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第3章第二次妖魔大戦開戦編

第16話 ウィディーネ陥落

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6の月3の日
午後4時35分
イリス法国東部ウィディーネ市

 イリス法国ウィディーネ市。人口約十万三千人のこの街は風光明媚なことで有名である。周辺は農業地帯で農産物などはこのウィディーネを経由して法国内各地に輸送されるか地元で消費されており、故に産物集積地としてウィディーネ市は栄えていた。
 さらに、この街にはもう一つの側面がある。軍都としての機能だ。
 ウィディーネ市は法国の東部に位置しており、妖魔帝国と国境線を接しているために市には第八神聖師団の本部が置かれている。去年からは魔物の増加対応として第十二神聖師団もウィディーネ市に駐屯しており、軍都としてより多くの軍人が滞在する街となった。
 とはいえ二百五十年も戦争が無かったのだ。兵達が増えたといっても街の雰囲気は活気がありながらも穏やかなもので、いつもと変わらない平和な生活を享受していた。
 そう、開戦の日までは。

 五の月二十六の日。妖魔帝国、人類諸国に対して宣戦布告。同日、イリス法国東部に妖魔帝国魔物軍団約六万五千が侵攻。

 非情な現実は長閑のどかな東部地方を地獄の底へと一変させた。
 開戦初日からこれまでの魔物とは違い、統率された一個の軍隊と化した魔物軍団により数に劣る法国二個師団は遅滞戦術を用いて住民の避難の時間稼ぎを命懸けで行う。
 慌てふためいた国家首脳の法皇は以下のような絶対遵守の法皇令を下す。

「ウィディーネを死守せよ」

 現場からは言われなくても分かっていると非難されたが、喚いていてもどうしようもない。中央からは一個師団の援軍とSランクの召喚武器持ちが派遣された事により、五の月末日にはウィディーネ市東部十五キーラで何とか抑え込むことに抵抗した。
 戦線が一時的に膠着した隙に多くの住人が避難を終えた事と、さらに二個師団の援軍が五日後に到着する報を現場の師団が受け取ったのが六の月二の日。低下していた士気も持ち直し、敵にもこれまで一万の損害を与えた事から法国軍の間ではあと少し耐えきれば魔物共であれば戦線を押し上げる事も可能ではないか。そのような希望も見出されていた。
 しかし、連合王国が圧倒的勝利をあげたその日。ウィディーネ市は凄惨な現場と化してしまう。
 中央から派遣されたSランク召喚武器所有者、三十代後半で金髪の偉丈夫、A+ランクの魔法能力者ビオーニ・ジェラルド法国准将は司令部から眼前に広がる光景に絶望していた。

「そんな、そんな馬鹿な……。こんな事が、あって……」

「准将閣下! どうかお逃げください! 市内東部には火の手が上がっています! 既に各師団長は西に向けて撤退しています! ここには魔物が、魔物が迫ってきているんですよ!」

「阿呆! 兵達を残して引き下がれるか!」

 ジェラルド准将は逃げる選択肢を出した男性士官に対して吼える。
 正義感に溢れる彼は怒りに震えながら、すぐにでも戦場へ駆け出さんという様子だった。
 市の東では時折爆発音が聞こえ、断末魔の悲鳴が上がる。その数は明らかに味方側の方が多かった。それらをジェラルド准将は見捨てられる訳が無かったのである。

「貴様だけでいいから逃げろ。今ならまだ間に合う」

「そんな!? 准将閣下はどうなさるんですか!?」

「決まっているだろう。不埒千万な魔物共を蹴散らしに行く。今も彼処あそこで戦っている兵達がいるんだ」

「いけまけん! 向こうには魔人が二人出たとの報告があるんですよ!? それも、非常に強力な!」

「だからどうした。われは召喚武器を持つ法国の守護者だ。侵略者を前にしておめおめと逃げ出せるかっ!」

 再び吼えるジェラルド准将に、男性士官はこれ以上引き止めても彼の邪魔になるだけと感じたのだろう。悔しさを滲ませながら。

「どうかご無事で……。ご武運を祈っています」

「うむ。貴様もな。必ず生き残れ」

「御意に!」

「他も何をやっとるか! はよう逃げろ!」

 ジェラルド准将の言葉に従い、司令部にいた軍人達は走り出す。
 一人残ったジェラルド准将は司令部から大通りに出て、背負う大剣を鞘から繰り出した。
 ジェラルド准将の召喚武器、『守護者の魔法大剣ジェネラル・ソード』である。その効果は大剣を通常の剣並に重量を軽減させ、常に魔法障壁を五枚展開。さらには攻撃魔法の威力を三割増加させる、Sランク召喚武器に相応しい凄まじいものであった。
 彼は戦場に向かう為、自身を加速させる魔法の瞬脚を唱えて走り出す。
 彼がこうしている今も妖魔帝国の者共に兵達が殺されているのである。彼が蹂躙を許せるはずもなく、憤怒に満ちた表情で大通りの先を睨んだ。

「また爆発音!? 彼処かっ!」

 市内東部からまたしても大きな爆発が聞こえ、ジェラルド准将は大剣を手にしているとは思えない速度で急行する。
 大通りを左へ、さらに進んだ先を右へ。
 そうして辿り着いた最前線は、煉獄だった。

「な、んだ……。これ、は……っ!」

 幅の広い通りには、直前まで生きていたであろう法国の軍人達が何本もの長剣に串刺しになって吊るされていた。一人や二人ではない。数十人もである。ジェラルド准将がよく知る部下達もそこにいてしまっていた。
 剣から地へと血が滴り落ち、地面を黒みがかった赤に染めていく。とても現実とは思えない、終末のような景色。
 それらの先にいたのは白い肌で金色の瞳を持つ、紫色のロングヘアーの不気味な程に顔が整った美少女が二人。同じような顔つきの二人の少女二人の背中からは黒い翼が一人四つずつ広がっていた。
 それは紛うことなき魔人で、あの双子の魔人であった。

「あら、骨のありそうな人間がやってきたわね」

「そうね、姉様。召喚持ちかしら?」

「き、さ、ま、ら、かぁぁぁぁぁぁ!!」

 ジェラルド准将は限界であった。残忍な光景を目の前にくつくつと嗤う二人目掛けて彼は突進する。ジェネラルソードには切れ味が大幅に増す風属性の魔法を付与させ、瞬脚をさらにかけて双子の魔人の眼前まで迫る。

「うおおおおおおお!!」

「あらあら、挨拶も無しだなんて無粋な人ねえ」

「せっかく宴の舞台を用意したというのに、せめてごきげんようの一言はくださいな」

 ジェラルド准将が魔力を全身から迸らせているにも関わらず、歪に口角を曲げながら愉しそうに言う双子の魔人。まるで遊んでいるかのような振る舞いだった。

「だまれええええええ!!」

 双子の魔人に対して激怒したジェラルド准将はジェネラルソードをまず双子の内、いつも先に口を開く姉に向けて振り下ろそうとする。
 しかし刃は届かない。瞬時に姉の魔人は魔法障壁を多重構築し、ジェネラルソードは半数を破る事に成功するものの、五枚目で止められてしまう。

「なっ!?」

「くひひっ、少しはやれるみたいねえ。――障壁反転。攻勢防壁へ」

「ちぃ!」

 姉の魔人が呪文を唱えると、魔法障壁は甲高い音を立てて爆発、本能的に察知したジェラルド准将はすぐさま後退するも衝撃によって二枚の魔法障壁が破壊される。

「こっちも忘れちゃダメよぉ。『呪剣乱舞』」

「小癪なっ!」

 姉の魔人に続いて妹の魔人からも攻撃。彼女の周囲の空間は歪み、そこから十数本の黒剣が現れジェラルド准将めがけて飛翔する。舌打ちをしながらも飛んできた剣の八割は打ち払うものの、残りが刺さり、さらに二枚の魔法障壁が破られた。
 だがジェネラルソードの独自魔法ユニークマジックの一つにより、すぐに魔法障壁は元の五枚へと戻る。
 双子の魔人はそれを見てやや驚いた顔つきをする。

「あなた、召喚持ちでも上ねえ? 面白い特性じゃない」

「面倒な特性ね、姉様。けれども、ちょっとやそっとじゃ殺せないから愉しめそうよぉ?」

「そうねえ。ねえ人間。本気で遊んでも、いいかしらぁ?」

「遊ぶなどと舐め腐った事を言いおって。部下達の無念、晴らさせてもらうぞ!」

 ジェラルド准将は目の前にいる双子の魔人が只者ではないと僅かな時間で悟り、ジェネラルソードの五枚以外にさらに五枚魔法障壁を多重展開させる。

「悪逆者を焼却せよ、火炎暴風ファイヤーストーム!」

 さらに、言葉の通り部下達の仇討ちと言わんばかりに呪文を詠唱してジェネラルソードを横振りすると暴風を纏った大きな火焔球が双子の魔人を襲う。
 上級魔法火炎暴風は、非常に高温の火球であり魔法障壁を多重展開しても全てを破壊するのに十分な威力を持っている。
 しかしジェラルド准将は油断する事なくさらに魔法を詠唱。先ほどのようにジェネラルソードに風魔法を二重掛けし、火炎暴風が双子の魔人に直撃した直後に走り出し再接近。

「死ねぇぇぇ、魔人共がッッ!!」

 大剣を左から横薙ぎさせて妹の魔人に向けて衝撃波を放った後、姉の魔人を叩き斬らんと振り下ろす。

「惜しかったわねぇ」

「馬鹿なッッ!?」

 しかし、ジェネラルソードは姉の魔人に届かなかった。たった一枚、されど一枚の魔法障壁に一撃入魂の斬撃は阻まれたのである。

「お人形さんに、なりなさいなぁ」

「ぐぅっ!?」

 ニィ、と口元を歪ませる姉の魔人は左手を顔の高さまで上げると、パチンと指を鳴らす。
 するとジェラルド准将は、まるで金縛りにあってしまったかのようにその場からほんの少しで動けなくなってしまった。

「座標固着。もうあなたは動けないわぁ」

「ぐ、クソッ! クソッ! クソッタレがッッ!!」

「無駄よ無駄ぁ。解除するには私を殺さないとぉ」

「さすが姉様ね。私はちょっと、服が煤けてしまったわぁ」

 けほっ、けほっとむせる妹の魔人は確かに羽織っている漆黒のローブが少し焦げている。だが目立った傷は一切無かった。

「さあてさてー。あなたのお名前、聞いてなかったわねえ」

「黙れ下郎っ……」

「あなた、姉様に失礼よ? 動けやしないのに、良くそんな口がきけるわね?」

「まあまあ、落ち着きなさいな。ねえ、人間。戦場で少しは戦える者には名前は聞いておくでしょう? ああそう、言っておくけれど教えないとこうよ?」

 姉の魔人は愉快そうに言うと、突如空間が歪みジェラルド准将の肘から先がジェネラルソードごと切断される。当然響くは、彼の悲鳴だった。

「あがぁぁぁあぁあぁぁぁ!?」

「ひひひひひっ! いい声で鳴くじゃなぁい」

「本当に! 愉快ね、痛快ね! 心地よいわ!」

 切断面から大量に出血し、暴れようにも動けないジェラルド准将は声にならない声を上げる。
 二人の魔人は彼を見てケタケタと笑う。
 夕刻となり朱に染まる夕焼け空と大通りには数十もの串刺しされた死体、両腕を失ったジェラルド准将。それを楽しそうに笑って眺める双子の魔人。まさに狂った景色だった。

「まあいいわ。あなたの名前に大して興味はないしぃ。代わりに、冥土の土産に私達の名前を教えてあげるぅ」

「う、ぐ……。悪魔、悪魔めがっ……!」

「ええ、だって私達は悪魔だもの。で、私の名前はラケル。ラケル・チャイカよぅ」

「そして私がレイラ・チャイカ。さようなら、せっかくの召喚持ちなのに大したことない人間?」

「きっと貴様らには、断罪が下――」

 妹の魔人、レイラが呪文を唱えると地面から黒剣が数本出現しジェラルド准将は最後まで呪詛の言葉を吐くことなく絶命した。

「きゃはは! これであなたも他の人間のように串刺し墓標の仲間入り!」

「いい絵になるわねえ。レイラのセンスはやっぱり抜群よ」

「ありがとう、姉様。でもでも、まだまだ遊び足りないわ。もっともっとあそびましょう?」

「そうね。まだまだ宴は始まったばかりだもの」

 ウィディーネ市に広がる二人の魔人の笑い声。
 六の月三の日。こうしてウィディーネ市は陥落し、イリス法国は大きく戦線を後退させる事となった。
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