75 / 100
第175章『揚陸』
しおりを挟む
第175章『揚陸』
見た目は大型の漁船に偽装しているものの内部は完全な軍艦、様式はワシントン海軍の軍艦と似てはいるものの全く同じではない、壁に貼られた表示板等に記されている文字は――、
(キリル文字と……漢字か、旧ロシアと旧中国が大陸に現存してるのか?朝鮮は確かハングルが主体で漢字は一般的じゃなかった筈だしな)
タカコの母国であるワシントン、そのアラスカ戦線も目指す先はユーラシア大陸、そこに存在していた大国の文字や言語に関する教育は受けている。それでも表示されている言葉を読み取るには至らず、何と書かれているか迄はタカコにも理解出来なかった。
しかし、大陸に国家が現存している可能性が高まった、そう誘導する為の仕込みととれない事も無いが、表示板だけではなく船全体から漂う使い込まれた様子が説得力を高めている。
「しっかし、中身は完全に軍艦だな、艦橋も後で立ち入るが、どんな装備が有るんだか」
拳銃を構えて狭いラッタルを一列になりタカコを先頭にして降りている臨検隊、背後は甲板にいる兵員が守ってくれている安心感も有るのか、タカコの直ぐ後ろを歩いていた臨検隊長の結城が話し掛けて来た。
「そうですね、大和の艦艇内部とそっくりですね」
「え?うちの艦艇内に入った事有ったのか?」
「ああ、自分、出身が佐世保なんで。それで子供の頃に一般公開で何度か」
「佐世保の出なのか。あそこは軍港街だしそれなら納得だ」
旧時代は瀬戸内海に面した呉、東京湾とその先に続く太平洋に面した横須賀が海軍の主要な港だった様だが、現在では大和本土の太平洋側に位置する軍港はその多くが放棄され、旧日本海の対馬区を挟んで本州側は舞鶴、九州側は佐世保を最重要拠点とした体制が構築されている。
佐世保に在る沿岸警備隊工廠は、九州側で就役している艦艇の全てを建造し多数の安定した雇用を生み出しており、博多とはまた違う活気に満ちている都市だと、タカコは高根と黒川からそう説明を受けている。誰にどんな話を振られても不審に思われない様に、その為に叩き込まれた知識は多岐に亘り、方言からここ三十年程の催事や祭事、果ては生家と設定した住所付近の店の名前や業態、そこの従業員の名前迄覚えさせられた。途中で何度か泣きをいれたものの鬼二人の苛烈な指導は緩む事は無く、あれを思い出すと未だにげんなりとしてしまうが、それでもこういった会話が有ると確かに役に立っているのだと実感する。
結城は佐世保基地にも赴任経験が有るのか基地の直ぐ傍の商店街の話題を振って来て、タカコはそれに答えつつラッタルから床へと降り立ち、左手で拳を作ってそれを掲げて見せ、後続がラッタルの上で動きを止めたのを確認するとゆっくりと前へと向かって歩き出した。
人の気配はしない、代わりにあちこちから漂う腐敗臭、艦内にもそれなりの数の遺体が転がっている様子、艦内全域が戦場になったようだなと思いつつ部屋を一つずつ検め、やがて壁へと行き着き立ち止まり、
「完了です、この階には生存者無し、検査を開始して下さい」
そう言って待機している臨検隊へと声を掛ける。
その時に『おかしい』と思ったのは彼等との距離の短さ、甲板で判断した船の全長と比べあまりにもこの区画は狭過ぎる、甲板直下なら気密区画はそう多くはない、機関部ももっと下の階層の筈。
「私は先にこの下を確認します」
臨検隊へとそう声を掛けて階下へのラッタルへと飛び込み、手摺を掴んで滑り降りる勢いで下の階層へと降りる。もし、自分の予想が当たっているのなら状況は大和にとって非常に拙い。どうか、どうか違っていてくれと思いつつ各部屋を検め下へと降りれば、タカコはやがて自分の考えが残念ながら正鵠を射ていた事を知る事となった。
行き止まりの壁に現れた気密扉、それに肌を粟立たせつつも更に下へと部屋を検めつつ降り、辿り着いた最下層、足の数十cm下は海中という状況の中、タカコは気密扉の前に無言のまま立っていた。
ゆっくりと取っ手に手を掛け、力を込めてそれを回す。金属の軋む音、それを耳にしながら回し続ければ、扉はやがてゆっくりと向こう側へと開き始める。その扉の向こうにやがて現れたのは暗く広い空間、中へと入り手探りで明かりを付ければ、そこに広がった光景にタカコは背筋を冷たいものが伝うのを感じていた。
トラック二台分の空間、床には車輪止めが幾つも転がり、周囲には貨物を固定していたであろう網が無造作に丸めて放られている。車輪止めの位置や数、空間の大きさからして海兵隊のトラックと同じ程度の大きさだろう、車輪の数はこちらの方が多いから、最大積載量も恐らくは多い筈だ。
仮に五トン積めるとしてそれが二台、十トンもの『何か』を満載した車両がここにいて、そして――、と、無言のまま空間を突っ切り、立ち止まったのは船尾部分。
そこに在るものはトラックでも楽々と通せる程の大きな扉、足元には幾つかの水溜り、タカコはそれを目にした瞬間弾かれた様にして走り出し、途中にいた臨検隊へと
「全区画点検完了!生存者無し!安全です!」
と、そう声を放り、一気に甲板へと駆け上がる。
ラッタルを何段も飛ばして一気に甲板へと踊り出れば、その勢いに何か有ったのかと甲板にいた全員の視線が集中する。高根と黒川と横山、タカコはその三人の姿を視界の中央に据え、腹の底から声を絞り出し状況を全員へと伝えた。
「漁船に偽装された揚陸艦です!トラック二台分程度の格納庫を船尾部分に確認、トラックも貨物も見当たりません、揚陸用の扉は使用された形跡有り!国籍不明の兵員と装備と車両、大和に上陸した模様です!」
見た目は大型の漁船に偽装しているものの内部は完全な軍艦、様式はワシントン海軍の軍艦と似てはいるものの全く同じではない、壁に貼られた表示板等に記されている文字は――、
(キリル文字と……漢字か、旧ロシアと旧中国が大陸に現存してるのか?朝鮮は確かハングルが主体で漢字は一般的じゃなかった筈だしな)
タカコの母国であるワシントン、そのアラスカ戦線も目指す先はユーラシア大陸、そこに存在していた大国の文字や言語に関する教育は受けている。それでも表示されている言葉を読み取るには至らず、何と書かれているか迄はタカコにも理解出来なかった。
しかし、大陸に国家が現存している可能性が高まった、そう誘導する為の仕込みととれない事も無いが、表示板だけではなく船全体から漂う使い込まれた様子が説得力を高めている。
「しっかし、中身は完全に軍艦だな、艦橋も後で立ち入るが、どんな装備が有るんだか」
拳銃を構えて狭いラッタルを一列になりタカコを先頭にして降りている臨検隊、背後は甲板にいる兵員が守ってくれている安心感も有るのか、タカコの直ぐ後ろを歩いていた臨検隊長の結城が話し掛けて来た。
「そうですね、大和の艦艇内部とそっくりですね」
「え?うちの艦艇内に入った事有ったのか?」
「ああ、自分、出身が佐世保なんで。それで子供の頃に一般公開で何度か」
「佐世保の出なのか。あそこは軍港街だしそれなら納得だ」
旧時代は瀬戸内海に面した呉、東京湾とその先に続く太平洋に面した横須賀が海軍の主要な港だった様だが、現在では大和本土の太平洋側に位置する軍港はその多くが放棄され、旧日本海の対馬区を挟んで本州側は舞鶴、九州側は佐世保を最重要拠点とした体制が構築されている。
佐世保に在る沿岸警備隊工廠は、九州側で就役している艦艇の全てを建造し多数の安定した雇用を生み出しており、博多とはまた違う活気に満ちている都市だと、タカコは高根と黒川からそう説明を受けている。誰にどんな話を振られても不審に思われない様に、その為に叩き込まれた知識は多岐に亘り、方言からここ三十年程の催事や祭事、果ては生家と設定した住所付近の店の名前や業態、そこの従業員の名前迄覚えさせられた。途中で何度か泣きをいれたものの鬼二人の苛烈な指導は緩む事は無く、あれを思い出すと未だにげんなりとしてしまうが、それでもこういった会話が有ると確かに役に立っているのだと実感する。
結城は佐世保基地にも赴任経験が有るのか基地の直ぐ傍の商店街の話題を振って来て、タカコはそれに答えつつラッタルから床へと降り立ち、左手で拳を作ってそれを掲げて見せ、後続がラッタルの上で動きを止めたのを確認するとゆっくりと前へと向かって歩き出した。
人の気配はしない、代わりにあちこちから漂う腐敗臭、艦内にもそれなりの数の遺体が転がっている様子、艦内全域が戦場になったようだなと思いつつ部屋を一つずつ検め、やがて壁へと行き着き立ち止まり、
「完了です、この階には生存者無し、検査を開始して下さい」
そう言って待機している臨検隊へと声を掛ける。
その時に『おかしい』と思ったのは彼等との距離の短さ、甲板で判断した船の全長と比べあまりにもこの区画は狭過ぎる、甲板直下なら気密区画はそう多くはない、機関部ももっと下の階層の筈。
「私は先にこの下を確認します」
臨検隊へとそう声を掛けて階下へのラッタルへと飛び込み、手摺を掴んで滑り降りる勢いで下の階層へと降りる。もし、自分の予想が当たっているのなら状況は大和にとって非常に拙い。どうか、どうか違っていてくれと思いつつ各部屋を検め下へと降りれば、タカコはやがて自分の考えが残念ながら正鵠を射ていた事を知る事となった。
行き止まりの壁に現れた気密扉、それに肌を粟立たせつつも更に下へと部屋を検めつつ降り、辿り着いた最下層、足の数十cm下は海中という状況の中、タカコは気密扉の前に無言のまま立っていた。
ゆっくりと取っ手に手を掛け、力を込めてそれを回す。金属の軋む音、それを耳にしながら回し続ければ、扉はやがてゆっくりと向こう側へと開き始める。その扉の向こうにやがて現れたのは暗く広い空間、中へと入り手探りで明かりを付ければ、そこに広がった光景にタカコは背筋を冷たいものが伝うのを感じていた。
トラック二台分の空間、床には車輪止めが幾つも転がり、周囲には貨物を固定していたであろう網が無造作に丸めて放られている。車輪止めの位置や数、空間の大きさからして海兵隊のトラックと同じ程度の大きさだろう、車輪の数はこちらの方が多いから、最大積載量も恐らくは多い筈だ。
仮に五トン積めるとしてそれが二台、十トンもの『何か』を満載した車両がここにいて、そして――、と、無言のまま空間を突っ切り、立ち止まったのは船尾部分。
そこに在るものはトラックでも楽々と通せる程の大きな扉、足元には幾つかの水溜り、タカコはそれを目にした瞬間弾かれた様にして走り出し、途中にいた臨検隊へと
「全区画点検完了!生存者無し!安全です!」
と、そう声を放り、一気に甲板へと駆け上がる。
ラッタルを何段も飛ばして一気に甲板へと踊り出れば、その勢いに何か有ったのかと甲板にいた全員の視線が集中する。高根と黒川と横山、タカコはその三人の姿を視界の中央に据え、腹の底から声を絞り出し状況を全員へと伝えた。
「漁船に偽装された揚陸艦です!トラック二台分程度の格納庫を船尾部分に確認、トラックも貨物も見当たりません、揚陸用の扉は使用された形跡有り!国籍不明の兵員と装備と車両、大和に上陸した模様です!」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。
ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」
人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。
「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」
「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」
一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。
「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」
「……そんな、ひどい」
しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。
「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」
「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」
パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。
昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。
「……そんなにぼくのこと、好きなの?」
予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。
「好き! 大好き!」
リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。
「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」
パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、
「……少し、考える時間がほしい」
だった。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる