異世界帰還組の英雄譚〜ハッピーエンドのはずだったのに故郷が侵略されていたので、もう一度世界を救います〜

金華高乃

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第14章 仙台方面奪還作戦編Ⅱ

第23話 激戦を終えて

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 ・・Φ・・
 2037年3月24日
 午後8時過ぎ
 山形県山形市・山形空港付近
 日本軍・山形臨時基地

「ん.......、っ.......、ぅ.......」

 目を覚ました孝弘が最初に味わったのは身体強化魔法の反動と戦闘中による怪我が原因の強い痛みだった。鎮痛剤の効果が切れてきたのだろうが、意識を失ってから投与されたものだから孝弘は知るわけもなかった。
 強い痛みといっても耐えられないものではない。ただそのままにしたくはない強さだったから、枕元にあるコールボタンを押すことにした。

「だいぶ、意識が飛んでたみたいだな.......」

 寝かされていたベッドから窓がみえる。外の景色は真っ暗で、少なくとも数時間は気絶していたのだと彼は気付かされていた。
 コールボタンを押してから、思ったより早く軍医と看護師はやってきた。二人とも孝弘が起きたのを目にしてホッとしていたし、軍医は孝弘が目を覚ましたことを誰かに無線で報告していた。

「米原中佐。意識が戻られてなによりです。お加減はどうですか?」

「恐らく身体強化魔法の反動かな。全身が痛い。鎮痛剤はある?」

「ありますよ。前のは効果が切れてしまったみたいですね」

「前というと、倒れる前か.......。いつくらいに打った?」

「八時間前です」

「ってことは、けっこう意識が飛んでたんだな.......」

「あんな無茶をすれば仕方ないかと。鎮痛剤、打ちますよ」

「ああ、頼む」

 孝弘は注射をされた時に僅かに顔をしかめるが、今ある痛みに比べればささいなものだった。
 一度、二度と深呼吸をしてから、孝弘は軍医にこう聞いた。

「水帆、大輝、知花に、先に運ばれた部下達はどうなった.......?   特に重傷の三人が心配で」

「全員生きています。ご安心を。ただ、重傷の三名のうち二名は戦線復帰不可。おそらく軍籍には戻れないかと。鳴海少佐も長期の戦線離脱です。後方支援職種なら比較的早期に戻れるでしょうが、魔法医学の回復促進をフル活用しても三週間は絶対安静ですね.......」

 軍医はやや顔を暗くして言う。軍籍に戻れないことはすなわち負傷による除隊を余儀なくされるほどの大怪我なのだ。致命的な怪我をギリギリで避けられた慎吾はともかく、あとの二人は一時は死ぬか生きるかの瀬戸際だっただけに軍医の声がワントーン落ちたのは仕方の無いことだった。

「そうか.......。でも生きてて良かった。水帆達は?   ここに来ていない辺り、まだ意識が戻ってないよな.......」

「はっ。はい。川島中佐は夕方前に一度目を覚まされましたが、魔力欠乏と疲労に痛みですぐに眠られました。関中佐も昼過ぎに一旦意識が戻りましたが怪我の痛みが厳しかったのか鎮痛剤投与後に意識が落ちました。高崎中佐は魔力欠乏でしょうね。ここに着いてからまだ目をさまされてません。怪我はほぼ無いので問題は無いでしょうけど、あれだけの魔力持ちです。もう一日くらいは起きないでしょう.......」

「俺が一番マシだったってわけか.......」

「あくまで中佐を含めた四人で比較してです。何が起きたかは私と隣にいる看護師長も知っていますが、Sランク全員が満身創痍に等しい状況になること自体が異常事態です。よく生きて帰還してくださった。少なくとも私はそう思ってますよ」

 軍医の隣にいる看護師長も静かに頷く。
 よく生きて帰還してくださった。それは孝弘達が身を投じた戦闘を知る者達の総評でもあった。

「戦況などについてはこの後来る方が説明されると思いますが、以降は絶対安静となりますのでゆっくりと身を休めてください」

「安静、ね.......。いつくらいまで?」

「ここの軍医部長が良しというまでです。最低三日はみて頂ければ」

「分かった」

「椎名少佐。今川大佐をお連れ致しました」

「ご苦労。今川大佐、どうぞ中へ」

「分かりました」

 孝弘がいる個室に入ってきたのは今川だった。半日前の救出作戦で多くの魔力を消費したからか疲労を隠せていない様子だったが、それでも孝弘が目を覚ましたのをみて心の奥底から安堵していたようだった。

「意識が戻ったと聞いたので駆けつけました。あの時は急に倒れたから驚きましたよ」

「申し訳ございません、今川大佐.......」

「謝らなくていいですよ。身体強化魔法の三重付与と短時間で半分以上の魔力消費なら、戦場から離れれば無理もありませんから。――椎名少佐、木曽大尉。ここからは米原中佐と話をしますから席を外してもらえますか?」

『はっ』

 椎名と木曽は敬礼すると部屋を出ていった。
 今川は近くにあった丸椅子に座ると、部屋全体を対象に防音魔法を発動させた。

「その表情だと、仙台・石巻方面の戦闘がどうなったか早く聞きたい。でしょうか。ご安心を。米原中佐へ報告をする為にここへ来ましたから」

「ご配慮痛み入ります」

「別方面の作戦に動いていたのですから当然の心境だと思いますよ。――結論から言うと、ドラゴンはほぼ潰滅させ我々は勝ちました。一○一については、七条閣下は戦闘中に負傷しましたがかすり傷。あの閣下ですら軽微な負傷といえば激戦っぷりもよく分かるものです。各隊長クラスも多くが負傷しましたがいずれも軽傷で数日治療すれば戦線復帰可能なレベルです。ただ、勝ったのか負けたのか何とも言い難い勝ち方ではありますが」

「七条閣下に各大隊指揮官クラスの方々は は生きているんですね。その点は、良かったです。ただ、戦況について詳しくお聞きしても.......?」

「ええ。順を追って説明しましょう」

 今川はそれから『仙台・石巻の戦い』の顛末てんまつを話始めた。

 ドラゴンの数は約五○○だったが一斉に襲ってきたわけでなく、二波に別れて陸と海双方から日本軍を襲撃していた。
 海軍は高度の迎撃能力を持つ艦船群に加えて空母艦載機がいたから比較的損害は少なかったが、それでも防空網をかいくぐったドラゴンにより防空特化の汎用駆逐艦一隻が大破しイージス巡洋艦一隻が中破してしまった。沈まなかっただけまだ良かったが、日本海軍にとって初の大きなダメージを受けた戦闘になってしまったのである。

 陸の方はもっと酷かった。ドラゴンの襲撃と呼応してCTと神聖帝国軍が攻勢を仕掛けてきたからである。
 昨日までなら戦闘機部隊やフェアル部隊が支援攻撃を行えたが、ドラゴンの大群出現により航空戦力の多くはそちらに割かざるを得なくなり、航空支援は望めなくなってしまった。
 ドラゴンによる地上への攻撃も厄介だった。多くのドラゴンは戦闘機部隊やフェアル部隊が引き付けて交戦していたが、決して少なくない数のドラゴンは地上も襲ったのだ。

 もちろん地上部隊も応戦した。対空ミサイルや対空機関砲の配備はあったからこれが大いに役立ったし、全体からみれば少数だがA-ランク以上の魔法能力者による迎撃でドラゴンを撃ち落とすことも出来た。今川がドラゴンをほぼ潰滅させたと言ったのは、陸海空戦力が全力で迎撃したからである。

 しかし今までに比べても大きい被害が出たのもまた事実だった。
 璃佳の率いる一○一旅団戦闘団だけでも七二人が戦死し、一二二人が負傷した。旅団定数が三一五○人に対し戦死傷は一九四人。損耗率は約六パーセント。精鋭の一○一ですら――精鋭だからともいえるが――これだけの戦死傷率を叩き出したのだ。作戦軍全体でも平均五パーセント以上八パーセント未満の戦死傷率となってしまったのである。

「ですから、美濃部閣下は苦渋の決断を下しました。来る北海道奪還作戦で使用する分の予備としてストックしていたマト弾の投下です。ドラゴンをほぼ蹴散らしても地上には大量のバケモノと神聖帝国軍が残っていましたから」

「やむを得ないでしょうね.......。何発使ったのですか」

「三発です。四の五の言ってられなくなった我々はCTの密度が最も高い箇所へ一発。神聖帝国軍司令部と前線司令部へそれぞれ一発投下。これでようやく敵の進撃を止めることが叶い、ヤツらは岩手方面への敗走を始めました。でも、追撃は出来ませんでした」

「マト弾を投下したから。だけではなさそうですね」

「ええ。余力が無かったのです。海軍艦艇はドラゴンとの戦闘で相当数のミサイルや砲弾を使いましたし、地上については言うまでもありたせん。人も弾薬も余裕が残ってませんでした」

「だから今川大佐は勝ったか負けたか分からないと仰ったんですね」

「そういうことです。ドラゴンはほぼ潰し、神聖帝国軍にCT共も蹴散らした。でも後に残ったのは瓦礫の山より酷い状態の仙台と、継戦困難な作戦軍。辛勝とも言えないでしょう?」

「ええ.......」

「加えて米原中佐達の作戦です。特務小隊の壊滅は衝撃的でしたが、司令部はこうとも思っています。特務じゃなかったら一人残らず死んでいたと。確かに、ウチの部隊でも無理でしょうね。私も戦死していたと思いますよ。死体も残らなかったでしょう。アレはSランクが四人もいて、他のメンバーも歴戦の猛者揃いだったから半分以上が生き残れただけです」

「ですが、六人死にました。上野少尉、中松少尉、井原少尉、川本曹長、坂井曹長、小野田曹長はもう帰ってきません。部下の死はで慣れたと思っていたのですが、やはり、しんどいですね……。七条閣下にも、生きて帰すと約束したんですが、破ってしまいました……」

 やっと落ち着ける場所だからだろう。孝弘は顔を伏せて、細々とした声音で心境を吐露した。
 特務小隊が編成されて大して長くもないのに、今も六人の笑う顔が、喜ぶ顔が、最期の表情がまぶたの裏に焼き付いて離れなかった。

だろうと、だろうと、慣れませんよ。いや。慣れちゃあ、いけません。でもね、貴方は一四人も生きて帰せたんです。二人は除隊でしょうが、それでも家族のもとには戻れる。鳴海少佐だって、また教え子に会えるし、教え子は先生に会えるんです。貴方じゃなきゃ、こうは出来なかった。そう、思いなさい。思い込みなさい。少なくとも、戦争が終わるまで。私より戦歴が長い中佐なら分からないことはないでしょう?」

「はい……。はい。そう、ですね。泣き言をぶちまけるには、まだ早い」

「ええ。まだ早いですよ。ああでもね、今ならちょっとくらい許されると思いますよ。ここにいるのが婚約相手じゃなくて私なのが、すっごく申し訳ないですけど。どうします?   部屋を出ましょうか?」

「く、はははっ。……大丈夫です。ここにいて頂いても問題ありません。ただ、今から一分か二分くらいは何も見なかったし聞かなかったことにしてもらえると助かります」

「命の恩人からのお願いですから、それくらいはお安い御用ですよ」

「もうお互い様なんですけどね」

「あ、そうでした。これは失敬。では、存分にどうぞ」

 それから二分ほど、今川は何も見ていないし聞かなかった。
 ただただ、窓の外には冷たい雨が強く降り始めていた。






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