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第二百五十四話 幼い頃の娘の思い出

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「まあ、座ってくれ」

 とうさんは新たにテーブルを出して、一緒に来ている人を招き入れました。
 フォリスさんがステーキを持ってくると、全員が手を叩いて喜んでいます。

「うめーー!!」

 いたる所から声が出ました。

「この水もうまい!!」

「そうだろう。これは何を隠そう富士の湧水だ」

 とうさんもご機嫌です。熊野衆の皆さん待っていて下さい。
 明日からはこの水が飲めますよ。
 それにご飯もこの水で炊くことが出来ます。
 真っ白で美味しいご飯が食べられますから。
 なんだか嬉しくなってきました。

「おい、アド! アド! ……いないのか?」

「いるニャーー!!」

 呼ばれてアドちゃんが姿をあらわしました。
 猫耳の忍者服で全身を覆っていましたが、姿を現わすと忍者服からメイド服に変化をさせます。すごいですね、幼女なのに使いこなしています。
 可愛らしい幼女のメイドが出来上がりました。
 しかも猫耳で、しっぽまでついていて可愛さが増しています。

「お前は食べないのか?」

「た、食べたいニャ。このまま忘れ去られるのかと思ったニャ」

 あーっ! 幼女だから、よだれが垂れてきました。
 アドちゃんは、あたり前のようにとうさんのヒザの上に座ります。
 座るときにとうさんの服で、あたり前のようによだれを拭きました。
 とうさんのヒザに座ると、上目遣いでとうさんを見上げます。
 か、かわいい。なんてかわいいのでしょう。

 フォリスさんが料理を持ってくると、アドちゃんは手を出しません。
 そして、料理を見ないでとうさんを見上げました。

「ちっ、俺がやるのかよ」

 とうさんは、そう言いながらも嬉しそうです。
 アドちゃんの為にステーキを切り分けます。
 そのまま、ステーキに行くのかと思ったら、ご飯を取って口の前に運びました。

「最初に、ご飯じゃないニャ。アドの口はステーキを欲しがっているニャ。気が利かないニャ」

 アドちゃんは言いたい放題、やりたい放題です。
 でも、私もそう思います。とうさんは意地悪ですね。

「すまん、すまん。あずさはいつもご飯からだったんだ」

 な、なんですってー。
 あずさちゃんは、いつも食べさせてもらっていたのですかー。
 うらやましすぎます。

「うまーーいーー!!」

 アドちゃん、ニャを忘れていますよ。

「ふふふ、そうか。あずさを思い出すなー」

 目を閉じて幼いあずさちゃんを思い出しているようです。
 そのあずさちゃんは目の前にいますからね。
 まるで死んだ娘を思いだしているみたいですよ。
 で、その娘さんは、一生懸命に挙動不審で言い訳を考えていますよ。

「はやく、次はご飯ニャ」

 ステーキを飲み込むと、大きなお口を開いてご飯の催促です。
 本当に、やりたい放題ですね。
 さっきまで、挙動不審にしていたあずさちゃんが、アドちゃんをにらみました。
 その視線に気が付いたアドちゃんが、うつむいて顔に影を落とし悪い笑顔になりました。

 こ、恐いです。なんだか戦いが起きています。
 ひょっとしてこの二人、仲が悪いのでしょうか?
 あずさちゃんは、大人げないですねえ。
 幼女なんだから大目にみてあげないと。

「ところでオオエ。なんでお前達カンリ一族は命がけで、熊野衆を守っていたんだ?」

「ふぁ、ふぁい」

 急に振られて、オオエさんがお口にお肉が入ったまま返事をしました。

「命をかけるほどの関係なのか?」

「特に血縁関係や、盟約があるわけではありません。ただ、紀伊の支配者でしたのであいさつを交わし、常駐者を派遣していました」

「ふむ」

「そんな時に清水家の侵攻を知り、熊野を荒らされる恐れを感じました」

「なるほど、熊野を守るという利害が一致したと」

「はい」

「俺は、紀伊や熊野をあらす気もなければ、支配する気もないのだがなあ。なんで、わかってくれないのだろうか」

「わからない者達がおろかなのです。むしろ、大殿に支配された方が幸せになれるというのに。この上杉! 大殿に絶対の忠誠を誓っています」

「我ら、カンリ一族も大殿の命がある限り裏切りませぬ」

「……」

 とうさんが面食らっています。目が点になっています。
 そうですよね。とうさんは支配する気が無いって言っているのに、この二人はまるで支配を望んでいるようです。

「やれやれだぜ……」

 小さく弱々しく、とうさんが言いました。
 きっと、とうさんの隣に座る私だから聞こえたのでしょう。
 支配をしたくない大殿と支配をされたい家臣と、とうさんの苦難は続きそうです。

 ヒマリは、勉強してきっととうさんの役に立つ日本人になりますからね。
 私は、とうさんの姿を見つめました。
 とても威厳があって、豚顔がかわいくて、かっこいいです。

「じゃあ、あずさ。明日から俺は何をすればいい。総大将あずさの指示を仰ぎたい。状況の説明してくれ」

「は、はい」

 あずさちゃんの顔から迷いはなくなったみたいです。
 キリリと真剣になったあずさちゃんは、すでに大人の雰囲気があります。

「ほーーーーっ」

 カンリ一族から、ため息が出ました。
 その気持ちわかります。
 まさに、非の打ち所のない、完成された美しさですものね。

「と、その前に、とうさんはどこまで私の作戦を理解していますか?」

 うわあ、すごいです。
 とうさんが、そう来たかという顔になっています。
 私には、こんなやりとりは出来ません。子供ですからね。

 ミサさんと坂本さん、古賀さんもあずさちゃんの顔を見つめて驚いた顔をしています。
 なんだか、今の一言で形勢が逆転したような感じがします。

「まず、俺がわかっているのは城に結界が張られていることだ。そして、このステーキ」

 ステーキと言われた瞬間、あずさちゃんの体がピクッと動きました。
 きっと、バレたと思ったのでしょうか。
 そうですよね。戦争にステーキは関係ありませんものね。

「は、はい。そ、それから」

「ふむ。後は、ヒマリからのお願いだ。城には水すらまともな物がないと言う事ぐらいか。町はすでに暗くて、良く見えないから、状況がよく分からなかったからな」

 町がよく見えないと言う言葉を聞いて、あずさちゃんが表情を緩めました。
 でも、その表情の緩みを、とうさんは見逃さなかったみたいです。
 すごい戦いが始まっています。
 私は、とうさんには隠し事をしないようにしようと思いました。
 たぶんもうバレていますね。

「はい」

「俺が小田原でやった。兵糧攻めのようにも感じるが、それなら水も渡さない方がいい。城下に兵士もいまだに入れていない」

「はい」

 どうやら、あずさちゃんはまだバレていないと思っている様です。

「導き出される結論は」

「は、はい」

「わからないよ。そんなもん。材料少なすぎーー!!」

 えーーーーっ!!

「うふふ、では、説明します」

 あずさちゃんが説明を始めました。
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