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第10章 リチリア島の戦い編
第12話 その頃、アカツキは
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・・12・・
9の月10の日
午後9時25分
旧東方領戦線・ブカレシタ西部郊外
アルネシア連合王国軍仮設建築総司令部・アカツキの執務室
「分かってはいたけれど、完全に長期戦の構えだなあ……」
「マスターの意見に同意。妖魔帝国軍は損耗を避けて手際良く配置をしており、こちらを貼りつかせるのを意図していると思われます」
「だよねえ。大軍同士だけでなくて、相手が魔人ばかりだからこっちも決定打に欠けるのと、遠征故の諸々の縛りがあるのを分かってやってるから」
僕は一時間前に終わった定例報告会議の内容と、執務机に広げたブカレシタ周辺の戦況が描かれた地図を見つめながらため息をつく。エイジスは隣にふよふよといつも通り浮きながら、レーダーで検知した解析結果を述べてくれていた。
シューロウ高地からの追撃戦で大勝利を収めた後、妖魔帝国軍はこちらから見ても正しい対処を取った。
主戦線の相手たる法国軍が消耗しているのを知っているからこそ巧みに戦線を後退させる英断を下したんだ。しかも大胆にこれまで得た奪還地全てを捨ててブカレシタ周辺に立てこもる手法。まるで総指揮官が変わったんじゃないかと思えるほどに鮮やかな後退だった。
これに対して、二カ国軍に法国軍を合わせた多国籍軍は再び前進。法国は補充と休息、可能性は低いとはいえ半島南部への妖魔帝国軍強襲上陸対策に全軍を配置させ、二カ国軍と比較的損害の少なかった法国軍のいくつかの師団でブカレシタを半包囲しつつあった。
これらの行動を取り始めたのは、僕達二カ国軍の物資弾薬の補給などが完了し態勢を整えた八の月下旬。ブカレシタの半包囲を始めたのが八の月末。ブカレシタから西の郊外にある衛星都市のような町に布陣した妖魔帝国軍と交戦したのが9の月初頭で結果は僕達の勝利。
だけど、敵は端から本気で戦うつもりはなく損害を抑えてブカレシタに撤退しブカレシタ東部の補給ラインが生き残っているのを活用して長期戦へと僕達を巻き込んでいった。
それが、今日の状態になるわけだ。
「ブカレシタの南北には幅一キーラ近い川。これが西に窪んだ所にあるのがブカレシタ。南北と西は川を天然の要塞としていて、東側は要塞に相応しい防備。ブカレシタの都市自体の規模が大きいから備蓄もたんまり貯め込んでいるだろうし、川に沿って敵軍が配置されているから完全包囲は手間も手間。そして、東からは続々と補給がなされていて空爆してもそろそろ相手も手慣れてきているからか効果は限定的。ううん、やっぱり長期戦だなあ。下手すれば年越しにもなりかねない……」
「あらあら随分と難しい顔をしているわね、旦那様」
「あー、リイナ。お疲れ様。抱え込んでるそれは?」
ずっと地図とにらめっこしていていい加減頭が疲労してきていたからしかめっ面をしていると、そこへリイナが部屋に入ってくる。エイジスは礼儀正しくスカートの裾を両手で摘んでお辞儀をしていた。
労いの言葉をかける時に、彼女が何か紙袋を持っていたから僕は何なのかを聞いた。
「王都からの差し入れよ。アナタが戦地で頑張ってるからって、お得意様のお店から色々届いているわ」
「お得意様? ってもしかして!?」
「ええ、洋菓子店よ。旧市街地中央通りからは保存の利くクッキー詰め合わせ、シュートリテン通りのお店からはコーヒーにぴったりのラスク。他にも色々あるわ。魔法で長期保存可能かつ味も落ちないようにしてあるって。オーナー達からの励ましのメッセージカードもあるわよ」
「やった! 嬉しいなあ。前もそうだっだけれども、戦地だと甘味不足に陥りやすいからね。ちょうど甘いものが欲しかったんだよー」
「ならこの辺りで一度休憩にしましょ? ずっと考え込んでいたら精神的に疲れが溜まっちゃうわ」
「リイナ様に同意。マスターは定例報告会議から帰った後から今まで論理思考に心身のエネルギーを費やしており、一旦休息が必要と考えます」
「エイジスもこう言っているのだから休憩ね。もっとも、休憩中でもアナタは軍務に関係する事を考えているでしょうけど」
「あはは……、見透かされてるね。でも、休憩はちゃんとするよ。少なくともブカレシタについてはまた後か明日にでも回すかな」
「そうしなさいな。旦那様、飲み物は何がいいかしら?」
「もう夜だし、ハーブティーにしようかな」
「ハーブティーね。私も、もう夜だから同じものにするわ」
「いつもごめんよ、リイナ」
「構わないわ。好きでやっているのだもの。アナタがしてくれる事もあるのだから気にしないで」
「うん、ありがとう」
しばらくすると、ハーブティーのいい香りが漂い始める。これも王都からの差し入れ品で、いつも別邸へ定期的にハーブティーの葉を届けに来てくれるお店からのものなんだ。
夜も深くなってくるといくら9の月とはいえ先月に比べると気温は低くなりつつあるし前世の日本より蒸し暑さはないから、リラックス効果もあるホットハーブティーが欲しくなるんだよね。
「はいどうぞ。熱い内にめしあがれ」
「ありがと、リイナ」
リイナが執務机にハーブティーの入ったティーカップとソーサーを置くと、彼女は僕の隣に座る。リイナはマイティーカップを指三本で持つと、一口飲む。ほぅ、と息をつく。
「いつ飲んでも美味しいわね。心が落ち着くわ」
「クッキーとの相性もばっちしだし、ううううん、疲れが解されるうー」
「ふふっ、旦那様ったら今背骨が凄い音出してたわよ?」
「さっきまで座りっぱなしだったからね……。それでも、リチリア島の事を思えばこうして過ごせてるだけずっとマシだよ」
「リチリア島ねえ。開戦から一週間以上経過したけれど、よく耐えているみたいじゃない。総指揮官はラットン中将閣下がとても評価していたフィリーネ少将閣下。包囲下にあってもこれだけ善戦しているのは前評判通りよね」
「本日届いた報告によれば、損害比率は妖魔帝国軍側の方が大きく、ワタクシも興味を抱く人物とかんじています。マスター」
リイナは遠くリチリア島の地で今も戦いを繰り広げているフィリーネ少将の事を賞賛する。エイジスがこう言うくらいだから、いかにフィリーネ少将が秀でているかが分かるね。
リチリア島防衛戦。
第二次妖魔大戦開戦から一年半が経過しようとしているこの大戦において、初の島嶼防衛戦が行われているリチリア島防衛戦は劣勢の協商連合軍と法国軍が緊密な連携を取りながら、未だに島の二割を制圧されたのみだった。あと二十日と少しもすれば艦隊と救援の陸軍が到着する。今ここにいる僕達多国籍軍の軍人は、これならばリチリア島を守り抜けるだろうと考えていた。
自分と同じような点が多い、妙に親近感を覚えるフィリーネ少将。彼女が実践した戦い方に、僕は一種の予測をしていた。それはどうやら、例えば僕がリチリア島防衛戦指揮官だったとしたらという話を聞いていたリイナも似た意見を持っているようで。
「フィリーネ少将閣下のやり口、まるで旦那様みたいよね。準備段階から初日の戦い方、現状に至るまでアナタが指揮官だったと仮定した際の采配とほぼ同じ手を使っているもの」
「僕もびっくりだよ。まさか、こんなにも同一のやり方をするとは思わなかった。防衛戦とはいえ戦力の出し惜しみをしない。火力を集中ささて初撃で大きく相手にダメージを与える。けれど、兵も物資も弾薬も、不必要な分まで使わずにそこは温存させる。そして、三日前の夜間奇襲。アレだけは流石に、フィリーネ少将本人が先陣を切るなんてとこまで僕は予想してなかったけど」
「SSランク召喚武器の双剣を手に、フィリーネ少将閣下だけで三個小隊相当を討ったそうよ。その姿は鬼気迫る無双だったって。鬼気迫るというよりかは」
「まるで狂気に憑かれた、彼女を昔から知っている味方以外はそう思うだろうね。この資料で想像は容易かったよ」
「乱発は出来ない、曰く付きよねえ……」
「特異中の特異に部類する召喚武器さ」
僕にしてもリイナにしても、フィリーネの召喚武器の真実を知っている幕僚達はこの戦いにおいて一つの懸念があった。
それはSSランクの中でも上位に入る強さを誇るフィリーネ少将の武器が、代償があるからこその強さである部分なんだ。
フィリーネ少将の召喚武器の双剣、『コールブラック・カーシーズ』は呪いの武器と言っても差し支えがない。一度抜剣すれば鬼神のように戦える。が、戦える故に使用者に強烈な負担をかけ帰られぬ狂気へと陥れかない。長時間の使用、連続使用は禁物。資料にあったこの世界における『諸刃の剣』に相当する表現は言葉通りってわけ。
だから僕は心配していた。
転生者である僕のような思考を持つ、もしかしたら同じ転生者かもしれない彼女が禁忌に全身を染めなければ状態に置かれたとしたら。例えば、妖魔帝国軍にこの代償を察知されて利用されたとしたら。
きっと、いいや間違いなく協商連合どころか人類諸国にとっての逸材が一人は破滅し死へと誘われることになる。って。
となると、僕に出来ることと言えばブカレシタから彼女と、リチリア島で戦う将兵の無事を祈るくらいだった。
「リチリアについては、彼女と防衛軍に任せる他ないよ。主よ、どうか彼女等を守りたまえってさ」
「私達は私達で、目の前にいる妖魔帝国軍と戦わないといけないものね」
「そういうこと」
僕は少し冷めてしまったハーブティーを口につけて、クッキーを食べ、自身の果たすべき軍務に集中しようと思考を切り替えようとする。
すると、エイジスが僕の執務室の扉の方を見ていた。
「マイマスター。慌てた様子で走る連絡将校の反応を検知。こちらに向かっています。自動人形の発言としては変かもしれませんが、嫌な予感がします」
「こんな夜更けに慌てて走る……。僕の部屋に?」
「はい、マスター」
「心構えしておいた方が良さそうね……。エイジスの予感が外れてほしいけれども」
「恐らく、否定。同様に慌ただしい様子の反応複数。目的地の推定は、マーチス大将やリットン中将など」
エイジスの言葉に、僕とリイナは表情を険しくする。
外で騒ぎは起きていない。ということはブカレシタとその周辺で異変があった訳では無い。
ということはすなわち。
ふつふつと湧いてくる可能性は、どんどんと高まっていく。
そして。
「よ、夜遅く失礼致しますアカツキ少将閣下リイナ大佐!」
「ひとまず落ち着いて。扉を閉めて」
「は、はっ!」
入ってきたのは若い女性魔法能力者の士官だった。彼女に呼吸を整えさせるよう言うと、しばら、彼女が深呼吸したのを確認して僕は、
「それで、要件は?」
「緊急連絡です。情報確認に手間取り、本日夜の報告が今魔法無線装置で届きまして……。――リチリア島、シャラクーシ防衛線が……、崩壊しました」
9の月10の日
午後9時25分
旧東方領戦線・ブカレシタ西部郊外
アルネシア連合王国軍仮設建築総司令部・アカツキの執務室
「分かってはいたけれど、完全に長期戦の構えだなあ……」
「マスターの意見に同意。妖魔帝国軍は損耗を避けて手際良く配置をしており、こちらを貼りつかせるのを意図していると思われます」
「だよねえ。大軍同士だけでなくて、相手が魔人ばかりだからこっちも決定打に欠けるのと、遠征故の諸々の縛りがあるのを分かってやってるから」
僕は一時間前に終わった定例報告会議の内容と、執務机に広げたブカレシタ周辺の戦況が描かれた地図を見つめながらため息をつく。エイジスは隣にふよふよといつも通り浮きながら、レーダーで検知した解析結果を述べてくれていた。
シューロウ高地からの追撃戦で大勝利を収めた後、妖魔帝国軍はこちらから見ても正しい対処を取った。
主戦線の相手たる法国軍が消耗しているのを知っているからこそ巧みに戦線を後退させる英断を下したんだ。しかも大胆にこれまで得た奪還地全てを捨ててブカレシタ周辺に立てこもる手法。まるで総指揮官が変わったんじゃないかと思えるほどに鮮やかな後退だった。
これに対して、二カ国軍に法国軍を合わせた多国籍軍は再び前進。法国は補充と休息、可能性は低いとはいえ半島南部への妖魔帝国軍強襲上陸対策に全軍を配置させ、二カ国軍と比較的損害の少なかった法国軍のいくつかの師団でブカレシタを半包囲しつつあった。
これらの行動を取り始めたのは、僕達二カ国軍の物資弾薬の補給などが完了し態勢を整えた八の月下旬。ブカレシタの半包囲を始めたのが八の月末。ブカレシタから西の郊外にある衛星都市のような町に布陣した妖魔帝国軍と交戦したのが9の月初頭で結果は僕達の勝利。
だけど、敵は端から本気で戦うつもりはなく損害を抑えてブカレシタに撤退しブカレシタ東部の補給ラインが生き残っているのを活用して長期戦へと僕達を巻き込んでいった。
それが、今日の状態になるわけだ。
「ブカレシタの南北には幅一キーラ近い川。これが西に窪んだ所にあるのがブカレシタ。南北と西は川を天然の要塞としていて、東側は要塞に相応しい防備。ブカレシタの都市自体の規模が大きいから備蓄もたんまり貯め込んでいるだろうし、川に沿って敵軍が配置されているから完全包囲は手間も手間。そして、東からは続々と補給がなされていて空爆してもそろそろ相手も手慣れてきているからか効果は限定的。ううん、やっぱり長期戦だなあ。下手すれば年越しにもなりかねない……」
「あらあら随分と難しい顔をしているわね、旦那様」
「あー、リイナ。お疲れ様。抱え込んでるそれは?」
ずっと地図とにらめっこしていていい加減頭が疲労してきていたからしかめっ面をしていると、そこへリイナが部屋に入ってくる。エイジスは礼儀正しくスカートの裾を両手で摘んでお辞儀をしていた。
労いの言葉をかける時に、彼女が何か紙袋を持っていたから僕は何なのかを聞いた。
「王都からの差し入れよ。アナタが戦地で頑張ってるからって、お得意様のお店から色々届いているわ」
「お得意様? ってもしかして!?」
「ええ、洋菓子店よ。旧市街地中央通りからは保存の利くクッキー詰め合わせ、シュートリテン通りのお店からはコーヒーにぴったりのラスク。他にも色々あるわ。魔法で長期保存可能かつ味も落ちないようにしてあるって。オーナー達からの励ましのメッセージカードもあるわよ」
「やった! 嬉しいなあ。前もそうだっだけれども、戦地だと甘味不足に陥りやすいからね。ちょうど甘いものが欲しかったんだよー」
「ならこの辺りで一度休憩にしましょ? ずっと考え込んでいたら精神的に疲れが溜まっちゃうわ」
「リイナ様に同意。マスターは定例報告会議から帰った後から今まで論理思考に心身のエネルギーを費やしており、一旦休息が必要と考えます」
「エイジスもこう言っているのだから休憩ね。もっとも、休憩中でもアナタは軍務に関係する事を考えているでしょうけど」
「あはは……、見透かされてるね。でも、休憩はちゃんとするよ。少なくともブカレシタについてはまた後か明日にでも回すかな」
「そうしなさいな。旦那様、飲み物は何がいいかしら?」
「もう夜だし、ハーブティーにしようかな」
「ハーブティーね。私も、もう夜だから同じものにするわ」
「いつもごめんよ、リイナ」
「構わないわ。好きでやっているのだもの。アナタがしてくれる事もあるのだから気にしないで」
「うん、ありがとう」
しばらくすると、ハーブティーのいい香りが漂い始める。これも王都からの差し入れ品で、いつも別邸へ定期的にハーブティーの葉を届けに来てくれるお店からのものなんだ。
夜も深くなってくるといくら9の月とはいえ先月に比べると気温は低くなりつつあるし前世の日本より蒸し暑さはないから、リラックス効果もあるホットハーブティーが欲しくなるんだよね。
「はいどうぞ。熱い内にめしあがれ」
「ありがと、リイナ」
リイナが執務机にハーブティーの入ったティーカップとソーサーを置くと、彼女は僕の隣に座る。リイナはマイティーカップを指三本で持つと、一口飲む。ほぅ、と息をつく。
「いつ飲んでも美味しいわね。心が落ち着くわ」
「クッキーとの相性もばっちしだし、ううううん、疲れが解されるうー」
「ふふっ、旦那様ったら今背骨が凄い音出してたわよ?」
「さっきまで座りっぱなしだったからね……。それでも、リチリア島の事を思えばこうして過ごせてるだけずっとマシだよ」
「リチリア島ねえ。開戦から一週間以上経過したけれど、よく耐えているみたいじゃない。総指揮官はラットン中将閣下がとても評価していたフィリーネ少将閣下。包囲下にあってもこれだけ善戦しているのは前評判通りよね」
「本日届いた報告によれば、損害比率は妖魔帝国軍側の方が大きく、ワタクシも興味を抱く人物とかんじています。マスター」
リイナは遠くリチリア島の地で今も戦いを繰り広げているフィリーネ少将の事を賞賛する。エイジスがこう言うくらいだから、いかにフィリーネ少将が秀でているかが分かるね。
リチリア島防衛戦。
第二次妖魔大戦開戦から一年半が経過しようとしているこの大戦において、初の島嶼防衛戦が行われているリチリア島防衛戦は劣勢の協商連合軍と法国軍が緊密な連携を取りながら、未だに島の二割を制圧されたのみだった。あと二十日と少しもすれば艦隊と救援の陸軍が到着する。今ここにいる僕達多国籍軍の軍人は、これならばリチリア島を守り抜けるだろうと考えていた。
自分と同じような点が多い、妙に親近感を覚えるフィリーネ少将。彼女が実践した戦い方に、僕は一種の予測をしていた。それはどうやら、例えば僕がリチリア島防衛戦指揮官だったとしたらという話を聞いていたリイナも似た意見を持っているようで。
「フィリーネ少将閣下のやり口、まるで旦那様みたいよね。準備段階から初日の戦い方、現状に至るまでアナタが指揮官だったと仮定した際の采配とほぼ同じ手を使っているもの」
「僕もびっくりだよ。まさか、こんなにも同一のやり方をするとは思わなかった。防衛戦とはいえ戦力の出し惜しみをしない。火力を集中ささて初撃で大きく相手にダメージを与える。けれど、兵も物資も弾薬も、不必要な分まで使わずにそこは温存させる。そして、三日前の夜間奇襲。アレだけは流石に、フィリーネ少将本人が先陣を切るなんてとこまで僕は予想してなかったけど」
「SSランク召喚武器の双剣を手に、フィリーネ少将閣下だけで三個小隊相当を討ったそうよ。その姿は鬼気迫る無双だったって。鬼気迫るというよりかは」
「まるで狂気に憑かれた、彼女を昔から知っている味方以外はそう思うだろうね。この資料で想像は容易かったよ」
「乱発は出来ない、曰く付きよねえ……」
「特異中の特異に部類する召喚武器さ」
僕にしてもリイナにしても、フィリーネの召喚武器の真実を知っている幕僚達はこの戦いにおいて一つの懸念があった。
それはSSランクの中でも上位に入る強さを誇るフィリーネ少将の武器が、代償があるからこその強さである部分なんだ。
フィリーネ少将の召喚武器の双剣、『コールブラック・カーシーズ』は呪いの武器と言っても差し支えがない。一度抜剣すれば鬼神のように戦える。が、戦える故に使用者に強烈な負担をかけ帰られぬ狂気へと陥れかない。長時間の使用、連続使用は禁物。資料にあったこの世界における『諸刃の剣』に相当する表現は言葉通りってわけ。
だから僕は心配していた。
転生者である僕のような思考を持つ、もしかしたら同じ転生者かもしれない彼女が禁忌に全身を染めなければ状態に置かれたとしたら。例えば、妖魔帝国軍にこの代償を察知されて利用されたとしたら。
きっと、いいや間違いなく協商連合どころか人類諸国にとっての逸材が一人は破滅し死へと誘われることになる。って。
となると、僕に出来ることと言えばブカレシタから彼女と、リチリア島で戦う将兵の無事を祈るくらいだった。
「リチリアについては、彼女と防衛軍に任せる他ないよ。主よ、どうか彼女等を守りたまえってさ」
「私達は私達で、目の前にいる妖魔帝国軍と戦わないといけないものね」
「そういうこと」
僕は少し冷めてしまったハーブティーを口につけて、クッキーを食べ、自身の果たすべき軍務に集中しようと思考を切り替えようとする。
すると、エイジスが僕の執務室の扉の方を見ていた。
「マイマスター。慌てた様子で走る連絡将校の反応を検知。こちらに向かっています。自動人形の発言としては変かもしれませんが、嫌な予感がします」
「こんな夜更けに慌てて走る……。僕の部屋に?」
「はい、マスター」
「心構えしておいた方が良さそうね……。エイジスの予感が外れてほしいけれども」
「恐らく、否定。同様に慌ただしい様子の反応複数。目的地の推定は、マーチス大将やリットン中将など」
エイジスの言葉に、僕とリイナは表情を険しくする。
外で騒ぎは起きていない。ということはブカレシタとその周辺で異変があった訳では無い。
ということはすなわち。
ふつふつと湧いてくる可能性は、どんどんと高まっていく。
そして。
「よ、夜遅く失礼致しますアカツキ少将閣下リイナ大佐!」
「ひとまず落ち着いて。扉を閉めて」
「は、はっ!」
入ってきたのは若い女性魔法能力者の士官だった。彼女に呼吸を整えさせるよう言うと、しばら、彼女が深呼吸したのを確認して僕は、
「それで、要件は?」
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