223 / 250
第14章 仙台方面奪還作戦編Ⅱ
第23話 激戦を終えて
しおりを挟む
・・Φ・・
2037年3月24日
午後8時過ぎ
山形県山形市・山形空港付近
日本軍・山形臨時基地
「ん.......、っ.......、ぅ.......」
目を覚ました孝弘が最初に味わったのは身体強化魔法の反動と戦闘中による怪我が原因の強い痛みだった。鎮痛剤の効果が切れてきたのだろうが、意識を失ってから投与されたものだから孝弘は知るわけもなかった。
強い痛みといっても耐えられないものではない。ただそのままにしたくはない強さだったから、枕元にあるコールボタンを押すことにした。
「だいぶ、意識が飛んでたみたいだな.......」
寝かされていたベッドから窓がみえる。外の景色は真っ暗で、少なくとも数時間は気絶していたのだと彼は気付かされていた。
コールボタンを押してから、思ったより早く軍医と看護師はやってきた。二人とも孝弘が起きたのを目にしてホッとしていたし、軍医は孝弘が目を覚ましたことを誰かに無線で報告していた。
「米原中佐。意識が戻られてなによりです。お加減はどうですか?」
「恐らく身体強化魔法の反動かな。全身が痛い。鎮痛剤はある?」
「ありますよ。前のは効果が切れてしまったみたいですね」
「前というと、倒れる前か.......。いつくらいに打った?」
「八時間前です」
「ってことは、けっこう意識が飛んでたんだな.......」
「あんな無茶をすれば仕方ないかと。鎮痛剤、打ちますよ」
「ああ、頼む」
孝弘は注射をされた時に僅かに顔をしかめるが、今ある痛みに比べればささいなものだった。
一度、二度と深呼吸をしてから、孝弘は軍医にこう聞いた。
「水帆、大輝、知花に、先に運ばれた部下達はどうなった.......? 特に重傷の三人が心配で」
「全員生きています。ご安心を。ただ、重傷の三名のうち二名は戦線復帰不可。おそらく軍籍には戻れないかと。鳴海少佐も長期の戦線離脱です。後方支援職種なら比較的早期に戻れるでしょうが、魔法医学の回復促進をフル活用しても三週間は絶対安静ですね.......」
軍医はやや顔を暗くして言う。軍籍に戻れないことはすなわち負傷による除隊を余儀なくされるほどの大怪我なのだ。致命的な怪我をギリギリで避けられた慎吾はともかく、あとの二人は一時は死ぬか生きるかの瀬戸際だっただけに軍医の声がワントーン落ちたのは仕方の無いことだった。
「そうか.......。でも生きてて良かった。水帆達は? ここに来ていない辺り、まだ意識が戻ってないよな.......」
「はっ。はい。川島中佐は夕方前に一度目を覚まされましたが、魔力欠乏と疲労に痛みですぐに眠られました。関中佐も昼過ぎに一旦意識が戻りましたが怪我の痛みが厳しかったのか鎮痛剤投与後に意識が落ちました。高崎中佐は魔力欠乏でしょうね。ここに着いてからまだ目をさまされてません。怪我はほぼ無いので問題は無いでしょうけど、あれだけの魔力持ちです。もう一日くらいは起きないでしょう.......」
「俺が一番マシだったってわけか.......」
「あくまで中佐を含めた四人で比較してです。何が起きたかは私と隣にいる看護師長も知っていますが、Sランク全員が満身創痍に等しい状況になること自体が異常事態です。よく生きて帰還してくださった。少なくとも私はそう思ってますよ」
軍医の隣にいる看護師長も静かに頷く。
よく生きて帰還してくださった。それは孝弘達が身を投じた戦闘を知る者達の総評でもあった。
「戦況などについてはこの後来る方が説明されると思いますが、以降は絶対安静となりますのでゆっくりと身を休めてください」
「安静、ね.......。いつくらいまで?」
「ここの軍医部長が良しというまでです。最低三日はみて頂ければ」
「分かった」
「椎名少佐。今川大佐をお連れ致しました」
「ご苦労。今川大佐、どうぞ中へ」
「分かりました」
孝弘がいる個室に入ってきたのは今川だった。半日前の救出作戦で多くの魔力を消費したからか疲労を隠せていない様子だったが、それでも孝弘が目を覚ましたのをみて心の奥底から安堵していたようだった。
「意識が戻ったと聞いたので駆けつけました。あの時は急に倒れたから驚きましたよ」
「申し訳ございません、今川大佐.......」
「謝らなくていいですよ。身体強化魔法の三重付与と短時間で半分以上の魔力消費なら、戦場から離れれば無理もありませんから。――椎名少佐、木曽大尉。ここからは米原中佐と話をしますから席を外してもらえますか?」
『はっ』
椎名と木曽は敬礼すると部屋を出ていった。
今川は近くにあった丸椅子に座ると、部屋全体を対象に防音魔法を発動させた。
「その表情だと、仙台・石巻方面の戦闘がどうなったか早く聞きたい。でしょうか。ご安心を。米原中佐へ報告をする為にここへ来ましたから」
「ご配慮痛み入ります」
「別方面の作戦に動いていたのですから当然の心境だと思いますよ。――結論から言うと、ドラゴンはほぼ潰滅させ我々は勝ちました。一○一については、七条閣下は戦闘中に負傷しましたがかすり傷。あの閣下ですら軽微な負傷といえば激戦っぷりもよく分かるものです。各隊長クラスも多くが負傷しましたがいずれも軽傷で数日治療すれば戦線復帰可能なレベルです。ただ、勝ったのか負けたのか何とも言い難い勝ち方ではありますが」
「七条閣下に各大隊指揮官クラスの方々は は生きているんですね。その点は、良かったです。ただ、戦況について詳しくお聞きしても.......?」
「ええ。順を追って説明しましょう」
今川はそれから『仙台・石巻の戦い』の顛末を話始めた。
ドラゴンの数は約五○○だったが一斉に襲ってきたわけでなく、二波に別れて陸と海双方から日本軍を襲撃していた。
海軍は高度の迎撃能力を持つ艦船群に加えて空母艦載機がいたから比較的損害は少なかったが、それでも防空網をかいくぐったドラゴンにより防空特化の汎用駆逐艦一隻が大破しイージス巡洋艦一隻が中破してしまった。沈まなかっただけまだ良かったが、日本海軍にとって初の大きなダメージを受けた戦闘になってしまったのである。
陸の方はもっと酷かった。ドラゴンの襲撃と呼応してCTと神聖帝国軍が攻勢を仕掛けてきたからである。
昨日までなら戦闘機部隊やフェアル部隊が支援攻撃を行えたが、ドラゴンの大群出現により航空戦力の多くはそちらに割かざるを得なくなり、航空支援は望めなくなってしまった。
ドラゴンによる地上への攻撃も厄介だった。多くのドラゴンは戦闘機部隊やフェアル部隊が引き付けて交戦していたが、決して少なくない数のドラゴンは地上も襲ったのだ。
もちろん地上部隊も応戦した。対空ミサイルや対空機関砲の配備はあったからこれが大いに役立ったし、全体からみれば少数だがA-ランク以上の魔法能力者による迎撃でドラゴンを撃ち落とすことも出来た。今川がドラゴンをほぼ潰滅させたと言ったのは、陸海空戦力が全力で迎撃したからである。
しかし今までに比べても大きい被害が出たのもまた事実だった。
璃佳の率いる一○一旅団戦闘団だけでも七二人が戦死し、一二二人が負傷した。旅団定数が三一五○人に対し戦死傷は一九四人。損耗率は約六パーセント。精鋭の一○一ですら――精鋭だからともいえるが――これだけの戦死傷率を叩き出したのだ。作戦軍全体でも平均五パーセント以上八パーセント未満の戦死傷率となってしまったのである。
「ですから、美濃部閣下は苦渋の決断を下しました。来る北海道奪還作戦で使用する分の予備としてストックしていたマト弾の投下です。ドラゴンをほぼ蹴散らしても地上には大量のバケモノと神聖帝国軍が残っていましたから」
「やむを得ないでしょうね.......。何発使ったのですか」
「三発です。四の五の言ってられなくなった我々はCTの密度が最も高い箇所へ一発。神聖帝国軍司令部と前線司令部へそれぞれ一発投下。これでようやく敵の進撃を止めることが叶い、ヤツらは岩手方面への敗走を始めました。でも、追撃は出来ませんでした」
「マト弾を投下したから。だけではなさそうですね」
「ええ。余力が無かったのです。海軍艦艇はドラゴンとの戦闘で相当数のミサイルや砲弾を使いましたし、地上については言うまでもありたせん。人も弾薬も余裕が残ってませんでした」
「だから今川大佐は勝ったか負けたか分からないと仰ったんですね」
「そういうことです。ドラゴンはほぼ潰し、神聖帝国軍にCT共も蹴散らした。でも後に残ったのは瓦礫の山より酷い状態の仙台と、継戦困難な作戦軍。辛勝とも言えないでしょう?」
「ええ.......」
「加えて米原中佐達の作戦です。特務小隊の壊滅は衝撃的でしたが、司令部はこうとも思っています。特務じゃなかったら一人残らず死んでいたと。確かに、ウチの部隊でも無理でしょうね。私も戦死していたと思いますよ。死体も残らなかったでしょう。アレはSランクが四人もいて、他のメンバーも歴戦の猛者揃いだったから半分以上が生き残れただけです」
「ですが、六人死にました。上野少尉、中松少尉、井原少尉、川本曹長、坂井曹長、小野田曹長はもう帰ってきません。部下の死はむこうで慣れたと思っていたのですが、やはり、しんどいですね……。七条閣下にも、生きて帰すと約束したんですが、破ってしまいました……」
やっと落ち着ける場所だからだろう。孝弘は顔を伏せて、細々とした声音で心境を吐露した。
特務小隊が編成されて大して長くもないのに、今も六人の笑う顔が、喜ぶ顔が、最期の表情がまぶたの裏に焼き付いて離れなかった。
「むこうだろうと、こっちだろうと、慣れませんよ。いや。慣れちゃあ、いけません。でもね、貴方は一四人も生きて帰せたんです。二人は除隊でしょうが、それでも家族のもとには戻れる。鳴海少佐だって、また教え子に会えるし、教え子は先生に会えるんです。貴方じゃなきゃ、こうは出来なかった。そう、思いなさい。思い込みなさい。少なくとも、戦争が終わるまで。私より戦歴が長い中佐なら分からないことはないでしょう?」
「はい……。はい。そう、ですね。泣き言をぶちまけるには、まだ早い」
「ええ。まだ早いですよ。ああでもね、今ならちょっとくらい許されると思いますよ。ここにいるのが婚約相手じゃなくて私なのが、すっごく申し訳ないですけど。どうします? 部屋を出ましょうか?」
「く、はははっ。……大丈夫です。ここにいて頂いても問題ありません。ただ、今から一分か二分くらいは何も見なかったし聞かなかったことにしてもらえると助かります」
「命の恩人からのお願いですから、それくらいはお安い御用ですよ」
「もうお互い様なんですけどね」
「あ、そうでした。これは失敬。では、存分にどうぞ」
それから二分ほど、今川は何も見ていないし聞かなかった。
ただただ、窓の外には冷たい雨が強く降り始めていた。
※ここまでお読み頂きありがとうございます。
作品を読んで面白いと感じたり良い物語だと思って頂けましたら、応援(♡)やお気に入りを頂けると、とても嬉しいです。
引き続き作品をお楽しみくださいませ。
2037年3月24日
午後8時過ぎ
山形県山形市・山形空港付近
日本軍・山形臨時基地
「ん.......、っ.......、ぅ.......」
目を覚ました孝弘が最初に味わったのは身体強化魔法の反動と戦闘中による怪我が原因の強い痛みだった。鎮痛剤の効果が切れてきたのだろうが、意識を失ってから投与されたものだから孝弘は知るわけもなかった。
強い痛みといっても耐えられないものではない。ただそのままにしたくはない強さだったから、枕元にあるコールボタンを押すことにした。
「だいぶ、意識が飛んでたみたいだな.......」
寝かされていたベッドから窓がみえる。外の景色は真っ暗で、少なくとも数時間は気絶していたのだと彼は気付かされていた。
コールボタンを押してから、思ったより早く軍医と看護師はやってきた。二人とも孝弘が起きたのを目にしてホッとしていたし、軍医は孝弘が目を覚ましたことを誰かに無線で報告していた。
「米原中佐。意識が戻られてなによりです。お加減はどうですか?」
「恐らく身体強化魔法の反動かな。全身が痛い。鎮痛剤はある?」
「ありますよ。前のは効果が切れてしまったみたいですね」
「前というと、倒れる前か.......。いつくらいに打った?」
「八時間前です」
「ってことは、けっこう意識が飛んでたんだな.......」
「あんな無茶をすれば仕方ないかと。鎮痛剤、打ちますよ」
「ああ、頼む」
孝弘は注射をされた時に僅かに顔をしかめるが、今ある痛みに比べればささいなものだった。
一度、二度と深呼吸をしてから、孝弘は軍医にこう聞いた。
「水帆、大輝、知花に、先に運ばれた部下達はどうなった.......? 特に重傷の三人が心配で」
「全員生きています。ご安心を。ただ、重傷の三名のうち二名は戦線復帰不可。おそらく軍籍には戻れないかと。鳴海少佐も長期の戦線離脱です。後方支援職種なら比較的早期に戻れるでしょうが、魔法医学の回復促進をフル活用しても三週間は絶対安静ですね.......」
軍医はやや顔を暗くして言う。軍籍に戻れないことはすなわち負傷による除隊を余儀なくされるほどの大怪我なのだ。致命的な怪我をギリギリで避けられた慎吾はともかく、あとの二人は一時は死ぬか生きるかの瀬戸際だっただけに軍医の声がワントーン落ちたのは仕方の無いことだった。
「そうか.......。でも生きてて良かった。水帆達は? ここに来ていない辺り、まだ意識が戻ってないよな.......」
「はっ。はい。川島中佐は夕方前に一度目を覚まされましたが、魔力欠乏と疲労に痛みですぐに眠られました。関中佐も昼過ぎに一旦意識が戻りましたが怪我の痛みが厳しかったのか鎮痛剤投与後に意識が落ちました。高崎中佐は魔力欠乏でしょうね。ここに着いてからまだ目をさまされてません。怪我はほぼ無いので問題は無いでしょうけど、あれだけの魔力持ちです。もう一日くらいは起きないでしょう.......」
「俺が一番マシだったってわけか.......」
「あくまで中佐を含めた四人で比較してです。何が起きたかは私と隣にいる看護師長も知っていますが、Sランク全員が満身創痍に等しい状況になること自体が異常事態です。よく生きて帰還してくださった。少なくとも私はそう思ってますよ」
軍医の隣にいる看護師長も静かに頷く。
よく生きて帰還してくださった。それは孝弘達が身を投じた戦闘を知る者達の総評でもあった。
「戦況などについてはこの後来る方が説明されると思いますが、以降は絶対安静となりますのでゆっくりと身を休めてください」
「安静、ね.......。いつくらいまで?」
「ここの軍医部長が良しというまでです。最低三日はみて頂ければ」
「分かった」
「椎名少佐。今川大佐をお連れ致しました」
「ご苦労。今川大佐、どうぞ中へ」
「分かりました」
孝弘がいる個室に入ってきたのは今川だった。半日前の救出作戦で多くの魔力を消費したからか疲労を隠せていない様子だったが、それでも孝弘が目を覚ましたのをみて心の奥底から安堵していたようだった。
「意識が戻ったと聞いたので駆けつけました。あの時は急に倒れたから驚きましたよ」
「申し訳ございません、今川大佐.......」
「謝らなくていいですよ。身体強化魔法の三重付与と短時間で半分以上の魔力消費なら、戦場から離れれば無理もありませんから。――椎名少佐、木曽大尉。ここからは米原中佐と話をしますから席を外してもらえますか?」
『はっ』
椎名と木曽は敬礼すると部屋を出ていった。
今川は近くにあった丸椅子に座ると、部屋全体を対象に防音魔法を発動させた。
「その表情だと、仙台・石巻方面の戦闘がどうなったか早く聞きたい。でしょうか。ご安心を。米原中佐へ報告をする為にここへ来ましたから」
「ご配慮痛み入ります」
「別方面の作戦に動いていたのですから当然の心境だと思いますよ。――結論から言うと、ドラゴンはほぼ潰滅させ我々は勝ちました。一○一については、七条閣下は戦闘中に負傷しましたがかすり傷。あの閣下ですら軽微な負傷といえば激戦っぷりもよく分かるものです。各隊長クラスも多くが負傷しましたがいずれも軽傷で数日治療すれば戦線復帰可能なレベルです。ただ、勝ったのか負けたのか何とも言い難い勝ち方ではありますが」
「七条閣下に各大隊指揮官クラスの方々は は生きているんですね。その点は、良かったです。ただ、戦況について詳しくお聞きしても.......?」
「ええ。順を追って説明しましょう」
今川はそれから『仙台・石巻の戦い』の顛末を話始めた。
ドラゴンの数は約五○○だったが一斉に襲ってきたわけでなく、二波に別れて陸と海双方から日本軍を襲撃していた。
海軍は高度の迎撃能力を持つ艦船群に加えて空母艦載機がいたから比較的損害は少なかったが、それでも防空網をかいくぐったドラゴンにより防空特化の汎用駆逐艦一隻が大破しイージス巡洋艦一隻が中破してしまった。沈まなかっただけまだ良かったが、日本海軍にとって初の大きなダメージを受けた戦闘になってしまったのである。
陸の方はもっと酷かった。ドラゴンの襲撃と呼応してCTと神聖帝国軍が攻勢を仕掛けてきたからである。
昨日までなら戦闘機部隊やフェアル部隊が支援攻撃を行えたが、ドラゴンの大群出現により航空戦力の多くはそちらに割かざるを得なくなり、航空支援は望めなくなってしまった。
ドラゴンによる地上への攻撃も厄介だった。多くのドラゴンは戦闘機部隊やフェアル部隊が引き付けて交戦していたが、決して少なくない数のドラゴンは地上も襲ったのだ。
もちろん地上部隊も応戦した。対空ミサイルや対空機関砲の配備はあったからこれが大いに役立ったし、全体からみれば少数だがA-ランク以上の魔法能力者による迎撃でドラゴンを撃ち落とすことも出来た。今川がドラゴンをほぼ潰滅させたと言ったのは、陸海空戦力が全力で迎撃したからである。
しかし今までに比べても大きい被害が出たのもまた事実だった。
璃佳の率いる一○一旅団戦闘団だけでも七二人が戦死し、一二二人が負傷した。旅団定数が三一五○人に対し戦死傷は一九四人。損耗率は約六パーセント。精鋭の一○一ですら――精鋭だからともいえるが――これだけの戦死傷率を叩き出したのだ。作戦軍全体でも平均五パーセント以上八パーセント未満の戦死傷率となってしまったのである。
「ですから、美濃部閣下は苦渋の決断を下しました。来る北海道奪還作戦で使用する分の予備としてストックしていたマト弾の投下です。ドラゴンをほぼ蹴散らしても地上には大量のバケモノと神聖帝国軍が残っていましたから」
「やむを得ないでしょうね.......。何発使ったのですか」
「三発です。四の五の言ってられなくなった我々はCTの密度が最も高い箇所へ一発。神聖帝国軍司令部と前線司令部へそれぞれ一発投下。これでようやく敵の進撃を止めることが叶い、ヤツらは岩手方面への敗走を始めました。でも、追撃は出来ませんでした」
「マト弾を投下したから。だけではなさそうですね」
「ええ。余力が無かったのです。海軍艦艇はドラゴンとの戦闘で相当数のミサイルや砲弾を使いましたし、地上については言うまでもありたせん。人も弾薬も余裕が残ってませんでした」
「だから今川大佐は勝ったか負けたか分からないと仰ったんですね」
「そういうことです。ドラゴンはほぼ潰し、神聖帝国軍にCT共も蹴散らした。でも後に残ったのは瓦礫の山より酷い状態の仙台と、継戦困難な作戦軍。辛勝とも言えないでしょう?」
「ええ.......」
「加えて米原中佐達の作戦です。特務小隊の壊滅は衝撃的でしたが、司令部はこうとも思っています。特務じゃなかったら一人残らず死んでいたと。確かに、ウチの部隊でも無理でしょうね。私も戦死していたと思いますよ。死体も残らなかったでしょう。アレはSランクが四人もいて、他のメンバーも歴戦の猛者揃いだったから半分以上が生き残れただけです」
「ですが、六人死にました。上野少尉、中松少尉、井原少尉、川本曹長、坂井曹長、小野田曹長はもう帰ってきません。部下の死はむこうで慣れたと思っていたのですが、やはり、しんどいですね……。七条閣下にも、生きて帰すと約束したんですが、破ってしまいました……」
やっと落ち着ける場所だからだろう。孝弘は顔を伏せて、細々とした声音で心境を吐露した。
特務小隊が編成されて大して長くもないのに、今も六人の笑う顔が、喜ぶ顔が、最期の表情がまぶたの裏に焼き付いて離れなかった。
「むこうだろうと、こっちだろうと、慣れませんよ。いや。慣れちゃあ、いけません。でもね、貴方は一四人も生きて帰せたんです。二人は除隊でしょうが、それでも家族のもとには戻れる。鳴海少佐だって、また教え子に会えるし、教え子は先生に会えるんです。貴方じゃなきゃ、こうは出来なかった。そう、思いなさい。思い込みなさい。少なくとも、戦争が終わるまで。私より戦歴が長い中佐なら分からないことはないでしょう?」
「はい……。はい。そう、ですね。泣き言をぶちまけるには、まだ早い」
「ええ。まだ早いですよ。ああでもね、今ならちょっとくらい許されると思いますよ。ここにいるのが婚約相手じゃなくて私なのが、すっごく申し訳ないですけど。どうします? 部屋を出ましょうか?」
「く、はははっ。……大丈夫です。ここにいて頂いても問題ありません。ただ、今から一分か二分くらいは何も見なかったし聞かなかったことにしてもらえると助かります」
「命の恩人からのお願いですから、それくらいはお安い御用ですよ」
「もうお互い様なんですけどね」
「あ、そうでした。これは失敬。では、存分にどうぞ」
それから二分ほど、今川は何も見ていないし聞かなかった。
ただただ、窓の外には冷たい雨が強く降り始めていた。
※ここまでお読み頂きありがとうございます。
作品を読んで面白いと感じたり良い物語だと思って頂けましたら、応援(♡)やお気に入りを頂けると、とても嬉しいです。
引き続き作品をお楽しみくださいませ。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/sf.png?id=74527b25be1223de4b35)
日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。
自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる