大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第133章『命令』

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第133章『命令』

「それじゃ、終わったら直ぐに戻って来いよ」
「はいよ、いつもすまんな、時間作ってもらって」
 駐車場で車を降りて軽く言葉を交わすと、敦賀は本部へ、タカコは一旦正門を出て国立墓地へ向かって歩き出す。タカコの朝の日課である墓参り、この時間だけは敦賀も他の人間も邪魔する事の無い、彼女一人だけの時間。
 いつもの道を歩いて辿り着いた先はこの二年弱で見慣れてしまった風景、三十四基の墳墓。その一つ一つに線香をあげ手を合わせ、最後に夫の墳墓の前に片膝を突き、優しい声音と眼差しでタカコは夫へと向けて語り掛けた。
『……大和は大きな手札を手に入れたよ、ウォルコット大将と話していた通り、彼等は我々が与えたチャンスをモノにした。私の役目もこれで一つ終わった……後は、この結果を持ってJCSとペタンゴンに対して大和とは対等な同盟を結ぶべし、そう進言するだけだ』
 返事は無い、有る筈が無い、それでもタカコは目を細めて墳墓に手を伸ばし、愛おしそうに表面を撫でながら言葉を続ける。
『……彼等に、大和海兵隊には事の次第を全て伝えようと思う、良い結果だけではなく、我々がどんな意図を以てこの国へと赴いたのか、悪い方に転べばどうなっていたのか、それも含めて全て。そうなればきっと今迄の関係は維持出来ないだろう、袂を分かつ事になる……それでも、それが最低限の礼儀であり誠意だと思うんだ。訣別した後は……拘束されたり殺されたりとかが無ければ本隊と合流する迄は根無し草だな、その間はここに置き去りになるが、ちゃんと迎えに来るから……ちょっとだけ待っててくれな』
 昨夜敦賀の腕に抱かれながら考え、そして決めた事、夜が明けてもその意志は変わらない、自分は自分の矜持と礼節を押し通すのみ。これが正しいのかは分からない、夫が生きていればどう言ったのかも。それでももう決めたのだと笑い、もう一度墳墓を撫でてタカコは立ち上がった。
『……いるか』
『は、揃っております』
 いつもの様に催事場の端の長椅子に腰掛けて木陰へと声を掛ければ声が返って来る、その後報告を聞くのもいつもの事、違うのはそれに対して命令を返さず、彼等の報告を聞くだけという事。
『……ボス?あの、以降の命令は……』
『ああ、そうだな……知っているとは思うが海兵隊と陸軍の共同研究により抗体の特定と分離に成功した、ここ迄漕ぎ着ければ人工的量産もそう遠くない内に実現する、銃の複製とその量産ももう実用段階に入っている、大和は我々ワシントンとの交渉に於いて強力な手札を手に入れたと言って良いだろう。私がウォルコット大将と話し合い決めた事、彼等に道具を与えチャンスをやるべきだと言った事が現実になった、私の大和での役目の一つが終わったと言って良い』
『は、はい……それは承知しておりますが』
『……今迄は、彼等が私の助力を受けながらも彼等主体でそれを成し遂げられるか、それが重要だったから黙秘したままだったが、それが成功した以上私は手の内を明かそうと思う、その上で彼等がどう判断し動くのか、彼等自身に選ばせたい。これ以降の私の役目は、JCSとペンタゴンに大和が成し遂げた事を伝え、彼等と対等な同盟関係を築くべし、そう進言する事だ』
 淡々としたタカコの言葉、それに気色ばんだのは今迄ずっと冷静に抑揚無く報告をして続けていた声二つ。
『危険過ぎます!結果的に良い方向に進んだとは言え我々が彼等を試していた事には変わり有りません、違う結果が出れば我々には彼等を殲滅する意志も準備も有った、それが知れれば御身に何をするか!』
『そうです!マイナス面は隠したままにして下さい!お守りするとなれば我々も今の立場を捨てる事になります、これから先の潜入が御破算に!』
『……この事に関してお前達が私を守る必要は無い、従って今の立場を捨てる必要も無い』
『どういう事ですか!』
 小声ながらも緊迫した声音、タカコはそれを聞きながら一度目を閉じ、深呼吸を一つしてから話し出した。
『……私に万が一の事が有れば、その時点を以てお前達に現在与えている任務は解除、終了とする……その後はこの国で大和人として生きろ、私と運命を共にする必要は無い。我が国が大和へと進出して来たら、その時には本隊と合流し国に戻れ』
『承服致しかねます!』
『そうです!お言葉ですがボス、もしそれに従ったとして、帰国した後我々はどんな顔で他の連中に会えば良いんですか!?如何に御命令と言えども貴方を見殺しにする事に変わりは有りません、それだけは承服致しかねます!』
 やはり予想した通りだ、慕ってくれるのは有り難いがこの場合は駄々っ子の相手をしている気分になるなと小さく笑い、激昂する二人を宥める様に努めて穏やかな声音で言葉を続ける。
『勘違いするな、私は死にに行くわけじゃない、もし訣別という事になれば隙を見て逃げ出す位の算段はしている。お前達に今言った事は、それが遮られ最悪の事態になった場合を想定しての事だ……心配するな、離脱した後は暫く潜伏する事になるが時機を見て接触する……その時を待て』
『しかし!!』
『くどいぞ、命令だと言ったのが聞こえなかったのか?私を上官として認め仰ぐのであれば、その私が下した命令には服従しろ……一切の反論は許さん、良いな?』
『…………』
『…………』
『……返事はどうした?命令不服従で軍法会議送りの後に不名誉除隊になりたいか?』
『……了解……致しました』
『……了解です』
『よし……それで良い。心配するな、とっとと逃げ出して自由の身になるさ、その後は博多を離れる事になるとは思うがいずれ戻って来る、その時を待て……さ、もう良い、行け』
 動く気配は無い、だったら先に行くぞと告げてタカコは立ち上がり、海兵隊基地へと向かってゆっくりと歩き出す。人生の半分近くを軍隊で生きて来た自分達、『命令』というものがとれだけの重みを持つのか、それは自分が一番よく分かっている。そんな彼等に対して命令を盾にして無理矢理に黙らせ従わせる事に心苦しさを感じないわけではないが、それでも訣別を迎えるであろう場に、そしてその先に有るかも知れない最悪の事態に彼等を帯同する必要は無い。
 これは、指揮官である自分の役割なのだから。
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