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第二百十一話 少年の思い出

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「僕も恐かったけど、お兄ちゃんだから『大丈夫お兄ちゃんが付いているって言ってやったんだ』ノゾミは、眉毛をきっと上げて、僕を見つめてきた。でもね、そのノゾミの顔から、肉が無くなっているんだ。げっそりと痩せているのさ。僕は泥棒より、それが恐くて体がガタガタ震えてきたんだ。『大丈夫?』ノゾミが心配そうな顔になった。だめなお兄ちゃんさ。その時一階から『ちっ、しけた家だぜ。何もねえ。行くぞ』泥棒の声がして出て行ったんだ。泥棒は台所だけ捜して、あきらめて出て行ったんだ。食べられる物はもう、二階に全部運んであったから、取られずに済んだんだよ」

「そうか、よかったな」

「うん、でもね。よかったって言うほど、残っていなかったんだよ。だから、僕は近所の家を全部くまなく捜したんだ。ふふふ、台所だけじゃなくて子供部屋とか、いろんな所をくまなく調べたんだ。そしたらあめ玉やチョコレートが出て来たんだ。喜んで持って帰って、ノゾミと食べたんだよ。でもねその日に異変が起きたんだ」

「えっ!?」

「最初は、誕生パーティーみたいって喜んでいたんだけど、チョコレートがいけなかったのか、あめ玉がいけなかったのか、全部もどしてしまったんだ。全部もどしたノゾミは『ごめんなさい、ごめんなさい』って謝るんだ。きっと僕は、こんな時いつもノゾミに怒っていたんだよね。たぶん」

「きっと、そうなんだろうな」

「僕は、ノゾミの背中をなぜながら『苦しくないか』って聞いたんだ。『うふふ、お兄ちゃんが優しくなった』って笑うんだ。僕はほっとしたんだ。でもね、ノゾミは続けて言うんだ『昨日からずっと気持ちが悪いの、体が重くて動くのがとてもつらいの』ノゾミの足を見たら、もう骨と皮しか無かったんだ。ずっと同じズボンだったから、わからなかったんだ」

「……」

 俺は、返事が出来なかった。

「その日から、ノゾミは食べ物を食べられなくなったんだ。昼も夜もベッドの上から動けなくて、それでも食べないと生きていけないから。僕は食べ物を捜して、一緒に居られる時は、ノゾミの体を抱きしめてずっと一緒に過ごしたんだ。ノゾミは気分がいい時には歌を歌おうって言って、魔法少女の歌や、ヒーローの歌を歌ったんだ。小さな、かすれた声だけど、きっとあれでうまく歌えているつもりだと思うんだ。ノゾミは歌が得意だったからね」

「そうか。ノゾミちゃんは歌がうまいんだ」

「うん、そうさ。うまかったんだ。最高の妹なんだ。僕は弱っていくノゾミに『食べないと死んじゃう』って言って、食べものを口に持っていったけど、ノゾミは口を開かないんだ。そして『お兄ちゃんが食べて』って言うんだ。『水は飲んで、じゃないと本当に死んじゃうから』僕が泣きながら必死で頼むと、ほんの少しだけ口に含んでくれるんだ。でも、やっぱりもどしちゃうんだ。飲んだ量よりたくさん。僕がしょげていると、『皆で行ったステーキ屋さんのハンバーグ美味しかったね。また食べたいね』苦しいくせに、笑顔で言うんだよ」

「そ、そうか……」

「翌日は朝から雨が降っていたんだ。前の雨の時は二人で楽しく水くみをしたけど、今日は一人だけだった。体も洗いっこしたけど今日は一人で洗ったよ。そして、タオルでノゾミを拭いてあげようとしたら、『今日はだめ、お願い』って言ってきたんだ。きっと、痩せてしまった体を見せたくなかったんだと思うんだ。その日は一日中ノゾミの横で過ごしたんだよ」

「そ、そうか……」

「横で眠るノゾミの顔をずっと見ていたんだ。ノゾミの目のまわりは真っ黒になって、目は落ち込んでいたんだ。ずっと、ノゾミの顔を見つめていると、元気なノゾミの顔が思い浮かんで来た。もう話す事もつらいのか話しも出来なくなっていたんだ。朝になって、いつものように食糧探しに行こうとしたら、ノゾミが『棚のクレヨンを床に置いて』って言ってくるんだ。そして『お水を少しだけちょうだい』って言って来たんだ。僕は喜んで、飲ませてあげて、クレヨンを置いて家をでたんだ。自分から飲みたいって言うなんて、僕は嬉しかった、これで元気になるんだってね」

「そ、そうだな」

「いつもより、軽い足取りで外に出た僕は、急に皆で行ったステーキ屋さんに行きたくなったんだ。食糧探しをしながら、ステーキ屋さんの方向へ走っていると、なかなか着かないんだよね。車で二十分位だったのに何時間か、かかっちゃったんだ」

「車は速いからなー」

「うん、お店はね、建物はまだあったけど、中は荒らされていたよ。でもね、僕の目には、あの日のままに映ったんだ。ふふふ、お父さんとお母さんの間にノゾミがいて、はしゃいでいるんだ。服は新しいクリーム色のワンピース、席は窓際のあの席。僕はあの日の席に座ったんだ。まわりは、ステーキの焼ける匂いがして良い香りだよ。綺麗な店員さんが料理を運んで来てくれたんだ。ノゾミのお子様セットとお母さんのハンバーグ。ノゾミはお母さんのハンバーグを一口もらって食べると、大きな目をして『おいしーい』って叫んでいたね。そしてさ、お母さんのハンバーグと自分のお子様セットを交換しちゃったんだ。大人用の大きなハンバーグとご飯をペロリと食べちゃったよね。ノゾミはそのハンバーグの味が忘れられなかったんだね。僕はノゾミの一口目のハンバーグを食べた時の顔が忘れられないよ」

「うっ……」

「僕は、しばらくステーキ屋さんのあの席で、家族四人のあの日を味わっていたんだ。でも、いつまでもこんなことをしていられない。席を立ってお店を出て少し走ると急に世界がグルグル回り出したんだ。当たり前だよね。僕も、あんまり食べていないのに、こんな所まで来たら倒れちゃうよね」

「倒れてしまったのか?」

「うん、気を失っちゃったみたい。不用心だよね。道の真ん中で倒れるなんて。でもね、それがよかったみたい。気が付いたら、おばさんに抱えられていて、助けてもらえたんだ。『君、食べられる?』なんか、四角い食べ物をくれたんだ。大きくうなずいて食べたよ。でもね、パサパサしてなかなか飲み込めないのさ。おばさんが水も渡してくれて、やっと飲み込めた。『おばさん。助けて!! 妹が病気なんだ』『いいわよ。だけど、おばさんは駄目よ。シノって呼んで』『うん、シノさん、僕はノブ』『わかったわノブ君。さっ、案内して』僕は立ち上がろうとしたけどうまく立ち上がれなくて、そしたらシノさんがおんぶしてくれたのさ。『ノブ君。あ、あなた、こんな遠くから来たの? そんな体で……』シノさんは驚いていたんだよ。そんな体って僕は元気なのにね。『どうしても来たかったんだ』僕はシノさんの背中で言ったんだよ」

「そうか……」

「家に着いて、二階に上ったらノゾミが床で寝てるんだ。きっと朝、水を飲んで体がよくなって動けるようになったみたいなんだ。顔がね、少し微笑んでいるんだ。とても良い寝顔だよ。でもおかしいんだ。ノゾミの口の前が、一杯濡れているんだよ。そして手に黄色のクレヨンが握られているんだ。僕が床に置いてあげた奴だ。ノゾミは黄色が大好きなんだ。床に『お兄ちゃん、ありがとう。いこ』って書いてあったんだ。いこって、何だと思う」

「さてなんだろう、どこかへ行きたかったのかな」

「うふふ、シノさんが言うにはね……」

 ここで、ノブの目から初めて涙がポロリと落ちた。
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