上 下
368 / 390
第24章 オチャルフ要塞決戦編(後)

第9話 分岐点

しおりを挟む
・・9・・
 一八四七年四の月十六の日。
この日は妖魔帝国にとって悪夢の日となった。人類諸国統合軍が耐え難きを耐え遂に動き出したからである。
 兼ねてよりサンクティアペテルブルク強襲上陸作戦とほぼ同時に、主戦線でも反転攻勢に打って出るのが統合軍の方針だった。それが参謀本部やアカツキが考案していた中距離攻撃弾『L3ロケット』と長距離弾道魔導ロケット『L4ロケット』である。
 その中でも、まず『L3ロケット』は人類諸国統合軍の目論見通りサンクティアペテルブルクの件で対応に追われていた帝国軍の南北野戦司令部に直撃した。これにより帝国軍南北野戦司令部は完膚なきまでに叩かれ兵営だけでなく弾薬庫、食料庫、そして司令部機能に至るまで直撃弾を受け両司令部は完全にその機能を喪失した。
 ムィトゥーラウにある前線司令部がこの状況をキャッチするのはそう遅くはなかった。西方にある野戦司令部からの通信が全て途絶したからである。最初こそ機器の故障を疑ったものの、いつまで経っても返答がない上に両方とも同時に起きるとは思えず次第に異常事態を察知。当然ながら北部方面総司令官のシェーコフと南部方面総司令官のリシュカの消息は不明になってしまった。
 これによりただでさえサンクティアペテルブルクの件で混乱していたムィトゥーラウの帝国軍司令部は恐慌状態に陥る。帝国軍は事実上、戦闘機能のかなり失ってしまったといっていい状況になったのである。統合軍の大攻勢に晒される帝国軍将兵がいる中で、である。
 しかし、帝国にとって最悪の事態は何も一つでは無かった。
 もう一つの反撃の槍、『L4ロケット』の存在があるからだった。


・・Φ・・
同日
午後0時半過ぎ
妖魔帝国・帝都レオニブルク
皇宮

「一体何が起きたんだ!!」

「分からない!!   突然空から大きな物体が降ってきたと思ったら大爆発を起こしたって報告が大量に届いているんだ!!」

「一箇所だけじゃなくて二箇所で起きたんだよ!   一つは旧街区商業街の百貨店に、もう一発はよりにもよってチョトムキン侯爵閣下の邸宅だ!」

「チョトムキン侯爵閣下の!?   この皇宮からすぐだぞ!?   火災じゃないのか!?」

「違う!!   付近の貴族が命からがらの様子で報告してきたってついさっき報告が出ていた!」

「一体なんだって言うんだよ!!」

 帝国帝都レオニブルク、その中枢である皇宮は飛翔物によって歴史上かつてないほどに錯乱状態になっていた。皇宮内には緊急事態に宮廷女官や官僚、軍人に至るまでひっきりなしに行き交い走り回っている。しかし、まったく統制が取れていなかった。
 全ては人類諸国統合軍が放った、この世界初の長距離ロケット『L4ロケット』が原因である。
 アカツキが射程ギリギリな上に誘導弾ではないから帝都に着弾するかも分からないと話していた『L4ロケット』は、人類諸国統合軍にとっては幸運な事に、そして帝国にとっては極めて不運な事に二発ともが帝都レオニブルクの中心街に着弾した。
 帝国軍人達が話すように、一発は旧街区の百貨店に、そしてもう一発は帝国でも有名かつ粛清の嵐に巻き込まれなかった侯爵の邸宅を直撃した。
 『L4ロケット』の威力は、内蔵している魔石で底上げしても地球世界換算で一○トン爆弾程度の威力。帝国が開発し起爆させた『煉獄の太陽』とは威力は比べるべくもないが、この『L4ロケット』は帝都の住人達にとっては『煉獄の太陽』並に恐慌状態へと陥らせていた。何故ならば、ロケットは空から降ってきて爆発したからである。
 『L4ロケット』によって、商業街区に着弾した方は多数の死傷者を生じさせていたし、貴族街区に着弾した方は侯爵邸宅を跡形もなく吹き飛ばし、周辺の貴族邸宅にも被害を及ぼしていた。
 直接的な被害だけでも中々のものだが、恐怖はあっという間に軍官民を問わず広がっていく。
 官民にとって戦地は遠く向こうの話であり帝都は無縁だと信じていた。ところが明らかに帝国軍の物ではない兵器が飛んできたのだ。底知れぬ不安はふつふつと湧き出ても当然である。
 軍は官民より酷かった。特に『煉獄の太陽』を知る者の心境たるや、生きた心地がしていなかったの一言に尽きる。
 何せ帝国軍は人類諸国統合軍の中心たる連合王国の、それも王都に禁忌の兵器を行使したのである。自分達も同じように報復される可能性は検討されていた。だが、前線から帝都までは遠い。少なくともこの世界の兵器では届く距離ではない。そう信じられていた。
ところが、『L4ロケット』は帝都に直撃した。それも目撃者も多く隠蔽が出来ず、機能中枢に近い中心街に着弾した。
 この事実は軍人達を震撼させるには十分であり、次にこう想起させた。

「統合軍は我が帝都にまで届く兵器を開発した」

「帝都の中心街に着弾させた」

「ありえないと思っていたら現実になった」

「威力は爆弾程度だが、今回は試験的なものかもしれない」

「人類諸国統合軍のことだから、『煉獄の太陽』に近しい威力を持つ兵器を開発したかもしれない」

「今回飛んできた飛翔物に搭載出来るかもしれない」

「帝都だけではない。次は帝都までの全ての都市が対象になるかもしれない」

「帝都にまた落ちるかもしれない。そうしたら帝都は機能喪失だ」

「軍司令部も狙われるだろう。そうしたら軍は崩壊する」

 彼等は次から次へと悲惨な想定が生まれてしまっていた。次はどこだ。どこが狙われるんだ。帝国に無事な場所なんて無くなるんじゃないか。
 人というものは一度思考の落とし穴に嵌ると抜け出せなくなる。例え、人類諸国統合軍が『L4ロケット』については十数発も保有していないとしても。
 結果として、『L3ロケット』によって機能完全喪失を起こした南北野戦司令部したよりも酷く、前線だけでなく帝都からの指揮機能をも実質失ったムィトゥーラウよりも酷く、人々による混乱で帝国軍は実質的にその機能を停止させてしまっていたのであった。
 そのような時、皇帝レオニードの妻たるルシュカはなんとかこの事態を収拾、もしくは打開しようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...