異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第11章 リチリア島の戦い編・後〜闇には闇を、狂気には狂気を〜

第6話 『人間のバケモノ』が生み出した、戦いの意外な結末

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 ・・6・・
消却爆破ロストエア・エクスプロージョン』。

 指定した空間そのものをエネルギーに変換し、指定空間にあるものは全て消失、そのエネルギーを爆発力に変える闇属性魔法である。クラスとしては上級魔法にあたるこの魔法は一般的な魔法能力者程度であれば、ましてや超近距離で受けたのならば死は免れない。
 だがフィリーネはSランク魔法能力者である。持ち前の反応の良さと多重展開していた魔法障壁の半数が呑み込まれても残り半数が彼女の命を救ったのである。
 ただし、いくらフィリーネと言えども無傷では済まされない。彼女が爆発を浴びて吹き飛ばされた距離は六十ミーラ。クリスとヨルンから二十ミーラ後ろの地点。意識がある内に一枚だけ背中に魔法障壁を展開したものの完璧では無く、衝撃を全て吸収することは出来なかった。
 フィリーネは起き上がれない。

「くそっ! お嬢を助けに!」

「無理だ! 集中を切らせば拘束が溶ける。お前が助けに行ったらオレは無防備だ」

「ふはははははっ! その通りですよ人間共! ですがねえ、別に貴様が集中力を維持しても無意味ですよ? ちなみにですが、医療兵が近付けば殺しますからね?」

「だったら今の内に仕留めてやらぁ!」

 この機を逸すればフィリーネが戦闘不能となった今、ヨルン達の好機は失われる。法撃の効力が弱いのならば己の拳で乾坤一擲の一撃を与えれば、フィリーネが度重ねて攻撃を行って弱点となった胴体を狙えば拘束がある内ならばと化物に接近していくがしかし。

「グラララルァ! ルアアアアアアアア!」

「なぁっ!? 術式をっ!?」

『ソズダーニア・アジン』が大咆哮を上げた瞬間、クリスが必死に保とうとしていた術式は強制破壊され光の粒子となって消えていく。化物がダメージ覚悟で無理矢理壊してみせたのである。
 化物は再び立ち上がった。右腕はだらりと力なく下がり、足元は少しふらついていたがまだ継戦は可能であった。

「ルルァ……。ズルラァ……」

「よくやりましたよ『アジン』! さあ、人間共どうしますか? 貴方達は私が賞賛しても良いくらいに戦いました。人間を侮るべきではない好例としてもいいでしょう。が、状況はほぼ振り出しに戻りました。でも、貴様達はフィリーネが欠けています。ここからどのように戦いますか? むしろ、戦えますかぁ?」

「くそったれ……」

「まずいな……。どちらかの命と引き換えならあるいは……」

 モイスキンは途中までは言葉の通りに賞賛を送り、しかし最後には二人に対して挑発的な言動をしてみせる。クリスとヨルンは事実を突きつけられただけに反論すら出来なかった。
 クリスもヨルンもA+ランクの魔法能力者であるが、SランクとA+ランクでは魔力も威力も大きな差がある。SランクとSSランク召喚武器では大いなる差があるのと同様だ。
 相手が手負いとはいえ、手札を隠してフィリーネを撃破したとはいえ戦力は大幅に低下したといってもいい。フィリーネが未だ動かないままで二人の士気が揺らいでいるのが、輪をかけて悪影響を生んでいた。

「まったく、私が出ずに済んで良かったですよ。死んだかまでは分かりませんが、恐るべき女が戦えなくなったのに間違いありませんから」

「勝手に殺そうとすんじゃねえよ、クズ野郎……。ずっとネチネチした声が耳障りなんだっての……」

「ズ、ドルルァ……!」

「…………ほう? まだ意識がありましたか」

「お嬢……?」

「フィリーネ……!」

 二人の背後から恨みが込められた低い声が、いつもと違う乱暴な口調が聞こえた。モイスキンは先に発動したままの魔法があるためにその発言を耳にして、感心する。『ソズダーニア・アジン』もまさか生きているとは思わず、欠片だけ残った理性ですら反応する程の驚愕を見せていた。
 声の主は、フィリーネだった。
 二人が振り返ると彼女は禍々しい黒を全身に纏っており、瞳は赤黒かった。『コールブラック・カーシーズ』を強く強く握り、表情は怨嗟に満ちている。

「ぶっ殺す。斬って斬って切り刻んで、バラバラにするまで愉しんでやる、よぉ!」

「ひっ……!」

 モイスキンは彼女の発言に戦慄する。並んだ言霊が恐ろしいのもあったが、纏う雰囲気にだ。妖魔帝国軍内で「狂った一面のある軍人」「人殺しを芯から楽しんでいる」と評される彼ですら恐怖したのである。
 それはすぐに具現化された。

「瞬脚、四重展開クアッドアクセル黒踵両刃カース・ヒールツインダガー呪双剣第一解放カーシーズ・ファーストリミットブレイク

 超短縮化した詠唱を一挙に三つも唱えると、瞬脚四重展開により視認困難な速度でフィリーネは駆け始め、黒踵両刃により踵からは暗黒の両短刀が伸び、そして呪双剣第一解放によって黒双剣は出力を大幅に上げた。

「役に立たねえカカシは突っ立ってろ」

 クリスとヨルンの間を通る瞬間に、フィリーネは痛烈な言葉を残して過ぎ去っていく。

「待て、フィリーネ!」

「こりゃあ、やべえな……」

 クリスは彼女が行使した魔法が何かを知っている故に既に前へ行ってしまった彼女へ手を伸ばし、ヨルンは敵にも自分達にも通じる両方の意味での言葉が漏れる。

「『アジン』迎撃しなさい! 相手は負傷しています頭から出血しています! 貴様なら殺せるはずですよっ!」

「ドゥルアアアアアア!!」

「おせえよ」

「ダラルァ!?」

 我に返ったモイスキンは『ソズダーニア・アジン』に絶対命令を下す。化物はすぐに反応するが、眼前にはもう彼女がいた。嘲笑し、剣を構えるフィリーネが。

「腕をよこせ」

 直前の戦闘では傷をつけるのも難しかった化物の左腕が包丁で柔らかい野菜を斬るより簡単に飛んだ。

「両脚もよこせ」

 目にも止まらぬ速さで動いたフィリーネは化物の開いた大股を過ぎる瞬間に膝から上を切断した。

「命をよこせ。私に捧げろ」

「ギィアアアアアアアアアアア!!」

 瞬く間に四肢を失った化物の声は最早悲鳴であった。
 背後にいたはずのフィリーネは態勢を整えてバック宙。化物の前には、この世の遍く全てが命の終末を悟るおどろおどろしい笑みがあった。
 そして、その悲鳴がソズダーニア・アジンの最期に放った声だった。

「嘘、でしょう……?」

 モイスキンは帝国魔法研究所の自信作が、完成品が僅か数秒で屠られ首が飛んだ瞬間を目の当たりにした。付着した化物の血液を、汚らわしそうに血振りするフィリーネがいた。
 信じられない。そんな馬鹿な。あれは本当に人間か?
 いいや違う。もうアレは、畏怖し崇め奉る我が邪神の化身ではなかろうか。
 彼は自身の視界に映る人の形をしたナニかに心の底から恐怖心を抱いた。当然、死期も。自分だけではない。ここにいる部下や兵士一人ですら生き残る事は許されないであろう。
 命乞いも許されるはずがない。『ソズダーニア・アジン』が人間共を、フィリーネを殺す姿が見たいから最前線まで足を伸ばそうと考えた自らを呪った。
 それでもモイスキンは口に出さずにはいられなかった。止まらなかった。

「は、はははは……。いやいやちょっと待ってくださいよ……。なんですか貴様は……。『アジン』が瞬殺? 理解出来ない……。訳が、分からない……!」

「あぁ? ガタガタうっせーんだってずっとずっとずっと。自慢の品かどうか知ったこっちゃないけど、てめえんとこの怪物が殺された。私の手で死んだ。たったそれだけだろ」

「たったそれだけ……!? ふざけるな! ふざけるなァアアアア!」

「っるせえ。目障り耳障り記憶にも残したくないさっさとぶっ殺す。お前、戦えるんだよな? 悪魔族の二枚羽だろ? なら、命をよこせよ」

「…………っ! 言わせて、おけばぁ!」

 モイスキンは絶叫する。
 頭では一パルセントの確率も目の前のバケモノに勝てる見込みはないと理解している。だが、彼のプライドが許さなかった。
 おめおめと逃げ出せるわけもない。妖魔軍人、将官として断じて許されない行為だ。
 そもそも逃げ出した所でどうせ殺される。ならば、惨めでも抵抗して殺られよう。ごちゃ混ぜになった感情がそのような命知らずの発言を放ってしまった。

「くひひひ、そう、そう! だったらお望み通りぃ!」

「待った! 待てフィリーネ! モイスキン大将お前もだ!」

 フィリーネが地面を強く踏もうとしたその時、声を上げたのはクリスだった。悲痛な声音だった。

「あ? 何邪魔してるのよクリス。貴様にいつ、私が許した?」

「フィリーネ、俺の頼みを聞いてくれ……。まだ、お前は残ってるだろ……?」

「…………ちっ。せっかくなのに。手短に済ませろ。発言次第ではお前も殺すぞ」

「味方殺しなんて気でも狂ってるのですか、貴様は……」

「その減らず口を止めろモイスキン大将! せっかくの警告なんだ!」

「…………なんですか」

 敵にも関わらずまるで自分の命を助けようとしている発言をしたクリスに、モイスキンは耳を傾ける姿勢を作る。

「……感謝する、モイスキン大将。『ソズダーニア・アジン』が瞬殺された今勝敗は決した。総指揮官たる貴方がここにいてフィリーネ少将閣下がこの状態。こんなの、素人でも理解出来る。どうなるか分かるだろう? あっという間に大量虐殺だ。あなたも、部下も皆……」

「…………」

 モイスキンは否定出来なかった。彼だけではない。妖魔帝国軍の士官から兵に至るまでこの場にいる全員が同じ結論に至っていた。目にしただけでも失神しそうな相手である。結末は想像に難くなかったのだ。

「……なら、どうしろと」

「リチリア島総指揮官代理として勧告する。即時降伏しろ。いや、してくれ……」

「降伏ですって……? そんなもの受け入れられるはずがないでしょう?」

「ふざけんなよクリス? これでおしまいにしろって? これからがハイになる瞬間なのにぃ?」

「お願いだから静かにしてくれフィリーネ!」

「はぁ?! 黙って聞いていれば何様だよお前は!」

「兵達の顔を見ろ!」

「兵達がどうした、っ、て……」

 フィリーネが苛立ちを露わにして振り返ると、彼女は言葉を失う。黒双剣に犯されかけた理性が取り戻される程の景色だった。
 彼女の目に入ったのは部下達の表情。ヨルンは辛うじて表情には出していない。彼女の事を部下として理解していたから。だが、他の部下達は違った。
 そこにあったのは尊敬ではない。畏敬の念でもない。味方に対して、上官に対して抱くものではない恐怖であった。

「い……、や……、そ、ん……、ちが……。わた、し、は……。わた……」

「……ああ、なるほど。理解しました。残念ながら、降伏勧告に関しては即時の回答は出来ませんねえ」

「モイスキン大将……!」

「どうしてと言われれば簡潔な話です。我々にはまだ海軍がいるのですよ? 負けたわけではない。…………ああでも、負けたことにしてもいいかもしれません。もう一度そこにいる『人間のバケモノ』の頭に血を上らせたら、貴様の言うように我らは大量虐殺の憂い目に遭い、全島制圧は間に合わなくなりますから。その時点で作戦は失敗です。……そうですね、二十四時間待ってください。海軍総指揮官を私が説得してみましょう。皇帝陛下も、きっと理解してくださるはずですから」

「…………お願い、する」

「はい。クリス大佐、でしたよね? 初めて死を悟った瞬間をありがとうございました。『妖魔帝国軍』を代表して、感謝します」

「良い回答を、期待、す、します……」

 急に物分りが良くなったような素振りをするモイスキンは内心でほくそ笑んでいた。彼は既に一つの解に辿り着いていた。
 この後の説得さえ成功してしまえば、真実を皇帝陛下へお伝えすれば、負けながらにして我々妖魔帝国軍が勝てる方程式が完成すると。
 モイスキンの言葉に、クリスは形式的な返答をするのがやっとだった。彼は、後悔していたから。

「妖魔帝国軍、総員へ。戦線をキャターニャまで後退。二十四時間の戦闘停止命令をリチリア島制圧陸軍総司令官である私の名において布告します。なお、この命令は絶対です。違反したものはいかなる階級であろうと死刑とします。効力は全軍布告以降。情報要員、一言一句間違えず送りなさい」

「りょ、了解、しました」

 先程からのモイスキンの振る舞いに唖然としていた情報要員だが、いかなる悪評があれども有能には違いない彼の言葉に従い、全部隊に命令の内容を送った。

「これでいいでしょう、クリス大佐?」

「え、ええ……」

 貴様、人間と呼ばず敬意を持って階級でクリスに問いかけるモイスキン。
 未だフィリーネがぼそぼそと呟いたままの中、モイスキンは至極冷静に振る舞いながら心中では意気揚々と部下達を引き連れて撤退した。
 フィリーネ達もキュティルへ後退。事態急変に困惑したニコラなど法国軍幕僚達も、真実をクリスから告げられると言葉を失いながらも受け入れざるを得なかった。現状を鑑みれば、回答の可否問わず二十四時間の空白は貴重な時となるからだ。無論、他にも様々な理由があるが。
 なお法国軍にせよ協商連合軍にせよ、連合王国軍にせよ、中央の総司令部はリチリア島へ伝えられた本件に大きく驚愕した。
 しかし、ひとまずは敵が撤退することでリチリア島を守りきれた、ギリギリではあるが勝利したという現実。また、ヴォルティック艦隊を逃す事実はあるがこちらも海軍を損耗せずに済んだという観点など多角的な面から事後容認し総指揮官代理としてきっかけを作ったクリスの責任も問わずとした。
 そして、回答期限の戦闘全停止から二十四時間後。
 九の月二十八の日、午後五時二十五分。
 妖魔帝国軍の軍使が届け読み上げたのはモイスキンだけでなく海軍総指揮官であるクドロフの直筆署名が書かれた書状である。
 軍使が読み上げた内容は後に各国で共有される機密書類に一文字も間違いなく書かれている。
 内容は、原文のままであると以下のようであった。

「我々妖魔帝国陸海軍は、本書状が軍使より届けられて七十二時間以内に全部隊をリチリア島から撤収させる。また、九十六時間以内に全艦隊を当該海域から離脱する。(本機密書類は概要書の為、本部分は中略。詳細書類参考)――おめでとう。諸君達は我々に勝利したのである。我々妖魔帝国軍は全力を尽くして戦い死んでいった人間諸君達に全力の敬意を。我々が勝利するのは間違いないが、また相見え正々堂々と戦える事を切に願う。――リチリア島上陸陸軍総指揮官モイスキン・ミハルコフ。妖魔帝国海軍ヴォルティック艦隊提督クドロフ・クレスチンスキー」
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