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第8章 残虐姉妹と第二攻勢開幕編

第9話 戦果を利用したプロパガンダとこれからの話・後編

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 ・・9・・
 「……良かったです。色々と繊細な問題がついて回るものになるので。何せ、捕虜を利用するわけですし」

 「だが、我々が行うよりずっといい。損害も減らせる。前提として最低でも今度の攻勢は成功させねばならんがな」

 あの計画というのは、ジトゥーミラ以降捕虜を得たことで僕とリイナで立案、マーチス侯爵やプロパガンダ活動などに詳しい参謀本部の限られたメンバーのみで立てたとある作戦のことだ。
 結論から言うと、捕虜の中でも妖魔帝国で要人クラスであるダロノワ大佐を利用した作戦計画だ。段階としてはこのようになる。

 1、来月下旬からの攻勢においてダボロドロブを攻略する。この際、ダロノワ大佐のように皇帝の苛烈な政治に反対して皇帝には恨みがあるだろう、粛清にて流された敵指揮官などを捕虜にすると好ましい。

 2、既に実施されているが捕まった捕虜に関する情報を順次内外に発信し、皇帝の残忍さを伝えると同時に捕虜が受けた被害や恐ろしさ、粛清のありようなど同情を誘う世論を作り出す。これは現在までに妖魔帝国に受けた被害が余り出ておらず、恨みが少ない現状こそ行えるものである。ただし、エルフは妖魔帝国に対する憎しみがやや残っている為に配慮などをする。

 3、春季攻勢完了後、ダロノワ大佐と接触。山脈越えの際の案内だけでなく捕虜を利用した解放軍の創設などを提案する。これも既に実施されているが、魔人の魔物に対する差別感情などを教育にて取り払い魔人至上主義の考えを捨てさせること。

 4、3に際してダロノワ大佐など要人クラスに対しては解放軍として協力し山脈を越えてキャエフなど麓一帯を占領した際には、功績の暁として彼らによる新たな国家を設立させる。つまり、妖魔帝国の内部分裂工作である。国家の形としては、皇帝が行うような専制政治以外がよい。理想としてはこれを機とした反皇帝の革命が起きるものを期待する。その為に彼女等を用いた宣伝活動や工作活動を行う。

 5、ダロノワ大佐等による妖魔帝国の新国家とは同盟を結び、国家運営は助言に留めつつも国内に軍駐留を認めさせて以後の攻勢発起点とする。さらに勢力圏を拡大し、妖魔帝国軍を新国家軍と共同で撃滅する。

 6、最終目的は妖魔帝国との有利な条件での講和。妖魔帝国皇帝が継戦する場合は降伏まで戦争を行うものとする。

 以上が計画の内容だ。
 新戦争計画の道筋に沿っているとはいえかなり壮大な話であり、まだ細かい部分までは固まってはいない。
 けれど、国王陛下が許可を下さった事で情報戦と心理戦を用いたこの一連の計画も戦争と並行して実行される事になるだろう。

 「戦争の現状を考えると完遂までには気が遠くなるような話ですが、事が計画通りに運べば妖魔帝国に対して非常に有効な手法です。幸いにして、皇帝レオニードの政治手法は付け入る隙がかなりありますから」

 「幾ら経済的には成功しているとはいえ、ジトゥーミラ・レポートのようなやり方ではいずれ限界が出てくる。言論統制にしてもそうだ。抑えるのにも限度があるし、粛清を繰り返したとて恐怖で頭を抑え込むのにもその内無理が生じるだろう。奴が圧政を繰り返せば繰り返す程妖魔帝国内には不満と皇帝に対する反感が燻る」

 「さらに我々が勝利を重ねる事でレオニードの軍事手腕に疑念を生じさせ、厭戦心理も作り出す。燻りがボヤとなり、そこへ同族の筈だったダロノワ大佐達が離反しての新国家を建ててしまえば」

 「ボヤは火事へ、そして大火災へ。という具合になる可能性は十分にあるでしょうね。今は誰も刃向かえる者がいないから表面上は逆らわないだけで、もし反乱の一種として新しい国が妖魔帝国内に出来上がったら一気に爆発するわ」

 「予測。一度瓦解してしまえば妖魔帝国は戦争どころでは無くなる可能性は非常に高いと思われます。皇帝レオニードが継戦を望んだとしても、です」

 「それこそがこの計画の狙いだね。占領政策を取るにあたって僕達がやるよりダロノワ大佐達がやった方がずっとスムーズに進むだろうし、何よりこっちの負担も軽くなる」

 「長期的には国境が脅かされる危険も無くなるだろうな。子孫が心安らかに人生を送れるのならば理想だ」

 マーチス侯爵がこの案に乗ったのは、今の言葉に尽きる。
 軍にとっても犠牲が減り戦争期間も短くさせるという要素もあるけれど、今繰り広げられている戦争はいわば国を、人類諸国を守る為であり二度と侵略されないようにする為だからだ。全てはマーチス侯爵や僕達の世代だけではなく、未来の世代の為。だから負けられないし、尽くせる手は尽くさないといけないんだ。例え、敵を利用する事になったとしても。これは前世でも有効活用されてきた策だから、この世界でもやらない理由はないんだ。
 とはいえ、現況下では今した話は夢物語みたいなものでしかない。それを実現させるには。

 「その為には義父上の仰るようにまず春季攻勢を成功させねばなりません。責任重大ですね」

 「ああ、我々の未来が懸かっている。――そこで、だ。この話を踏まえてアカツキとリイナには打ち明けておくことがある。ブリック少将が、俺が話すと言っていた件だ」

 「え、っと。イマイチ要領がつかめないのですが……」

 「ごめんなさい。思い当たる点が全くないわ」

 僕とリイナはマーチス侯爵の言葉に首を傾げる。すると彼は、衝撃的な発言をした。

 「近日発表されるんだがな、オレは十年近く務めてきた軍部大臣を辞めるつもりだ」

 「はいぃ!?」

 「なんですって?!」

 「その反応は予想していた。国王陛下も大層驚かれていたからな」

 そうでしょうね!! エイジスですら目を見開いているもの!!
 マーチス侯爵は軍部大臣に就任してから敏腕を振るってきており特にこの二年は著しい功績を上げている。辞任するような問題なんてどこにもないんだ。
 当然、どうして軍部大臣を辞めるのか僕はマーチス侯爵に問う。

 「なぜ辞任を決められたんですか!? 恐らく義父上の事ですから明確な理由はお有りでしょうし、後任も決められているとは思いますが……」

 「いきなり過ぎて心臓が止まると思ったわよ! 辞任するのはいいけれど、その後はどうするの?」

 「まあまあ落ち着け二人とも。今からちゃんと話すから」

 「……すみません」

 「ごめんなさい……」

 二人して身を乗り出して言ったものだから彼に諭されてしまい、僕とリイナは謝罪して落ち着いた姿勢で聞く態勢を取る。

 「お前達が驚愕するのも無理はない。オレだって軍部大臣として仕事を果たしてきた自負がある。だが、今の立場では戦争の趨勢を見極めるのが難しいと思っていた」

 「お父様の言う通り、王都にいては現場からの情報に頼るのみだから戦況を正しく判断するのは難しいけれど……。でも、どうして? 他にも理由があるのでしょう?」

 「……娘には勝てんなあ。ああそうだ。他にも理由がある。自身がSSランク召喚武器持ちでありながら戦場に出なくていいのかとな。戦争は今後激しさを増す。近代化された軍同士がぶつかる事になれば最も重要なのが軍という兵士達の集団だ。個は弱くとも、集まれば強い。これまでその個々を強めてきた。特に、非魔法能力者の兵士が装備する兵器などがそれだな。もちろん魔法も軍にとって重要な要素であり、魔法銃がそれにあたるわけだ。しかし、それでも負けてしまいそうになった場合に戦況をひっくり返せる要素がある」

 「SSランク召喚武器、ですね。プライベートはともかくとして必要外では積極的に話をしませんが、今も隣にいるエイジスや。義父上達旧四極将軍……」

 「そうだ。SSランク召喚武器はまさに切り札。戦争においてこれを使い惜しむ理由があると思うか? 戦いで戦力の逐次投入は愚の骨頂だろう?」

 「はい……。しかし、それならオランド侯爵やアレゼル中将閣下、ラスク組合長もいらっしゃるではありませんか」

 「オランドは防御特化だ。あいつには今回の双子の件のように国内で万が一があった時の護国の盾になってもらいたい。ラスク組合長はそもそも軍人じゃないし、組合を統べる役目がある。それに彼は頭を使う戦い方が苦手と言っていた。対個人はともかく戦争のような集団には向かんのもある。そしてアレゼル中将は戦い以外にやってもらわねばならん事がある。連合王国のエルフを纏めるのと、先程の話に繋がるがダロノワ大佐等と協力する事になった際にエルフの反感を宥め説得してもらう事だ。来るべき時に備えて下地を作ってもらいたいのだ」

 「対して、義父上であれば僕を含めた五人の中で最も火力が高く面制圧型遠距離攻撃も可能。僕の場合、エイジスは攻撃型ではなくサポート型で火力の不安があるから……。そこで、義父上というわけですか」

 「マーチス大将閣下の理論は正論。反論の余地はありません」

 「だからお父様なのね……。読めてきたわ。お父様、春季攻勢で総指揮官をなさるおつもりでしょう?」

 「流石我が娘だ。既に根回しはしてあるが、関係者以外からすれば電撃的な発表になるだろうな。そのつもりでいる」

 「義父上の参戦は間違いなく士気が上がるでしょう。そこにいるとなれば、心強いですから」

 「エイジスを巧みに使いこなすお前と的確なサポートをするリイナ、そして攻撃型のオレだ。バランスとしては最適解だろう」

 ここまで理詰めされてはもう何も言えなかった。そもそもこれは、マーチス侯爵が決断した事なのだから。

 「はい。僕が反対する理由はありません」

 「そうね。お父様が決められたことだもの。お母様が心配しそうだけれど」

 「いや、もう話してあるぞ」

 「ええ?!」

 リイナ、今日二度目の驚愕。どうやら彼は妻にも既に話を通していたらしい。

 「貴方がお決めになったのならば、私は妻として支えるまでだわ。だそうだ」

 「何というか、お母様は大事な所で肝が据わっているわね……」

 「だからオレは嫁の事を愛しているし守りたいと思っている」

 「……ごちそうさま。まさかこの流れで両親のアツアツっぷりを垣間見る事になるとは思わなかったわ……」

 「はっはっはっ。昔からこうだぞ?」

 「知ってる……」

 誇らしげに語るマーチス侯爵は立派な軍人で男だった。僕もそう言えるような人間になりたいなあ。

 「ところで義父上。軍部大臣の後任はどなたになるのですか?」

 「オレの後任には副大臣のドレスドルを据える。あいつなら信頼出来る人間であるし、手腕も確かだ」

 「ドレスドル中将閣下ですね。義父上の縁の下の力持ちですから適任でしょう」

 ドレスドル中将閣下は領地持ちでこそないものの堅実な事で有名な軍人貴族だ。昔からマーチス侯爵の下で働いてきた古参でもある。彼が軍部大臣の後任としたのも納得だった。

 「これで軍部省の憂いも無く、地に足を付けて戦いに臨める。アカツキ、リイナ。これからは戦場でもよろしく頼むぞ」

 「はっ。これまで以上に働いてみせます」

 「私はいつも通り、旦那様を支えるわ」

 「エイジスも、期待しているぞ」

 「サー、マーチス大将閣下。自動人形としての任務を果たします」

 「うむ。頼もしい返事だ」

 こうして、これからについてを語った僕達は話を終える。
 次、その次の一手は着々と準備されていく。
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