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第19章ドエニプラ攻防戦2編

第7話 叛逆の英雄、帝都を起つ

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 ・・7・・
 11の月8の日
 午前9時過ぎ
 妖魔帝国・帝都レオニブルク
 皇宮・皇帝執務室


 アカツキ達人類諸国統合軍がドエニプラ市街戦で勝利しドエニプラ攻防戦の勝敗が決した翌日の八の日。
 妖魔帝国の帝都レオニブルクにある皇宮内皇帝執務室では参謀総長による戦況報告がされていた。

「――以上のように、我々帝国軍は奮戦するも昨日ドエニプラを失陥。シェーコフ大将はプレジチェープリまで脱出しましたが、チョスカー少将は戦死。人類諸国統合軍より正式な発表がされています。これにより、ドエニプラの戦いは我々の敗北となりました」

「アカツキ相手となると、シェーコフでもダメだったか。だが、時間稼ぎは出来たようだな?」

「はっ。はい、並の司令官であれば先月の中頃か下旬にはドエニプラは敵の手中となっていたでしょう。チョスカー少将には二階級特進だけでなく相応の勲章を得る栄誉があって然るべきかと」

「そうだな。チョスカーの一族には永久的な支援を与えよう。シェーコフもよくやってくれたと言える。何せ、奴は生きた英雄だからな」

「皇帝陛下の仰る通りですの。シェーコフ大将は十分に時間稼ぎをして生きてくれました。英雄に相応しいお方でしょう」

 これまで皇帝レオニードの隣にいながらも一言も発さなかったリシュカは表向きの口調で言う。無論、チョスカーにけしかけて今のシェーコフの状況を裏で作り上げたことはレオニード以外誰も知らない。
 レオニードはリシュカの発言に静かに頷くと、

「ああ。今回の戦いはシェーコフにとっては敗戦は屈辱だろう。故に、生きているからこそ雪辱を晴らす機会を与えてやらないといけないな」

「ええ、皇帝陛下。シェーコフ大将には反撃の嚆矢の名誉を是非お与えくださいまし」

「参謀総長、貴様も賛成であろう?」

「勿論にございます、陛下。名将シェーコフ大将には、旗頭になってもらう予定にございます」

「よし。ならば計画を始動させよ。人類諸国統合軍には悟られず、密やかに動け。俺の国をいいように侵略した罰を、今こそ後悔させてやるんだ」

「はっ。愚かなあの国は爆発寸前。海軍もつつがなく準備を終えてあとは進発するのみ。そして、例の物も順調に輸送しております」

「大いに結構。反撃の時に、貴様等の活躍を期待しているぞ」

「御意。それでは、私めはこれにて失礼致します」

 参謀総長は恭しく礼をすると、執務室を後にしていった。
 参謀総長が退室して部屋に残るのはレオニードとリシュカのみになると、レオニードはふう、と一息つく。

「理想より早かったが、持った方だな」

「シェーコフ大将にはあと半月は頑張って欲しかったけど、私もアカツキというより取り巻きを侮ってたね。初めて報告を聞いた時にもビックリしたけど、極東で辺境の皇女がまさか生きてるなんてねえ」

「あれは誤算だったな。ブライフマンの奴も道理で見つかるわけがないとボヤいていたさ」

「それで八つ当たりのように旧皇国は締め付けが厳しくなったってね。逆効果な気がしないでもないけど、いいの?」

「構わん。今更あの国に余力は無いからな。第一、ココノエとやらがどれだけ戦いに身を投じようとも無駄な事。祖国を奪い返す為には俺の国を横断せねばならんのだし、最低でもここ帝都を占領しなければならない。だがそれも叶わん夢だ」

「まあね。再戦以来今月までずっと、連中を深くまで誘い込んだ上でこれから計画を発動させるんだし」

「ああそうさ。奴等は連戦連勝のつもりでいるだろう。アカツキやマーチスのような頭の良い連中あたりは戦死傷者の多さに今後を憂うかもしれんが、末端まではそうは思わんはず。今頃ドエニプラでは戦勝に酔いしれて冬を越せば次はここレオニブルクだ! なんて騒いでいるんじゃないか?」

 くくく、と笑いながら言うレオニード。彼の予測は的中していた。
 ようやくドエニプラの戦いを終えた人類諸国統合軍は厳冬期までの目標であるドエニプラ占領を成し遂げて兵士達は飲めや歌えやの大騒ぎであった。中には来年の今頃には自分達がレオニブルクの地を踏めると信じている者達もいる。
 何せドエニプラ攻防戦だけで戦死者と負傷者は約五七〇〇〇も生じさせてしまったのだ。戦死者に限って言えば約二三〇〇〇。戦線復帰不可能な者も多い。勝った時くらい酒に酔わせろと考えてもおかしくないのである。
 また、アカツキやマーチスなど上層部が今後を憂うという予測も的中していた。
 オディッサからドエニプラまでの損害もさることながら、シェーコフという名将を捕えられなかったのは拭いようのない失点だったからである。厳冬期に入ればこれまでのような大攻勢は難しくなるし現状の戦線をさらに押し上げるのは不可能に近い。シェーコフはプレジチェープリへ脱出した情報は彼等も手に入れているが、いつまでも前線に近い地に留まるとは思えない。
 恐らくはプレジチェープリに防衛戦力を残して一旦さらに後方のトゥラリコフへ後退。戦力を再編成して反撃の機会を待つだろうと予測したのである。
 アカツキやマーチスの予想はある程度は的を得ていた。シェーコフが反撃の旗印になるからである。だが、間違ってもいる。
 何故ならば、反撃の機会は彼等が思うよりずっと早く、もう目の前に迫っていたからである。

「ところでリシュカ。計画始動の際の貴様の行動だが。……改めて確認するが、本気なんだな?」

「あったりまえでしょ。私はずっと待っていたんだから」

「だろうな。俺は今更貴様を止めるつもりもない。貴様が祖国に裏切られ俺の下へ来てから、この日の為に動いてきたのだろう?」

「そそ。後方も後方の帝都でぬくぬくと過ごすつもりなんてさらさらないし。あと私には似合わない」

「あれだけ改革を成し遂げた奴が言う台詞だとは思えないな。だが、貴様の言う通りだ。貴様の実力ならば前線こそ相応しい」

「感謝するよ」

「なあに、貴様の実力を買っているからさ。よって、貴様には前線展開中のこれを任せるつもりだ。以前にも話をしていたが、先日まとまったのでな」

 レオニードは執務机の引き出しから書面を取り出す。
 リシュカはそれを受け取ると。

「リシュカ・フィブラを妖魔帝国軍第八軍特務司令官に任ずる……? これって」

「計画始動にあたって、貴様にたかだか一個師団は似合わん。第八軍は既に帝都を立って進軍中の軍で、改革式訓練の全行程を終え定数を満たした師団を再編成して組織したものだ。数は八万。南方に皇国戦も経験した奴等もいるから実戦経験も悪くない。無論、これまで預けていた近衛師団が中核となるようにしている。計画提案者で最も知り尽くしている貴様だから本来ならば軍集団を任せたい所だが、他の連中が五月蝿いだろうからな。どうだ? これだけあればやれるか?」

「近衛師団を先んじさせたのは知ってる。それは有難いんだけど、この特務司令官っていうのはなに?」

 リシュカは特務司令官という役職名に疑問を持つ。
 ドエニプラ攻防戦が始まった頃からリシュカが前線に赴く話はほぼ決定事項だった。レオニードはリシュカを帝都に留めるつもりは無かったし、リシュカ本人も復讐を目的とする以上計画が始まれば前線に赴くつもりしかなかったのである。当然ながら、リシュカが戦地に行くのは帝国軍にとって大きなメリットとなりうる。
 反撃となる計画そのものがリシュカの提案だからだ。何より最前線でも戦える十分過ぎる力も持っている。故にレオニードだけでなく、帝国軍中枢も反対する理由がないのだ。
 ただ、リシュカには特務司令官という役職に馴染みはなかった。

「特務司令官は二つの面を持っている。一つは一個軍を纏める純粋な司令官としての役職。もう一つは司令部を副官や参謀本部に任せ、最前線で奴等を蹂躙する役職だ。つまり、後方で指揮するだけではないという事だな。貴様が司令部にいなくとも、円滑に機能するよう人材配置も行っているぞ」

「くく、くくく。くひひひ。そういうことねえ。粋な計らいをしてくれるじゃない」

 リシュカは笑みを抑えきれなかった。司令部の指揮だけでなく、指示を仰ぐことなく最前線でも好き放題やってしまえと当の皇帝から公認されたからだ。
 余程の緊急時を除き、司令官は司令部にいるのが常識である。
 だが、レオニードは驚異的な能力を持つリシュカを司令部に座らせたままでは宝の持ち腐れであると考えたのだ。戦えないが戦略戦術面に優れる人物ならともかく、一騎当千のリシュカを大人しくさせておくのはもったいない。何より、最前線で戦いたがるのは目に見えている。だったら最初から自分が公認しておけはいいという魂胆だ。

「貴様がこれまで良くやってくれたからだ。だからこそ、務めを果たせよ?」

「任せて。復讐の為ならば、どんな手段を使ってでもあいつらを蹂躙してやるよ」

「頼もしいことだ。貴様が恨みを持つ人類諸国統合軍、その英雄であり執着しているアカツキを、俺の前に引きずり出して来い。その時は目の前で奴を惨殺する権利をくれてやる」

「いいねえ、いいねえいいねえ!! 想像するだけでハイになってきた!」

「くくくくく、いい瞳をしている。存分にやってこい、リシュカ特別相談役」

「御意にぃ。お任せ下さいまし、皇帝陛下」

 恭しく礼をしながらも狂気の笑みを浮かべるリシュカと、威厳に満ちた様子で微笑むレオニード。
 人類諸国統合軍の希望たる英雄のアカツキと、叛逆の英雄リシュカが邂逅する日は近い。
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