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第10章 リチリア島の戦い編

第14話 リチリア島防衛戦7〜友軍の窮地にかけつけた堕天の戦乙女が率いる部隊は戦況を一変させる〜

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 ・・14・・
 「来るな、来るなあぁああああ!!」

 「やめろ、やめてくれええええ!」

 「ぎゃあああああ!!」

 「痛い、痛いよおおぉぉ!!」

 「母さん、父さん! ああ、あああああ……」

 崩壊したシャラクーシ防衛線の北側、シャラクーシ中心街北部郊外には地獄がこの世に再現されていた。化物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこし、手当たり次第に協商連合軍や法国軍の兵士を惨殺している。その背後にいる妖魔帝国軍の兵士達はこれまでいいようにしてやられた恨みを晴らすかの如く、統制を失った部隊の兵士を砲撃で、銃撃で、魔法で殺していき、抵抗する敵兵も次々と屠っていっていた。
 その中で、二個旅団の中衛に配備されていたとある大隊はこの状況下でもどうにか部隊の体を保って戦っていた。夜が近い事から海からの砲撃こそ止んだがしかし、それも限界が近付いていた。

 「大隊長、第二中隊はもうダメです!」

 「もう予備すらないんだ、今あるのでどうにかしろ!」

 「第三中隊壊滅! 中隊長戦死で既に代理が指揮している状態!」

 「大隊戦力四割損耗! これ以上は!」

 「全員戦っている状況なんだぞ前方の味方はどうした!?」

 「情報網寸断につき不明!」

 「クソッタレ全部あの化物共のせいだ! 歩兵部隊、統制取れる連中は斉射! 魔法能力者兵は歩兵を守れ! 余裕があるやつは攻撃兼任!」

 「りょ、了解!」

 簡潔にいえば、中年の大隊長が指揮する部隊は全員が最前線で戦いつつこれ以上の侵攻を食い止めるという無茶甚だしい状態に置かれていた。この大隊はまだマシな方で、前衛の部隊はとっくにバラバラにされ、各個撃破されている。後衛からの予備投入をしても妖魔帝国軍の勢いはとても抑えられなかった。
 全ては妖魔帝国軍が投入した『異形の中隊』が原因である。これまで強固に守りきっていたシャラクーシ防衛線を崩した突破力、この時代において高威力であるはずのライフルは聞かず初級魔法程度では動きを止められない耐久力、そして腕を切断しても突撃のやまない理性を感じさせない狂気。
 さらに一個師団と再編成された海兵師団の計一万五千の大攻勢は、一万の人類側軍をここまで壊滅的な打撃を与えたのである。
 いくら妖魔帝国軍が共通の敵とはいえここは祖国ではなく外国、リチリア島。協商連合軍にとっては最後の一兵まで戦うよりは生き残りたいという本能が先行して大損害を受けた時点で後退した大隊もあるし、それはまだ幸せな方で敵包囲に孤立して潰滅させられた部隊もあった。
 その中で、この大隊の大隊長は勇猛果敢であった。大隊副官が後退を進言しても、

 「馬鹿を言うな! ここで退いたら戦線は完全に瓦解するぞ! 援軍が到着するまで何としても踏ん張れ! フィリーネ閣下は仰った! 我々を見捨てないと! ああそうだあの方は我らを捨てることはない! きっと救援にやってきてくれる!」

 「……大隊長が言うのであれば分かりました! 副官の自分は最期まで貴方の傍から離れません!」

 「よく言った! だが、あいつらをどうするかだな……」

 「新手ですか……。畜生」

 大隊長の鼓舞により死守を改めて決意した彼の周辺にいた士官や下士官に兵達。無傷な者は半分になっており、大隊長自身も魔力を消耗していた。
 しかし、妖魔帝国軍は容赦しない。正面の敵と戦うのが手一杯だというのに、味方がいたはずの右側面から新たな敵が現れたのだ。
 化物が四体と、歩兵と魔法能力者兵の混合中隊。それらは目標たる自分達を睨んでいた。化物は獲物を見つけたと言わんばかりに咆哮を上げて突進を始める。

 「これまでだろうな。だが、タダでやられてたまるか! こうなったら後先考えなくていいから遠慮なくぶっぱなせ! 一人でも多く道連れにするぞ!」

『了解ッッ!』

 悲壮な決断。右側面と正面を同時に相手する為応戦体制を整える彼ら。
 そんな勇気ある者達だからこそ戦場の女神、いや、戦場の死神は喜色の笑みで笑ったのだろう。奇跡は起きた。

 「風を支配するはこのあたし! 自在に舞え。『風刃舞踏曲ウィンドリッパー・ロンド』!!」

 「いずるは仇なす者を焼却する業火。てめらなんぞ燃え死に灰になっちまえばいいんだぜ! 『聖火滅却セイクリッドフレイム・ディストラクション』!!」

 後方から男女の声がした。女が声を発すると、右側面にいた敵兵と化物に向かって無数の風の刃が凄まじい早さで襲う。風の刃はまるで意志を持つかのように自在に舞った。瞬く間に化物四体を千切りの如く裂き、妖魔帝国兵は魔法障壁を容易く破壊され、化物達と同じ末路を辿った。
 男の声がした直後に、大隊の彼らの頭上を通過したのは神々しいまでの炎弾が数十。それらは妖魔帝国兵達へと降り注ぎ燃やし尽くしていっていた。
 そうして彼らの左右に駆けて現れたのは。

 「七〇二大隊長、レイミーとーちゃくぅ! 後はあたし達にお任せあれ!」

 「七〇一大隊長のヨルンたぁ、オレの事だぜ! 化物狩りはオレ達がしてやっからな!」

 七〇一の大隊長ヨルン少佐と、七〇二大隊長のレイミー少佐だった。
 大隊長は信心深くないがこの時ばかりかは、おお神よ。ありがとうございます。と感謝した。
 望んでいた援軍が来てくれた。そして彼等がいると言うことは、忠誠を誓ったあの方もきっといるのだから。
 彼の願いは叶った。後方から彼女が現れたのだ。
 その人は決して女神ではない。むしろアレは堕天戦乙女フォールンヴァルキュリアの類だろう。戦争なんて起きるまではあるとも思っていなかったのに異常に厳しい訓練はさせられるし、苛烈な人物だった。けれども、その人は末端の兵に至るまでこう言ってくれた。絶対に見捨てないと。
 そうして本当にやって来てくれたのだ。

 「ランディ少佐、よく耐えてくれたわね。ひひっ、後は私にクソ共を殺させなさいな」

 「フィ、フィリーネ閣下ぁ!!」

 「ばぁか泣くなよ。お前達は下がれ。十二分に戦ったよ」

 「君達、医療班がすぐ後ろにいる。治療を受けてくれ」

 暗黒の双剣を手に持ち、狂った笑いを見せるフィリーネはだけれども言葉は瞳は優しかった。大隊長に声を掛けた一瞬だけ、惚れてしまいそうな微笑みを見せると先へ敵の方へと吶喊していった。クリス大佐も共に向かう。

 「救われた、本当に救われたぞ……」

 「ええ、フィリーネ閣下は来てくださいました……」

 「…………でもあれだな。やはり閣下は末恐ろしい存在だ。敵だったら会いたくないし、味方ですら畏怖を抱く」

 「女神では……、無いですねえ」

 「……うわぁ、化物を一刀両断じゃないか。どうなってんだ本当に」

 レイミー少佐とヨルン少佐の二個大隊とフィリーネ、傍らにいるクリス大佐が一気に押し返す間に戦場には安全地帯となった彼等の下へは衛生兵などの医療班が到着し、それらを守護する魔法能力者兵が分厚い魔法障壁を展開する。

 「ランディ少佐、よくぞご無事でした。兵士達の応急処置と後送は我々がします。フィリーネ閣下の命令通り、後退を」

 「…………馬鹿いっちゃいけねえよ衛生兵。もう戦えねえ奴等は是非ともそうしてやってほしいが、俺等はまだ戦える。なあ、ジェイド副官」

 「閣下達ばかりに任せては罰が当たりますよ。散々いいように弄ばれたんです。復讐の機会があってもいいでしょう」

 「えっと……、まさかですが」

 「ったりまえだ我等は常にフィリーネ閣下達と共にある。いいだろ?」

 「……軍医殿」

 「言っても聞かない人達だ。ったくこれだからフィリーネ閣下の師団は……。大隊長殿、無理だけはしないようにお願いしますよ。重傷者等は我々が救ってみせます。一人でも多く命を救います。ですから、死なないでください。我々の仕事が増えます」

 「軍医大尉は正直で大変よろしいな。了解した。さあ行くぞお前ら。逆襲の時間だ」

 「ええ」

 「逆襲の時間ですね」

 「タダじゃおかねえぞ妖魔のクソッタレ共」

 ほぼ無傷で済んでいた者達は勿論、応急処置を受けていた軽傷の者達も立ち上がる。軍医大尉はしょうがない人達だと思いながら彼らを見送った。
 再び立ち上がったのは、大隊長達だけでなく比較的損害の少なかった別の大隊の生き残りの中隊もいた。およそ二百の兵士は、再戦に向かった。
 フィリーネはその様子をちょうど化物を切り刻んでいた時に見ていた。

 「あいつら馬鹿じゃないの。下がれって言ったのに」

 「口振りの割には嬉しそうですが」

 「黙らっしゃいなクリス大佐。部下の勇猛っぷりが嬉しいだけよ」

 「素直じゃないですね」

 「うっさい」

 フィリーネは呆れた物言いをしていたが、顔つきは反して笑んでいた。クリス大佐はいつものように小言を口にしながらも、抱いた心はフィリーネと同じだった。

 「しかし、戦っていた者達がああならば負けてられませんね」

 「獲物は私がかっさらっていくわよ。あんたはいつものように付いてきなさいな」

 「了解」

 「さあさあさあさあかかってきなさいよ妖魔帝国兵に化物共! どうせ最優先目標は私でしょう? 殺してみせなさい! 殺せるものならねッッ!」

 フィリーネ達の参戦により、そこからの人類側軍はこれまでの防戦一方がまるで嘘かのように盛り返した。
 彼女と二個大隊が援軍にかけつけるまでに『異形の中隊』およそ二百は百七十まで減っていたが、それでも八割以上が残っていたのである。
 だがこの『異形の中隊』を、フィリーネと二個大隊、再び戦線に身を投じた兵士達は次々と討ち取っていく。特にフィリーネやクリス大佐、レイミー少佐やヨルン少佐は個人で数体を屠っていた。
『異形の中隊』は非常に強い。七〇一と七〇二の部隊員達ですら妖魔帝国兵と併せてこれを倒さねばならないから討伐には苦労した。恐怖心が無いからこそフィリーネの独自魔法の効果は薄く、死傷者も先日の夜間奇襲に比べればずっと多い。
 それでも一度覆えされた戦況を再び自分達のものへと引き寄せるのには妖魔帝国軍は困難を極めた。時間が経過するにつれてそれは不可能へと変化していく。
 例えば七〇一の兵士が異形の巨腕に掴まれた時、兵士は死を覚悟した。

 「くそっ、離せ! 離せ!」

 軋む骨の音は確実に背後に死神がいることを示している。だが。

 「私の兵士をどうするつもりかしら?」

 目にも止まらぬ早さで接近したフィリーネは跳躍し化物の首を叩き切る。
 いくら化物とはいえ首を切断されれば死ぬ。巨体は倒れ、力が緩んだ隙に部隊員は脱出した。

 「少将閣下!」

 「感謝は後! まだ動けるの?」

 「ちょっとばかし痛いくらいですからまだ平気です! 魔法銃と銃剣もこの通り!」

 「ひひっ、ならよし! 引き続き殺しなさい!」

 「はっ!」

 部下の危機には上官が救い、上官の危機を部下が救う。大隊を一個の巨人として動く彼等の見事な連携力は損害を極限まで減らす努力がなされていた。
 戦況は人類側有利の乱戦へと変貌する。キルレシオも人類側が多数に傾いていっていた。

 「化物が三体。体ばっかし大きくて結局は雑魚ぉ? ほらほらついさっきまでみたいに殺ってみせなさいな?」

 「ここから先、進みたくば我々を倒すんだな。無論、倒せればだが」

 これ以上押し返されまいと攻勢をかけようとする妖魔帝国兵と化物数体。しかし立ち塞がるはフィリーネとクリス大佐。
 あまりの気迫と殺気に妖魔帝国兵どころか、僅かに残った理性と本能が警鐘を鳴らした化物ですら後ずさる。
 進めば、殺されると。敵う存在ではないと。
 既に日は沈んだ。照明弾の明かりが二人を照らす。
 一人は至極冷静な顔つきで。もう一人は死神ですら裸足で逃げ出しそうな笑みで。
 昼までは人類側にとっての地獄は、夜には妖魔帝国軍にとっての地獄へと変わっていった。
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