異世界帰還組の英雄譚〜ハッピーエンドのはずだったのに故郷が侵略されていたので、もう一度世界を救います〜

金華高乃

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第14章 仙台方面奪還作戦編Ⅱ

幕間Ⅱ 『あの日の平和、穏やかな日常』

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 東京都世田谷区成城・住宅街

 二〇三六年の梅雨明けは七月半ばの頃だった。例年よりやや早く梅雨前線を追い出した太平洋高気圧は「俺の出番だぜ」と言わんばかりに激しく自己主張をしており、東京都内でも連日三〇度を越える気温が記録されていた。この日の予想最高気温も三二度で、正午を迎えてから風がふいてきたから少しマシになったとはいえ暑いのに変わりはなかった。

 そのような中で、成城地区の一角にある住宅地では賑やかな声が聞こえていた。
 ここは九条術士が一家の七条家の別宅。広々とした敷地には主人が一時滞在する二階建ての住居棟と招待客を宿泊させるに十分な平屋の応接棟だけでなく、数十人が走り回っても余裕のある庭があった。
 賑やかな声の正体は七条璃佳と彼女が率いる連隊の大隊長クラスから中隊長クラスの面々で、海外から帰国して一週間ほど経ってはいるが、その慰労を兼ねた立食形式の食事会を行っていた。当然だが服装は私服で暑さも相まってだいたいの参加者はラフな格好をしていた。

 立食形式とはいったがかしこまったものではなく、もっとシンプルにいうならばバーベキューであった。住居棟では別宅のメイドやシェフが料理の準備をしているが、外にあるものは全て彼等が準備して整えたものだった。
 なお敷地内には減音魔法が使われており、周辺の住人にはほどほどの賑やかしさにしか聞こえていない。いわゆる配慮というやつだった。

 そのような事情はさておき、別宅の庭には食欲をそそる匂いが広がっている。
 全員がビール等の酒類のグラスを片手に持っていて、ここの主人たる璃佳――彼女もまた私服で水色のワンピースを着ていた。なお、川崎が貴族の令嬢みたいだ。いっけね。ホンモノの令嬢だったわ。と口をすべらせ璃佳が彼のケツを平手打ちしていた――が手短な開始の挨拶を終えようとしていた。

「――とまあかたっくるしい挨拶はこれくらいにして、とにもかくにも皆々お疲れさん!   今日の費用は全部私持ちだからたらふく食ってたらふく飲んできな!  さぁ、グラスの準備はいいか!」

『おおぉぉぉぉ!!』

「肉の焼きは問題ないか!!」

『ばっちりですっっ!!』

「よしっ!!   なら、乾杯っ!!」

『かんぱーい!!』

 グラスとグラスが軽く当たる音があちこちから響く。連隊ともなれば中隊長と大隊長が集まれば相応の人数になる。宴といっても差し支えない景色が広がっていた。
 ホストである璃佳は川崎や高富、長浜といった大隊長だけでなく、佐渡のような連隊本部付の佐官クラスや中隊長達の所にも行ってあれやこれやと歓談していた。

 およそ三〇分が経ったくらいだろうか。一通り顔出しを終えた璃佳は部下達に心置きなく楽しんでもらうために輪の中心から引っ込んで、住居棟の近くに置いたパラソルの下にある椅子に座りひと心地つくことにした。
 テーブルには予め用意しておいた煙草の箱とジッポにガラス製の灰皿。璃佳はジッポの火をつけると紙巻タバコを近づけてゆっくりと息を吸う。ぽはぁ、と息を吐くとまだ半分ほど残っているビールを口につけて飲みきった。

「ふぃー……。この組み合わせがたまらん……」

 璃佳の外見からして路頭でやろうものなら警察がすっとんできそうなものだが、彼女はとっくに成人を迎えているしそもそもここは七条家の敷地。好きに振る舞えるのだから七条家次期当主筆頭として許される範囲で少々だらしなくしても何も問題はなかった。
 近くを通りがかった佐渡が赤ワインとグラスを持ってきてくれたのでありがたく受け取ると、優雅な所作で香りを楽しみながら口をつけていた。

(あいつらがぶがぶ飲んでるビールがいつもと違うもっといいやつって言わない方が良さそうだね……。ワインや日本酒はラベルで分かってっから丁寧に飲んでるけど。ふふっ、ま、いっか。)

 璃佳は部下達が羽を伸ばして楽しんでいるのを穏やかに微笑んでいると、隊の中でも最も見知った顔の人物が近づいてきた。
 アルコールが程々に入ったからか、いつもより上機嫌にみえる熊川だった。

「大佐、お疲れ様です。おひとりでソレを楽しむのは野暮ですよ。私も頂いてよろしいですか?」

「おうおういいぞよ副官。そこに座りなー」

「はっ。では失礼して」

 のんびりとした所作で腰掛けた熊川はテーブルにあったグラスを持ってワインを注ごうとしたが、その手は璃佳によって止められた。

「私がいれるよ」

「大佐直々にですか。これは嬉しいですね」

「今回も貴官には助けられたからね。これくらいはさせなよ」

「ははっ、ありがとうございます!」

 大戦が始まってからは滅多にみられなくなった熊川の笑顔は随分とまぶしい。それもそのはず。この時はまだ大戦なんて誰一人として予見していなかったのだ。
 璃佳が紫煙をはき熊川がワインを少し飲むと、先に口を開いたのは璃佳の方だった。、

「毎年恒例の『日米英魔法軍合同演習ウィザード・アッセンブリィ』で二年ぶりのトップを取れたのは熊川の、皆のおかげだよ。毎度のことだけどさ、助かったよ」

「『一人一個連隊の鏖殺姫』がよく仰いますよ。一時は貴女の土壇場だったじゃないですか」

「押し切るべき時に押し切っただけだよ。相手は魔法軍の中でも五本の指に入る米国魔法軍と英国魔法軍で、どっちもウチみたいな感じの練度の部隊でしょう?   力押しなんてそう長いこと続けられるわけないけどさ、相手に消耗を強要するには私みたいなのがちょうどいいってわけ」

「確かに米国と英国は見事でしたね。米国は「悪魔のような女神め!!」って悪態ついた割にはすぐに立て直してきましたし、英国魔法軍に至っては昨年の反省かカウンターをかましてきました。アレには焦りましたよ」

「私もちょっとドキッとさせられたね。流石はジェイムス大佐だったよ」

「ええ、全く。ですが最終的には我々が勝ちました。去年は悔しい思いをしましたから嬉しかったですよ」

「去年ねえ。米国魔法軍の新戦法だったっけか」

「はい。米国らしくない不意打ちにやられました。ただ、よくよく考えてみればあの国だって舌が何枚もある国の親戚筋です。あれくらいはやっても不思議じゃありませんでした」

「ほんっとにね。あ、でも親元の方はこう言ってたよ。あの程度でブリティッシュ仕草を気取られても生ぬるい。我々ならもっと上手くやるってね」

「そうでしたそうでした!   今年本当にやりやがりましたからね!」

「予想はしてたけど、汚ぇったらありゃしないってね!」

「全くです。……でも、大変参考になりましたよ。今年も」

「ね。互いを高め合うにもぴったりだった」

 璃佳が二本目の煙草を吸い始め、熊川の言葉を返す。
 盛夏の空は青く澄んでいて、蒸し暑さを気にしなければこれ以上ない気分の良い昼だった。だからだろうか。普段は堅苦しい所作を要求されることが多い璃佳や熊川もこの時ばかりは身体だけでなく心も弛緩させて、羽根伸ばしをしていた。
 三本目の煙草を吸い終え紫煙がふんわりと空に漂ってから、璃佳は息をゆっくりと漏らしながらぽつりとこう言った。

「やっぱさ。私達軍人は今日みたいな休日の過ごし方をするのが一番だよ。ウチの場合は不安定地域の海外派兵があるからいつでもこうとはいかないけど、軍人はなるべく暇なのがいい。それでいいと思う」

「自分も同意見です大佐。軍人が忙しくなる時なんざ、大抵ロクでもないです。我々のような部隊が定期的に外へ出たりするのはともかく、基本は国内にいる部隊まで作戦的な意味で忙しくなるだなんてあってはならないことですから」

「ホントだよ。ってわけで、今日は私も飲むし食うからよろしく。明日も休みにしたし」

「おや。大佐が三連休とは珍しいですね」

「上がとっとと有給消化しろってうるさいのよ。佐官級が見本みせんでどうするってさ」

「上に同意です。大佐はワーカーホリック気味なんですから、演習帰りでようやく様々な書類提出と報告も落ち着いたんですし休んでください」

「へいへい。そうさせてもらいますよっと」

 まったく。とため息をつく熊川と、なんだよ~、と言いつつも目元は笑っている璃佳。

 こんな日がなるべく長く続いてくれますように。
 私達が守っている平和が出来る限り続きますように。
 穏やかな日々を、出来るだけ多く過ごせますように。

 いかに軍人とはいえ、海外派兵も定期的にある連隊を率いる璃佳とはいえ、平和を願う気持ちは変わらない。

 二○三六年七月二七日の昼下がりのこの時もそれは一緒で。異世界からの侵略者などという荒唐無稽な相手を想像する者は誰もいなかった。
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