大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第140章『炮烙』

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第140章『炮烙』

「……さて、始めようか」
 敦賀の執務室での騒動から数時間後、場所は第一防壁と第二防壁の間の区間、夫々の監視所からは遠く離れた無人の荒野。タカコはそこでトラックを降り、手足をがっちりと拘束され荷台の中に転がされた北見へと向かって笑い掛けた。
「それじゃ、ちゃちゃっと準備してくれ」
 その言葉を受けてカタギリとキムが荷台からドラム缶を二人掛かりで抱えて降りて来る、上部が切り取られ開放されたそれを地面に置き、底部に鈎上になった杭を何本も打ち込んで行くその様子を眺めていれば、続いてやって来たもう一台のトラックから高根達が降りて近寄って来る。
「……おい、何をするつもりなんだ」
「炮烙」
「ほう、らく?何なんだそれ」
 敦賀の問い掛けに笑みを崩さず短く答えるタカコ、言葉の意味が分からずに敦賀が聞き返せば、冷たく獰猛な笑みはそのままにタカコはゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「大昔の中国……ユーラシア大陸に、三千年以上も前に滅びた殷という王朝が有ってな、その最後の王である紂王が愛妾である妲己の為に行ったとされる拷問だ。銅の柱に罪人を抱きつかせそれを業火で熱し、悶え絶叫し焼け死んでいく様を見て楽しんでいたそうだ」
 語られる凄惨な内容とはちぐはぐな楽しそうな声音、それに何か言おうと口を開きかけた敦賀を高根が肩を掴んで制し、頭を振って制止を促した。
「……こりゃとんでもなく根深い因縁が有る、俺等が口を出す事でも出せる事でもねぇ……尋問の主導権はやつに渡すと決めたんだ、口出しも手出しせずに静観しよう」
「生かすつもりは全く無ぇぞ……それ分かってて言ってるのか」
「分かってるさ……ありゃあ最初から殺す気だ……だから主導権を主張した、俺等の邪魔が入らねぇようにな」
「……それでも、あいつがどうするのか、見届けてやろうじゃねぇか」
 いつの間にか歩み寄って来ていた黒川も高根へと同意の言葉を口にし、二人に並んで立ちタカコの横顔を見ながらそう呟いた。
 活骸の本土侵攻を受けた後、陵辱されたタカコの姿に陸軍兵を殺してやると動こうとした自分を察知して制止したタカコ、その彼女がこうも怒り、残忍に笑って殺そうとしているとは、北見の後ろにいると思われる相手とはどんな因縁を抱えているのか。正面から問い掛けたとしてもきっと答えはしないだろう、それ程の闇と憎しみが在る、それだけは敦賀にも痛い程に伝わって来る。
 やがて準備が整ったのか荷台から北見がカタギリとキムによって引き摺り下ろされ、タカコの前へと連れて来られる。タカコはそんな北見の姿を冷たい眼差しで見下ろしながら、彼へと向けて静かに言葉を投げ付けた。
「……今ここで知っている事を全て吐けばお前の処遇は大和側に任せよう、千七百人もの海兵隊員を殺したんだ、死刑は免れんだろうが楽に死ぬ事は出来る……さぁ、どうする?」
 恐らくはこれが最後通牒、北見にもそれは分かっているだろうが簡単に口を割る筈も無く、鋭い眼差しでタカコを居抜き口元を歪め、タカコの戦闘服のズボンへと向けて唾を吐き捨てる。
「くたばれ雌い――」
 言い終える前に両側にいるカタギリとキムの爪先が腹に顔に入る、タカコはそれを見て目を細めて笑うと、
「――始めろ」
 そう言って顎をしゃくって示して見せ、それにより北見の手足は地面へとしっかりと固定されたドラム缶を抱き抱える形で手錠による拘束を受け、身動きは全くとれない状態となった。
「さーて……それじゃ、お話でもしようか」
 火を熾しそこに木炭を次々とくべて行くカタギリとキム、それを背中にタカコは北見の傍へと腰を下ろし話し掛ける、一見穏やかな笑顔と声音、それに背筋に冷たいものを感じつつそれでもそれを気取られない様に、北見はタカコを睨み付ける。
「……話すと思ってんのか、おめでたい脳みそしてやがるな」
「いや?正直どうでも良いんだよ、お前から自白が取れるかどうかなんて……自白が取れなかったとしても、遠回りになったとしても、私はお前の後ろにいる奴に辿り着いてみせるよ?」
 それっきり双方言葉は無く、互いに相手を真っ直ぐに見据える時間がどれだけ過ぎたのか、やがて真っ赤に灼けた木炭を大鍋に入れたカタギリがタカコの傍へと歩み寄って来て片膝を突く。
「ボス、準備出来ました」
「そうか、投入しろ」
 カタギリの方を向く事無く北見を見据えたままタカコが命令する、カタギリはそれに短く
「は」
 と返事をすると、立ち上がり鍋の中身を一気にドラム缶へと投入した。
「さぁ、どこ迄耐えられるかな?」
 大鍋に入れられた大量の木炭が一杯、また一杯とドラム缶の中へと投入されて行く、下の方から段々と熱を持ち始めたのか北見は頻りに足を動かし身体を捩ろうとし、タカコは何も言う事無く笑みを浮かべたままそれを見続ける。
「何か話す気になったか?」
 時折そう北見へと問い掛け、北見はそれに対して悪口雑言を返す、その遣り取りが何度か繰り返され、人体が焼ける臭いが漂い始めた頃、北見の口からは言葉にならない叫びが漏れ出し、眼差しからは段々と力強さが失われ始めていた。
「助けてやろうか?」
 間断無くなり始めた絶叫、耳障りな手錠の金属音、それに目を細めたタカコが北見の耳へと顔を寄せ囁き掛ける。その言葉に一瞬北見の双眸に生気が戻り、縋る様な眼差しがタカコへと向けられた。タカコはそれを見て今迄よりも深い笑みを浮かべると再度北見の耳元へと顔を寄せ、

「          」

 小さく何かを囁いて立ち上がった。
 途端に絶望に染まる北見の双眸、背を向けて歩き出すタカコに追い縋ろうとするかの様に身体を捩り手足を死に物狂いで動かし、耳障りな金属音がより大きく響き渡る。
「頼む!話す!何でも話すから!だから助けて!殺さないで!」
 今迄の強さは何処へ打ち捨てたか、恥も外聞も無く懇願の叫びを上げる北見、タカコはそれを背に受けつつキムから液体の入った容器を受け取り、踵を返し北見の元へと再び戻って来て、彼の横に立ちにこやかな面持ちで彼の顔を覗き込む。
「話す気になったか?」
「話す!話します!だから――」
「――要らねぇよ」
 ぞっとする程の冷たい声音、けれど笑顔は冷たいながらも変わらず、それに北見の双眸が再度絶望に染まるのを見てタカコは手にしていた容器の中身を北見の身体へと掛け、残りをドラム缶の中へと一息に放り込んだ。
 爆発の如き勢いで激しく上がる火柱、急激に上がるドラム缶の熱に北見は言葉を失い断末魔の絶叫を上げる。その彼の身体から炎が上がるのを目を細めて見詰めたタカコは暫くしてから踵を返し、
「明日の夜には綺麗に燃え尽きてる、その時に後始末に来よう、ヴィンス、火の番を頼む」
「了解です、ボス」
 そんな短い遣り取りを交わし自らが乗って来たトラックへと向けて歩き出す。
 目の前で繰り広げられた余りにも凄惨な光景、言葉と動きを失う大和勢三人の前にカタギリが歩み寄り、
「この後はボスは相当荒れる、誰か運転を代わってやってくれ。それと、誰かついててやってくれ……俺達じゃその役目は無理なんでな」
 それだけ言って言ってトラックの荷台へと残った荷物の積み込みをしに戻って行った。
「……俺が行く」
 動いたのは敦賀、高根と黒川の方を見れば無言で頷かれ、敦賀はそれに頷き返すと踵を返し、タカコの方へと向かって歩き出した。
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