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第20章 絶望の帝国冬季大攻勢編

第6話 アカツキによぎる一つの疑問

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 ・・6・・
 12の月13の日
 午後4時過ぎ
 ムィトゥーラウまで南西約170キーラ地点


「九の日、妖魔帝国軍によりドエニプラ陥落」

「この日よりドエニプラ死守一個軍との連絡途絶」

「十一の日、妖魔帝国軍によりホルソフ陥落。一個軍は後退中であるものの、一個軍は包囲され救出不可能」

「北部軍は帝国軍一個軍に対して諸種族連合共和国軍と共同でこれを迎え撃つ。キャエフから三個師団を増援として送る。チャルニフにて善戦するも、統合軍本部はこれを我々の戦力の張り付けの為と推定」

「妖魔帝国軍は侵攻開始より約二週間で、最進出地点は侵攻地点から約一五〇キーラから一六〇キーラ西進。統合軍は各地で防衛戦に徹するも、抑えられず。戦線整理と再編成をしつつ遅滞防御の最中」

 僕が三個軍を引き連れてドエニプラから撤退して八日。稼働している魔法無線装置通信網から入ってくる報告には悲壮感が漂うものばかりだった。
 多大な犠牲によって手にしたドエニプラはあっけなく帝国軍の手によって陥落した。ホルソフも抵抗虚しく引き潰され、戦線はわずか二週間で大きく後退。
 妖魔帝国軍の津波のような進撃は次々と僕達統合軍を飲み込んでいた。ドエニプラとホルソフを除いて軍規模の包囲こそ逃れられたものの、各所で旅団や師団規模が包囲。僕達に出来るのは戦線整理と再編成がやっとだった。
 致命的な損害にならずここまで出来ているのはマーチス侯爵の采配あってこそだろう。
 とはいえ、危機が去った訳では無い。それは僕達退却する三個軍も同じだった。
 僕は今、リイナとエイジスと一緒に蒸気自動車の中にいた。脅威に備えてエイジスが車そのものに魔法障壁を展開してくれている。

「リイナ、今日の昼にあった空襲による損害を報告してもらえるかな……」

「旦那様、ちょっとは休んだ方がいいわよ……?」

「皆休んでないし、リイナだってそうだろう? 戦況把握は逐次しておきたいから」

「分かったわ」

 極度の疲労で澱んだ脳内でも、僕はやるべき事をしなくちゃいけない。強壮魔法で無理やり思考を明瞭にさせて、リイナに報告を促した。

「今日の昼にあった空襲は、洗脳化光龍飛行隊が約二〇。主な被害はここから後方にいる部隊。対空攻撃にムィトゥーラウからの航空隊、ココノエ陛下の『ロイヤル・フライヤーズ』で追い払ったけど、死者と負傷者が数百。それと物資にも少し損害があったわ。数値の面ではさほどのものではないけれど、これで今日含めて数えると十四回目の空襲ね。かなり兵士達の精神が参ってしまっているわ。私達も、ね……」

「三個軍も退却してれば捕捉は容易いだろうね。あっちの指揮官が優秀なら尚更さ」

「他の戦線でも同じだわ。地上では工兵隊が、決死で苦し紛れの魔石地雷の埋込と退却の邪魔になる弾薬を埋めて足止めにさせているのが功を奏しているみたいだけど、空はどうにもならないみたい」

「報告。帝国軍は地上において三個軍集団及び二個軍を投入しただけでなく、洗脳化光龍飛行隊を大規模投入。その数は確認済みだけで約八〇〇。友軍の航空隊だけではカバー出来ない様子です」

「そりゃそうさ……。ただでさえ途中まで指揮系統が混乱しただけでなく、地上では数の利を存分に活かした帝国軍が進撃中。航空隊だけじゃどうにもならないさ……。『ロイヤル・フライヤーズ』だって連日の迎撃で疲労が濃いし……」

「物資補給については今まで構築した兵站網を使い捨てで用いているから辛うじてなんとかなっているわ。けど、さらに厳しくなってきた寒さで落伍者が少しずつ出てるみたいね……」

「出来る限り輸送用蒸気トラックで負傷者や病症者は運んでるけど、これも限界がある……」

「悔しいけれど、ここまでは私達の完敗だわ……。帝国軍は私達の想像以上に私達から学んだみたいね……」

「果たしてそれだけかどうか……」

「…………旦那様?」

「ごめん、なんでもない……」

 今までの道路網整備と兵站網構築で、退却としては悪くない状況ではある。少なくとも、大勢が後退中に死ぬなんて悪夢は避けられている。
 けれど、誰も彼もが精神的に摩耗していた。味方の航空隊が追い払いに来てくれるだけまだ支えになっているなんて状況だ。リイナの言うように統合軍は帝国軍に完敗の状態なのは間違いない。
 でも、ここまで鮮やかな手並みに僕は回らない頭で考えていた。
 帝国軍は本当に学んだだけかどうか?
 疑問だった。
 帝国軍が今用いている作戦は、恐らく浸透戦術。ただしドイツ帝国軍のそれではなく、どちらかというと人海戦術も絡めたソ連軍のそれ。戦車がない――無いのは半分不正解。戦車もどきのソズダーニア銃砲兵隊がいるから限定的な戦車ありの電撃戦でもあるといえる。――電撃戦をしているようにしか思えない。
 それが証拠に、三個軍集団が極めて統率的に運用されていて砲など重火力の運用に、ソズダーニア銃砲兵隊など機動火力の運用。洗脳化光龍飛行隊の航空部隊運用もまるであの大戦を知るかのような使い方だ。おかげで僕達はわずか二週間で百数十キーラ後退させられている。
 となると、考えられるのは一つ。

 僕以外にも転生者がいて、もう一人の転生者が帝国軍にいる。しかも、かなり軍関係の知識に詳しい転生者が。

 という可能性だ。
 僕が転生してこの世界にいるのだからもう一人がいても何らおかしくはない。
 僕が知る自分以外の唯一の転生者と言えば……。

(フィリーネ・リヴェット。如月、中佐……。)

 でも、如月中佐は死んだ……。協商連合に裏切られ、自殺した……。死体は見つかっていないとはいえ、生存可能性が絶望的なのだから死んだも同然。

(じゃあ、今の帝国軍にはどんな転生者がいるんだ……?)

 今更考えたところでどうしようもない。むしろ自分達の命を心配するべきだ。
 それでも頭から離れないんだ。
 もしかしたら、如月中佐は生きている?
 それも、妖魔帝国軍にいる?

(いや、絶対にありえない。そんなはずはない。だって、あんな手紙を残して死んだのだから)

 なら、今の帝国軍の戦略と戦術はなんなんだ。どうしたらあんな前世の大戦を知るかのような動きができる。
 …………あぁダメだ。とてもじゃないけど、結論に至れない。解答が出せない。

「……くそっ」

 思わず悪態をつく。耐えられず、タバコに火をつける。

「旦那様、やっぱり少しでもいいから休んだ方がいいわ。アナタ、もう一週間もまともな睡眠を取っていないもの」

「リイナ様に同じく。マスターの精神状態肉体状態の両面は平時に比べ著しくが悪化しております。強壮魔法で誤魔化すのにも限度があります」

「けど……」

「畏れながら、アカツキ中将閣下」

「なんだい?」

 恐る恐る話しかけてきたのは、助手席にいる護衛で魔法無線装置からの情報を伝える士官だった。

「閣下はこの一週間兵士達に声を掛け、寝る間を惜しんでいかに最小限の被害で退却出来るかを考えられております。ですから、閣下もどうか休んでください。閣下が倒れれば、士気に関わります」

「旦那様」

「マスター」

「…………分かった。さっき指定した今日の野営地点までどれくらいかかりそう?」

「あと一時間半程度です。これ以上は周りが暗くなり進むのは難しくなりますから。既に最前衛は野営の準備を始めているかと」

 今日の野営地点はムィトゥーラウまで約一五〇キーラ地点。明日か明後日までにはムィトゥーラウにいるマーチス侯爵が直々に指揮をしている一個軍の手が届くかどうかまでの地点にまで行ける。確か西から二〇キーラに川があって、東が森のある場所だっけ……。
 もういいや……。とにかく皆の言う通り休まないと自分が持たない。ここは言葉に甘えよう……。

「一時間半だね。分かった」

「旦那様、肩を貸すわよ」

「ありがとう……」

 そう言うと、僕はリイナの肩に自身を預ける。彼女は僕の頭を優しく撫でてくれた。
 どうやら僕は目を閉じたらすぐに寝始めたらしい。後でリイナやエイジスが教えてくれた。
 午後六時過ぎ。野営地点に到着する。帝国軍三個軍集団のうち、中央から侵攻する一個軍集団は着実にこちらに近付いてきている。報告によれば僕達のいる所からもう九〇キーラの所にいるらしい。
 夜間空襲にだけは気を付けないと……。
 早く、早くムィトゥーラウに三個軍を到着させないと。
 不安な夜は今日も続く。
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