大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第187章『切り捨てる』

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第187章『切り捨てる』

「基本的な扱い方は教えたが、ここから先は戦術戦略を扱う人間に判断してもらわんと私にはどうにも出来ん」
「どういう事だ?」
 兵員を交代させつつの実射訓練が開始されてから一週間程経った或る日、対馬区から戻り書類を片付けていた高根の執務室をタカコが訪れた。緊張感が湛えられているわけではないが若干の重苦しさを感じさせる彼女の表情に、どうやら良い話ではないらしい、そう思いつつ高根は立ち上がり、ソファへの着席を促しながら自らもその向かいへと腰を下ろす。
「んで?俺に判断しろってのは?」
「……大切な部下を、護るべき非戦闘員を、どれだけ見殺しにするつもりが有るのかって事だ」
「……乱戦状態になった時に同士討ちを前提として散弾銃を使用するのか、総崩れの危険性が有っても太刀の使用に切り替えるのか、そういう事か」
「……そうだ、こればかりは部外者の私が判断出来る事じゃない。どちらを大和が選択したとしても私は教える事は出来るが、決めるのは外国人の私じゃない、大和人であるお前達だ」
 淡々と紡がれるタカコの言葉、まだ残っていたらしい黒川も何かを察知したのか途中で入って来て高根の隣へと腰を下ろし、更にそこに横山が続き、最後に敦賀と小此木が入って来てこちらはタカコの隣へと腰を下ろした。
 タカコから突然に投げ掛けられた問い、この場の大和人全員がそれを少しも考えなかったわけではない、寧ろ、常に頭の隅にそれが引っ掛かっていた。二度の活骸の本土侵攻、特に博多市街地への侵攻の時は乱戦という言葉も可愛らしく思える程の混乱の様相を呈していた、あの状態が再びこの国に齎された時、銃口を向けた活骸の向こうには戦友や部下、そして護るべき非戦闘員がいるであろう事は容易に想像がつく。
「参考迄に聞かせてくれ、ワシントンはどういう考え方をしてるんだ?」
「……銃器を使用し常に一定の距離を保つ戦略と戦術を基本とする我々は、活骸との混戦はそもそも想定していない。活骸の向こう側に友軍がいるというのは、つまり、何等かの結果取り残されたという事だ。活骸との接触を徹底的に忌避して来た我々にとってそれは……その時点で既に戦死したものと考えられている」
「……本隊を生かす為に、そこからはぐれた部隊も人間も切り捨てる……そういう事だな?」
 静かな高根の言葉、タカコはそれに直ぐには答えず、四人の鋭く真っ直ぐな視線を暫く黙したまま受け止めた後、ゆっくりと、しかしはっきりと答えを口にした。
「そうだ、我が軍は活骸との接触戦闘という概念も技術も持っていなかった、はぐれた人間を助けに向かえば部隊と部隊の間にまた活骸を挟む事になり、それを繰り返せば銃器は使用不能になる……そうなれば遠からず総崩れだ。それを避ける為にそもそもの戦線の維持は徹底していたし、そこからはぐれた者は見捨てて来た」
 それに言葉を返したのは黒川、彼の脳裏に浮かんだのは博多侵攻の時に間近で見たタカコの鬼神の如き戦い振り、その後彼女を襲った災難については未だに引け目が有るのか若干気後れした様に、それでも当時の事を問い掛ける。
「博多侵攻の時、お前はナイフと拳銃だけで活骸を殺しまくってただろう?だから、ワシントン軍自体にも活骸との接触戦闘の知識というか技術の蓄積は有ると思ってたんだが、違うのか?」
 そう言えば、と、敦賀も以前対馬区へ出撃した時に見たタカコの戦い振りを思い出す。説明を求める視線を送れば、タカコは黒川と敦賀のそれを受け止めつつゆっくりと話し始めた。
「今迄に何度も言って来たが、私が束ねている部隊も私自身も活骸との戦いが専門じゃない、対人戦闘が専門なんだ。人間は頭を使う、武器も使う、だから、離れたところから銃で撃てばお仕舞いとはいかない。罠を仕掛ける事も有れば待ち伏せして襲撃する事も有るし、ナイフ一本や素手での接触戦闘になる事も有る。私の技術はそんな戦いの蓄積で磨かれ研ぎ澄まされて来た。タツさんや敦賀が見たのは、対人の技術を活骸に応用しただけだ。自分で言うのも何だが、これは訓練でどうにかなる様なものじゃない、本人の生まれ持った資質や才能、それが大きく関わってる。私は自分と同程度の能力を持った人間を集めて部隊を立ち上げた、手足として使う為に。我々はワシントン軍の平均ではないし、我々の持つ技術はワシントン軍の大多数は持っていないんだ」
「……まさに特殊部隊、って事か」
「ああ、そうだ」
 タカコの持つ技量を伝授出来れば、一瞬でもそう思ったのは黒川と敦賀だけではなく高根と横山も同じだったのか一様に残念そうな表情を浮かべ、さてどうしたものかといった様子でソファの背凭れへと身体を預け揃って天井を仰ぐ。
 そもそも話の発端は銃の使用を前提とした、何を切り捨てるかどうかの線引きの話だった筈だ、それを避ける為に接触戦闘を検討するのでは本末転倒も良いところだろう。いつかはきちんと考えなければいけなかったであろう事、高根と黒川はその事を胸中で改めて自分へと問い掛け、やがて辿り着いた答え、それが相手も同じであろうと視線を合わせて、一つ、大きく頷き合う。
「……太刀での戦闘を捨てる事は無い、それでも散弾銃の使用が主体となる戦略戦術へと大和全体が舵を切るだろう。活骸と人間が入り混じっている状態ならその人間はどっちにしろ直ぐに食い殺される、それなら……可哀相だが、活骸諸共撃ち殺して楽にしてやった方が良い」
「……俺も真吾と同意見だ……たった一人でも見捨てる事はしたくないが、それで全体を死なせるわけにはいかん。それを防ぐ為なら、殺せという命令は出すし、その責任も重さも、発令した俺達が受け止める」
 静かな、同時に強い意志を感じさせる確かな言葉。高根と黒川の二人から出たその言葉を受け止め、タカコは一つ、しっかりと頷いて見せる。
「分かった、その方向で組み立てよう。素案が出来たら持って来るから確認してくれ」
 そう言って立ち上がり、軽く挙手敬礼をして執務室を出て行くタカコ、敦賀が静かにその後を追って出て行き、室内には高根達四人が残された。
 小さな、小さな背中、ほんの時折ではあるが護ってやりたいとすら思わせるその背中と双肩には、想像もつかない程の大勢の命と重い責任が今も乗っているのだろう。そして、小さな手の細い指、そこを擦り抜けて逝った命もその手が終わらせた命も、自分達が考えるよりもずっと多いのだろう。
「……あいつからあんな話して来るなんてなぁ……俺等よりもずっとしんどい戦いと決断の連続だったんだろうなぁ……」
 天井を見上げて呟く高根、その言葉に頷く他の三人は彼の意識には無く、無性に家に帰りたいと、ぼんやりとそんな事を考えていた。
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