48 / 100
第148章『理由』
しおりを挟む
第148章『理由』
「ばっっっかじゃねーの?だから止めておけって言っただろ、てめぇは私の部隊の実力を何だと思ってるんだ、対人制圧専門部隊虚仮にすんのもいい加減にしろよ」
「……うるせぇ……ってぇ……」
「当たり前だ、寧ろその程度で済んで良かったと思えよ、親指一本で人を殺せる奴だぞ、ケインは。ほれ、足と脇腹見せてみろ」
物騒な事を言いつつ呆れ顔のタカコ、その彼女の指示に素直に従いシャツと戦闘服のズボンを脱ぎつつ、敦賀は何ともばつの悪い心持ちで小さく舌を打つ。
タカコの言う通りにカタギリを見縊り過ぎていた、見た目からでは判断は出来ないとタカコを見て思い知っていた筈なのに、これでは馬鹿にされても当然だなと思いつつ打撃を食らった箇所へと湿布を貼り付けるタカコを見ていると、ふと先程カタギリに言われた言葉が蘇った。
「……やっぱりムカつくか、馬鹿女呼ばわりは」
「は?ああ、ケインに言われたのか。そりゃまぁ最初は良い気はしなかったが、もう慣れたよ。部下のあいつにしてみりゃムカつくだろうが、私が慣れたって言ってるんだから、まぁ気にするな」
そう言って見上げて来るタカコ、その視線にも面持ちにも含むところは無さそうで、実際に気にしているわけではないのだろうと分かる。それでもカタギリの言っていた事も尤もで、そもそも敦賀自身も別にタカコの名を呼びたくないわけではない、最初から言い争いをする事が多く、何と無く流れで定着してしまっただけの事。
「……名前で呼んだ方が良いか」
「いや、ケインの場合それでもなぁ、苗字で呼び捨ても駄目だなあいつの場合。シミズ大佐って呼んで敬語で話すとかでもしねぇと――」
「片桐の事は言ってねぇよ、お前がどう思うか聞いてんだ」
「だから、私は別に気にしてねぇよ。今更名前で呼ばれるのも何か変な感じだし、私だってお前の事名前じゃなくて苗字で呼んでるんだし、今のままで良いんじゃないか?」
タカコのその言葉が、妙に敦賀の心に引っ掛かる。そう、彼女は今迄畏まった場と状況以外では常に相手を名前で呼んで来た、陸軍の黒川の事でさえ『さん』を付けてではあるが名前で呼んでいる。常に苗字で呼ばれているのは、敦賀一人だけ。
「一つ聞きてぇんだが、てめぇは俺の名前を知らないとか、そういう事なのか?」
「は?何言ってんの?この間お前の執務室で姓名で呼んだろうがよ」
「そういう事じゃねぇよ、普段は苗字でしか呼んでねぇだろうが。他の奴は真吾も、他所もんの龍興でさえ名前で呼んでるのに、何でだ?」
「何でって……別に、意味は無いが」
微妙に言い淀む奇妙な間、そして、僅かに泳いだタカコの視線を敦賀は見逃さない。湿布を貼り終えて立ち上がろうとした彼女の腕を掴み、自分の方へと引き寄せて顎を掴み半ば無理矢理に視線を合わせ、静かに再度問い掛けた。
「……何でだ?」
「お前が私を名前で呼ぶかどうかって話をしてたのに、何で私がお前のなま――」
「誤魔化すな、答えろ。何でだ?」
段々と近づく顔、唇が触れ合う程の至近距離で囁かれ、タカコが視線を逸らそうにも、顎をしっかりと押さえ敦賀はそれすら許さない。何か、何か隠している、それは恐らく自分に深く関わっている事。そう直感しそれを教えろと更に身体を抱き寄せて顔を近付ければ、唇が触れ合う寸前で医務室の扉が開かれ、その向こうから医官の大和田が姿を現す。
「……先任……そういう事はせめて人目に触れる可能性の無い場所で……いや、それも拙いか、外行って下さいね、外」
男が下着一枚という格好で女を抱き締めて顔を寄せていればそう思われて当然、大和田がそう発言するのは尤もな事で、大和田の出現に弾かれる様にして腕を振り解き逃れて行くタカコ、敦賀はそれに内心舌を打ちながら立ち上がり、シャツとズボンに手を伸ばしそれを身に付ける。
「いや……先生、そういうんじゃねぇ……ちょっと話を聞いてただけだ」
「いやいや、皆知ってますから隠さなくても。お似合いですよ?」
「先生ひどい!勝手にくっつけないでよ!私とこいつはそういうんじゃないし!」
「そうなんですか?僕、お二人がいつ結婚するかの賭けに一口乗ってるんですよ。時期教えてくれません?申告修正しとくんで」
「だから!そんなんじゃないから!何で私がこいつとそんな事しないといかんのよ!」
「……ちょっと待て馬鹿女、てめぇ、俺とそんな仲になるのがそんなに嫌か」
「はぁぁぁ!?じゃあてめぇは私と結婚してぇってのか!?」
宜しくない状況に間違われかねない場を見られて先走った事を言われ、取り繕おうと大和田の言う事を否定はしたものの、敦賀自身の気持ちとしては大和田の言った様な関係を望んでいる。それでも必死になって否定し自分に突っ掛かって来たタカコに対して返した言葉は、あまりにも幼く、稚拙なもの。
「ふざけんなよ……誰がてめぇみてぇな馬鹿で騒々しくて凶暴でがさつな女と結婚してぇと思うってんだ!」
「こっちだって願い下げだ!」
「てめぇが言うな馬鹿女!」
石を投げ込んだ大和田を置き去りにして始まった言い争い、その激しさに、タカコが敦賀の名前を呼ばない理由は何処かへと流され消え去って行った。
「ばっっっかじゃねーの?だから止めておけって言っただろ、てめぇは私の部隊の実力を何だと思ってるんだ、対人制圧専門部隊虚仮にすんのもいい加減にしろよ」
「……うるせぇ……ってぇ……」
「当たり前だ、寧ろその程度で済んで良かったと思えよ、親指一本で人を殺せる奴だぞ、ケインは。ほれ、足と脇腹見せてみろ」
物騒な事を言いつつ呆れ顔のタカコ、その彼女の指示に素直に従いシャツと戦闘服のズボンを脱ぎつつ、敦賀は何ともばつの悪い心持ちで小さく舌を打つ。
タカコの言う通りにカタギリを見縊り過ぎていた、見た目からでは判断は出来ないとタカコを見て思い知っていた筈なのに、これでは馬鹿にされても当然だなと思いつつ打撃を食らった箇所へと湿布を貼り付けるタカコを見ていると、ふと先程カタギリに言われた言葉が蘇った。
「……やっぱりムカつくか、馬鹿女呼ばわりは」
「は?ああ、ケインに言われたのか。そりゃまぁ最初は良い気はしなかったが、もう慣れたよ。部下のあいつにしてみりゃムカつくだろうが、私が慣れたって言ってるんだから、まぁ気にするな」
そう言って見上げて来るタカコ、その視線にも面持ちにも含むところは無さそうで、実際に気にしているわけではないのだろうと分かる。それでもカタギリの言っていた事も尤もで、そもそも敦賀自身も別にタカコの名を呼びたくないわけではない、最初から言い争いをする事が多く、何と無く流れで定着してしまっただけの事。
「……名前で呼んだ方が良いか」
「いや、ケインの場合それでもなぁ、苗字で呼び捨ても駄目だなあいつの場合。シミズ大佐って呼んで敬語で話すとかでもしねぇと――」
「片桐の事は言ってねぇよ、お前がどう思うか聞いてんだ」
「だから、私は別に気にしてねぇよ。今更名前で呼ばれるのも何か変な感じだし、私だってお前の事名前じゃなくて苗字で呼んでるんだし、今のままで良いんじゃないか?」
タカコのその言葉が、妙に敦賀の心に引っ掛かる。そう、彼女は今迄畏まった場と状況以外では常に相手を名前で呼んで来た、陸軍の黒川の事でさえ『さん』を付けてではあるが名前で呼んでいる。常に苗字で呼ばれているのは、敦賀一人だけ。
「一つ聞きてぇんだが、てめぇは俺の名前を知らないとか、そういう事なのか?」
「は?何言ってんの?この間お前の執務室で姓名で呼んだろうがよ」
「そういう事じゃねぇよ、普段は苗字でしか呼んでねぇだろうが。他の奴は真吾も、他所もんの龍興でさえ名前で呼んでるのに、何でだ?」
「何でって……別に、意味は無いが」
微妙に言い淀む奇妙な間、そして、僅かに泳いだタカコの視線を敦賀は見逃さない。湿布を貼り終えて立ち上がろうとした彼女の腕を掴み、自分の方へと引き寄せて顎を掴み半ば無理矢理に視線を合わせ、静かに再度問い掛けた。
「……何でだ?」
「お前が私を名前で呼ぶかどうかって話をしてたのに、何で私がお前のなま――」
「誤魔化すな、答えろ。何でだ?」
段々と近づく顔、唇が触れ合う程の至近距離で囁かれ、タカコが視線を逸らそうにも、顎をしっかりと押さえ敦賀はそれすら許さない。何か、何か隠している、それは恐らく自分に深く関わっている事。そう直感しそれを教えろと更に身体を抱き寄せて顔を近付ければ、唇が触れ合う寸前で医務室の扉が開かれ、その向こうから医官の大和田が姿を現す。
「……先任……そういう事はせめて人目に触れる可能性の無い場所で……いや、それも拙いか、外行って下さいね、外」
男が下着一枚という格好で女を抱き締めて顔を寄せていればそう思われて当然、大和田がそう発言するのは尤もな事で、大和田の出現に弾かれる様にして腕を振り解き逃れて行くタカコ、敦賀はそれに内心舌を打ちながら立ち上がり、シャツとズボンに手を伸ばしそれを身に付ける。
「いや……先生、そういうんじゃねぇ……ちょっと話を聞いてただけだ」
「いやいや、皆知ってますから隠さなくても。お似合いですよ?」
「先生ひどい!勝手にくっつけないでよ!私とこいつはそういうんじゃないし!」
「そうなんですか?僕、お二人がいつ結婚するかの賭けに一口乗ってるんですよ。時期教えてくれません?申告修正しとくんで」
「だから!そんなんじゃないから!何で私がこいつとそんな事しないといかんのよ!」
「……ちょっと待て馬鹿女、てめぇ、俺とそんな仲になるのがそんなに嫌か」
「はぁぁぁ!?じゃあてめぇは私と結婚してぇってのか!?」
宜しくない状況に間違われかねない場を見られて先走った事を言われ、取り繕おうと大和田の言う事を否定はしたものの、敦賀自身の気持ちとしては大和田の言った様な関係を望んでいる。それでも必死になって否定し自分に突っ掛かって来たタカコに対して返した言葉は、あまりにも幼く、稚拙なもの。
「ふざけんなよ……誰がてめぇみてぇな馬鹿で騒々しくて凶暴でがさつな女と結婚してぇと思うってんだ!」
「こっちだって願い下げだ!」
「てめぇが言うな馬鹿女!」
石を投げ込んだ大和田を置き去りにして始まった言い争い、その激しさに、タカコが敦賀の名前を呼ばない理由は何処かへと流され消え去って行った。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説


アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる