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第百七十八話 嬉しい出来事

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 十一番隊の宿営地は、ショッピングセンターからは一時間とかからない距離の山の中にあった。
 この場所は和歌山からの主要道を押さえる位置にある。
 食糧調達部隊とはいいながら、大和を守る防衛拠点も兼ねているようだ。

 山の木を刈り取り、いくつかの宿舎やテントが出来ている。
 ここで戦利品を納めてから休憩を取っていると、数人の取り巻きに囲まれて、偉丈夫なイケおやじがやって来た。

「皆、よくやってくれた。ハルラ様が喜ぶだろう」

「はっ!」

 全員が敬礼した。

「柴井伍長、新人はどいつだ」

 偉丈夫が班長に声をかけた。

「はっ、犬飼隊長! あの男、十田十です」

 どうやら偉丈夫は、十一番隊の隊長らしい。
 さすがに貫禄がある。

「ほう! 報告通りのデブだな」

 なにーっ!!
 だが、俺は人間が出来ている。その程度では怒らないし、表情も変えない。

「おい、シュウ、隊長だ!」

「は、初めまして。よろ、よ、よろしくお願いします」

 俺は、大いにビビった振りをして答え、土下座した。

「ふふ、そこまでする必要はない。励めよ!」

 俺の姿を見ると満足したのか、そのまま次の班に歩き出した。

「おい、あいつは手配書のアンナメーダーマンじゃないのか」

 犬飼隊長は取り巻きに聞いている。
 隊長は、そのために俺の姿を見に来たのか。
 やべーー。

「まさか、アンナメーダーマンが、我軍に入隊するはずがないと思います」

「ふふふ、だろうな。桜木様すら恐れるほどの奴が、あんな豚顔の小物のはずがない。がはははは」

 よかった、ビビった振りをして。
 俺の小物振りは、天下一品だからバレる事はなかったようだ。
 しかし、アンナメーダーマンの名は、関西では有名なようだ。
 俺に疑いが向かないように、対策を取らなくてはならないだろう。

「班長、アンナメーダーマンの手配書というのは何ですか」

「ああ、これだ」

 はぁーーっ!!
 な、何だこれは、まるでアドの書いたアンナメーダーマンじゃねえか。
 違うのは手足が描いてあるところだけじゃねえか。
 つーか、他人にはこう見えていると言う事なのか。
 いや、違うだろー。俺はおはぎじゃねーー。

 班長の見せてくれた手配書にガッカリした。

「皆、聞いてくれ」

 隊長が、あらたまって俺達に話しかけた。

「今回の功績で、シュウ以外は昇進条件を満たした。昇進だ」

「おおおーーっ」

 全員の顔が喜びに満ちあふれた。

「喜ぶのは早い! この昇進をもって異動辞令だ。九番隊に配属されて京都守備をする事になる」

「ええっ!」

 ブルもチンも離れたぎょろ目の目玉が少し飛び出した。
 思わず吹き出しそうになったが我慢した。
 言い忘れていたがこの二人、ブルドッグとチンに似ている。

「お前達は、五人の班長になり、たたかう事になる。死ぬなよ」

「……」

 柴井班長の言葉を聞くと、葬式のような雰囲気になった。
 最早、京都はそこまで戦局が悪いのだろうか。
 羽柴軍が強いのか、新政府軍が弱いのか。
 いずれにしても、近いうちに京都も陥落しそうないきおいだ。

「シュウさん、しばらく、この班は二人構成になる。足軽小屋も空っぽだ。補充はない。それどころか、戦局が悪化すれば、シュウさんもすぐに昇進して、京都行きかもしれない」

 悲しげな顔をして俺を見てきた。
 ひょっとして、柴井班長はいい人なのか。



 日が暮れる前に食事を済ませると、すぐに消灯になった。
 俺達のテントは隊長の宿舎から離れている為、消灯になるとテントの中は真っ暗になった。

「うっ、うっ」

 テントの中に泣き声が漏れている。
 誰が泣いているのか。
 その泣き声が消えて、すべての人が寝息を立てるのを確認して。

「トイレ、トイレ」

 眠っているから、大丈夫だとは思うが、俺が動く気配を感じ、目を覚ましても怪しまれないように、声を出しテントを抜け出した。
 もちろん行き先は、ショッピングセンターだ。
 俺の足なら、すぐにつく。

 まだ、二十一時は超えていないはずだが、車も走っていないし、人の気配もない夜道は、真夜中のように感じる。
 ショッピングセンターは、真っ黒く星空に浮かび上がっている。
 昼間にブルとチンの割ったガラスから中に入った。

 ショッピングセンターの中には、まだ物資が沢山残っている。
 そして、ゴミも一杯残っている。
 一気に収納と、吸収をした。
 急にショッピングセンターが、がらんどうになる。

「ぎゃあああああああーーーーーーーー!!!!!!」

 中から悲鳴が上がった。急に物が消えて驚いたようだ。
 昼間感じた気配こそがこれなのだ。
 俺は、声の元へ急いだ。
 そこには、十人くらいの子供が固まって震えている。
 よくぞこんな恐ろしいところに、子供だけで生きていてくれたもんだ。

「やあ、みんな」

「なななななな、何だお前はー!!」

「豚さんだよーー。ブヒブヒ」

「ぎゃあーーはっはっはっはっはっはっは」

 子供は扱いやすい。
 フードコートのカウンターの下に隠れている子供達が笑い出した。
 ここは、ガラス張りで外からの星明かりが中を照らし、他の場所より少し明るい。
 俺の、豚顔がおかしかったようだ。

 って、このヤロー、人の顔を見て笑うんじゃねーー。
 失礼なガキ共だ。

「ねえ、豚さん。豚さんは悪者?」

「ふふふ、豚さんは、悪い豚さんじゃないよ。正義の味方の豚さんだよ。おなかは減っていないか?」

「……」

 しまった。急に「おなかは減っていないか?」は、行き過ぎたか。
 怪しまれてしまった。子供達がひいている。
 だが、俺には最強アイテムのマグロ丼がある。
 ウナギの白焼きもある。浜松産のうまい奴だ。

 俺はさらなる、怪しみを受けないように、マジシャンのようにマグロ丼とウナギの白焼きと箸をだした。
 ついでにカップと、いくらでも富士の湧水が出てくる水筒も出した。

「うまい!!」

 俺は、マグロ丼を一口食べて毒味して、その丼を一番大きな子に渡した。
 子供は、俺の顔と、丼を交互に見ていたが、口からよだれが垂れた。

「どうぞ!!」

 俺の言葉にうなずくと一口食べた。

「うめーーっ!!!」

 一口食べると、大声を出した。
 その後は、ガツガツ食べ始めた。
 まわりの子供達が羨ましそうに見つめているので、俺はどうぞとジェスチャーですすめた。

 そのとたんに、全員が勢いよく食べ始めた。

「ゴホン、ゴホン」

 むせる子供に、水を勧めた。

「この水、おいしい」

 その姿を見つめていると、俺は嬉しくなって、つい涙が出てしまった。
 ついでに鼻水まで垂れてきた。

「おい、豚! きったねーーなー!!」

 一人のがらの悪い子供が、いやガキが言った。
 だが、許そう。
 今は、君達が元気で生きていてくれたことが嬉しい。

 し、しまったー。「ガッカリだぜ!!」を、言うのをわすれたーー!!
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