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第137章『正体』

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第137章『正体』

「北見、いきなりどうしたんだ?」
 斥候と目していた片桐、その彼を拘束しいきなり乗り込んで来たともなれば大体の流れは読めるが、それでも高根は一応はと北見へと問い掛ける。しかし、北見の放った言葉は彼の予想を遥かに超え、そしてこの場に新たな緊迫を齎す程の衝撃を持っていた。
「片桐の自室でこれを見つけました、給水槽の近くに放棄され活骸の菌が検出されたのと同じ瓶です」
 先の事件で七割が戦死し、今迄は関わっていなかった経験の浅い隊員も重要な調査等に登用される様になっている、北見もまたその中の一人だ。給水槽への菌の投下、その近くで菌が大量に付着した瓶が見つかった事、それ等全て彼も知っている事で、内部に潜り込んだ人間の犯行であるという事も彼は知っている。片桐の名前を出した事は無かったが、それで北見が片桐に行き着いたという事はやはりこの男が、そう思いながら片桐を見れば、続いて北見の口から俄かには信じ難い言葉が飛び出した。
「もう一つ出て来た物が有ります……これです!」
 そう言って北見が高根へと差し出したのは十cm四方程の刺繍の施された布、差し出されたそれを受け取った高根はその刺繍の図柄を見て動きを止め、ゆっくりとタカコの方へと視線を向け、彼女に向かってそれを示して見せる。
「……タカコ、説明してくれ……どうして片桐が……これを持ってるんだ?」
 高根が示して見せた刺繍、青地に錦糸の刺繍が施され、正三角形の中に目が一つ、そして、その下には『Providence』の文字。タカコの戦闘服の両腕に縫い付けられているのと同じものがそこに在った。
「知らん!私は関係無い!」
「じゃあ何でこいつがこれを持ってるんだ!」
「私が知るか!」
 突如始まった高根との激しい言い争い、その中でタカコは大きく歯を軋らせながら、謀られた、あんなものを紛れ込まされるとはと内心で吐き捨てる。これでは自分が細菌の投下に関わっていたと思われて当然だ、どう切り抜けるかと北見と彼に拘束された片桐を見て舌打ちをした。
「内部に斥候が入り込んでいる、その話は何度もして来たし片桐の名前はお前にも伝えた、それをお前はどんな気持ちで聞いてたんだ、必死になって探ってた俺等を腹の中では笑ってたってのか!?」
「違う!私は――」
「俺の部下を活骸に変えて、それを俺等に殺させたってのか!お前が!」
「違う!私はそんな事はしてない!信じてくれ!!」
「今迄俺等を謀り続けて来たお前の言葉をどうやって信じろってんだ!」
 事が事だけに高根も流石に冷静さを欠いている、敦賀と黒川はと見ればこちらも似た様なもの、疑いと怒りの入り混じった眼差しがタカコへと向けられ、それを見て思わず視線を逸らしてしまう。
 この状況をどうやって切り抜けるか、とにかく自分が関わっていない事を証明しなければならないが、瓶と部隊章、その二つが揃ってしまっている状況では何をどう言っても疑念が晴れる事は無いだろう。他勢力が入り込んでいる中で自分に濡れ衣を着せられる事態が無いとは全く考えていなかったが、それでも最悪の時機で押し付けられたと歯噛みする。
 対応を誤れば折角良い方向へと向かいつつあった事態は正反対の最悪の方向へ簡単に転がり落ちるだろう、しかも事が事だ、この場で斬り殺されてもおかしくない。
 どうする、どうする、胸中でそう繰り返しつつ北見を見れば、鋭い眼差しで射抜かれ
「仲間だと思ってたのに……裏切りやがって!!」
 と、そう吐き捨てられた。違う、違うんだ、そう思いはするものの状況は自分と斥候、そして細菌の関与を示すものばかり、どう否定してもしきれる要素が無い、余りにも絶望的な状況に目眩すら感じるなとそう思う。
 向けられる四つの怒りに満ちた視線、拘束された片桐へと視線を向ければこちらはこちらで鋭い眼差しをタカコへと向け、こいつの所為で何の関係も無いのにとんだとばっちりだと内心で吐き捨てた。
 とにかく今は彼等を落ち着かせて釈明をしなければ、そう思いつつどう話を持って行くかと思案すれば廊下に人の気配が一つ有る事に気が付いて、今は出て来るな、そう念じつつ目の前の北見と片桐へと視線を戻す。
「タカコ……俺、信じてたよ、お前の事……外国人だっていっても本気で俺達の為に戦ってくれてる、そう思ってた……なのに、何でこんな……!」
「違うよ陽平、私は細菌の投下になんか関わってない」
「じゃあ何でこの瓶とお前のその腕に付いてる部隊章と同じものをこいつが持ってるんだ!おかしいと思ったんだ、宇久島での実験はもう何年も前に終了してるのに三年前にその島から逃げて来たなんて――」
「――宇久島が三年前の時点で既に活骸に滅ぼされて無人島になっていた、何でそれを知ってる?実験ってのは何の話だ?」
 突然北見の口から漏れた言葉、タカコはそれを聞き逃さず、そして、それと同時に彼の正体に漸く思い至り口を開いた。
 言葉を失い固まる北見、タカコはそれを鋭く獰猛な眼差しで見据え、そして口元には視線と同じ様に獰猛で歪んだ笑みを湛えゆっくりと言葉を続ける。
「自爆、か……助かったよ、私が関与していない事を証明するってのは悪魔の証明にも近い事だった、否定出来る要素も皆無だったしな……お前が斥候か陽平、本名は知らんが」
「タカコ?どういう事だ?」
「こいつがお前等が探してた斥候の正体だ、敵勢力から送り込まれ、海兵隊を地獄に叩き落とした張本人だよ」
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