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第23章オチャルフ要塞決戦編(前)

第11話 二人の帝国軍軍集団指揮官、シェーコフとリシュカ

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・・11・・
 人類諸国統合軍の想定を大きく上回る、帝国軍の南部方面への戦力投入やそれに関係する様々な事象。
 一連の出来事や様子について、国が編纂した大戦の戦史資料から個人の手記に至るまで詳細に記録されている。
 そもそも、当初統合軍はオチャルフ要塞を主戦とする南部方面に帝国軍が向かわせる兵力は約六五〇〇〇〇。多くても約七〇〇〇〇〇程度だと予想していた。
 しかし、予想は大きく裏切られる。現実では南部方面に向けられた帝国軍の兵力は二個軍集団に相当する約九〇〇〇〇〇。統合軍南部方面軍の実に二倍である。
 では、どうやって帝国軍は南部方面にこれほどまでの大軍を向けさせたのか。
まず、編成を命令したのは総司令官たるシェーコフ。そして、皇帝名代でもあるリシュカ。特にこの作戦を強く推進したのはリシュカであった。
 二人はそれまでの兵力振り分けを変更させる。南部方面に振り分ける為、まずは北部方面の帝国軍兵力から一部を南部方面へ抽出。さらに南部方面にあった後方予備兵力も投入した。これらは帝国軍の予備兵力の豊富さがあったからこそ出来た芸当である。
 なお、ここで注目したいのは北部方面の帝国軍に兵力の減少がない点だ。北部方面から抽出されたのは約一〇〇〇〇〇。しかし抽出後に北部方面の兵力の変化はない。
 これは北部方面予備兵力を前線へ向けさせたこと。後方地帯にある兵力を後方予備兵力に回したからである。
 ただ、後方地帯といっても遠い場所からではない。統合軍が奇襲上陸作戦を行うかもしれないと噂されているアリハルンリスクは対象外となったが、サンクティアペテルブルクやその近傍に展開していた兵力、ドエニプラより東に所在していた兵力を前線転用したのだ。だからこそ、南部方面に約九〇〇〇〇〇もの兵力を送り込めたのである。
 以上のように帝国軍はオチャルフ要塞攻略の為に、統合軍の二倍の兵力を用意した。
 結果、真っ先に立たされていた第二一軍は帝国軍の新兵器による攻撃も含めて大損害を被る。その数、約二六〇〇〇。約三分の一の兵力を僅か二日半で喪失したのであった。
 第二一軍指揮官ロッテム大将は元から後退のつもりでいた為即時後退命令を出す。それは帝国軍が一気に要塞外縁部周辺まで展開するのを許すことになるのだが、兵力温存が優先。第二一軍は大損害を被ったが、ロッテム大将の速やかな判断で約三分の一で済んだと言えるだろう。
 しかし、統合軍が初戦から苦しい展開を強いられたのは事実に変わりなく、帝国軍の勢いが増してしまったのもまた事実であった。


・・Φ・・
3の月22の日
午前9時50分
ムィトゥーラウ・帝国軍前線総司令部
シェーコフ大将の執務室

 所変わって、帝国軍の前線総司令部が置かれているムィトゥーラウでは間もなく迎える春の雰囲気も相まって、明るい雰囲気が広がっていた。
 初戦を順調な侵攻で飾った事により士気は上昇。敵兵力の二倍で攻略せんとする南部方面軍集団の活躍に高級士官達の間では、どれくらいの期間でオチャルフ要塞を陥落出来るだろうかという賭けが行われるくらいには楽観視されていた。
 それでも慢心は決してしていない者がいる。作戦参謀長からの報告を聞いている最高指揮官クラスの二人、シェーコフとリシュカであった。

「――以上のように統合軍に対して一撃を与えた我々帝国軍はオチャルフ要塞外縁部から約十数キルラから約二〇キルラまで進出。数日を待たずしてチャイツ川を挟んで統合軍と対峙する形となります」

「大変結構だ。前線の将兵に労いの言葉を送りたいものだな」

「ええ、まずは満足のいく成果ですわ。ただし、慢心だけはしないよう伝えなさい」

「はっ、リシュカ大将相当官閣下。そのように前線へは伝えます」

「よろしい。報告は以上でして?」

「はっ。以上であります」

「うむ。ならばメイツェフ作戦参謀長も休息を取りたまえ。休める時に休めておくのも軍務だ」

「ご配慮痛み入ります。それでは、自分はこれにて」

「ああ、ご苦労だった」

「ご苦労さま」

 二人から労いの言葉を貰うと、作戦参謀長は敬礼をして部屋を後にした。
 シェーコフとリシュカの二人のみになると、彼等はふう、と息をついてソファに座った。

「ひとまずは上手くいったようだな。何よりだ」

「ええ。大変よろしゅうございます。ですが、こうでなければ困りますわ」

「まあ、な。これだけの数をぶつけ、さらに新兵器たる『ソズダーニア・トリー』も投入したのだ。初手で挫くなど有り得ん」

「くふふ。統合軍の連中は膨大な鉄の火を浴び、予想していた数を大きく上回る兵力が殺到し、さらには『ソズダーニア・トリー』に蹂躙されたのです。さぞ慌てふためいているでしょう。いい気味ですわ」 

 表向きに使う丁寧な口調とは裏腹にニタァ、と笑うリシュカと、同意するシェーコフ。
 二人が口に出した『ソズダーニア・トリー』こそ、帝国軍がこの攻略戦に投入した新兵器だった。
 『ソズダーニア・トリー』とはソズダーニアシリーズの総決算、完成形といえる生物兵器だ。
 『ソズダーニア・トリー』は、二型にあたる『トゥバ』より小柄な約一メルラ半から約二メルラ。人間とさほどサイズは変わらないが、トゥバに比べるとその戦闘力は飛躍的に上昇しており、ある程度簡単な命令も受けられるようになっている。また、魔法の使用も可能だ。統合軍に大損害を与えたのは数だけでなく、 この『ソズダーニア・トリー』によるものも大きかった。
 なお、『トリー』の素体は南方植民地や光龍皇国の能力者軍人であり、その中でも実験に成功した素体が『トリー』になれたのである。

「『トリー』の数は約三〇〇と多くはないが、要塞攻略戦の役に立つだろう。実験とやらを生き延びた、選び抜かれた兵器共には大暴れしてほしいものだ」

「私も『トリー』には統合軍共を蹂躙してもらいたいと思っておりますわ。しかし、約九〇〇〇〇〇の兵力と新兵器を持ってしても、あの要塞はそう易々とは落ちないでしょう。少なくない損害は必ず生じますわよ」

「それについては同感であるな。最前線からの報告が早速入ってきたが、どうも前代未聞の規模らしい。洗脳化光龍の強行航空偵察が未帰還と聞いてな。俺はそれを聞いて、これは一筋縄ではいかんだろうと思ったさ」

「外縁部がある点から、複数の防衛線を構築しているのは間違いありませんわね。対空防御もかなりのものと考えられます。念には念を入れて、南部方面軍集団には残り少ない洗脳化光龍のうち約二五〇配備しましたが、果たしてどれくらい生き残るかは未知数ですの」

「航空戦力は大事に使わねばならぬな。洗脳化光龍については予備が少ない。先の航空偵察では少数にしておいて正解だった」

「ええ」

(シェーコフが有能かつ話の分かる軍人で本当に良かったよ。あの要塞はクソ英雄が絡んでる以上、間違いなく旅順を凌駕する規模と密度で整えてきているに違いないもの。外縁部ですら死体の山を築くことになるだろうね。内縁部に至ってはどうなることやら。)

 リシュカはオチャルフ要塞の全容を把握していないにしても、当たらずとも遠からずの予測をしていた。
 航空戦力が未だ黎明期の域を出るかどうかのこの世界の科学技術水準。帝国軍は洗脳化光龍しか有用な航空戦力を持たぬ以上、要塞攻略手段は正面突破以外ない。要塞南北は大規模侵攻を行うには余りにも不適切な地形だからだ。
 だからこその大兵力と、『トリー』の投入。戦い方としては正攻法と言えるだろう。

「シェーコフ大将、煙草を吸ってもいいかしら?」

「勿論。貴官も一息つきたいだろう。気にするな」

「ええ。では、お言葉に甘えて」

(本当なら私で単独立案したかったけど、虎の子たる第八軍の半数を失った失点が私にはある。オットーの言う通り、私は冷静さを欠いていた。クソ英雄を八つ裂きにするのは既定路線だけれども、判断力が鈍っていたのは確か。アイツのおかげで目が覚めたけど、失点が大きすぎたよね。でも、シェーコフが協力してくれるのは本当に有難かったよ。私が立案して、いつまで経っても許可の出ない作戦を諦めて、作戦遅延で少し焦っていたシェーコフと連名で立案したら、なんとか通ってくれたもの。)

 ムィトゥーラウで酷く冷静でなかったリシュカだったが、第八軍の半数喪失とオットーからの忠告を代償に正気に戻っていた。これは帝国軍全体にとっても喜ばしいことではある。
 しかし、リシュカが言うように近衛師団を含む軍をこれだけ減らしたのは失点として大きい。リシュカの耳には届いていないものの、レオニードがリシュカの才を僅かばかり疑うようになってしまったのだ。
 だが、レオニードはリシュカとシェーコフが連名で立案した作戦に目を通して汚名をそそぐ機会を与えてやらんでもないとは思っていた。故に今の作戦がこうして行われているのである。

「ところで、リシュカ大将相当官」

「なんでしょうか、シェーコフ大将」

「今回の作戦は北部方面軍集団の一部からも戦力を捻出し、その為に南部方面だけでなく北部方面の後方予備や後方地帯からも兵力を抜いたが、例の噂は知っているか?」

「統合軍がアリハルンリスクに強襲上陸作戦を仕掛けようとしている。ですか?」

「ああ。連中も追い詰められて賭けに出ているのか、そのような作戦を実行しようとしていると諜報機関が掴んだようでな。どうにも、それが本当なのかどうか怪しく思うのだ」

「実現可能性としては薄いですが、統合軍も我々が少なくない損害を生じさせて後方予備を減らしていると思っているのでしょう。確かに現状北部方面の展開兵力は後方は減りつつありますわ。だから連中は要塞で立てこもって耐えた後に反攻作戦など夢物語を妄想しているのでしょう。ですが、早速夢は儚くも散ったのでは?    何せ、私達は南部方面に敵の倍数の兵力を向けたのですもの」

 リシュカは統合軍に向けて嘲笑うような表情をしながら言った。
 彼女はアカツキが、前世の仁川よろしく後方から奇襲上陸して戦況をひっくり返そうとしているのだろうと考えていたのだ。戦略としては間違ってもいないし、本国にはまだ兵力があるだろうから遂行だけなら可能ではある。
 でも、それはもう叶わないだろうともリシュカは思っていた。今彼女が言ったように、南部方面軍集団は二個軍集団でオチャルフ要塞を攻略しようとし、反攻作戦など夢のまた夢にしようとしているのだから。

「貴官の言う通りではあるな。アリハルンリスクにからは戦力を抽出せず、むしろ少々増強させてある。多少の軍勢ならばビクともしまい」

「ええ。本当にアリハルンリスクにやってきたとしても、戦線が連結しなければただの孤立。補給路を絶ってしまえばそれまでですし、何よりすぐに兵力を差し向け鏖殺してしまえば問題ありませんもの」

「で、あるな」

 シェーコフもリシュカも、此度の作戦ばかりは自信があった。
 帝国軍ドクトリンを忠実に実現させた人海戦術で敵を押し潰す。多少の奇襲など意味もないし、小手先の戦術では勝てまいと思えるほどに備えていた。
 だが、シェーコフもリシュカも一つだけ読み間違いをしている。奇襲上陸地点の違いだ。
 果たしてこの読み違いがどのような結果を生むのか。それはシェーコフやリシュカは知る由もなく、また当事者であるアカツキ達もまた同様であった。
 血と硝煙と死体の山を築く戦いは、まだ始まったばかりである。
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