北の魔女

覧都

文字の大きさ
上 下
87 / 180

第八十七話 人買い達

しおりを挟む
「おいあんた、残りの金渡してくれたら」
「命くれー、助けてやるぜ」

「ふっ、俺はいままで、それを言ってきた側の人間なんだがな」
「まさか、言われる立場になるとはよ」

コウの目に殺気が宿る。
残りの金を渡したところで、助けて貰えるはずもない。

「かまわねえ、やっちまえ」

襲いかかる男達の攻撃を馬車に背をあずけ、大きく左に避け、一番近くの男を思い切り殴りつける。

「ぐはっ」

続けて、その横の男を殴りつけた。

「ぐおっ」

二人が地面に倒れると、二人の男がコウに襲いかかった。

「ぐえっ」

一人の攻撃は避け、棒で頭をたたき割った。
たが、もう一人の攻撃は腹に受けてしまった。

「ちっ」

コウは、舌打ちをして、もう一人の男を殴り倒した。

「ガハッ」

その後ろから、今度は、三人がかりで男達が襲いかかる。
コウは馬車を背にしたまま、横に移動すると、馬車の横面が終わってしまい、回り込んだ先は、馬車の鉄の格子の前になった。
三人の男達は、コウの前で一列に並んでしまい、コウは一人ずつ順番に殴り飛ばし、相手の攻撃を受けずに倒すことが出来た。

頭(かしら)と言っていた男が馬車をぐるりと回り込み、コウの後ろから回り込んでいた。
コウはまだ気づいていなかったが、鉄格子の奥の少女達からは、丸見えだった。

「うしろ!」

少女達が叫んだ。

コウが後ろを向くと、頭(かしら)が短剣を前に構えつっこんできた。

ガツッ
ドスッ

コウの棒が頭(かしら)の頭蓋骨を叩き割った。
だが、頭(かしら)の短剣も、コウの脇腹を突き刺し、反対側に飛び出していた。

「ふうーー」

コウは、大きくため息をつくと、鉄格子の前で座り込んだ。
腹に深く二本の短剣が突き刺さり、最早助からないことを、コウは自覚した。

コウは自分の体に何か触るものを感じた。
六人の幼女が、コウを心配して、手を伸ばし触っていたのだ。

コウが何事かと振り返った。
幼女達は、まともにコウの顔を見てしまった為、びっくりして、一瞬にして手を引っ込めた。
コウの顔は恐ろしい、その上傷痕だらけである。

「脅かしちまったか」

コウは無理矢理笑顔を作ったが、たいした変化はなかった。
だが、少女達は、引っ込めた手を再びコウに伸ばしてきた。

「よかったなお前達、妖精がいるからよう」
「幸せが来たぜ」

姿を消していたクロが、白い妖精の様な姿を現した。

「わあっ」

ずっと暗い顔をしていた幼女の顔に、少しだけ明るさが戻った。
コウは幼女達の表情を見ると、自分も幸せそうな表情をしていた。
腹に剣などまるで刺さって無いような、苦しみのない美しい優しそうな顔をしている。
だが、コウの座っている尻の下には大量の血が溜まり、池の様になっていた。

クロはじっとコウの顔を見つめて、動けないでいた。
クロはコウの顔を見て。

「どこかで見た気がする」

そんな思いに捕らわれ、何処だったか必死に思い出していた。

「おい、コウが死んじまうぜ!」

クロはびっくりして飛び上がった。
後ろから声がしたのだ。
後ろを振り向いたが誰もいなかった。
だが、ケンの声だった。

そしてすべての記憶がつながった。
コウの表情は、あの時のケンの顔だ。
最期の時の顔、ケンは結局恐怖を分からないまま死んだ。
でも、幸せは、わかっていたんだ。

クロの右目から、ツーと一筋、涙が流れた。
だから私は、幸せって言葉が好きなんだ。

コウさんごめんなさい、あなたは、私の三番目です。
我に返ったクロは、

「コウさん、その剣抜けますか」

やっとコウに話しかけた。

「ふふっ、クロさん、もう体はピクリとも動かねえ」
「もういいんだ、今まで散々悪いことをしてきた」
「そんな男の、死に場所にはここが丁度良さそうだ」

「どうしよう」

クロは焦った、剣が刺さったまま治癒しても、治らない。
子供姿の本体では、分厚い筋肉に挟まれた剣は抜けない。
どうしよう、コウさんまで死んじゃう。

「おめー、本当は妖精じゃなくて、死に神じゃねえのか」
「好かれた奴は皆死ぬ」

「う、うるさいバカケン」

「まずは、回復だ!」
「速くしろ!」

「回復!」

「ぐああーー」

クロが回復をかけると急にコウが苦しみ出した。
コウは、死ぬ寸前だった為、痛みが脳まで来ていなかった。
クロの回復で、止まっていた痛みが全て、脳に襲いかかったのだ。

「コウさん、剣を抜いて速く」

「ぐうう、ぬううー」
「くそーおっ」

ズボッ
コウが一本目の剣を抜いた。
大量の血が噴き出す。

「治癒」
「回復」

クロの治癒で一本目の剣の傷が治った。

「速く次を抜いて」

「くそーー」
「ぐおおー、ぬうう、ぬおーっ」

ズボッ

「治癒」
「回復」

「ふーふー」

コウは、全快した。

「ふふっ、クロさん、刺さっている剣を抜くのも、刺すのと同じくれーいてーなー」

コウが笑うと、本体のクロが抱きついて来た。

「よかった、本当によかった」
「バカケン、ありがとう」

バカケンありがとうは、極小さくつぶやき、ケンにしか聞こえなかった。
コウは、クロの巨大な魔力の治癒と、回復で、目が赤く光るようになっていた。

それを見て、クロはやり過ぎちゃったわね。
私も、あい様の眷属になって、魔力が増大しているから、次からは気を付けなくちゃ。と、思うのだった。

その後、少女達を馬車から降ろすと、餃子とコーラを与えた。

コウは食事をしている少女達を宿屋に残し、十二人の死体を眺めていた。

「どーするかなこれ」
「自首して国に処理してもらうかな」

「くすくす」
「こんなの、魔王の森に捨てましょう」
「死体がなければ何があったかなんか分からないわ」

「そーだな、悪党の最期はそんなもんだ」
「クロさん、俺が死んだら、俺もそうしてくれ、頼んだぜ」

「お断りします!」
「それは、死んだときに言ってください」
「その時に考えます」

「無茶を言うぜ、死んだらしゃべれねーだろー」



二人は、六人の幼女の元へ戻った。

「あー良かった」

全員がほっとした顔になった。

「この子達、置いて行かれるのじゃないかと、心配していたんだよ」

宿屋のおばちゃんが笑っている。

「うむ、それなんだが」
「どうしたらいいのか」
「俺には分からねー」
「どうだ、お前さん達、家に帰るかい」

幼女は首をぶんぶん振っている。

「さすがに、子供に判断を任せるのは、大人として間違っているかな」
「よし、家に帰して上げよう」

「ま、まって下さい」
「わたし達は、家に帰れません」

「えっ」
「帰りたくないのか」

「少しは、帰りたいです、でも帰れないのです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...