!?何を――」
「たまには俺も現場に出る。身体を使わないと鈍る一方だ、頼んだぞ」
「司令!待って下さい司令!誰か警護を――」
「一兵士に警護も糞も有るか、頼んだぞ!」
「司令!司令!!」
助手席の扉を開けて外へと身体を出せば小此木が急制動を掛けてトラックは減速し、高根はそれを待って床を蹴り、鞘だけを車内に残し大和を手に鳥栖の道へと降り立った。トラックが走り去って行った後には自分以外動くものは無く、遠くに喧騒が聞こえる以外に音も無い。それでも禍々しい気配は直ぐ近くに有り、戦端が開かれるのは直ぐだな、そんな事を考えつつ一歩、また一歩と歩き出す。
久しく遠ざかっていた血の滾る感覚が蘇って来る、少佐に昇進すると同時に前線から遠ざかってからもう十四年、その後も幾度か太刀を振るう機会は有ったものの、この感覚を忘れた事は無かった。活骸を殺し前線を大陸側へと押し遣り、人類の活動領域を広げ未来を掴み取る為に只管に前へ前へと踏み込み続けていたあの日、あの感覚。あの高揚感を自分は求めてこの道へと踏み込んだ、黒川と作った籤を引いて掴み取ったこの道と高揚感を、総司令という立場と准将という階級を秤に掛けて捨てる等、有り得ない。
「……よう……、先代も先々代の総司令も若い頃は手が付けられない位の狂犬っぷりだったらしいがよ……俺も相当なもんだぜ……?」
十歩程歩けば路地から現れた数体の活骸、それ等が自分を見付けて大きな口を開け、耳障りな奇声を上げてこちらへと走り出す様子を見て高根は口元を歪めて鋭く笑い、大和を構えて強く、強く踏み込んだ。
大きく開けられた口、鋭い歯が並ぶ向こうに広がる暗い空洞に大和の鋒を突き入れ、その奥の薄い肉と骨の向こうに有る脳幹へと突き立てる。首を飛ばさずとも中枢を破壊すれば殺せる事は長い歴史の中で掴む事が出来た、混戦乱戦が常の戦いの中では自分達海兵隊はその知識は有ってもそこ迄緻密な破壊はなかなか出来なかった。そんな中でも自分は精密無比と謳われた一撃を得意とし、如何に少ない動きで活骸を仕留められるかという事に腐心していた。
体力や腕力や技量では叩き上げの下士官や兵卒には及ばない、そして、昇進し続ければいつかは現場を離れる時が来る。その瞬間迄一体でも多く活骸を殺そうと思えば自然と行き着いた答えがその『正確無比の一撃』だった。
若い頃に腐心したそれは今でもそう鈍ってはいなかったらしい、今度敦賀と手合わせでもしてみるかと思いつつ次々と目の前に現れる活骸の脳幹に一撃を叩き込み片付けて行く。もう直ぐ自分を援護する海兵が来てしまうだろう、任せるとは言ったものの小此木は総司令たる自分の事を放置したままには出来ない筈だ。そうして彼の命令を受けた海兵が遠からず現れ、自分を守ろうと前に立ち自分は後方へと下がらざるを得なくなる。
それ迄は精々暴れ回ってやる、偶にはこんな我儘も良いだろう、高根はそんな事を考えつつまた口元を歪めて笑い、目の前へと迫った活骸へと向けて一歩踏み込んだ。
「司令!陸軍の撤退が遅れてます、活骸と混在している状況ですがどうしますか!?」
「清水の案が完成する前に多数の犠牲者を出すわけにはいかん!現時点を以って太刀の使用へ切り替える!従来通りの掃討戦に移行しろ!但し、清水の分隊だけはそのまま散弾銃を使用しての掃討を試みろと伝えろ!」
「了解!信号弾打ち上げます!」
危惧していた通りになった、そこかしこに転がる陸軍兵の遺体、活骸に食い殺されたものだけではなく明らかに銃弾を受けて斃れた者も有る。犠牲は已む無しという見解は黒川や横山、そして統幕ですら一致したものではあるものの、散弾銃を柱とした戦法が確立される前に多数の犠牲を出す事は得策ではない。
荷台に積み込んだ無線機に付いている士官に命令を出せば、彼は無線機で発令を各車両へと伝えた後、念の為にと信号弾を空へと向けて打ち上げる。車両はまだ半径十km圏内に展開している筈だから無線で事足りるが念の為にと打ち上げられた信号弾、無線と併せて各所から応答の信号弾が打ち上げられ、高根はそれを遠くの空に確認しつつ傍らに置いた大和を鞘の上から握り締めた。
海兵の矜持の体現、散弾銃という新しい概念が持ち込まれた今も、そしてこれからも、自分達がこれを手放す事は無いだろう。これから先散弾銃が戦法の主体となるのは間違い無い、けれど、太刀が必要な場面が無くなる事も無いだろう。太刀と銃、大和とワシントン、その全く違う歴史を歩んで来た二つの国、その二つの異なった概念が出会い新しい概念を作り出す、自分達はその転換期の真っ只中を生きている。どちらかを高きに置きどちらかを低きに置くのではなく、傲慢と卑屈を作り出すのではなく、全く違う要素を対等な力関係で。それが実現すれば双方にとって良い結果が生まれるに違い無い。
「取り残された陸軍兵の収容を忘れるな!彼等も同じ大和軍の兵士だ、可能な限り回収しろ!」
各所でトラックの荷台を飛び降り掃討へと転じた海兵達、その様子を走り抜けながら眺めつつ、高根は運転席の副司令の小此木へと声を掛けた。
「おい、掃討完了迄全権をお前に預ける、頼んだぞ」
「司令!?何を――」
「たまには俺も現場に出る。身体を使わないと鈍る一方だ、頼んだぞ」
「司令!待って下さい司令!誰か警護を――」
「一兵士に警護も糞も有るか、頼んだぞ!」
「司令!司令!!」
助手席の扉を開けて外へと身体を出せば小此木が急制動を掛けてトラックは減速し、高根はそれを待って床を蹴り、鞘だけを車内に残し大和を手に鳥栖の道へと降り立った。トラックが走り去って行った後には自分以外動くものは無く、遠くに喧騒が聞こえる以外に音も無い。それでも禍々しい気配は直ぐ近くに有り、戦端が開かれるのは直ぐだな、そんな事を考えつつ一歩、また一歩と歩き出す。
久しく遠ざかっていた血の滾る感覚が蘇って来る、少佐に昇進すると同時に前線から遠ざかってからもう十四年、その後も幾度か太刀を振るう機会は有ったものの、この感覚を忘れた事は無かった。活骸を殺し前線を大陸側へと押し遣り、人類の活動領域を広げ未来を掴み取る為に只管に前へ前へと踏み込み続けていたあの日、あの感覚。あの高揚感を自分は求めてこの道へと踏み込んだ、黒川と作った籤を引いて掴み取ったこの道と高揚感を、総司令という立場と准将という階級を秤に掛けて捨てる等、有り得ない。
「……よう……、先代も先々代の総司令も若い頃は手が付けられない位の狂犬っぷりだったらしいがよ……俺も相当なもんだぜ……?」
十歩程歩けば路地から現れた数体の活骸、それ等が自分を見付けて大きな口を開け、耳障りな奇声を上げてこちらへと走り出す様子を見て高根は口元を歪めて鋭く笑い、大和を構えて強く、強く踏み込んだ。
大きく開けられた口、鋭い歯が並ぶ向こうに広がる暗い空洞に大和の鋒を突き入れ、その奥の薄い肉と骨の向こうに有る脳幹へと突き立てる。首を飛ばさずとも中枢を破壊すれば殺せる事は長い歴史の中で掴む事が出来た、混戦乱戦が常の戦いの中では自分達海兵隊はその知識は有ってもそこ迄緻密な破壊はなかなか出来なかった。そんな中でも自分は精密無比と謳われた一撃を得意とし、如何に少ない動きで活骸を仕留められるかという事に腐心していた。
体力や腕力や技量では叩き上げの下士官や兵卒には及ばない、そして、昇進し続ければいつかは現場を離れる時が来る。その瞬間迄一体でも多く活骸を殺そうと思えば自然と行き着いた答えがその『正確無比の一撃』だった。
若い頃に腐心したそれは今でもそう鈍ってはいなかったらしい、今度敦賀と手合わせでもしてみるかと思いつつ次々と目の前に現れる活骸の脳幹に一撃を叩き込み片付けて行く。もう直ぐ自分を援護する海兵が来てしまうだろう、任せるとは言ったものの小此木は総司令たる自分の事を放置したままには出来ない筈だ。そうして彼の命令を受けた海兵が遠からず現れ、自分を守ろうと前に立ち自分は後方へと下がらざるを得なくなる。
それ迄は精々暴れ回ってやる、偶にはこんな我儘も良いだろう、高根はそんな事を考えつつまた口元を歪めて笑い、目の前へと迫った活骸へと向けて一歩踏み込んだ。
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