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第102章『変化』

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第102章『変化』

「おい、始まるぞ、準備は――」
「もう整ってる、出るぞ」
 試射の時間を迎え、部屋から出て来ないタカコを呼びに行った敦賀、その彼が見たものは、今迄に見た事が無い程に研ぎ澄まされた空気を纏った彼女の姿だった。
 鋭い眼差し、真一文字に引き結ばれた口元、着ているのは彼女がこの大和にやって来た時に来ていた戦闘服と同じ物、被っている物も同じ様に持ち込んだベレー帽。
「……おい、何だその格好は」
「何か不都合でも有るのか」
「……いや、無ぇ」
 問い掛けに対して返されたのは鋭く獰猛な眼差しと冷たい声音、覇気に気圧された敦賀が言葉に詰まればタカコはそのまま視線を外し、敦賀を待つ事無く一人階段の方へと向かって歩き出した。
 今迄に見た事の無いタカコの纏う空気、それを目の当たりにした敦賀は内心に若干の混乱を生じさせていた。あの冷たく獰猛な鋭さは高根や黒川が持つもの、指揮官が持っているそれを何故タカコが持ち合わせているのかと、元々軍人だったとしても現在は民間に下野したと彼女自身が言っていた、それにあんな鋭さは今迄見た事が無い。
 彼女が普段通りの大和の装備品の一切を身につけず、ワシントンから持ち込んだ物をまとっている事も敦賀が抱く違和感と混乱を強めている、まるで自分とお前達とは違う陣営なのだと殊更に強調されている様で、それが何とも言えない不快感を齎していた。
 その彼女の後について外に出れば、既に準備を整えてトラックの前にいた高根や黒川の視線がタカコへと向けられる、その二人の双眸が僅かに見開かれるのを見て、やはり感じる事は同じかと内心で独り言ちた。
「よし、じゃ、行こうか」
 高根のその言葉に従い数台のトラックに分乗し敷地内に新設された射撃場へと向かって移動を開始する。普段ならタカコに馴れ馴れしく接する黒川も今回は一言も声を掛ける事も無く、高根とは別のトラックの助手席へと乗り込んで行った。
 これからの戦略に大きく関わるという事は全員が理解している、その大方がこの試射と後に続く実戦での試射の成否で決まるのだという事も。そうなれば神経を尖らせるのも当然だという事は理解しているものの、しかしタカコの様子はそれとはまた違う意味合いを持っている気がして、敦賀は隣へと腰を下ろした彼女の横顔をそっと盗み見る。
 普段の彼女であれば、真剣味を以てして事に当たっている事は窺えてもこれ程の鋭さと冷たさを持っている事は無かった、何かが今迄とは明らかに違っている。それでもそれが何なのか明確な答えを掴むには至らず、車列は直ぐに射撃場へと到着する。荷物を下ろし打ち合わせをした後は直ぐに試射へと移り、敦賀はその流れの中でタカコの背中を黙したまま見詰めていた。
 銃の調整を終え抱き寄せようとした時、タカコの様子が普段と違うのには気付いていた、あの時の様子に違和感を感じつつも緊張を強いられる長時間の作業の後だからと自分を納得させてはいたが、あの時ともまた違う空気に違和感が拭えない。まるで、初めて会う人物の様なそんな距離感を感じつつも、今はとにかく目の前の試射に神経を、敦賀はそう自分に言い聞かせる。
「――始めます」
 タカコのその言葉と共に銃口が火を噴く、初回はこの目で見る事は出来なかったがその後数回目にしたそれはやはり迫力の有るもので、次々に撃ち抜かれていく的をその場の全員が言葉も無く見詰めていた。
「何度見ても凄ぇ腕持ってんな、敵方にいたらと思うとゾッとするな」
「……ああ、同感だ」
 直ぐ隣にいた高根に話し掛けられ肯定の返事を返す、その事については全く同感だ、一人の狙撃兵に因って戦況が大きく変わるという事もそうそう無いが、前線では大きな驚異になると同時に士気にも大きく関わって来る事に間違いは無い。それは自分達二人以外にも黒川や他の海兵隊員達も同じく感じている事なのか、タカコの背中を見詰める眼差しはひどく鋭く、緊張感が漲っている。
 彼女が明らかな敵性でなくて良かった、そう思わずにはいられない、もし明確に敵対する様な関係だったのなら相当に苦労する事になるだろう。
「お前はどう見るよ、散弾銃の活用」
「実用化に漕ぎ着ければ大きな助けになる事は間違い無ぇな。何とかそっちに話を持って行ってくれや、総司令殿」
「ああ、そりゃ勿論だ。ここ迄予算引っ張っておいて結果が出せないじゃ話にならねぇからな」
「金勘定は俺には分からんし興味も無ぇが……まぁ、あれを他に横取りされない程度には頑張れよ」
 散弾銃の活用、そして、それを持ち込んだタカコの存在を前提とした戦略と戦術へと、自分達大和海兵隊は舵を切ろうとしている。今迄の方策を大きく切り捨てて新しい方向へと転換する事がどれだけ危険であるか、下士官の立場でもこれだけ長く軍に居続ければそれ位の事は流石に理解しているつもりだ。
 高根にとっても大きな賭けである事は間違いは無い、黒川にとってもそうだろう。大和二千五百万の命を一人の人間とその人間が持ち込んだ未知の技術に賭けるとは何とも無謀な事だが、それでも今迄の方策では滅亡を先送りにするだけでジリ貧になる事は目に見えている。
 タカコもまたそれを理解しているだろう、そして、その重圧をしっかりと受け止め、期待に応えようとしているのに違い無い。
 現状自分に出来る事は何も無い、有るとすれば見守るだけ。
 頼むぞ、と、小さな背中を見詰め胸中で呟いた。
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