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九州漫遊編

第三百三十四話 一瞬の隙

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「そこにいるんだろ! 姿を見せろ!」

「……」

 私は覚悟を決めて無言で姿を現しました。
 ですが全身を忍者コスチュームで覆い、顔すら見せないようにしています。
 住宅街に入っていますので、道は細くまわりは普通の住宅が並んでいます。
 でも、その住宅に住んでいる人がいる気配はありません。
 全てあるじを失った廃墟のようです。

「驚いたなあ、女か! しかも、忍者! お前達はどこの者だ?」

「うふふ、答えると思いますか?」

 部下達は民家の死角に入り、それぞれ逃げています。
 彼女たちは、大友家の豊後に潜入している仲間のもとへ行き合流をする予定です。
 ベッキーの事を伝えて情報を共有してくれるでしょう。

「忍者だから死んでも情報は漏らさないと言う訳か」

「はい」

「ふふ、戦国時代の忍者じゃあるまいし何を言っているんだか」

「うふ、今は戦国時代ですよ。誰が日本の支配者になるか。戦争に明け暮れているじゃありませんか。私もこの仕事に命をかけていますよ」

「なるほどなあ。だが俺は違う。女は殺せねえ。とは言え、そのまま逃がすわけにもいかない。悪いが捕らえさせてもらう。出来れば素直に自分から捕縛されてほしいのだが駄目か?」

「はい」

「ならば、不本意ながら攻撃させてもらおう。悪く思うな!!」

 そう言い終わるとベッキーは拳をかまえ静かに間合いを詰めます。
 私の忍者コスチュームは、こんなこともあろうかと大殿が、組頭専用にカスタマイズしてくれました。
 一般コスチュームより、装甲が厚くなっています。
 そのため、攻撃力、防御力は高くなっていますが、素早さが落ちています。

 攻撃の間合いに入ると、ベッキーは拳を振り抜いてきました。
 ですが、その攻撃は体重の乗っていない軽い攻撃です。

「あの、手加減はしないで下さい」

 私は、体の移動だけで攻撃をかわします。

「なにっ!! では、もう少し本気を出そう。おりゃあぁーー!!!!」

 確かに、速さも威力もさっきの攻撃の上をいっています。
 ですが、まだまだです。

「それでは、あくびが出ます。眠たい攻撃はおやめ下さい」

 私は口に手を当てて、あくびの真似をしました。
 この場面だけをテレビで見たら、私の方が悪の手先ですよね。

「ふふふ、さすがだなあ。では、次は本気だ。死んでくれるなよ。うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」

 ベッキーの攻撃はすさまじい勢いでビョオオォォーーと激しい音を立てながら風を巻き起こし打ち出されます。
 でも、動きが大きすぎて楽に避けられます。
 ただし、攻撃力だけなら新政府軍の隊長クラスです。

 私は斜め後ろに避けましたが、ベッキーの拳圧による風が私の体を包みました。

「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」

 ベッキーの視線が私の股間に注がれます。
 男の人はこんな時にも……。
 大殿の策略に引っかかるのですね。

「隙有り!!!!」

 私は、スカートをヒラヒラさせたまま、ベッキーの足を思い切り払いました。
 ベッキーのつま先が、私の頭より高く上がりました。

 ドオォォォォーーーーン、ォン、ォン、ォン!!

 大きな音がして民家の壁からエコーが返って来ます。

「ありゃ、まあ! だ、大丈夫ですか?」

「ぐっ! くっ……。あんたに心配されていちゃあ、しょうがねえ」

「すごいですねえ。これでも失神しないなんてさすがです」

「ひゃははっ! くっ……! あんたにこんな状態で褒められていたら世話がねえ。声はかろうじて出せるが体は動かねえ。それにすげーのはあんたの方だ。この俺が子供扱いか」

 この言い方、きっと大友家にはベッキーより強い人はいなかったのでしょうね。
 まあ実際、気配を消していた私達に気がつけるのだから、たいした物ですけど、貴方以上の人は私の知る限りでも結構いますよ。

「いいえ、変なところを見ていなければ、勝負はまだまだわかりませんでした」

「ふふふ、そのコスチュームは、あんたが作ったのか?」

 ベッキーは笑って首を振り、聞いてきました。
 きっと、パンツを見ていなくても勝てなかったと認めているのでしょう。

「いいえ」

「そうか。まあ女にはそれを作るのは無理だろうな! 最強過ぎる! 天才の作品だ。それに、あんたのプロポーションも美し過ぎる。目が自然に行ってしまった」

「えーーっ!?」

 なにげに、私の事を美しいって言いましたよ。
 まあ、顔を出していませんので、「体だけは」と言う事なのでしょうね。
 危うく喜ぶところでした。

「さあ。俺は負けを認める。首を持って行って手柄にしてくれ」

「くすくす。『女を殺せねえ』でしたかしら、私は男を殺せねえ……です。いつかまたお会いしましょう」

「まっ、待ってくれ。名前を、名前を聞かせてくれ!!」

「あの、忍者が名前を言う訳がないでしょ……では、桃影とでも呼んで下さい。貴方は、もっと強くなって下さい。このままで満足していては命を落とします。貴方より強い方を私は何人も知っています」

「ふふふ、俺も初めて自分より強い人間に出会った。これからはもっと精進する事を誓おう。次に会ったらもう一度手合わせをしてくれ。……桃影殿」

「嫌です。もう二度と見つからないようにしますわ。見つかったらその時点で私の負けでかまいません。では失礼します」

 私は姿を消して、この情報を伝えるために大殿……アド様の元へ急ぎます。
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