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第25章 帝国皇后クーデターと落日の堕天戦乙女編

第2話 崩壊しつつある帝国軍

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・・2・・
 リシュカは夢を見ていた。
 フィリーネ・リヴェットになる前、如月莉乃の頃の夢を。
 しかしそれは楽しい夢で無く、幸せな夢でも無く。終焉の頃だった。
 ここは如月家の別荘にも関わらず、目の前では戦闘が繰り広げられ、終わりかけていた。ある会合が行われている中で、突如として黒服の集団が現れたのだ。
 彼等は屋敷を護衛していた警察官をあっという間に屠り、莉乃の側近達も多少時間がかかったものの、数的優位を利用して無力化していった。
 田端、樟葉の両名は時間稼ぎにと勇ましく数倍の敵を相手にしたが奮戦虚しく死亡。
 莉乃がある任務で拾い、精鋭と肩を並べるほどまでに成長した、可憐なレティも数箇所風穴を開けられ事切れる。
 そして一番の側近で右腕だった神崎も、莉乃を庇ってこの世を去った。
 残るは莉乃一人。彼女が抱えている老齢の男性、彼女の祖父も既にこの世にいなかった。
 銃声はもうしていない。一人を除き、させる必要が無くなったからである。
 別荘のリビングにいる莉乃。対して黒服は彼女を囲むように数人。にやにやと下卑た笑みを浮かべるが、かつてのあの作戦のように慰みものにするつもりだからではない。間もなく自分達の手で目の前にいる小さな女性を殺せることに優越と愉悦を感じているからだ。
 それを知ってか、死んだ祖父を抱え涙を流しながら、莉乃は呪詛を吐く。

「この世に、全てに、災いあれ」

 銃声が一つ、リビングに響いた。


・・Φ・・
4の月17の日
午前11時過ぎ
帝国本土・ムィトゥーラウより西20キーラ地点
敗走中の帝国軍・リシュカ護衛部隊

「…………う、うぁ。クソッ、なんて夢を」

 この世界ではリシュカである彼女は、目を覚ます。視線を少しだけずらすと、今の彼女の気分とは真反対に恨めしいくらいの青空だった。自分のいるところは小刻みに、時折やや大きく揺れている。天井の構造からして、どうやら自分は蒸気トラックに乗っているらしい。
 目を覚ますと同時に襲いかかったのは痛みだった。背中と腰の痛みもあるが、気になるのは頭部の痛み。視界が霞んでいるのではなく一部不良になっていることから、包帯が巻かれているのではと推測する。手を動かすと正解だった。
 そうしていると、近くから声がした。

「リ、リシュカ閣下!?」

「オッ、トー……?」

 リシュカの前、助手席から彼女のいる方に顔を出したのはオットーだった。上官が目を覚ましたことで、心底ほっとした様子だった。

「良かった……!   意識が戻って、本当に良かったです……!」

「…………私は何日くらいこうだった」

「約一日です……!   昨日のあの時に、怪我をされて意識を失われてからずっと……!」

「一日、か……」

 それからリシュカはオットーに昨日の事を聞いた。
 まずは自分に何が起きたかだった。
 どうやら自分は、あのロケット攻撃の際に自分だけじゃなくオットーや周りにいた兵士達を無意識に守ろうとしたらしく、緊急展開した魔法障壁を自分に集中させず分散させたらしい。その結果、オットーや周りにいた兵士は直撃を免れて軽傷程度で済んだという。
 しかし、発動者のリシュカは運悪く魔法障壁にロケットが直撃。かなりの爆発を魔法障壁が防いでくれたが、いかんせん急ごしらえの魔法障壁だからか全ての威力を吸収することは出来ず魔法障壁は破られ、リシュカは吹き飛ばされて気を失ってしまった。
 この直撃弾でリシュカは命の別状こそ無かったものの背中と腰に打撲程度の怪我を、そして頭部は少々の出血を伴う怪我を負ってしまった為、左目を含む頭部に包帯を巻いている状態になっている。
 ということだった。
 リシュカは包帯が巻かれている所に手を触れながら、

「軍はどうなった……?」

「状況は最悪です。南北司令部は完全に機能を喪失し、互いに連絡が取れません。シェーコフ大将閣下の消息も不明です。また、師団間の通信もほぼ行えない状態に等しく状況は不明。司令部の通信集約機能自体が無くなってしまった為、今は師団間の魔法無線装置でギリギリ連絡が取れるかどうか。という状態です。ただ、それも通常時の僅かに三パルラしか行えず、我々は目と耳を失ったも同然で……」

「そう……」

 リシュカはオットーの説明を聞いて、シェーコフの消息にしても南北司令部のハブ機能が喪失すれば当然か……。と考えた。師団司令部が持っている魔法無線装置の容量は師団で使う程度しかない上に、有効距離はあまり広くない。だとしても三パルラは少なすぎるだろうと感じたが、この後のオットーの説明で納得する。

「なお、現在人類諸国統合軍は大攻勢に出ております。偶然、第二九師団と連絡が繋がりそれで判明しました」

「二九からその後連絡は?」

「ありません。通信途絶になりました……」

「そう……」

 数日前までは帝国軍が有利だった。しかし、それが今や絶望的なまでに状況が悪化していることに、リシュカは大きくため息をつく。とても希望が見いだせる状況ではなかった。
 北部軍集団全体の足取りは掴めず、どれくらい無事でどれくらい戦力外になったかも分からない。それは南部軍集団とてほぼ似たような状況で、ほんの少し手に入った状況は統合軍が大攻勢を始めたことくらい。この情報をキャッチした時点で南部軍集団野戦司令部はトルポッサを放棄してムィトゥーラウへ向かうことになった。
 ちなみにムィトゥーラウとも通信は繋がらず、今こうやって蒸気トラックで走っているのも単純にトルポッサ放棄だけでなく、ムィトゥーラウとの通信圏内に入る為なのと、統合軍が大攻勢を始めた結果帝国軍が総崩れになっているからだという。

「じゃあ、私達帝国軍が置かれている状態は最悪中の最悪というわけね……」

「はっ。はい。大変遺憾ながら、師団以上の組織的な戦闘は不可能です。リシュカ閣下の指揮下にあるのは断頭大隊と、今同行している第八軍内の司令部周辺にいた三個師団のみ。なお、その師団は統合軍を食い止める為に西にいます。ここにいるのは断頭大隊とリシュカ閣下護衛の為の一個連隊のみです。申し訳ありません、リシュカ閣下が指揮不能でしたので副官の私が全て行いました」

「いや、いい。よくやった。ところで、他は……?  軍集団の他は……?」

「ほぼ分かりません。統合軍の大攻勢を食い止めているのか、もしくは大攻勢に呑まれ潰されたかすらも……」

「……………………」

 リシュカは脳内で状況を訂正した。絶望的なんて甘いもんじゃない。近代化軍が情報を失う。これじゃあ、致命的な詰みじゃないか……。
 どこで間違えた?
 何を間違えた?
 なんでたったの数日でチェス盤をひっくり返したようなことになった?
 どうして、どうしてこんなことに……。
 どうして私はいつも、運命から見放される……?
 思考はどんどんと悪循環にはまっていく。
 リシュカが周りの声が聞こえなくなっているのが分かったオットーは、リシュカのいる後部座席に動き彼女の肩を叩く。

「閣下、閣下。お気を確かに」

「この状況で、正気でいられるわけ……」

「お気持ちはよく分かります。しかし、このままでは帝国軍は潰滅です」

「そんなの、分かってる……」

「畏れながら申し上げます。シェーコフ大将閣下の消息が不明な今、最上位階級者。最上位指揮者はリシュカ閣下にあります。全軍がリシュカ閣下の指揮下にあります。もし今、リシュカ閣下が指揮不能となれば、帝国軍は頭が無くなった状態。いわば死体になります」

「じゃあ、どうしろっていうのよ……」

「閣下が無事である事は通信に飛ばし続けます。ですから、せめてご命令ください。どんな命令でも構いません。ムィトゥーラウへの総退却でもいい、もしムィトゥーラウがもぬけの殻になっていたとしたら、ドエニプラまでの後退でもいい。とにかく、命令を……!」

 オットーの悲痛な叫びに近い提言。
 リシュカは全く動かない頭で、けれども辛うじて動くからこそ、なんとか口を開いた。
最善など一日で消え去った。次善すら消え失せた。
 あるのはとにかく、軍の機能を最低限動くまでに回復させることだけだから。

「…………全軍へ命令。ムィトゥーラウへの総退却。なお、ムィトゥーラウが望み薄の場合は、ドエニプラを最終集結地点。目的地とする…………」

「御意」

 オットーは敬礼する。リシュカは顔を俯かせる。
 まずはムィトゥーラウへ。僅かな可能性に賭ける為。
 しかし、ムィトゥーラウもまた混乱の極地にあった。
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