異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第18章 ドエニプラ攻防戦編

第1話 勝利病と姿の無い怪物

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 ・・1・・
 9の月4の日
 午前10時20分
 ムィトゥーラウより東北東60キーラ地点
 ドエニプラ方面に続く街道


 9の月初日にオディッサ、ポルドブ、ムィトゥーラウを進発した僕達人類諸国統合軍は軍を二手に分け、南部の第二目標ホルソフへはブリック大将率いる一五万が向かい、主目標たるドエニプラには僕も含めてマーチス侯爵が総司令官の五〇万が軍を進めていた。
 この日は数日ぶりの雨が弱いながらも降っていて、主要街道だけに砂利道ではない道路はともかくとして、広大な草原と耕作地帯のこの辺りは雨によって地面が少しぬかるんでいた。
 晴れに比べて雨というものは、半機械化された歩兵達はともかくとして大半は徒歩。進軍する戦列の中でもマーチス侯爵や僕がいる後方は当然徒歩の兵士の方が多く、通り過ぎる時にちらりと見ると早く止んでくれないかなと表情が語っていた。
 だけど、兵士達の顔つきは暗くはなかった。むしろどこか希望を感じている所すらある。
 それは、僕やリイナにエイジスが乗っている蒸気自動車のドライバーと助手席にいる人物も同様であった。

「『冬までにはドエニ川へ』ですか。いい合言葉ですよね、ルイベンハルク大佐」

「ああ、ドエニプラだけでなくその後まで目指せる心意気があるから士気は問題ないだろう。私は第二回の進発組だから本国における冬季戦の準備についても見てきたが、順調だそうだ。兵站にいる同期曰く、少なくとも防寒具や兵器類の凍結防止装備が足らないということはないらしい。勿論、この車についても」

「いいことです。妖魔帝国の冬はかなり厳しいと聞いていますが、寒すぎちゃ戦えないですからね」

 小雨の降る外の景色を眺めながら、僕は二人の会話に耳を傾けつつ煙草を吸う。
 兵士達だけでなく士官組の間でも広がっているのは、ドライバーの士官が口にした人類諸国統合軍全体で合言葉のようになっている『冬までにドエニ川へ』だ。
 これは厳寒期を迎える前にドエニ川の左岸プレジチェープリまで到達。という作戦目標から生まれた言葉だ。
 オディッサでの一件で一時的に危機に陥ったものの、ここまで勝利を重ねてきたからこそこんなスローガンが士官や兵士問わず出てくるのだろう。
 けれども、僕はこの勝利が続いている戦況に未だに不安が拭えないでいた。表情には出してはいないけれど、ずっと心の中に住み着いているんだ。

「――はどう思われますか? アカツキ中将閣下。アカツキ中将閣下?」

「…………ん? あぁ、ごめんよルイベンハルク大佐。考え事で聞き逃してた」

 軍情報部から本人の志願もあって参謀本部へ出向。今は僕付きの情報参謀になったルイベンハルク大佐の発言を聞いていなかったので謝まる。
 すると、ルイベンハルク大佐は。

「アカツキ中将閣下、いくらここは前線とはいえ後方です。大抵の思案は出発前に済ませたでしょうから、今くらいは肩の力を抜かれても誰も咎めないと思いますよ?」

「ルイベンハルク大佐に賛成だわ。旦那様ったら進発してからたまに心ここにあらずだったり、険しい顔をしてるんだもの。最前線の前から気を張り過ぎては、疲れちゃうわよ?」

「同意。マスターは今回も重要な役職にいるとはいえ、休息は必要です」

「分かってはいるんだけどね。でもほら、定期報告の戦況から分析するのも僕の仕事だし。一応煙草を吸いながら息抜きはしてるからさ」

「喫煙は割といつもじゃないかしら?」

「そうかなあ」

「そうよ。もしかして、ここまで勝利が続いていても何か引っかかることがあるのかしら?」

「大体正解。ちょっと、ね」

「引っかかる点ですか。アカツキ中将閣下、何か心当たりがおありで?」

 流石は軍情報部にいるルイベンハルク大佐だからか、情報を重視する彼は僕に質問を投げかけてきた。

「開戦から三ヶ月が経過したけれど、計画に遅延がありながらも僕達は約三〇〇キーラ進軍したでしょ? 予想より多くの弾薬を消費して死傷者を出したけれど、大局的には連戦連勝。ちょっと出来すぎな状況かなあと思ってね」

「失礼ながらアカツキ中将閣下。閣下の采配が無ければ初手のオディッサから敗北を喫していた可能性すらあります。参謀本部ではそのような予測もしておりました。ですが、現実はオディッサで勝利。ムィトゥーラウも同様です。北部も多少いざこざがありましたが今に至るわけで、少なくとも圧勝ではありませんでした。これは悔しいながらも我々の力不足で情報が足りず、妖魔帝国軍の戦力を過小評価していた点にあります」

「申し訳なさそうにしなくていいよ、ルイベンハルク大佐。僕もここまで妖魔帝国軍がやり手になるなんて思わなかった。あっちも改革を進めていたのはあるだろうけれど、力を蓄える期間が両者にあったんだから少しは織り込むべきだったんだ。だからさ、ルイベンハルク大佐。ちょっと不審に思わない?」

「何を、でしょうか? ご教授願いたいです」

「簡潔に言うね。妖魔帝国軍があれだけ有能になっていて、敗北の仕方も上手くなった。休戦前のような全滅覚悟の特攻はしなくなったし、撤退も手際が良い。妖魔帝国軍は損害を被ってはいるけれど、前ほどの打撃を与えられていないんだ」

「なるほど。ですが、その点については参謀本部も織り込み済みでは? 本国でも、妖魔帝国軍は広い国土を利用して我が軍を誘引し補給線が伸びきり攻勢限界点を迎えた時に反転攻勢に出るという分析は以前からなされています。アカツキ中将閣下も仰っていた戦略では?」

「うん。妖魔帝国軍は間違いなく犠牲を覚悟で僕達を自国の奥深くに誘い込んでる。畑から兵士が取れるんじゃないかって程の人的資源があるのをいい事に数十万単位の損耗ならお構い無しに、僕達を消耗させようとしている。そして、厳冬期に入った時点で反撃してくるだろうね」

「はい。だからこそ、我々は冬に備えています。雪が激しくなる前にドエニプラの先、ドエニ川西岸まで到達し万が一妖魔帝国軍が攻勢を仕掛けてきたとしてもプレジチェープリ周辺を緩衝地帯にしてこれを迎え撃つ。また、比較的温暖な南部を除いて戦線全体で冬の間はクッションを作っておき可能な限り妖魔帝国軍の攻勢を防ぎ、寒さが緩み始めた時点で再度攻勢へ。これがアカツキ中将閣下も深く関わられている戦略であるはずです」

「その通り。でも、なんて言えばいいんだろう。妖魔帝国軍の動きだけがどうにも気がかりなんだけど、上手く言い表せられなくてね……」

「アカツキ中将閣下、それこそ杞憂ではあられませんか?」

 ルイベンハルク大佐は僕があまりにも心配し過ぎていると感じたのだろう。少し苦笑いして言う。
 確かに端から見たら杞憂としか思えないだろう。
 ドライバーの士官は、アカツキ中将閣下は我々の身を案じてくださっているのでしょう。と良い意味で捉えてくれていた。
 杞憂だと言い切ったルイベンハルク大佐。最新の戦況などあらゆる情報から分析をしている彼だけど、今のような意見を述べた理由はそれだけじゃないんだ。
 きっと、次に続く発言はこうだろう。

「ドエニプラも勝利出来ますよ。何故ならば我々にはアカツキ中将閣下がいらっしゃいますから」

「ええ、違いありませんねルイベンハルク大佐」

 ほらね。
 まるで僕を神格化して信奉するような表情をしてルイベンハルク大佐は言い、ドライバーの士官も強く頷いて同意する。
 休戦前にもあって戦間期と再戦してから尚更強くなった風潮がこれだ。
 我々は勝利する。次の戦いも耳は平坦ではないだろうけど、最後は勝つ。何故ならば英雄のアカツキがいるから。
 連合王国はもちろんの事、法国や連邦、協商連合の現場組た至るまで一部の将兵は真面目にこんな事を言ってのけるんだ。情報部門のルイベンハルク大佐がこの様子だから、兵士に至っては盲信の類にあると言ってもいい。
 さすがに参謀本部の理性的な面々は僕に大きな期待を寄せこそすれ、最悪の事態まで想定して作戦を組み立てる。ルイベンハルク大佐も本来ならばこちら側なはずだし、作戦の話をすれば情報屋として正しい分析もしてくれる。
 だけど、人類諸国統合軍が深く患っていないにしても『勝利病』にかかっているのは間違いないだろう。
 勝利病は時に軍全体へ取り返しのつかない失点をもたらす。例えば、重大な見落としとかね。
 とはいえ、僕も自身が感じている不安を言葉に出来ないから具体的に話せないでいた。

「旦那様。あらゆるケースを想定するのはとても大切な事だけれども、『姿の無い怪物』に過度に怯えなくてもいいわ。その為に、私達がいるのだもの」

「そうだね。ありがとう、リイナ」

「どういたしまして」

 リイナは柔らかく微笑んでくれた。そのやり取りに前の席にいるルイベンハルク大佐とドライバーは頬を緩ませた。
 彼女の微笑みは僕を落ち着かせてくれる。でも、それだけじゃなかった。彼女はメモを取り出すとさらさらと何かを書くと、エイジス以外には分からないように手渡してきた。
 紙片にはこう書かれていた。

『アナタが二つの『姿の無い怪物』に対して誰よりも恐れているのはよく知ってるわ。でも大丈夫。二人きりの時かエイジスがいる時に話しましょ?』

 僕がリイナに視線を移すと、彼女はエイジス以外には分からないようにウィンクしてみせる。
 ありがとう。
 僕は言葉には発せず口の動きだけでそう彼女に伝える。
 周りが僕にかける期待が重責じゃないかと言われると嘘になる。八年前からずっとだ。
 だからこうやってリイナが支えてくれるのは凄く嬉しい。
 それに彼女やエイジスと話す時には閃きが生まれるのもまた事実。
 今は目の前に迫るドエニプラの戦いに備えつつも、リイナやエイジスの助言から姿が見えない妖魔帝国の動きの真相を掴むことが出来たらと思いながらも、僕は戦地へと向かうのだった。
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