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第143章『部下と部外者』

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第143章『部下と部外者』

 目が覚めては交わり果てては眠りを繰り返し、力尽きて泥濘の眠りへと落ちて行ったのは明け方、そして、その眠りから目覚めたのは昼過ぎの事。
「……こりゃ真吾に大説教食らうな……おい、もう昼だ、そろそろ起きろ」
 だるそうな面持ちで時計を見た敦賀がそう言って、腕の中で未だ眠り続けるタカコを揺り起こした。
「……昼って……お互い頑張り過ぎたな……」
 こちらも敦賀と同じ様な面持ちと声音でそう言ってもぞもぞと動き出し、その彼女に一度覆い被さり口腔を一度深く侵してから漸く布団の外へと出る。
「お腹空いた……」
「そりゃあんだけずっとやってればな……もうこの時間だ、開き直って飯食ってから戻るか」
「おや、生真面目な敦賀上級曹長らしくない発言ですな」
「いや、俺も腹減った……とにかく出るぞ」
「はいはい」
 一度風呂に入りさっぱりとしてから外に出れば初夏の日差しの眩しさに思わず目を細める。タカコがやって来てからもう直ぐ二年、彼女が言った『千日目』迄、もう一年を切っている。その残りの期間でどれだけの事が出来るのか、そしてその先に待ち受けるのは同盟なのか戦争なのか、今は未だ誰にも、恐らくはタカコにも分からない。
 彼女自身は大和には同盟の価値有りと判断してくれた様だが、その報告をワシントン本国が受け入れるかは分からない、それ迄に今以上の強みとその実績を身につけておかなければ、それが自分達大和人の、タカコに対しての恩返しであり協力だろう。
 うどん屋に入りうどんと握り飯の定食を頼み手早く食べて出て、戻ったら説教だ、気が重い、そんな事を言いながら基地へと戻れば、待っていたのはやはり高根からの説教で。
「敦賀よ……龍興だけでなくてめーもか!やるのは構わねぇよ、基地内で盛らずに外に行った事も評価するよ、でも今何時だよ!」
「あー……ヒトゴーフタハチ」
「だから!何時か聞いてるわけじゃねぇ!遅過ぎるって言ってんだ!そんなところ迄龍興と揃えるんじゃねぇ!何なんだてめぇ等!仲良いのか悪いのかどっちだ!」
「良い様に見えるってのか?その目は節穴か?あ?」
「逆切れするんじゃねぇ!」
 何とも平和な遣り取り、タカコがそれに思わず噴き出せば今回はタカコにも火の粉が降り掛かる。
「タカコ!おめぇもおめぇだ!男なんてのはこの通りだらしねぇ生き物なんだからお前が手綱とってちゃちゃっと起こして始業前に帰って来いよ!」
「えー、無理。どんだけ身体酷使する羽目になってると思ってんの、こうやって日の高い時間に帰って来たの褒めて欲しい位なんだけど」
「……それもそうだな」
「でしょ?」
 それで高根も毒気を抜かれたのか説教は終わり、やれやれといった様子で湯呑に手を伸ばし中身を啜った。
「あ、うちの二人はこれかせどうするんだ?」
「片桐は今のところ今迄通りの配置、金原に関しては龍興に扱いを任せてるが……多分太宰府に異動させて龍興の部屋付き辺りになりそうだ、うちとの連絡役も兼ねてな。まぁそこのところは本来の上官であるお前との話し合い無しに決められる事でもねぇから、龍興の希望として頭に入れておいてくれ」
「了解、うちとしてはそれで構わんよ、ただ、そうなると博多の内情が直で探れなくなるのが痛いな」
「それに関しては龍興の方から申し出が有ってな、奴の草を自分を通してなら使ってもらって構わんと、そう言ってる」
「そうか、それなら助かるよ」
「そういや、昨日のあれどうするんだ、北見」
 昨日焼却を完了させる為にキムを残し、そのままにして戻って来た北見の身体と拷問道具、対馬区の無人地帯とは言えそのままでは色々と拙いだろう、昨日の時点では確か今日始末に戻ると言っていた気がするがと敦賀が言えば、タカコはそれに首肯して
「真吾、ケインを連れて後始末に行って来るよ、敦賀が一緒の方がお前としても良いだろうから連れて行きたいが、構わんか」
 と、高根へと向かってそう問い掛ける。高根もそれに対して頷くと、タカコは時計を見てもう出ようかと踵を返して歩き出した。
「片桐、ちょっと来い」
「はい先任、了解です」
 道場に行っていたのか木刀を持ったカタギリを見つけ声を掛ければ、今迄と同じ様に伍長として振舞う彼が返事をする。成る程、人目の有るところで本来の立場に戻るわけにもいかないかと内心で納得し再び歩き出せば後を大人しくついて来た。
「いつ戻って来たんです?」
「あー、ついさっき」
「まったく……そのふらっといなくなる癖、どうにかして下さいよ、傍に付いてる人間からしたら心臓と胃に悪いんですよそれ。あんたに何か有ったらその時傍にいた人間が全責任被る羽目になるんですよ、俺とヴィンスが他の連中に殺されるんですよ?ここはもう理屈じゃないってのいい加減分かって下さいって。誰と何してようが構いませんけどね、居場所を知らせるか常識的な時間に戻って来て下さいよ」
 トラックの運転席に座れば、その横に乗り込んで来たタカコとカタギリ、どうやら元々素行の良い上官ではないのか『またか』といった風情で小言を言い出すカタギリ、それに対してタカコは聞いているのかいないのか窓を開けて煙草を吸い始め、彼は彼で苦労の多い生活を送っている様だと、何とも妙な同情すら覚えてしまう。
「という事で、黒川准将とも話しましたけど、今日から俺とヴィンスも准将の家でお世話になりますから。出来る限りの時間しっかりと監視させてもらいます」
「うっわ、うっぜぇ」
「あんたが無茶やったり脱走したりしなけりゃこんな事にはなんねぇんですが?一日一粒使い捨ての皺無し脳みそだとそれが未だ理解出来ないんですかね?」
「……ちょっと待て、片桐、てめぇと金原も龍興の家に来るのか?」
「何なんだいきなり話に入って来て。そう言っただろう、聞こえなかったのか」
 他人の目が無くなったからか途端に敬語の消えたカタギリ、口調も随分と攻撃的になり向けられる視線も鋭さを増す。
「俺は一言もそんな話は聞いてねぇんだが」
「敦賀上級曹長、これは俺とこの人の間の話だ、世話になる家もお前のものじゃない。部外者が嘴を突っ込むな」
「……喧嘩売ってるってのなら買うが?」
「売っているつもりは無いが、お前がその気なら相手になるが?」
 突如始まった睨み合い、タカコはそれには何の関心も無い素振りで窓の外を見ながら、ゆっくりと煙を空に向かって吐き出した。
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