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北と南の戦い

第三百十三話 策士策におぼれる

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「俺の策はこうでした。
 敵、新政府軍は明日、日の出を待って食事の後、陣に立てこもる島津軍に総攻撃をかける予定です。
 そこで、敵の朝食の炊飯の煙が上がるのを見て、奇襲による一点突破をするという考えでした」

「なるほど。名案だ」

 歳久殿が言った。

「しかし、すでに兄上が奇襲による一点突破をやってしまった。新政府軍も間抜けではないはず、警戒しているだろう」

「さすがは家久様です。だからこそ、新政府軍は我々が一点突破をしてこない可能性があると思うのでは無いでしょうか」

「そうか! 奇襲を厳重に警戒しているところに、わざわざ奇襲をする馬鹿はいない。裏の裏をかくという事か」

「そうです。敵の食事の用意をする煙を見たら、こちらも山で食事の準備をしている様に見せかけた煙を上げるのです。それを見た新政府軍はやはり、籠城戦をするつもりと考える事でしょう。その隙をつき一点突破を試みるのです」

「ふむ」

 歳久殿も家久殿も考え込んでいる。
 まあ、戦なんて考えたところで、なるようにしかならない。
 どのみち四つの選択肢しかない。後は、どれを選ぶかだけなのだ。

「ふふふ、どのみち我ら島津家の選択は関ヶ原の時から一択だ。それで行こう」

 歳久殿が重々しく言った。

「そうと決まれば見張りは俺と、アドでやります……」

 俺は一応アドの返事を待った。

「……」

 だが、返事は無い。

「安心して眠って下さい」

「ニャーー!! アドは返事をしていないニャー!」

「ふふふ。ああ、その前に、腹ごしらえをしましょう。明日は朝飯抜きです。今から用意をしますので、それを食べてゆっくり休んで下さい」

 俺は、腹を壊さないように温かい丼を用意した。
 そして、富士の湧水で入れた静岡茶もだした。
 牛丼と玉子丼を用意したのだが、たいていの者が両方持って行った。

「は、八兵衛殿、あなたはいったい何者なのですか?」

 家久殿が、丼を二つ前に置いてお茶をすすりながら驚いている。

「ふふふ、俺は久美子様の家中、戸田一族のただの使用人ですよ」

「うふふ」

 久美子さんがうれしそうに頬を赤らめて笑っている。
 兵士達は腹が膨れると、高いびきで眠りについた。
 俺とアドとフォリスさんで新政府軍が、山に攻め込んで来ないかを見張った。
 新政府軍は攻めて来る気配は無かった。それどころか、奇襲を恐れて山から数百メートル離れた所に交替で見張りを立てて休んでいる。



 翌朝、日の出前。
 空が少し青くなるのを見て、煙番を残し島津軍は足音すら立てず麓に降りた。
 そして、木の陰や草の影に身を隠して息を殺し気配を消した。

 太陽が東の空に頭を出すと、新政府軍の陣がゴソゴソ動き出した。
 山が終った所は田畑が続いている。だが、手入れされていないため雑草が太ももに届くくらいまで伸びている。
 そのため一面が美しい緑に覆われている。
 島津軍の兵士は、木々の影から緑の大地の向こうをじっと見つめている。その表情はどの顔も緊張でこわばっている。

 しばらく様子を見ていると、細い煙が緑の大地に何筋も青空にむかって伸びていく。
 歳久殿が手を上げると、山からも煙が上がる。

 ――ふーーっ、時間が立つのが遅い。一分ってこんなに長いのかとじっと時計を見つめた。

「そろそろ、いいだろう」

 歳久殿がつぶやいて、家久殿を見た。
 家久殿がうなずき、大きく息を吸った。

「ぜんぐーーーん!!!! 突撃ーーーー!!!!」

「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!!」

 静寂を破り、喊声が大地を震わせた。
 先頭を歳久殿と家久殿が屈強な兵士に囲まれて草の中を敵陣目指して全速で進んだ。



「はあーーーーーはっはっはっは!! かかったな! 島津め!! 犬飼の言うとおりになったわ!! まんまとおびき出されおって!!」

 仲旧という文字の旗の下に櫓が組まれていて、その上に男が立ち叫んだ。エラの張った四角い顔に立派な体格の男だ。筋肉が異常に発達している。きっとハルラのドーピング戦士なのだろう。
 ところで仲旧とは、ナカキュウと読むのだろうか。
 良く見ると、左前方に犬飼の旗も見える。

 どうやら、俺は犬飼隊長の策に、まんまとはまったようだ。
 敵の煙はこっちを油断させるための偽の煙だったようだ。
 新政府軍は、すでに俺達が一点突破をすると看破していて待ち構えていた様だ。さすがだ。

「囲めーーーー!!!!」

 櫓の上で仲旧が叫ぶ。
 草の中に潜んで居た兵士が立ち上がった。
 背中に草を背負い、草むらに擬態していたようだ。
 退路をふさぐように、島津隊の後ろに回り込み走り出している。
 どうやら、犬飼隊長は山に再び入られる事を嫌がっているようだ。
 数で勝る新政府軍は、この草むらで弱い島津隊を殲滅する気だ。

「どうやら、策にかかっていたのは俺達のようですね。策士策に溺れる、昔の人はいい事を言いますよね。これは俺の責任です。ここからは俺が先頭を行きます」

 俺は、歳久殿と家久殿に声をかけた。
 しかし、犬飼隊長はすごいなあ。まんまとやられた。
 腕は立つし、智力も優れている。
 俺みたいなインチキ野郎とはわけがちがう、本物なんだろうなあ。

 俺は、犬飼隊長には顔ばれしている。
 ヘルメットを確認して、先頭に走り出した。

「聞けーー!! なかきゅうーー!!」

「誰が、なかきゅうだーー!! 俺はそんな柔らかそうな名前じゃねえー!! 俺の名は新政府軍五番隊隊長ナカヅイだーー!!!!」

 どうやら、仲旧と書いてナカヅイと呼ぶらしい。

「うわあああああああーーーーーーーー!!!!!!」

 俺が話しかけると、新政府軍に喚声とも悲鳴とも取れる大声が上がった。
 いったい、何事だ?
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