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第160章『新兵器』

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第160章『新兵器』

 二条城跡でのタカコに対しての査問は思いの外落ち着いて進み、彼女に対して統幕からの叛意等の嫌疑が表立って掛けられる事は無かった。実家近所の町工場で機械を見て育ち、その知識や技術を活骸との戦いに役立てたい、そんな思いで任官したのだという話は、この時の為に仕込んでいた僅かな佐世保訛りが更に説得力を与え、殆ど疑われる事も無く受け入れられたと言って良いだろう。
 三十代になる迄任官しなかった理由は機械弄りや色々な仕組みや道具等の考案に明け暮れていたから。そんな生活を続けている中で親が相次いで病没し、どうせならば任官し自分の案を実際に海兵隊で採用してもらい戦いに役立てようと思い立ち、長崎の地方協力本部ではなくいきなり博多の海兵隊基地を訪れ入隊を希望した。そして、試験に通り基本訓練を受けた後はそのまま工兵部へと配属された、それが高根達と作り上げた筋書きだ。
 戸籍の管理が行き届いていない大和の現状を上手く利用し、佐世保で病没した清水という老夫婦の娘として上手く滑り込ませ、それは現時点では取り敢えず外部には漏れずに済んでいる。
 統幕の面々と同じ高級士官同士、彼等が何処に着目し警戒するかは高根にも黒川にもよく分かっている。その彼等が主導する形で作り上げた『清水多佳子』という人物像を、統幕は今のところ全く疑ってはいない。
「――よく分かった、私は聞きたい事は聞き終えたが、他には?」
 手元の書類に視線を落としつつの須藤の言葉、それに上がる声は無く、須藤はそのまま解散を告げて立ち上がった。
「次は長池演習場に移動だ、兵器を実際に使用するところを見せてもらう」
「はっ、はいっ!」
 身体をびくつかせ弾かれる様に立ち上がるタカコ、それを両脇の高根と黒川が肩を叩いて宥めて見せ、室内にいた全員が立ち上がり移動の為に階下へと向かい始める。
 大和陸軍長池演習場――、二条城跡から南南東に直線で二十km程のところに在る、首都近郊では最大の演習場。活骸との戦いに直接参加はしないまでも、陸軍も万が一の活骸の本土侵攻に備えそれなりの訓練を積み装備を整えている。その中でも大規模な爆破等を伴うものの多くがここで行われていた。
「さて……早速実演を」
 広大な演習場の一角に設置された市街地を模した建物や的、戦闘服に着替え、トラックの荷台から下ろした装備を丁寧に点検するタカコ、その前に歩み出た須藤が鋭い眼差しで彼女を見据え、命令を簡潔に口にする。タカコは緊張感を漲らせた眼差しでそれを見返し、
「は」
 と、短く首肯して散弾銃を手にして立ち上がった。
「それでは、先ずは散弾銃から。兵士に持たせる最も一般的な銃とお考え下さい、これが対活骸戦の基本戦法であり武器となります」
 それだけ言って銃を構えその筒先を的へと向けるタカコ、その身体が纏う空気が一瞬にして変わった事に、須藤を始めとする統幕の全員が気が付いた。迷いも恐れも消えた鋭く真っ直ぐな眼差し、真一文字に引き結ばれた口元、ゆっくりと引かれた引き金により銃口から発射された散弾が正確に的の胸元を撃ち抜き、かなりの反動が有るだろうに小さな身体は僅かに動くだけ。
 感嘆の声が上がる中、タカコはそれに動じる事無く次々に的を撃ち抜いて行く、須藤はそれを見詰めつつ、隣に立っていた男へと話し掛けた。
「……どう見る」
「彼女が試験を繰り返しているであろう事を考えれば、これを量産して配備したからといって一朝一夕でこの技量は身に付かんでしょう。訓練の内容を細かく定めた計画書の作成が必要になりますが……ただ、大きな力になる事は間違い無いでしょうね」
 答えたのは先程二条城でタカコが視線を止めた陸軍中将、その彼もまた真っ直ぐな眼差しでタカコを見据え、その一挙手一投足に意識を集中させている。
「身元も確かな様ですし、銃一つ取ってもこれだけの威力を持つ物を齎した事を考えれば、叛意等はあまり警戒はせずとも良いのでは?空恐ろしい発想力だとは確かに思いますが、海兵隊がきちんと手綱を取っている限りは大丈夫な様に思いますが」
「ああ……確かに。海兵隊に情報を全て開示させている以上謀反を企てる事も不可能だろう、陸軍の監視も有るし、高根自身そんな男ではないな」
「はい、高根総司令の人柄については私が保証します」
「……ああ、そう言えばそうだったな。どうだ、お互いにもういい歳だ、そろそろ和解しても良いんじゃないのか?」
「それは……相手次第ですね、私はもう歳をとって落ち着きましたが、あちらはまだそうとはいかない様子で」
「そうか、大変だな」
「ええ」
 小声でそんな遣り取りをしつつ互いの視線はタカコへと向けられたまま。やがて散弾銃の実射を終えたタカコが次はと手榴弾や地雷の説明へと動き出し、その場の全員もそれに合わせて動き出す。
 と、そんな中、須藤と話していた男の意識を惹いたのはタカコの直ぐ後ろを歩く敦賀の姿。タカコの左斜め後ろをぴったりとくっつく様にして歩き、荷物が重かったのか抱え直すタカコに無言のまま素早く手を貸し荷物を持ってやる。そして、礼でも言っているのか振り返って見上げる彼女へと向けられた敦賀の横顔の穏やかさに、男は思わず動きを止めた。
(……監視役と聞いているが……まさか、な……)
 恐らくは自分以外の統幕の人間は今の情景を見ていたとしても気付いてはいないだろう、それ程に小さな動きだった筈だ。報告すべきなのか、それともそこ迄する必要の無い事なのか、男は逡巡しつつも歩みを止める事は無く、市街地戦の試験場へと向かって行った。
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