269 / 390
第3部『血と硝煙と死体の山の果てに』第16章 春季第三攻勢作戦『電光の双剣』
第9話 妖魔帝国軍の敗北は筋書き通りでしかなく。
しおりを挟む
・・9・・
6の月13の日
午後1時30分
妖魔帝国・帝都レオニブルク
皇宮・皇帝執務室
アカツキ達人類諸国統合軍南部統合軍が、妖魔帝国軍の奇襲に対し大きな犠牲を払いながらも防ぎ切った翌々日。妖魔帝国帝都・レオニブルクの皇宮、皇帝執務室では前日までの戦闘詳報が既に皇帝レオニードの手に届いていた。
彼の執務机にある戦況報告書の内容は妖魔帝国にとっては芳しいものでは無かった。
しかし、レオニードの機嫌は悪くはなかった。今も妖魔帝国式の紅茶が入った高価なティーカップを片手に持ち一口飲むと、再び戦況報告書に目を通している。
彼の傍に控えているのは特別相談役のリシュカ。三十分程までから始まったレオニードの午後の公務を、いつものように特別相談役として補助していた。
「今回も負け、か。直前まで隠匿させた上での奇襲で『ソズダーニア・タンク』も投入したのだからもう少し奴等に戦死者を出せると思ったんだが、それが五割もやられたんじゃあな」
「オディッサに送った『ソズダーニア・タンク』、STは三〇〇。そのうち前線に出したのが二五〇だけどこうもこっぴどくやられるとは私も思わなかったよ」
「残存している『ソズダーニア・タンク』は約一七〇。オディッサを守りきるにはリシュカよ、どう思う?」
「難しいと思うよ、陛下。奇襲効果で人類諸国統合軍南部統合軍には確実にダメージを与えたけれど、早期に立て直しをされて包囲計画は頓挫。移動重火力のSTもこれだけ数を減らすと薄く広く伸ばして展開するか、数点に集中して運用するかのどちらかを強いられるからね。それだけじゃない。オディッサからの報告ではあのクソ英雄と人形もいたし、おそらく分析もされたんじゃない? 次に仕掛けた所でSTの姿が割られているし、急場凌ぎながらも対処法を立ててくるだろうね」
リシュカは至極冷静に自軍と敵たる人類諸国統合軍の分析をしていく。
オディッサの戦いの中でも妖魔帝国軍が初めて『ソズダーニア・タンク』を投入した今回の奇襲戦。
妖魔帝国軍と人類諸国統合軍南部統合軍の損害は以下のようになっていた。いずれも十二の日夜までの速報値である。
【妖魔帝国軍側損害】
死者:約二一〇〇〇
負傷者:約二八〇〇〇
捕虜:約一一〇〇〇
捕虜除く合計:約四九〇〇〇
【人類諸国統合軍損害】
死者:約八五〇〇(内、能力者化師団:二五〇〇)
負傷者:約一一〇〇〇(内、能力者化師団:四〇〇〇)
復帰可能者:約五五〇〇(内、能力者化師団:二〇〇〇)
捕虜:約二五〇〇(推測)
捕虜除く合計:約一九五〇〇
「STだけじゃない。後方予備含めて約三〇万いたオディッサ方面軍が捕虜を含めて約二〇パルラも失ったのだから痛手だな、リシュカ」
「休戦前にあったような完敗じゃないにしても、痛手なのは間違いないね。負傷者はいくらかが前線復帰可能とは言っても無視は出来ない損害だもの。能力者化師団の練度を少し甘く見積もってたかも」
流石のリシュカも新編成の能力者化師団については情報が不足していた。存在そのものは諜報機関を通じて知ってはいたが、果たしてどれ程の戦力なのかまでは推測でしか計れなかった。
しかし、こうは言うものの彼女の恐ろしい点は能力者化師団について情報不足ながら正確に練度や戦法を読んでいた事にある。
まず能力者化師団が第二次世界大戦中から戦後にかけての巡航速度と最大速度で部隊を展開させる点だ。
防御力こそSTに劣るものの、速度面では大きく上回っている。STにとっての脅威はこの能力者化師団にあるかもしれないと見立てていたが、まさに現実はその通りになった。
対策として随伴歩兵という護衛を伴う事で小回りのきく能力者化師団への牽制とさせていたが、いかんせん能力者化師団はリシュカの予想を上回る練度だった。
ここまでは兵器と部隊の面から見た敗因であるが、次に二人が語ったのは違う側面からであった。
「それだけじゃないだろう。オディッサに戻ってこれた士官から得た情報によると、やはりと言うべきかアカツキと召喚武器人形の存在は妖魔帝国にとって目障りのようだ。二人をカバーするように隙を作らせず攻撃を繰り返したリイナもな。アレらがいる以上は厄介極まりないだろうさ」
「能力者化師団の創設にはクソ英雄も関わってるらしいから、とことん私達を邪魔したいんだろうね。ったく、腹立たしいったらありゃしないよ」
「ちょっと有能程度の指揮官じゃ奴には勝てんだろうな。少なくとも、戦術面では」
「だね。今は大人しく『作戦通り』に事を進めていくしかないよ」
リシュカはアカツキの名が出ると憎悪を滲み出していたが、歪んだ表情はすぐに平静を取り戻した。
元は同じ世界に生きていた人間で彼は自身の部下だったにも関わらず、この世界では対局の存在になってしまった。
妖魔帝国に鞍替えした事で今は重用されているが、協商連合にいた時は同じ道を歩み同じように英雄的活躍をしたのに、結果は真逆。
彼女の性格に決定的破綻をもたらした出来事は、恨みの根も相応に深いのである。
しかし、敗北したこの戦いではあるが妖魔帝国軍にとって収穫が無かった訳では無いし、決して無駄でも無かったのである。
「でもさ、陛下。初戦から人類諸国統合軍に対して大きな損害を出させたのは成果だと私は思うよ。人類諸国統合軍南部統合軍は約六五万人いるとは言っても後方予備が潤沢な訳じゃないし、法国のと含めて四個師団しかない能力者化師団を相当損耗させたのは大戦果だからね。おそらく能力者化師団はしばらくの間、休息と再編成に乏しい後方予備の補充を迫られるはず」
くひひ、とリシュカは人類諸国統合軍を嘲けるような笑みをする。
彼女の言うように人類諸国統合軍南部統合軍は奇襲によって打撃を受けていた。十二の日の夜までにオディッサから西約一一キーラにまで戦線を回復させてはいたが、作戦開始から僅かな間に死傷者約二万の損害は少なからず今後の作戦を狂わせる数字であったし、補充のしにくい能力者化師団の損害が約一割というのは痛手に過ぎていた。
全体を通じれば僅か三パルセントの損害かもしれないが、能力者化師団が頭一つ抜けて損害が大きかった事によって侵攻速度は低下してしまったのである。
ちなみにだが、北部統合軍は南部統合軍に比べれば損害は少ないものの死傷者約八〇〇〇を生じさせている。キャエフの目の前まで迫ってはいるが、休戦前程の順調さは無かった。
「貴様の言う通りだ。戦争はまだ始まったばかりだと言うのに、我々は奴等に出血を強要させた。休戦前のようにはいかないと知らしめた。これは十分な戦果だぞ」
「だからオディッサとキャエフの司令官を鼓舞する通信を送ったんだね。随分とやる気を出してくれてるみたいだよ?」
「重畳だ。今はまだ負けてもいい。奴等を国土深くまで誘い込み、攻勢限界点を迎えた所で例の計画と共に反撃に転じ、致命的打撃を与えられればな」
「海軍は今のとこ人類諸国統合軍は大人しいみたい。主戦場が陸だし、そもそも私達帝国海軍は他の計画の準備もあって積極的には出るつもりは無いから、あっちも私達が攻めてこない限りは刃を交えるつもりは無いんじゃない? あー。でも、主軸になる国の国内事情もあるかも。諜報機関の情報は陛下も耳にしてるよね?」
「勿論だ。協商連合はチェーホフの奴が裏で暗躍して着々と進めている計画がジワジワと効果を出してきているのもあるが、相変わらず内紛を続けているからな。英雄殺しの国家はどこまでも愚かさ」
レオニードはリシュカを見ながら笑う。リシュカは微笑みで返した。
「私を殺した大バカ野郎が身内で醜い争いを続ければ続けるほど、計画は容易く成り立つからね。植民地にせよ、本国にせよ、ね」
「全くな。せいぜい今は味方同士でやり合ってればいい。あと奴等の動向と言えば連合王国くらいか。老いた王は遂に息子に座を譲るつもになったらしいな」
「そろそろかなとは思っていたけどね」
リシュカは想定の範囲内と言わんばかりの表情をしているが、これについては妖魔帝国政府関係者全体の共通見解でもあった。
休戦前の時点で既にエルフォード・アルネシア齢八十に近い。彼自身は休戦前の時点であと五年かと言っていたが本人の予想に反して未だ健常だ。まだ三年、四年ならば王位にいても問題はない。
しかし、もう老齢なのは間違いがなく万が一がいつあるかは分からない。本来ならば休戦中に息子へ王位を継がせても良かったのだが、周囲の意見もあって休戦期間中は王位交代が滞りなく進められるよう長い準備と調整をしており、今年の六月になってようやく発表されたのである。
再戦したとはいえまだ始まったばかりであり、戦地が遠い故に国内情勢は明るい。であるのならば今のうちにと息子へと譲位することにしたのである。
生前退位は半年後の翌年一の月一日と決定された。新年の新しい空気と共に連合王国は王も変わるとしたのである。式典を開くには持ってこいの日でもあった。
「しかし半年後、か。人工太陽を爆ぜさせるには最適だと思うが、リシュカ。貴様はどう考える」
「モノは出来てるし、運ぶ手段は前から決定されてる。あとはそうだね、他の計画との兼ね合いに、クソッタレ共がどこまで侵攻してくれるか、かな」
「南方と、協商連合だな。同時多発させれば一番混乱させられるが、機を見てで構わんだろ。オレとて本土に奴等をのさばらせるのは面白くない。人的資源の源泉となる市民とて無闇に消耗したくないしな」
「あら、意外と臣民に配慮する気持ちがあるんだね」
「そらそうさ。何せオレの臣民だからな」
「これは失礼しました、陛下。じゃあ、当面は陛下の意のままにということでいいかな?」
「そうしてくれ。ああそうだ。今日は午後四時に終わってくれて構わん。ルシュカが茶会から帰ってくるからな。後は察してくれ」
「はいはいごちそうさま。甘さで胸焼けになりそう」
おどけるように笑うリシュカと、良い許すと微笑するレオニード。
妖魔帝国軍は敗北した。
しかし、筋書き通りの敗北の裏では着々と反撃の機会が練られようとしていたのであった。
6の月13の日
午後1時30分
妖魔帝国・帝都レオニブルク
皇宮・皇帝執務室
アカツキ達人類諸国統合軍南部統合軍が、妖魔帝国軍の奇襲に対し大きな犠牲を払いながらも防ぎ切った翌々日。妖魔帝国帝都・レオニブルクの皇宮、皇帝執務室では前日までの戦闘詳報が既に皇帝レオニードの手に届いていた。
彼の執務机にある戦況報告書の内容は妖魔帝国にとっては芳しいものでは無かった。
しかし、レオニードの機嫌は悪くはなかった。今も妖魔帝国式の紅茶が入った高価なティーカップを片手に持ち一口飲むと、再び戦況報告書に目を通している。
彼の傍に控えているのは特別相談役のリシュカ。三十分程までから始まったレオニードの午後の公務を、いつものように特別相談役として補助していた。
「今回も負け、か。直前まで隠匿させた上での奇襲で『ソズダーニア・タンク』も投入したのだからもう少し奴等に戦死者を出せると思ったんだが、それが五割もやられたんじゃあな」
「オディッサに送った『ソズダーニア・タンク』、STは三〇〇。そのうち前線に出したのが二五〇だけどこうもこっぴどくやられるとは私も思わなかったよ」
「残存している『ソズダーニア・タンク』は約一七〇。オディッサを守りきるにはリシュカよ、どう思う?」
「難しいと思うよ、陛下。奇襲効果で人類諸国統合軍南部統合軍には確実にダメージを与えたけれど、早期に立て直しをされて包囲計画は頓挫。移動重火力のSTもこれだけ数を減らすと薄く広く伸ばして展開するか、数点に集中して運用するかのどちらかを強いられるからね。それだけじゃない。オディッサからの報告ではあのクソ英雄と人形もいたし、おそらく分析もされたんじゃない? 次に仕掛けた所でSTの姿が割られているし、急場凌ぎながらも対処法を立ててくるだろうね」
リシュカは至極冷静に自軍と敵たる人類諸国統合軍の分析をしていく。
オディッサの戦いの中でも妖魔帝国軍が初めて『ソズダーニア・タンク』を投入した今回の奇襲戦。
妖魔帝国軍と人類諸国統合軍南部統合軍の損害は以下のようになっていた。いずれも十二の日夜までの速報値である。
【妖魔帝国軍側損害】
死者:約二一〇〇〇
負傷者:約二八〇〇〇
捕虜:約一一〇〇〇
捕虜除く合計:約四九〇〇〇
【人類諸国統合軍損害】
死者:約八五〇〇(内、能力者化師団:二五〇〇)
負傷者:約一一〇〇〇(内、能力者化師団:四〇〇〇)
復帰可能者:約五五〇〇(内、能力者化師団:二〇〇〇)
捕虜:約二五〇〇(推測)
捕虜除く合計:約一九五〇〇
「STだけじゃない。後方予備含めて約三〇万いたオディッサ方面軍が捕虜を含めて約二〇パルラも失ったのだから痛手だな、リシュカ」
「休戦前にあったような完敗じゃないにしても、痛手なのは間違いないね。負傷者はいくらかが前線復帰可能とは言っても無視は出来ない損害だもの。能力者化師団の練度を少し甘く見積もってたかも」
流石のリシュカも新編成の能力者化師団については情報が不足していた。存在そのものは諜報機関を通じて知ってはいたが、果たしてどれ程の戦力なのかまでは推測でしか計れなかった。
しかし、こうは言うものの彼女の恐ろしい点は能力者化師団について情報不足ながら正確に練度や戦法を読んでいた事にある。
まず能力者化師団が第二次世界大戦中から戦後にかけての巡航速度と最大速度で部隊を展開させる点だ。
防御力こそSTに劣るものの、速度面では大きく上回っている。STにとっての脅威はこの能力者化師団にあるかもしれないと見立てていたが、まさに現実はその通りになった。
対策として随伴歩兵という護衛を伴う事で小回りのきく能力者化師団への牽制とさせていたが、いかんせん能力者化師団はリシュカの予想を上回る練度だった。
ここまでは兵器と部隊の面から見た敗因であるが、次に二人が語ったのは違う側面からであった。
「それだけじゃないだろう。オディッサに戻ってこれた士官から得た情報によると、やはりと言うべきかアカツキと召喚武器人形の存在は妖魔帝国にとって目障りのようだ。二人をカバーするように隙を作らせず攻撃を繰り返したリイナもな。アレらがいる以上は厄介極まりないだろうさ」
「能力者化師団の創設にはクソ英雄も関わってるらしいから、とことん私達を邪魔したいんだろうね。ったく、腹立たしいったらありゃしないよ」
「ちょっと有能程度の指揮官じゃ奴には勝てんだろうな。少なくとも、戦術面では」
「だね。今は大人しく『作戦通り』に事を進めていくしかないよ」
リシュカはアカツキの名が出ると憎悪を滲み出していたが、歪んだ表情はすぐに平静を取り戻した。
元は同じ世界に生きていた人間で彼は自身の部下だったにも関わらず、この世界では対局の存在になってしまった。
妖魔帝国に鞍替えした事で今は重用されているが、協商連合にいた時は同じ道を歩み同じように英雄的活躍をしたのに、結果は真逆。
彼女の性格に決定的破綻をもたらした出来事は、恨みの根も相応に深いのである。
しかし、敗北したこの戦いではあるが妖魔帝国軍にとって収穫が無かった訳では無いし、決して無駄でも無かったのである。
「でもさ、陛下。初戦から人類諸国統合軍に対して大きな損害を出させたのは成果だと私は思うよ。人類諸国統合軍南部統合軍は約六五万人いるとは言っても後方予備が潤沢な訳じゃないし、法国のと含めて四個師団しかない能力者化師団を相当損耗させたのは大戦果だからね。おそらく能力者化師団はしばらくの間、休息と再編成に乏しい後方予備の補充を迫られるはず」
くひひ、とリシュカは人類諸国統合軍を嘲けるような笑みをする。
彼女の言うように人類諸国統合軍南部統合軍は奇襲によって打撃を受けていた。十二の日の夜までにオディッサから西約一一キーラにまで戦線を回復させてはいたが、作戦開始から僅かな間に死傷者約二万の損害は少なからず今後の作戦を狂わせる数字であったし、補充のしにくい能力者化師団の損害が約一割というのは痛手に過ぎていた。
全体を通じれば僅か三パルセントの損害かもしれないが、能力者化師団が頭一つ抜けて損害が大きかった事によって侵攻速度は低下してしまったのである。
ちなみにだが、北部統合軍は南部統合軍に比べれば損害は少ないものの死傷者約八〇〇〇を生じさせている。キャエフの目の前まで迫ってはいるが、休戦前程の順調さは無かった。
「貴様の言う通りだ。戦争はまだ始まったばかりだと言うのに、我々は奴等に出血を強要させた。休戦前のようにはいかないと知らしめた。これは十分な戦果だぞ」
「だからオディッサとキャエフの司令官を鼓舞する通信を送ったんだね。随分とやる気を出してくれてるみたいだよ?」
「重畳だ。今はまだ負けてもいい。奴等を国土深くまで誘い込み、攻勢限界点を迎えた所で例の計画と共に反撃に転じ、致命的打撃を与えられればな」
「海軍は今のとこ人類諸国統合軍は大人しいみたい。主戦場が陸だし、そもそも私達帝国海軍は他の計画の準備もあって積極的には出るつもりは無いから、あっちも私達が攻めてこない限りは刃を交えるつもりは無いんじゃない? あー。でも、主軸になる国の国内事情もあるかも。諜報機関の情報は陛下も耳にしてるよね?」
「勿論だ。協商連合はチェーホフの奴が裏で暗躍して着々と進めている計画がジワジワと効果を出してきているのもあるが、相変わらず内紛を続けているからな。英雄殺しの国家はどこまでも愚かさ」
レオニードはリシュカを見ながら笑う。リシュカは微笑みで返した。
「私を殺した大バカ野郎が身内で醜い争いを続ければ続けるほど、計画は容易く成り立つからね。植民地にせよ、本国にせよ、ね」
「全くな。せいぜい今は味方同士でやり合ってればいい。あと奴等の動向と言えば連合王国くらいか。老いた王は遂に息子に座を譲るつもになったらしいな」
「そろそろかなとは思っていたけどね」
リシュカは想定の範囲内と言わんばかりの表情をしているが、これについては妖魔帝国政府関係者全体の共通見解でもあった。
休戦前の時点で既にエルフォード・アルネシア齢八十に近い。彼自身は休戦前の時点であと五年かと言っていたが本人の予想に反して未だ健常だ。まだ三年、四年ならば王位にいても問題はない。
しかし、もう老齢なのは間違いがなく万が一がいつあるかは分からない。本来ならば休戦中に息子へ王位を継がせても良かったのだが、周囲の意見もあって休戦期間中は王位交代が滞りなく進められるよう長い準備と調整をしており、今年の六月になってようやく発表されたのである。
再戦したとはいえまだ始まったばかりであり、戦地が遠い故に国内情勢は明るい。であるのならば今のうちにと息子へと譲位することにしたのである。
生前退位は半年後の翌年一の月一日と決定された。新年の新しい空気と共に連合王国は王も変わるとしたのである。式典を開くには持ってこいの日でもあった。
「しかし半年後、か。人工太陽を爆ぜさせるには最適だと思うが、リシュカ。貴様はどう考える」
「モノは出来てるし、運ぶ手段は前から決定されてる。あとはそうだね、他の計画との兼ね合いに、クソッタレ共がどこまで侵攻してくれるか、かな」
「南方と、協商連合だな。同時多発させれば一番混乱させられるが、機を見てで構わんだろ。オレとて本土に奴等をのさばらせるのは面白くない。人的資源の源泉となる市民とて無闇に消耗したくないしな」
「あら、意外と臣民に配慮する気持ちがあるんだね」
「そらそうさ。何せオレの臣民だからな」
「これは失礼しました、陛下。じゃあ、当面は陛下の意のままにということでいいかな?」
「そうしてくれ。ああそうだ。今日は午後四時に終わってくれて構わん。ルシュカが茶会から帰ってくるからな。後は察してくれ」
「はいはいごちそうさま。甘さで胸焼けになりそう」
おどけるように笑うリシュカと、良い許すと微笑するレオニード。
妖魔帝国軍は敗北した。
しかし、筋書き通りの敗北の裏では着々と反撃の機会が練られようとしていたのであった。
0
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
僕とシロ
マネキネコ
ファンタジー
【完結済】僕とシロの異世界物語。
ボクはシロ。この世界の女神に誘われてフェンリルへと転生した犬のシロ。前回、ボクはやり遂げた。ご主人様を最後まで守り抜いたんだ。「ありがとう シロ。楽しかったよ。またどこかで……」ご主人様はそう言って旅立たっていかれた。その後はあっちこっちと旅して回ったけど、人と交われば恐れられたり うまく利用されたりと、もうコリゴリだった。そんなある日、聞こえてきたんだ、懐かしい感覚だった。ああ、ドキドキが止まらない。ワクワクしてどうにかなっちゃう。ホントにご主人様なの。『――シロおいで!』うん、待ってて今いくから……
……異世界で再び出会った僕とシロ。楽しい冒険の始まりである………
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚
ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。
しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。
なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!
このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。
なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。
自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!
本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。
しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。
本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。
本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。
思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!
ざまぁフラグなんて知りません!
これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。
・本来の主人公は荷物持ち
・主人公は追放する側の勇者に転生
・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です
・パーティー追放ものの逆側の話
※カクヨム、ハーメルンにて掲載
ダンジョン世界で俺は無双出来ない。いや、無双しない
鐘成
ファンタジー
世界中にランダムで出現するダンジョン
都心のど真ん中で発生したり空き家が変質してダンジョン化したりする。
今までにない鉱石や金属が存在していて、1番低いランクのダンジョンでさえ平均的なサラリーマンの給料以上
レベルを上げればより危険なダンジョンに挑める。
危険な高ランクダンジョンに挑めばそれ相応の見返りが約束されている。
そんな中両親がいない荒鐘真(あらかねしん)は自身初のレベルあげをする事を決意する。
妹の大学まで通えるお金、妹の夢の為に命懸けでダンジョンに挑むが……
日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
俺とシロ(second)
マネキネコ
ファンタジー
【完結済】只今再編集中です。ご迷惑をおかけしています。m(_ _)m
※表題が変わりました。 俺とシロだよ → 【俺とシロ(second)】
俺はゲン。聖獣フェンリルであるシロのお陰でこうして異世界の地で楽しく生活している。最初の頃は戸惑いもあったのだが、シロと周りの暖かい人達の助けを借りながら今まで何とかやってきた。故あってクルーガー王国の貴族となった俺はディレクという迷宮都市を納めながらもこの10年間やってきた。今は許嫁(いいなずけ)となったメアリーそしてマリアベルとの関係も良好だし、このほど新しい仲間も増えた。そんなある日のこと、俺とシロは朝の散歩中に崩落事故(ほうらくじこ)に巻き込まれた。そして気がつけば??? とんでもない所に転移していたのだ。はたして俺たちは無事に自分の家に帰れるのだろうか? また、転移で飛ばされた真意(しんい)とは何なのか……。
……異世界??? にてゲンとシロはどんな人と出会い、どんな活躍をしていくのか!……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる