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第7章一冬(ひとふゆ)の戦間期と祝福の結婚披露宴編
第12話 視察に訪れたアカツキが出会ってしまった新兵器はあの珍兵器
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・・12・・
12の月5の日
午前8時10分
ロンドリウム特別市中心街
会談初日を終えた次の日。僕はリイナとエイジスと共にこの日の予定地へ向かうため、ホテルの正面玄関でとある人を待っていた。
「おはよう、アカツキ准将。少し待たせてしまいましたかね」
「いえ、アンネリオン中将閣下。私達もまだここに来たばかりですので」
「今日はよろしくお願いしますわ、アンネリオン中将閣下」
「ワタクシからも、よろしくお願いします」
「こちらこそリイナ中佐、エイジスくん」
現れたのは、協商連合陸軍参謀本部長のアンネリオン中将。
今日の予定はロンドリウム特別市郊外にある協商連合陸軍技術開発研究所への視察なんだけれど、それに彼が同行してくれるんだ。曰く、自分の視察も併せてと合理的判断らしい。
アンネリオン中将とその部下達の案内で僕達は三台ある馬車の真ん中のに乗り込むとすぐに動き出した。
ホテルの正門を出て大通りに出ると、協商連合の首都だけあってロンドリウム中心街は多くの人で賑わっていた。
「そういえば、アカツキ准将もリイナ中佐もロンドリウム特別市は今回が初めてだそうですね。どうです、我が国の首都は?」
「ロンドリウム特別市は貴国の現在の政治体制移行前からある由緒ある都市で、人口は百七十万人の協商連合一のまさに大都市。そして中心街は歴史ある街並みに、活発な市民達。この大通りだけでも好景気を伺わせますね」
「行き交う人々の顔も明るくて、良く政治が行われているのを実感致しますわ」
「ありがとうございます。最近は貴国との貿易が益々活発になっていますからね。それに、鉄道が開通した結果物流に革命が起きています。軍にとってもですが、民間にとっても恩恵が大きいです。もしかして、アカツキ准将はこの点を見出されていたのですか?」
「はい。より多く、より早く人とモノを運べる鉄道は今後不可欠な存在になります。景気が良くなれば国民の不満は減りますし、何より税金が多く入れば国家運営も安定しますから。ただ、戦争が始まってしまってからはどうしても軍輸送が重点的になっていますが」
「本来は民需主眼だったのでしょう。しかし、当然軍輸送も考えていたのでは? ルブリフの戦いにおける即時展開には驚かされましたよ。これまでの何倍も早く軍が展開され、結果的に貴国は国境を侵される前に戦いに臨めた。鉄道はこれほどでの効果を生むものだと、我が軍の参謀本部中でも頭のお堅い者達も考えを改めざるを得なくなった。アカツキ准将には感謝しています」
「とんでもないです。私は貴族として軍人として当然の事をしたまでです」
「貴族の義務、でしたか。素晴らしいお考えです。リイナ中佐は良い旦那さんをお持ちになりましたね。しかも貴女も大変お強く、また聡明でおられる。連合王国の未来は明るいですね」
「勿体ないお言葉ですわ。ですが、旦那様が良いお方というのには自信を持って同意致します。自慢の旦那様ですから」
外向けモードの丁寧口調をしているリイナは僕をちらりと見てしかしいつものように微笑むと、胸を張って言う。
「ははっ! 仲睦まじい夫婦ほど見ていて心癒されるものはありません。結婚式は来年二の月とぼくも耳にしています。ご招待頂けるとの事でしたから、楽しみにその日を待っていますね」
「ええ、是非私と旦那様の結婚式をお越しくださいまし。こちらも楽しみにしておりますわ」
馬車の中では終始和やかなムードの中、歓談は行われた。
ホテルを出発してからずっと西進し、国外でも有名な橋を越えると新市街地にさしかかる。さらに西へ進み、馬車に乗ってから一時間半程経った頃には開けた土地に差し掛かっていた。
「この辺りは我が軍の首都防衛師団の敷地になります。そして、今日の目的地である技術開発研究所も所在しているんですよ」
「かなり大規模ですね。アルネセイラの王都防衛師団や近衛師団の基地より大きいです」
「推測。王都防衛師団と近衛師団基地を合わせた程度の面積があると思われますマスター」
「ロンドリウム特別市は北と南、港に向かう東に市街地が伸びておりますが西はあまり開発が進んでいませんでした。あるのは軍関係施設ばかりでしたからね。そこで、二十数年前に手狭になっていた軍研究所をこの地に集約しました。ここなら試験も容易に行えますし、軍施設が多くて便利ですから」
「なるほどそれで。分散していると何かと面倒ですからね」
「その通りです」
「しかしアンネリオン中将閣下。集約されているとなると、リスクもありますがいかがなさっていますの?」
「流石リイナ中佐。仰る通り万が一襲撃された場合は諸共やられてしまいますがご安心を。同族のアレゼルが直轄連隊を持っているように、ぼくも参謀本部直属という形でエルフ連隊をこの基地に駐屯させています。しかもそのエルフ連隊には我が国のSSランク召喚武器所有者もいます。もしもの備えは万全ですよ」
協商連合エルフ理事会の理事長でもあるアンネリオン中将は、アレゼル中将と同じようにエルフ連隊を保有していてこちらもエルフのみで構成されている。違いといえば、連隊長がSSランク召喚武器持ちというくらいだろうか。軍全体の魔法能力者が連合王国より低い十五パルセントだから、貴重な魔法能力者のみ構成の部隊でもあるね。
「それでしたら安心ですわね。街からすぐに心強い兵達が多くいるのならば、国民も安心して暮らせますわ」
「残念ながらエルフ連隊は終日訓練を行っていますからご覧頂けませんがね。本日の視察はどうぞごゆるりと我が軍の最先端技術を見ていってください」
「ええ、そうさせて頂きますの」
「アンネリオン中将閣下、間もなく研究所へ到着です」
「分かったよ。報告感謝する」
「はっ!」
「君達との会話は楽しくてつい時間を忘れてしまったね。もう着くそうですよ」
アンネリオン中将が柔らかい笑みで言うと、ちょうど馬車が止まる。
僕はコートを着て軍務鞄を手に持って外に出ると、そこには五十名近い協商連合陸軍の人達がいる。全員が下士官クラス以上だった。
「アンネリオン中将閣下、連合王国陸軍アカツキ准将閣下及びリイナ中佐、准将閣下召喚武器エイジスに、敬礼っ!」
アンネリオン中将や僕達が答礼すると、集まっていた軍人達の中でも一番階級が上で、やや長い茶髪の四十代初頭くらいの男性大佐が口を開く。
「アンネリオン中将閣下、ようこそお越しくださいました。そして、評判は自分達にもよく届いておりますアカツキ准将閣下、リイナ中佐。ようこそ、協商連合陸軍技術開発研究所へ! 自分はトーマス・キーズです。この研究所で兵器開発部門の部長をしております。本日は所長が所用でロンドリウム特別市を離れておりまして、技術開発研究所は連合王国のお二方を歓迎しますと伝言を預かっております」
「そうだったんだ。歓迎ありがとう、トーマス大佐。今日はよろしくね」
「どのようなものをお見せ頂けるのか、楽しみですわ」
「ぜひ! ぜひ! 我が軍の技術の粋が結集された新兵器などをご覧になっていってください! それと、あとで准将閣下の召喚武器たるエイジスについてもお話していただけるととても嬉しいです! 研究員の間では話題になってますから! と、しまったつい研究者の癖が……。――アンネリオン中将閣下、早速ご案内してもよろしいですか?」
「もちろん。今日はぼくも視察になっているけれど、主役というかお客さんは彼等だ。我が軍が連合王国にも負けていない所を見せてあげておくれよ」
「はっ! それではアカツキ准将閣下、リイナ中佐こちらへどうぞ!」
外国の軍人、それも将官直々の視察だからかトーマス大佐はかなり張り切っていた。同行する彼の部下達も緊張はあまりしておらず、むしろ自分達の自慢の兵器を見せたいからかうずうずとしていた。
案内されたのは、建物から少し離れた広場だった。いずれも実物展示で、並べられたテーブルに置かれた小さい兵器からドンとその姿を主張するかの如く大きな兵器もあった。
「まずはこれです! ほらほらライド主任、説明を!」
「はい! 自分はテーブルに置かれている『魔力感知式作動地雷EM1839地雷』の開発主任、ライド・レーンであります! 階級は大尉であります」
「ライド大尉だね。早速質問で悪いけれど、魔力感知式っていうことは連合王国陸軍採用の遠隔作動式魔石地雷とは違うということかな?」
「はい! このEM1839は探知魔法を魔石内に閉じ込めており、対象が埋められた直上に入った瞬間に魔力を検知。起爆するタイプです。生物は魔法が使えなくても魔力はありますから、魔法能力者でなくても反応し起爆するので問題ありません」
最初に紹介されたのは機械の中に魔石が入っている魔石地雷だった。しかもルブリフで使ったような起動術式を必要とするものじゃなくて、探知魔法を用いて起爆するというもの。今目の前にある兵器の方が僕の前世で知っている地雷にずっと近いシステム――あっちは踏んで検知するタイプだから厳密には少し違うけど――だった。エイジスは初めて見るものだからか興味深そうに地雷を見つめている。
起動術式を外部依存する連合王国のそれと違って埋めておくだけで後は敵が来るのを待つだけだからとても便利だ。
ただ、爆発の際にも使われる魔石内魔力を起爆術式の為に使うから爆発力はウチの国のより三割程度落ちるらしい。
「この兵器は人サイズが対象みたいだね」
「主に魔人が対象ですね。大体ですが、検知から起爆までは一秒程度。魔法障壁の展開は余程じゃない限り間に合いませんからかなり強力ですよ。理論上では三十パルセントで死亡、七十パルセントで下半身の何れかは吹き飛びます」
「一秒となると、無詠唱じゃないとまず無理だね。短縮詠唱だと中途半端な詠唱で、爆発に耐えられないだろうし。それにしても、よく魔石に探知魔法術式を内蔵出来たね」
「方法は機密事項ですが、術式の最適化を行って可能にしました。それでも探知術式に必要魔力が必要で爆発力は連合王国のものより劣ってしまいますね……」
彼は自信なさげに言うけれど、それでも十分画期的な兵器だと思う。連合王国の魔法系研究開発は大規模高威力分野には強いけれど、小型化効率化など最適化させる分野に関しては協商連合の方が一歩先をいっている。
協商連合は魔法能力者の人数が少ないから、いかに低消費でより多く魔法を使えるかを追求して力を入れている。だから連合王国より進んでいるんだろう。
「いやいや十分さ。ルブリフやジトゥーミラで使った遠隔作動式はどちらかというと埋設爆弾の性格が強いけど、こっちはまさに地雷。敵に対してかなりの負担を強いる兵器だもの」
「妖魔帝国は人類諸国に比べて遥かに大規模。だからこそ、相手に出血を強要する兵器が必要です。また、威力も七割は重症程度なので心理的な恐怖も与えられますね」
「洒落にならないよね。一人やられれば二人か三人が救出しないといけないからさ。しかも救出した所でこの威力だと助からない可能性が高いし、よしんば助かったとしても前線復帰は難しい。でも、向こうも探知魔法をかけられたら気付かれちゃうんじゃない?」
「その点はこれで解決しました。この棒です」
「マスター、棒部分は埋設上部に対象が到達した場合スイッチを起動し結果爆発するものと思われます」
「あー、なるほど。埋める時は極わずかに出てるけど踏んだらこれが押し込まれるわけだね」
「その通りです! 魔石をこの機器に入れたのはこれが理由ですね。棒が踏まれるとその衝撃で起動し、ドカンって感じです。それまでは余程微弱な魔力まで探知する高度な探知魔法ではないと見つかりません」
「それはすごいね! でも、味方にも検知不可能となると不発処理や踏まれなかった時の処理に苦労しそうだね……」
「あっ……。そう、ですよね……。どうしよう……」
この世界でこの手の地雷の開発は初めてだろう。だから不発処理や後処理についてまで頭を回すのは難しい。さっきまで自信満々に解説してくれた彼はすっかり意気が萎んでしまっていた。
そこで助言を出したのはリイナだった。
「地雷は攻勢においては使わない兵器で基本的に防衛側の時に使うものよ。だから、事前に埋設する場所を周知徹底させるしかないわね。地味だけれども、それが一番だわ」
「はい……。対処方法はリイナ中佐が仰るものを想定しております。末端の兵士まで確実に知らせるように、と言っておくのがやはり一番ですね……」
「軍隊で聞いてませんでしたは許されないわ。ただ、そうね。味方に配慮すべきとなれば、もったいないけれど魔法を撃ち込んで爆発させるのが一番かしら。埋設マップを使えば場所は分かるし、爆破の際も踏めば感知する程なんだから低威力の魔法でも十分だわ。あと、味方に検知可能にさせるならば貴方達の国が得意とする術式効率化で高探知術式の消費魔力を抑えるのが一番ね。魔石に探知術式を入れられたノウハウがあるのだもの。人間が使う場合の方が簡単でしょう?」
「なるほど……。実はこの地雷、機器と魔石のコストが予想外に嵩んで少しお高くなってしまったんですが、そこは大量導入で価格を下げればいいですし、何より味方に間違って被害が及ぶのはよくありません。とりあえずはその形で対処して、味方が検知可能になり誤って踏まないようにする方法も研究します。リイナ中佐の言うように、地雷開発よりは短い研究で済むかと。忙しくなりそうですが、軍のためです」
「頑張ってちょうだい。貴方が開発した兵器は絶対に役に立つもの」
「はっ! ありがとうございますリイナ中佐!」
リイナが微笑むと、再び自信を取り戻した大尉は直立して敬礼した。
それにしても驚いた。地雷利用に関する研究はまだあまり進んでいないし、連合王国軍では実用化手前の段階なのに、リイナがここまで的確なアドバイスをするなんて。
そう思った僕は次の兵器を見に歩く間に、リイナに聞く。
「リイナ、いつの間に地雷について勉強してたの? すごい的確なアドバイスをしてたからびっくりしてさ」
「だって私は旦那様の副官よ? 先進研究については全部アナタの所に話が来るのだから私も理解していないといけないわ。それに、旦那様は色々な知識を教えてくれるじゃない。とても重要なことばかりだからちゃんとノートに残してあるの。地雷に関してもばっちり覚えたわ」
「執務室に戻っていた時に何か書いていたり、たまに遅くまで起きていたのはそういう事だったんだね。リイナは僕より覚えるのが早いから、もう抜かされているかも」
「ふふっ、優秀な副官はお好きでしょう?」
「とってもありがたいね。頭脳は一人より二人だ」
僕とリイナが微笑を互いに浮かべていると、それを見ていたトーマス大佐とアンネリオン中将は。
「アンネリオン中将閣下。もしやこれは、自分が案内解説しなくてもよろしいのでは? お二人とも研究員の水準の知識を持っていらっしゃるじゃありませんか」
「ぼくも実際に目にしてびっくりしたよ。なるほど道理でアカツキ准将が名参謀、リイナ中佐が名副官と言われる訳だ。理解度と知識量が違うんだからさ」
「陸海軍総司令官閣下達やアンネリオン中将閣下がお二人をロンドリウムに呼びたいと仰っていた意味がよく分かりました。専門用語を入れても話せる相手がいるというのは、我々にとっては最高ですよ。新たな発見もありそうです」
いつの間にかものすごい評価されていた。リイナは誇らしそうにしているけれど、僕は平静を装いつつも心中では全部前世で見てきた聞いてきた学んできたものなんだよなあと苦笑いする。当然口が裂けても言えないけれど。
さて、魔石地雷の見学と解説を聞いてからも様々な新兵器を見させてもらった。
一つは協商連合大手兵器製造会社、ルーランド工廠製の後装旋条式カノン砲ELC1839。連合王国軍が新しく採用する同タイプカノン砲が百六十ミーラなのに対して、こちらは百七十ミーラとワンサイズ大きい。その分発射速度は若干連合王国のものより劣るけど、協商連合の技術力の高さが垣間見える兵器だった。
もう一つは輸送面で活躍間違いなしの兵器というより車両。魔石蒸気機関で動く蒸気自動車と蒸気トラック。
連合王国も民間用蒸気自動車は少しずつ造られていて、来年からはそこそこ生産されることになっているけれど、蒸気トラックは生産体制が来年三の月からになっている。春季攻勢開始前には微妙に間に合わなかった。
だから目の前にある蒸気トラックは協商連合側が一歩先に実用化ってわけだね。連合王国の技術者達が悔しがりそうだ。
他にもMC1836と同等の射撃速度を持つ野砲やD1836と同タイプのライフルなども見せてもらい、協商連合陸軍がいかに開発に予算を投じているかを感じたね。
そして、最後にと案内されたのは何やらカバーがされている結構大きな兵器だった。
僕達が来ると、この兵器の担当者であるいかにも研究員って風貌の男性士官が嬉々とした表情で。
「ようこそようこそアンネリオン中将閣下、そしてアカツキ准将閣下、リイナ中佐! ワタシは今からお見せします画期的新兵器の開発主任、カーリー・ベイントン! 階級は少佐です!」
「ど、どうもカーリー少佐。熱意がとても伝わってきたよ……。どんな新兵器か見せてもらえるかな?」
すごくやる気のある姿勢に気圧されつつも、僕はカーリー少佐に言うと、彼は満面の笑みで。
「もちろんですとも! さささ、お披露目です! さー、カバーを取っちゃってー!」
『はっ!!』
彼の部下達も待ってましたと言わんばかりにカバーの留め具を外し、そして一気に取り去る。
「どうですかどうですか! これがワタシ達が開発した新兵器です! 見たこともない形をしているでしょう!」
「あ、ああ、あああああ……」
僕はカバーが外され現れた兵器を見てしまい、驚愕の余りに口をパクパクとさせてしまう。
そこにあったのは、まさか、まさかの、あの兵器だった……。
直径およそ二メーラ半の車輪を挿んだ、ホビン状の構造。
サイズこそ本家よりやや小さめだけれども、見た目はまさに英国面が作り出したかの珍兵器そのもの。
彼等が自慢げに堂々とお披露目したそれとは……。
どこからどうみてもパンジャンドラムじゃないですかあぁぁぁぁぁぁぁ!!
12の月5の日
午前8時10分
ロンドリウム特別市中心街
会談初日を終えた次の日。僕はリイナとエイジスと共にこの日の予定地へ向かうため、ホテルの正面玄関でとある人を待っていた。
「おはよう、アカツキ准将。少し待たせてしまいましたかね」
「いえ、アンネリオン中将閣下。私達もまだここに来たばかりですので」
「今日はよろしくお願いしますわ、アンネリオン中将閣下」
「ワタクシからも、よろしくお願いします」
「こちらこそリイナ中佐、エイジスくん」
現れたのは、協商連合陸軍参謀本部長のアンネリオン中将。
今日の予定はロンドリウム特別市郊外にある協商連合陸軍技術開発研究所への視察なんだけれど、それに彼が同行してくれるんだ。曰く、自分の視察も併せてと合理的判断らしい。
アンネリオン中将とその部下達の案内で僕達は三台ある馬車の真ん中のに乗り込むとすぐに動き出した。
ホテルの正門を出て大通りに出ると、協商連合の首都だけあってロンドリウム中心街は多くの人で賑わっていた。
「そういえば、アカツキ准将もリイナ中佐もロンドリウム特別市は今回が初めてだそうですね。どうです、我が国の首都は?」
「ロンドリウム特別市は貴国の現在の政治体制移行前からある由緒ある都市で、人口は百七十万人の協商連合一のまさに大都市。そして中心街は歴史ある街並みに、活発な市民達。この大通りだけでも好景気を伺わせますね」
「行き交う人々の顔も明るくて、良く政治が行われているのを実感致しますわ」
「ありがとうございます。最近は貴国との貿易が益々活発になっていますからね。それに、鉄道が開通した結果物流に革命が起きています。軍にとってもですが、民間にとっても恩恵が大きいです。もしかして、アカツキ准将はこの点を見出されていたのですか?」
「はい。より多く、より早く人とモノを運べる鉄道は今後不可欠な存在になります。景気が良くなれば国民の不満は減りますし、何より税金が多く入れば国家運営も安定しますから。ただ、戦争が始まってしまってからはどうしても軍輸送が重点的になっていますが」
「本来は民需主眼だったのでしょう。しかし、当然軍輸送も考えていたのでは? ルブリフの戦いにおける即時展開には驚かされましたよ。これまでの何倍も早く軍が展開され、結果的に貴国は国境を侵される前に戦いに臨めた。鉄道はこれほどでの効果を生むものだと、我が軍の参謀本部中でも頭のお堅い者達も考えを改めざるを得なくなった。アカツキ准将には感謝しています」
「とんでもないです。私は貴族として軍人として当然の事をしたまでです」
「貴族の義務、でしたか。素晴らしいお考えです。リイナ中佐は良い旦那さんをお持ちになりましたね。しかも貴女も大変お強く、また聡明でおられる。連合王国の未来は明るいですね」
「勿体ないお言葉ですわ。ですが、旦那様が良いお方というのには自信を持って同意致します。自慢の旦那様ですから」
外向けモードの丁寧口調をしているリイナは僕をちらりと見てしかしいつものように微笑むと、胸を張って言う。
「ははっ! 仲睦まじい夫婦ほど見ていて心癒されるものはありません。結婚式は来年二の月とぼくも耳にしています。ご招待頂けるとの事でしたから、楽しみにその日を待っていますね」
「ええ、是非私と旦那様の結婚式をお越しくださいまし。こちらも楽しみにしておりますわ」
馬車の中では終始和やかなムードの中、歓談は行われた。
ホテルを出発してからずっと西進し、国外でも有名な橋を越えると新市街地にさしかかる。さらに西へ進み、馬車に乗ってから一時間半程経った頃には開けた土地に差し掛かっていた。
「この辺りは我が軍の首都防衛師団の敷地になります。そして、今日の目的地である技術開発研究所も所在しているんですよ」
「かなり大規模ですね。アルネセイラの王都防衛師団や近衛師団の基地より大きいです」
「推測。王都防衛師団と近衛師団基地を合わせた程度の面積があると思われますマスター」
「ロンドリウム特別市は北と南、港に向かう東に市街地が伸びておりますが西はあまり開発が進んでいませんでした。あるのは軍関係施設ばかりでしたからね。そこで、二十数年前に手狭になっていた軍研究所をこの地に集約しました。ここなら試験も容易に行えますし、軍施設が多くて便利ですから」
「なるほどそれで。分散していると何かと面倒ですからね」
「その通りです」
「しかしアンネリオン中将閣下。集約されているとなると、リスクもありますがいかがなさっていますの?」
「流石リイナ中佐。仰る通り万が一襲撃された場合は諸共やられてしまいますがご安心を。同族のアレゼルが直轄連隊を持っているように、ぼくも参謀本部直属という形でエルフ連隊をこの基地に駐屯させています。しかもそのエルフ連隊には我が国のSSランク召喚武器所有者もいます。もしもの備えは万全ですよ」
協商連合エルフ理事会の理事長でもあるアンネリオン中将は、アレゼル中将と同じようにエルフ連隊を保有していてこちらもエルフのみで構成されている。違いといえば、連隊長がSSランク召喚武器持ちというくらいだろうか。軍全体の魔法能力者が連合王国より低い十五パルセントだから、貴重な魔法能力者のみ構成の部隊でもあるね。
「それでしたら安心ですわね。街からすぐに心強い兵達が多くいるのならば、国民も安心して暮らせますわ」
「残念ながらエルフ連隊は終日訓練を行っていますからご覧頂けませんがね。本日の視察はどうぞごゆるりと我が軍の最先端技術を見ていってください」
「ええ、そうさせて頂きますの」
「アンネリオン中将閣下、間もなく研究所へ到着です」
「分かったよ。報告感謝する」
「はっ!」
「君達との会話は楽しくてつい時間を忘れてしまったね。もう着くそうですよ」
アンネリオン中将が柔らかい笑みで言うと、ちょうど馬車が止まる。
僕はコートを着て軍務鞄を手に持って外に出ると、そこには五十名近い協商連合陸軍の人達がいる。全員が下士官クラス以上だった。
「アンネリオン中将閣下、連合王国陸軍アカツキ准将閣下及びリイナ中佐、准将閣下召喚武器エイジスに、敬礼っ!」
アンネリオン中将や僕達が答礼すると、集まっていた軍人達の中でも一番階級が上で、やや長い茶髪の四十代初頭くらいの男性大佐が口を開く。
「アンネリオン中将閣下、ようこそお越しくださいました。そして、評判は自分達にもよく届いておりますアカツキ准将閣下、リイナ中佐。ようこそ、協商連合陸軍技術開発研究所へ! 自分はトーマス・キーズです。この研究所で兵器開発部門の部長をしております。本日は所長が所用でロンドリウム特別市を離れておりまして、技術開発研究所は連合王国のお二方を歓迎しますと伝言を預かっております」
「そうだったんだ。歓迎ありがとう、トーマス大佐。今日はよろしくね」
「どのようなものをお見せ頂けるのか、楽しみですわ」
「ぜひ! ぜひ! 我が軍の技術の粋が結集された新兵器などをご覧になっていってください! それと、あとで准将閣下の召喚武器たるエイジスについてもお話していただけるととても嬉しいです! 研究員の間では話題になってますから! と、しまったつい研究者の癖が……。――アンネリオン中将閣下、早速ご案内してもよろしいですか?」
「もちろん。今日はぼくも視察になっているけれど、主役というかお客さんは彼等だ。我が軍が連合王国にも負けていない所を見せてあげておくれよ」
「はっ! それではアカツキ准将閣下、リイナ中佐こちらへどうぞ!」
外国の軍人、それも将官直々の視察だからかトーマス大佐はかなり張り切っていた。同行する彼の部下達も緊張はあまりしておらず、むしろ自分達の自慢の兵器を見せたいからかうずうずとしていた。
案内されたのは、建物から少し離れた広場だった。いずれも実物展示で、並べられたテーブルに置かれた小さい兵器からドンとその姿を主張するかの如く大きな兵器もあった。
「まずはこれです! ほらほらライド主任、説明を!」
「はい! 自分はテーブルに置かれている『魔力感知式作動地雷EM1839地雷』の開発主任、ライド・レーンであります! 階級は大尉であります」
「ライド大尉だね。早速質問で悪いけれど、魔力感知式っていうことは連合王国陸軍採用の遠隔作動式魔石地雷とは違うということかな?」
「はい! このEM1839は探知魔法を魔石内に閉じ込めており、対象が埋められた直上に入った瞬間に魔力を検知。起爆するタイプです。生物は魔法が使えなくても魔力はありますから、魔法能力者でなくても反応し起爆するので問題ありません」
最初に紹介されたのは機械の中に魔石が入っている魔石地雷だった。しかもルブリフで使ったような起動術式を必要とするものじゃなくて、探知魔法を用いて起爆するというもの。今目の前にある兵器の方が僕の前世で知っている地雷にずっと近いシステム――あっちは踏んで検知するタイプだから厳密には少し違うけど――だった。エイジスは初めて見るものだからか興味深そうに地雷を見つめている。
起動術式を外部依存する連合王国のそれと違って埋めておくだけで後は敵が来るのを待つだけだからとても便利だ。
ただ、爆発の際にも使われる魔石内魔力を起爆術式の為に使うから爆発力はウチの国のより三割程度落ちるらしい。
「この兵器は人サイズが対象みたいだね」
「主に魔人が対象ですね。大体ですが、検知から起爆までは一秒程度。魔法障壁の展開は余程じゃない限り間に合いませんからかなり強力ですよ。理論上では三十パルセントで死亡、七十パルセントで下半身の何れかは吹き飛びます」
「一秒となると、無詠唱じゃないとまず無理だね。短縮詠唱だと中途半端な詠唱で、爆発に耐えられないだろうし。それにしても、よく魔石に探知魔法術式を内蔵出来たね」
「方法は機密事項ですが、術式の最適化を行って可能にしました。それでも探知術式に必要魔力が必要で爆発力は連合王国のものより劣ってしまいますね……」
彼は自信なさげに言うけれど、それでも十分画期的な兵器だと思う。連合王国の魔法系研究開発は大規模高威力分野には強いけれど、小型化効率化など最適化させる分野に関しては協商連合の方が一歩先をいっている。
協商連合は魔法能力者の人数が少ないから、いかに低消費でより多く魔法を使えるかを追求して力を入れている。だから連合王国より進んでいるんだろう。
「いやいや十分さ。ルブリフやジトゥーミラで使った遠隔作動式はどちらかというと埋設爆弾の性格が強いけど、こっちはまさに地雷。敵に対してかなりの負担を強いる兵器だもの」
「妖魔帝国は人類諸国に比べて遥かに大規模。だからこそ、相手に出血を強要する兵器が必要です。また、威力も七割は重症程度なので心理的な恐怖も与えられますね」
「洒落にならないよね。一人やられれば二人か三人が救出しないといけないからさ。しかも救出した所でこの威力だと助からない可能性が高いし、よしんば助かったとしても前線復帰は難しい。でも、向こうも探知魔法をかけられたら気付かれちゃうんじゃない?」
「その点はこれで解決しました。この棒です」
「マスター、棒部分は埋設上部に対象が到達した場合スイッチを起動し結果爆発するものと思われます」
「あー、なるほど。埋める時は極わずかに出てるけど踏んだらこれが押し込まれるわけだね」
「その通りです! 魔石をこの機器に入れたのはこれが理由ですね。棒が踏まれるとその衝撃で起動し、ドカンって感じです。それまでは余程微弱な魔力まで探知する高度な探知魔法ではないと見つかりません」
「それはすごいね! でも、味方にも検知不可能となると不発処理や踏まれなかった時の処理に苦労しそうだね……」
「あっ……。そう、ですよね……。どうしよう……」
この世界でこの手の地雷の開発は初めてだろう。だから不発処理や後処理についてまで頭を回すのは難しい。さっきまで自信満々に解説してくれた彼はすっかり意気が萎んでしまっていた。
そこで助言を出したのはリイナだった。
「地雷は攻勢においては使わない兵器で基本的に防衛側の時に使うものよ。だから、事前に埋設する場所を周知徹底させるしかないわね。地味だけれども、それが一番だわ」
「はい……。対処方法はリイナ中佐が仰るものを想定しております。末端の兵士まで確実に知らせるように、と言っておくのがやはり一番ですね……」
「軍隊で聞いてませんでしたは許されないわ。ただ、そうね。味方に配慮すべきとなれば、もったいないけれど魔法を撃ち込んで爆発させるのが一番かしら。埋設マップを使えば場所は分かるし、爆破の際も踏めば感知する程なんだから低威力の魔法でも十分だわ。あと、味方に検知可能にさせるならば貴方達の国が得意とする術式効率化で高探知術式の消費魔力を抑えるのが一番ね。魔石に探知術式を入れられたノウハウがあるのだもの。人間が使う場合の方が簡単でしょう?」
「なるほど……。実はこの地雷、機器と魔石のコストが予想外に嵩んで少しお高くなってしまったんですが、そこは大量導入で価格を下げればいいですし、何より味方に間違って被害が及ぶのはよくありません。とりあえずはその形で対処して、味方が検知可能になり誤って踏まないようにする方法も研究します。リイナ中佐の言うように、地雷開発よりは短い研究で済むかと。忙しくなりそうですが、軍のためです」
「頑張ってちょうだい。貴方が開発した兵器は絶対に役に立つもの」
「はっ! ありがとうございますリイナ中佐!」
リイナが微笑むと、再び自信を取り戻した大尉は直立して敬礼した。
それにしても驚いた。地雷利用に関する研究はまだあまり進んでいないし、連合王国軍では実用化手前の段階なのに、リイナがここまで的確なアドバイスをするなんて。
そう思った僕は次の兵器を見に歩く間に、リイナに聞く。
「リイナ、いつの間に地雷について勉強してたの? すごい的確なアドバイスをしてたからびっくりしてさ」
「だって私は旦那様の副官よ? 先進研究については全部アナタの所に話が来るのだから私も理解していないといけないわ。それに、旦那様は色々な知識を教えてくれるじゃない。とても重要なことばかりだからちゃんとノートに残してあるの。地雷に関してもばっちり覚えたわ」
「執務室に戻っていた時に何か書いていたり、たまに遅くまで起きていたのはそういう事だったんだね。リイナは僕より覚えるのが早いから、もう抜かされているかも」
「ふふっ、優秀な副官はお好きでしょう?」
「とってもありがたいね。頭脳は一人より二人だ」
僕とリイナが微笑を互いに浮かべていると、それを見ていたトーマス大佐とアンネリオン中将は。
「アンネリオン中将閣下。もしやこれは、自分が案内解説しなくてもよろしいのでは? お二人とも研究員の水準の知識を持っていらっしゃるじゃありませんか」
「ぼくも実際に目にしてびっくりしたよ。なるほど道理でアカツキ准将が名参謀、リイナ中佐が名副官と言われる訳だ。理解度と知識量が違うんだからさ」
「陸海軍総司令官閣下達やアンネリオン中将閣下がお二人をロンドリウムに呼びたいと仰っていた意味がよく分かりました。専門用語を入れても話せる相手がいるというのは、我々にとっては最高ですよ。新たな発見もありそうです」
いつの間にかものすごい評価されていた。リイナは誇らしそうにしているけれど、僕は平静を装いつつも心中では全部前世で見てきた聞いてきた学んできたものなんだよなあと苦笑いする。当然口が裂けても言えないけれど。
さて、魔石地雷の見学と解説を聞いてからも様々な新兵器を見させてもらった。
一つは協商連合大手兵器製造会社、ルーランド工廠製の後装旋条式カノン砲ELC1839。連合王国軍が新しく採用する同タイプカノン砲が百六十ミーラなのに対して、こちらは百七十ミーラとワンサイズ大きい。その分発射速度は若干連合王国のものより劣るけど、協商連合の技術力の高さが垣間見える兵器だった。
もう一つは輸送面で活躍間違いなしの兵器というより車両。魔石蒸気機関で動く蒸気自動車と蒸気トラック。
連合王国も民間用蒸気自動車は少しずつ造られていて、来年からはそこそこ生産されることになっているけれど、蒸気トラックは生産体制が来年三の月からになっている。春季攻勢開始前には微妙に間に合わなかった。
だから目の前にある蒸気トラックは協商連合側が一歩先に実用化ってわけだね。連合王国の技術者達が悔しがりそうだ。
他にもMC1836と同等の射撃速度を持つ野砲やD1836と同タイプのライフルなども見せてもらい、協商連合陸軍がいかに開発に予算を投じているかを感じたね。
そして、最後にと案内されたのは何やらカバーがされている結構大きな兵器だった。
僕達が来ると、この兵器の担当者であるいかにも研究員って風貌の男性士官が嬉々とした表情で。
「ようこそようこそアンネリオン中将閣下、そしてアカツキ准将閣下、リイナ中佐! ワタシは今からお見せします画期的新兵器の開発主任、カーリー・ベイントン! 階級は少佐です!」
「ど、どうもカーリー少佐。熱意がとても伝わってきたよ……。どんな新兵器か見せてもらえるかな?」
すごくやる気のある姿勢に気圧されつつも、僕はカーリー少佐に言うと、彼は満面の笑みで。
「もちろんですとも! さささ、お披露目です! さー、カバーを取っちゃってー!」
『はっ!!』
彼の部下達も待ってましたと言わんばかりにカバーの留め具を外し、そして一気に取り去る。
「どうですかどうですか! これがワタシ達が開発した新兵器です! 見たこともない形をしているでしょう!」
「あ、ああ、あああああ……」
僕はカバーが外され現れた兵器を見てしまい、驚愕の余りに口をパクパクとさせてしまう。
そこにあったのは、まさか、まさかの、あの兵器だった……。
直径およそ二メーラ半の車輪を挿んだ、ホビン状の構造。
サイズこそ本家よりやや小さめだけれども、見た目はまさに英国面が作り出したかの珍兵器そのもの。
彼等が自慢げに堂々とお披露目したそれとは……。
どこからどうみてもパンジャンドラムじゃないですかあぁぁぁぁぁぁぁ!!
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