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第8章 残虐姉妹と第二攻勢開幕編

第7話 マーチスも軍人といえども一人の親

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・・7・・
3の月5の日
午後0時50分
ノースロード家本邸・正面玄関


 チャイカ姉妹を討伐した翌日。ノイシュランデ市内は引き続き戒厳令が敷かれていたけれど、二日に及んで布告されていた為に市民の生活に大きな影響を及ぼすからと、普段とは比較にならない程に兵士が巡回する様ではあるものの買い出しなどが許可されて一応の平穏と賑わいは取り戻されつつあった。
 戒厳令が出された時点でチャイカ姉妹という名前は隠したものの魔人が襲来する可能性大と聞いた市民は混乱したものの、早朝には討伐完了して脅威は去った。と宣言を出したところ市民達にも安堵が広がり混乱は最小限に抑えられたとは思う。それでも襲来前の昼にはいくらかの市民が西へ着の身着のまま逃げる事態も発生した為、いかに魔人が恐れられているかを痛感したのもまた事実だ。
 さて、あの後十分な睡眠を取って朝には僕とリイナ達が顔を出して市民に対してもう安心していいという宣伝をし、昼前には屋敷に戻ってマーチス侯爵の到着を待っていた。
 連絡当初に駅前広場で待つと言ったんだけれど、マーチス侯爵直々に魔法無線装置で通信が送られ、そこには『出迎えはしなくていい。到着までお前が思うように仕事しろ』と書かれていた。こう言われては従った方がいいと判断。故に市内を巡回してからは再び本邸に戻っていたというわけだ。
 そして午後一時前。マーチス侯爵が到着する前に軽食を済ませた僕とリイナは上級将校用の軍用コートを着込んで正面玄関前で彼の乗る馬車を待っていた。既に出迎えとして部下達が左右に整列して並んでおり、準備は万端だ。

 「お、来たみたいだね」

 「お父様も心配性よね。いくらチャイカ姉妹討伐確認とはいえ、軍部大臣自らお出ましだなんて過剰だわ。きっと我が子と義理の息子の顔が見たいのよ」

 「ははは、かもしれないね」

 僕とリイナはマーチス侯爵が乗る馬車の一団を見つけて言う。
 討伐から半日以上が経過してもさらなる襲撃の兆候は皆無だった。チャイカ姉妹の独断行動だったとして、もし彼女達が妖魔帝国首都『レオ二ブルク』から発ったとすれば山脈越えの時点でとっくにブライフマンが察知するし、よしんば山脈から西にいたとしてもやはり一日二日経過の時点で分かるはず。となればチャイカ姉妹を追いかけるように部隊を寄越していたとしたら昨日の夜中か早朝の内に襲撃があるはず。それが無いという事は少なくとも脅威レベルは低いと思う。
 それにマーチス侯爵が到着した時点でSSランク持ちの彼がいるという事実はさらに強襲を困難にしチャイカ姉妹の死体の奪回はますます実現可能性が低くなる。
 それら要因を踏まえて少し安心していた僕とリイナには昨日に比べればずっと余裕のある表情をしていた。
 マーチス侯爵の馬車が屋敷の正門に入り、彼が降りると僕は部下達に。

 「総員、マーチス大将閣下に、敬礼ッッ!」

 左右に並んだ部下達が敬礼し僕とリイナも続くと、マーチス侯爵はゆっくりと返礼する。

 「寒い中、出迎えご苦労だった。そして――」

 彼は途中までは威厳のある声音で、しかし足早に歩を僕達に進めて近付くと。

 「無事で、本当に良かったっ!」

 「むぐぅ!? マーチス大将閣下!?」

 「お父様!?」

 感極まった声で僕とリイナはマーチス侯爵に抱き締められる。あまりに突拍子もない行動に僕達は驚き、変な声が出てしまっていたしリイナに至っては素に戻っていた。
 彼は抱き締める腕の力を緩めるどころか強める。身体は震えていた。
 ここで僕は、はっと気付く。ああ、そうか。この人も僕達の事を心の底から心配していたんだなって。

 「お前達がチャイカ姉妹と戦うと聞いて、気が気で無かった……。勝つとは信じていた。だが、それでも大怪我していないか、とか考えたくも無い事を考えてしまった……」

 「ご心配おかけしました、義父上。僕はこの通り無傷です」

 「もう、お父様ったら。兵達が見ている前なのよ?」

 「構うものか。こうしてお前達が生きている実感を確かめる方が大事だ。親が子を心配するのは当然だろう?」

 「ありがとうございます……。しかし、少し苦しいです……」

 「おっと、すまんな」

 マーチス侯爵は申し訳なさそうに離すと、苦笑いしつつも優しい目付きをしていた。周りにいる部下達や兵達、マーチス侯爵に同行している参謀本部や彼直属の部下達に派遣されてやってきた魔法科学研究所の研究員も暖かい表情でこの様子を見ていた。ドラマで親子の対面シーンを見るような、そんな感じで。

 「感極まった故、失礼した。早速案内してくれ。お前達も付いてこい」

『はっ!』

 とはいえ、彼も軍の上に立つ人間。すぐに軍人らしい振る舞いに戻ると自分の部下に命じる。その中には、見かけた事のない顔の人がいた。
 身長や体格はマーチス侯爵と同じくらいで年齢は四十代初頭くらい。赤みがかかった、切れ長の瞳で理知的な印象を与える男性だ。

 「マーチス大将閣下。初めて見る方がいらっしゃるのですが」

 「おお、そうだったな。ブリック、自己紹介を」

 「は。初めまして、貴官の評判は度々聞いているよアカツキ少将。この度の残虐姉妹討伐、見事の一言に尽きる。私はマーチス大将閣下の副官、ブリック・イーストウッドだ。階級は貴官と同じ陸軍魔法少将。一昨年から共和国に派遣されていたから顔を合わせる機会が無かったが、配置転換で戻ってきた。理由は後で大将閣下がお話なさる。これからは閣下の傍でまた働くことになり接する事が増えるだろうからよろしくな」

 「共和国の……、ああ、なるほど。大使館付武官を纏めていらっしゃっる事は書類上のみですが目を通した事があります。それに、結婚式の時にもお手紙を頂きました。その節はありがとうございました。理由については後程伺いますね。こちらこそ、末永くよろしくお願いします」

 僕とブリック少将は互いににこやかに握手を交わす。末永くとは言ったけれど、この時はまだブリック少将とは本当に長い付き合いになるのを僕はまだ知らない。
 彼は僕と手を握った後、リイナの方に視線を移すと柔らかな笑みを見せて、

 「今は大佐だったかな、リイナさん。久しぶりだな。二年見ない内に美しさにさらに磨きがかかったな。アカツキ少将との結婚おめでとう。そして今回の任務、お疲れ様」

 「ええ、ブリック少将閣下。二年振りに貴方の顔を見たけれど、相変わらず元気そうで安心したわ」

 「共和国は平和ボケし過ぎてて暇を持て余して申し訳ないくらいだった。しかし、これからは再びマーチス大将閣下の元で働くことになるからよろしくな」

 リイナとブリック少将は親しげに話している。どういう関係なのか気になった僕はマーチス侯爵に質問した。

 「あの、マーチス大将閣下。ブリック少将とリイナはどういった間柄で?」

 「あいつはオレがまだ若かった頃からの部下でな。だからリイナの事は生まれた頃から知っているんだ。昔の話になるが、よくブリック少将にリイナの遊び相手をしてもらったものだ」

 「へえ、そんな昔話があったんですか。道理で仲が良さそうなわけです」

 「ちなみにルークスも小さい頃に遊んでもらってるぞ」

 「なんだか微笑ましい思い出ですね」

 「ああ。懐かしいよ」

 僕とマーチス侯爵はリイナとブリック少将のやり取りを頬を緩ませて見る。しかしそれもすぐに切り替わった。

 「さて、立ち話もいいが軍務にかかろう。アカツキ少将、残虐姉妹が置かれている部屋に案内してくれ」

 「了解しました」

 「ブリックとリイナも行くぞ」

 「はっ、失礼しました大将閣下」

 「はい、お父様」

 チャイカ姉妹の死体が置かれているのは屋敷の敷地内にある久しく使われていない物置きになっている離れだ。流石に本邸部分に置くのは気味が悪いからね。どうせ近い内に取り壊す予定だし。
 この件が終わったら教会の関係者に来てもらって浄化してもらわないとなあと思いながら、僕はマーチス侯爵やブリック少将達を案内する。
 離れの前に立っていて出迎えてくれたのはアレン大尉。彼はまずマーチス大将閣下達に挨拶し、続いて僕がアレン大尉に声を掛ける。

 「アレン大尉、警備お疲れ様。封印はしっかりされてる?」

 「アカツキ少将閣下、リイナ大佐もお疲れ様です。死体ですから動きはしませんが、万が一に備えて封印はかなり丁寧にしてあるとのこと。また、エイジスが再度ですが念入りに調べていますが、やはり遅延発動型の自爆魔法などはないようです」

 「流石にあの粛清帝もそこまではしなかったわけだね。引き続き警備をよろしく。あと少ししたら休憩していいから」

 「ありがとうございます!」

 「マーチス大将閣下、こちらへどうぞ」

 僕は離れの玄関扉を開けると、中にはエルフ連隊の兵達や王宮魔法能力者部隊の兵達が動き回っていた。こちらに気がつくと、模範的な敬礼をする。
 入ってから廊下を進み、離れのリビングがチャイカ姉妹の死体が置かれている場所だ。リビングに入室すると、マンノール少佐やライド少佐達がいた。

 「マーチス大将閣下にアカツキ少将閣下、ブリック少将閣下、リイナ大佐お疲れ様です」

 「残虐姉妹には腐敗防止の魔法が付与されています。昨日の状況のままでありますよ」

 マンノール少佐、ライド少佐の順に発言し、僕はお疲れ様と声をかけると一旦下がるように言う。彼等は姉妹の亡骸の横から離れると、僕はマーチス大将閣下達と一緒に彼女等の前に立った。

 「これが、残虐姉妹……、チャイカ姉妹か……」

 「共和国に居た際にも報告は聞いていたが、こうして見ると顔つきだけは街中にいるようなただの女の子みたいだ……」

 「年齢不明、恐らくは見た目だけなら私やリイナと年齢はさほど変わらないかと。ジトゥーミラ・レポートでも謎の多い人物ですから」

 僕は先程と違い公の場であるから一人称を私に変えて、チャイカ姉妹の解説をする。魔人は人間より長生き――平均寿命はエルフと同じくらいで、高位の魔人ほど寿命は長い――というのは大昔の資料から判明しているけれど、チャイカ姉妹の場合本当に正しい年齢が分からない。ちなみにレオニードは今年で四十過ぎらしいが、見た目は二十代の若者にしか見えないらしい。

 「そうか。確か、ラケルの方の傷はアカツキが、レーラの腕がないのはリイナがやったのだったな」

 「はい。色々とその……、策を巡らせ油断したところをラケルはツイン・リルで、直後にリイナがアブソリュートで左腕を飛ばしました。また、両名の額にある銃痕は殺す時に私が」

 「なるほど。残虐姉妹と戦闘してこちら側の被害が皆無だったという圧倒的な勝利は策か。一体どんな事をしたんだ? 大変興味深い」

 「それは、ですね……」

 「どうしたんだ、アカツキ少将。随分と歯切れが悪いじゃないか」

 やっぱり聞かれますよね……。相手が慢心していた点を加味したとしても、あのチャイカ姉妹をほぼワンサイドゲームで倒した策なんだ。気になるに決まってる。
 けれど、素直に答えるのはちょっとね……。
 周りもいかんせん僕がどんな格好をしていたかを目の当たりにしているからか苦笑いするか、意外だったとか、あれは分からないとか、可愛かったよな。とか言っている。おい待て最後の発言どういうことだよ!

 「……可愛い? あ、あー……。すまん、アカツキ少将。追求は避けておこう」

 「ご配慮感謝致します、マーチス大将閣下……」

 「場所と雰囲気が違ってたらうっとりするくらいとだけ伝えておくわ、お父様」

 「なんだ、お前の感想で確定的に察したぞ。なるほどな……、こいつらにとってはさぞ不意打ちになったろうな……」

 「…………ですが、お陰で理想的な形で戦闘を終えることが出来ました。ただ、妹の方が死の間際に……」

 「何か、言ったのか?」

 「はい。少し気になる話を」

 僕はマーチス侯爵に、レーラへ断罪を下す前に彼女が口を漏らした、彼女等の過去の話を始めた。
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