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第112章『留まり、待つ』
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第112章『留まり、待つ』
部隊を編成した黒川が海兵隊基地の正門前へと駆けつけたのは、救援を求めて来た海兵達に宣言通りに一時間程経過した頃の事、柵の向こうでぴったりと横付けする五台の海兵隊のトラック、その荷台から梯子を使って海兵達が次々と離脱して来る中、
「これで最後だ!我々は内部の掃討に転じる、完了する迄他の事は頼むぞ!」
という敦賀の声が聞こえて来て、何処にいるのかと彼の姿を探す。
「――てぇーっ!」
敦賀の姿を見つける前に聞こえたのはタカコの号令、その直後鳴り響いた複数の発砲音、何なんだと駆け寄れば梯子を登る海兵達の向こうにこちらへと背を向けて銃を構えた複数の海兵、その向こうにはこちらへと押し寄せる活骸の群れ。
「次弾装填急げ!」
今回の出撃で最初の実戦での試験だった筈だ、こんなにも切迫した状況の中での連続した使用は想定外だったのだろう、トラックの上へと登っていたタカコの声音も流石に硬い。射手となった海兵達もまだ慣れていなくて当然だ、装填にもたついている事はここから見ていても明らかだ。まだ全員はこちらへと渡りきっていない、活骸の群れはもう直ぐ到達するというのに、誰もがそう思い焦る中、タカコは荷台にいる海兵に持っていた散弾銃を渡し、代わりに腰から拳銃とナイフを抜き
「離脱させたらこちらも即時離脱、回収を頼むぞ!」
と、それだけ言って次の瞬間には車体を蹴って中空へと舞い上がった。
「タカコ!何を――」
思わずそう声を張り上げて柵を掴む黒川、タカコには当然その声は届かず、小さな身体はトラックの向こう側へと消えて行く。思いは海兵達も一緒だったのか悲鳴にも似た声を上げてそちらへと身体ごと視線を向けるが、その方向から上がったのはタカコの叫びでも人間の鮮血の飛沫でも無く、暗く濁った活骸の血飛沫と銃声だった。
間断無く響く銃声が少しずつ小さくなって行く、それに合わせてこちらへと向けて押し寄せていた活骸の群れが方向を変え、銃声のする方向へと相当数が流れ始めた。
囮になったのか、どれだけいると思っているのか、無茶だ。そう思いはするものの黒川に出来る事は何も無く、やがて離脱を完了したのか梯子を外し動き出す車列を見詰める事しか出来なかった。
車列はタカコが走って行った方へと動き出した、大丈夫なのだろうかとそちらを見れば、追いついたトラックの荷台から誰かが身を乗り出してタカコを抱え上げ、そのまま中へと引き摺り込むのを見届け、それで漸く人心地を吐く。
とんでもない無茶をする、高根や敦賀からもがっつりと叱責されるだろうが、今回ばかりは自分も強い調子で責めさせてもらうぞと内心で吐き捨てれば、周囲からは次々に指示を求める声が飛んで来る。
「先ずは負傷者の手当てを!重傷者は陸軍病院に搬送しろ!救急車を最低限の数を残してここへ向かわせるんだ!近隣の避難はどうなってる!」
その一つ一つに指示を出し黒川は自らの責務へと戻って行く、彼等が戻って来る迄彼等から託された兵員を保護し外界の秩序を保つ事が自分の役目、今はタカコの事を気にかけている場合ではない。
気にしていないとは言わない、寧ろ状況が許すのであれば柵を乗り越えて彼女の許に行き、そこで彼女を守ってやりたい、共に戦いたい。それでも自分にその力量が無い事は昨年の本土侵攻で思い知った。そして、ぼろぼろになって救援を求めて来た海兵達と交わした約束も有る、それを放棄する事等、陸軍准将、総監としての矜持に懸けて有ってはならない。
内部の掃討に、そう言って行ってしまった彼等も全員が生還する事は無いだろう、負傷者も大勢出るに違い無い。そうして傷だらけになった彼等が戻って来てこの正門を開放した時、自分達陸軍は彼等を迎え直ぐに手当てを施してやらなければ、労りの言葉を掛けてやらなければ。
一つでも多くの言葉を掛けられる様に、一人でも多く戻って来い、そう思いつつ再度車列が消えて行った方へと視線を向けた黒川に背後から随分と焦った様な声が掛けられた。
「総監!大変です!」
何処を見ても何を見ても大変なこの状況でこれ以上の何が有る、そう思いながら振り返ればそこには博多の草の姿。この状態なら人目を気にせずともと判断し何が有ったと問い掛ければ、幾分声を落とした彼の口から出た内容に、黒川は自らの不明を思い知る事になる。
「佐竹司令、拘束した部屋の中で自害しているのが先程発見されました。ネクタイで首を吊っており、発見時にはもう……」
「他殺の可能性は?」
「有りません、部屋には窓も隠れる場所も有りませんでしたし、扉の前には監視が三名ついておりました。監視の全員が共謀していたとなれば話は別ですが、一名は私と同じく総監の草です」
「……そうか、分かった、取り敢えずその事は放っておいて良い、博多の警務隊に任せておけ」
「は、それでは、戻ります」
しくじった、怒りに任せて責め立て過ぎた、佐竹がこんなにも精神的に脆かったとはと舌打ちをする。恐らくは自分の怒りにこの先碌な陸軍生活は送れない事を悟ったのだろう、人事にも関わる自分にあれ程責め立てられれば遠からず司令の座も追われる、下手をすれば軍法会議に掛けられる事も分かっていただろう。その先は、と考えれば相当の馬鹿でもない限りは絶望するに違い無い、人一倍権力への執着の強かった彼ならば尚更だ。
陸軍内へ斥候が入り込んだ可能性、そしてその斥候と佐竹の繋がりを詰問したかったがそれももう不可能だ、感情に任せてはやはり碌な事にならんなと大きく溜息を吐き、それでも尚、気を取り直して前を向く。
その事については事が済んでから考えよう、そう思えば
「総監!こちらへお願いします!」
また何処からか飛んで来た指示を求める声、黒川はそれに応え歩き出して行った。
部隊を編成した黒川が海兵隊基地の正門前へと駆けつけたのは、救援を求めて来た海兵達に宣言通りに一時間程経過した頃の事、柵の向こうでぴったりと横付けする五台の海兵隊のトラック、その荷台から梯子を使って海兵達が次々と離脱して来る中、
「これで最後だ!我々は内部の掃討に転じる、完了する迄他の事は頼むぞ!」
という敦賀の声が聞こえて来て、何処にいるのかと彼の姿を探す。
「――てぇーっ!」
敦賀の姿を見つける前に聞こえたのはタカコの号令、その直後鳴り響いた複数の発砲音、何なんだと駆け寄れば梯子を登る海兵達の向こうにこちらへと背を向けて銃を構えた複数の海兵、その向こうにはこちらへと押し寄せる活骸の群れ。
「次弾装填急げ!」
今回の出撃で最初の実戦での試験だった筈だ、こんなにも切迫した状況の中での連続した使用は想定外だったのだろう、トラックの上へと登っていたタカコの声音も流石に硬い。射手となった海兵達もまだ慣れていなくて当然だ、装填にもたついている事はここから見ていても明らかだ。まだ全員はこちらへと渡りきっていない、活骸の群れはもう直ぐ到達するというのに、誰もがそう思い焦る中、タカコは荷台にいる海兵に持っていた散弾銃を渡し、代わりに腰から拳銃とナイフを抜き
「離脱させたらこちらも即時離脱、回収を頼むぞ!」
と、それだけ言って次の瞬間には車体を蹴って中空へと舞い上がった。
「タカコ!何を――」
思わずそう声を張り上げて柵を掴む黒川、タカコには当然その声は届かず、小さな身体はトラックの向こう側へと消えて行く。思いは海兵達も一緒だったのか悲鳴にも似た声を上げてそちらへと身体ごと視線を向けるが、その方向から上がったのはタカコの叫びでも人間の鮮血の飛沫でも無く、暗く濁った活骸の血飛沫と銃声だった。
間断無く響く銃声が少しずつ小さくなって行く、それに合わせてこちらへと向けて押し寄せていた活骸の群れが方向を変え、銃声のする方向へと相当数が流れ始めた。
囮になったのか、どれだけいると思っているのか、無茶だ。そう思いはするものの黒川に出来る事は何も無く、やがて離脱を完了したのか梯子を外し動き出す車列を見詰める事しか出来なかった。
車列はタカコが走って行った方へと動き出した、大丈夫なのだろうかとそちらを見れば、追いついたトラックの荷台から誰かが身を乗り出してタカコを抱え上げ、そのまま中へと引き摺り込むのを見届け、それで漸く人心地を吐く。
とんでもない無茶をする、高根や敦賀からもがっつりと叱責されるだろうが、今回ばかりは自分も強い調子で責めさせてもらうぞと内心で吐き捨てれば、周囲からは次々に指示を求める声が飛んで来る。
「先ずは負傷者の手当てを!重傷者は陸軍病院に搬送しろ!救急車を最低限の数を残してここへ向かわせるんだ!近隣の避難はどうなってる!」
その一つ一つに指示を出し黒川は自らの責務へと戻って行く、彼等が戻って来る迄彼等から託された兵員を保護し外界の秩序を保つ事が自分の役目、今はタカコの事を気にかけている場合ではない。
気にしていないとは言わない、寧ろ状況が許すのであれば柵を乗り越えて彼女の許に行き、そこで彼女を守ってやりたい、共に戦いたい。それでも自分にその力量が無い事は昨年の本土侵攻で思い知った。そして、ぼろぼろになって救援を求めて来た海兵達と交わした約束も有る、それを放棄する事等、陸軍准将、総監としての矜持に懸けて有ってはならない。
内部の掃討に、そう言って行ってしまった彼等も全員が生還する事は無いだろう、負傷者も大勢出るに違い無い。そうして傷だらけになった彼等が戻って来てこの正門を開放した時、自分達陸軍は彼等を迎え直ぐに手当てを施してやらなければ、労りの言葉を掛けてやらなければ。
一つでも多くの言葉を掛けられる様に、一人でも多く戻って来い、そう思いつつ再度車列が消えて行った方へと視線を向けた黒川に背後から随分と焦った様な声が掛けられた。
「総監!大変です!」
何処を見ても何を見ても大変なこの状況でこれ以上の何が有る、そう思いながら振り返ればそこには博多の草の姿。この状態なら人目を気にせずともと判断し何が有ったと問い掛ければ、幾分声を落とした彼の口から出た内容に、黒川は自らの不明を思い知る事になる。
「佐竹司令、拘束した部屋の中で自害しているのが先程発見されました。ネクタイで首を吊っており、発見時にはもう……」
「他殺の可能性は?」
「有りません、部屋には窓も隠れる場所も有りませんでしたし、扉の前には監視が三名ついておりました。監視の全員が共謀していたとなれば話は別ですが、一名は私と同じく総監の草です」
「……そうか、分かった、取り敢えずその事は放っておいて良い、博多の警務隊に任せておけ」
「は、それでは、戻ります」
しくじった、怒りに任せて責め立て過ぎた、佐竹がこんなにも精神的に脆かったとはと舌打ちをする。恐らくは自分の怒りにこの先碌な陸軍生活は送れない事を悟ったのだろう、人事にも関わる自分にあれ程責め立てられれば遠からず司令の座も追われる、下手をすれば軍法会議に掛けられる事も分かっていただろう。その先は、と考えれば相当の馬鹿でもない限りは絶望するに違い無い、人一倍権力への執着の強かった彼ならば尚更だ。
陸軍内へ斥候が入り込んだ可能性、そしてその斥候と佐竹の繋がりを詰問したかったがそれももう不可能だ、感情に任せてはやはり碌な事にならんなと大きく溜息を吐き、それでも尚、気を取り直して前を向く。
その事については事が済んでから考えよう、そう思えば
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