怨霊師

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第一章

第十二話 忘れられない悲しみ

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 俺は初めてこんな体験をした。
 白い光が一番星のように光った。
 ここから真っ直ぐ北の方角の住宅街だ。
 そして、心の中に母親に会いたいという強い思い、父親に会いたいと思う強い気持ち、痛み苦しみがまるで体験したように強く飛び込んできた。

「くぅ!!」

「だ、大丈夫?」

「だ、だ、い丈夫です……」

 俺は、言いながらフラフラ歩き出した。

「まって! 私も行くわ!」

「い、いや。来ない方がいい!!」

「……」

 師匠は首をふって、歩き出している。
 少し体を寄せて、俺の体を支えてくれた。

 一階に降りて、自転車に乗り後ろに師匠を乗せた。
 深夜の街を美少女とサイクリングだ。今の沈んだ気分じゃ楽しくもなんともない。
 神社の北には、少し進むと川があり、橋までは東西どちらに行っても二百メートル位ある。

 道路には街灯があるが、その光は川の中までは届いていない。
 川がやけに暗くて気持ちが悪い。
 橋を渡ると、もう一度もとの位置に戻るのだが建物の上から俯瞰で見た景色と、実際に走るのとでは感じがまるで違う。
 古い町なのでどの道も若干曲がっている。
 光は、あの一瞬だけ光って消えてしまった。

「くそう! 道が合っているのか、分らねえ」

「大丈夫、合っているわ」

 師匠は、後ろを振り返り自信たっぷりで言った。
 よかった、この人を連れてきて。




「あっ!! 見えたぞ!!」

 よかった! ずいぶん時間がかかったが、見つける事が出来た。
 全然場所が違った。おかげでだいぶ時間がかかってしまった。
 師匠のあの自信は何だったんだよ!
 師匠は方向音痴だった。しかも、相当酷い方向音痴だ。
 だが、何本か道を移動すると、何とか見つける事が出来た。
 連れてこなければもっと早く見つけられていたはずだ。

 でも、そのおかげか、タイミングが丁度良い。
 一軒の民家の前に白いセダンが止まっている。
 そのトランクが開け放たれていて、男が重そうにブルーシートにくるまれた何かを運んでいる。
 男には、はっきりと怨霊が憑いているのが見える。

「ブルーシートに血のようなものがついている」

 師匠が俺の耳元に小さな声で言ってきた。

「しっ!」

 俺は口に人差し指を立てて師匠に言った。

「……」

 師匠は口の前でチャックを閉じる真似をした。

「やあ、重そうですね。お手伝いしましょうか?」

「はぐぅうっ!!」

 男の驚き方は、まさに心臓が飛び出した時のような驚き方だった。
 どうやら、集中していて俺達に全く気が付いていなかったようだ。
 重いブルーシートを持ったまま、数センチ飛び上がった。そして、焦り過ぎたのか、トランクの中にブルーシートを落としてしまった。
 男は小太りで、メガネをかけてパーカーを着ている。
 髪は手入れをしていないのか、もじゃもじゃだ。
 顔は、普通のオタクの様な顔だ。
 小心者なのか、唇が小刻みに震えている。

「済みません、驚かせてしまいましたか? あっ、こっちがはみ出していますよ」

 俺は、はみ出しているブルーシートに手を伸ばした。

「何をするーー!! やめろーーーー!!!!」

 男は俺に掴みかかってきた。
 手に持っている物が街灯にキラリと反射した。

「セイッ」

 ドスンという音と共に男は尻餅をついている。
 師匠が助けてくれたようだ。

「やめろーーーーっ!!!!」

 俺は少し声を荒げて言った。深夜の住宅街なので声の大きさは控えめだ。
 男が尻餅をついたのを見て、師匠がブルーシートに手を伸ばしているのだ。

「ぐおぇーえーごえー! ぐぼほえぇごえーー!!」

 手で押さえるとか、場所を変えるとか、何も出来ずにその場で噴水のように前にキラキラを飛ばしている。
 こんなに勢いのあるキラキラは初めて見る。
 腹筋を鍛えているからなのだろう、水鉄砲のように前に飛んだ。

「あーーあーー! やめろって言ったのになあ」

 車のトランクが美少女、女子高生のキラキラで大変な事になっている。
 だが、それもしょうが無い、ブルーシートの中には凄惨な姿の少女が包まれていたのだ。
 白い粘液のような物が体に付着しているのも見える。

「ふーーっ、ふう、ふう、ごべんださい」

 師匠が少し涙目で謝った。
 こうしていると、可愛い女子高生だなあ。

「これが警察にバレたら、どうやって言い訳するかなあ」

「大丈夫です。少年がいた事は誰にも言いません。一人でたまたま通りかかったと言います」

「うん、ありがとう。でも、見つからないように怨霊達にお願いするから大丈夫だ」

 俺が言うと、うつろな目をした男がフラフラと立ち上がった。

「あっ!!」

 師匠が、身構えた。

「あぁーーっ。大丈夫だ。もうこの男は怨霊の支配を受けている。意識は無い」

「そうなのね。通りで少年と同じ目をしているわけだわ」

 男は、ブルーシートを直すと、トランクを閉めて車の運転席のドアを開けた。

「って、俺の目はこんな目なのか?」

「そうよー。でもね、少しの間、目がキリリとして、白く光っていたわ。ちょっとかっこよかった。ドキッとしちゃった」

「全くどこまで本気なんだか?」

 男が運転席に座ると車は走り出した。
 ひっそりと誰にも見つからず、朽ちてくれるはずだ。

「あの車は何処へ行くのですか?」

「ふふふ、それは俺も知りません。怨霊達にすべて任せました」

「そう、きっと地獄ね。これが怨霊師の力ですか……」

 走り去る車を見つめ師匠がつぶやいた。
 そう、これが怨霊師の力、可哀想な少女も救えず、その敵を討つ事ぐらいしか出来ない男のなさけない力です。
 俺は少女の強い悲しみが、体に残ってしばらく忘れられそうに無い。
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