異世界帰還組の英雄譚〜ハッピーエンドのはずだったのに故郷が侵略されていたので、もう一度世界を救います〜

金華高乃

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第13章 仙台方面奪還作戦編Ⅰ

第2話 夜襲

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 ・・2・・
 2037年3月3日
 午後8時前
 宮城県丸森町
 日本軍角田盆地方面軍前線司令部

「――以上のように戦況を纏めますと、主戦線は白石市街を制圧。蔵王方面についても間もなく奪還となります。太平洋側戦線についても亘理町の八割を奪還。こちらも目処がつきそうです。当方面、角田盆地方面については残り三割といった所であり、こちらも二日ないし三日あれば全域奪還となるかと思われます」

「となると、前哨戦部の残す地域は大河原・柴田・岩沼あたりってとこだね佐渡中佐」

「はっ、はい。鍋で例えるなら蓋の部分のみです」

 日本軍角田盆地方面軍前線司令部内にある璃佳の執務室。そこでは佐渡が分析官として璃佳に定期報告を行っていた。熊川は璃佳の副官として南角田方面にいる、とある部隊長と今後の動きについて調整中でいない。外の少し離れた所に警備兵が巡回しているだけで、璃佳と佐渡の二人だった。
 璃佳は熱いコーヒーを一口飲むと、定期報告以外の内容を佐渡にした。

「今後の作戦方針について、分析官の見解を聞きたい。どう?   話が少し長めになるから座ってよし。コーヒーでもどうぞ」

「ありがとうございます、閣下」

 佐渡は頭を少し下げると璃佳と向かい合う形になって座る。璃佳から熱々のコーヒーが入ったマグカップを貰うと、テーブルに置かれたシュガースティックを丸々一本使ってかき混ぜ、一口、もう一口と飲んで息をついてから話を始めた。

「そうですね……。岩沼辺りまでは現方針のままで問題ないかと思います。キラービーとキラービークイーンは上の参謀部にとっても想定外でしたが、奇襲作戦を失敗させた上にCT諸共返り討ちにしたことで却って作戦の進行が早まりましたので」

「砲弾薬や魔法軍部隊の魔力消費については?」

「二七日こそ規定の倍使う羽目になりましたが、以降は規定の九〇パーセントから一一〇パーセントに収まっています。半分皮肉なのですが、福島での遅延があったお陰で物資集積が進んでおりまして、補給に問題はありません。どちらかという問題なのは魔法軍の魔力消費です。便利屋の我々ですからここ数日引っ張りだこでして、特に米原中佐の特務小隊は休み無しでした。今は半数が後方待機という名の一時休息でしたか」

「米原中佐と高崎中佐は昼から後方待機。あー、でも第三の長浜中佐と明日からの打ち合わせでもするって言ってたね。昨日夜から後方待機させた川島中佐と関中佐は丸森駅の東で防衛線の再整備だったかな。即応待機みたいな状態にしてる」

「閣下の判断は賢明かと。Sランクであっても休み無しはこの後に響きます。旅団戦闘団の作戦方針に不可欠な存在ですから」

「でしょ。あの四人、ワーカーホリックなんだよね。休ませるときに休ませるに限るよ」

「…………」

「なによぅ」

 貴女がそれを言いますか。と、じとーっとした目つきで訴える佐渡の視線に気づいた璃佳は唇を尖らせて言う。

「平時はエナジードリンクと親友だった貴官には言われたくないなぁ」

「…………墓穴でしたね」

 佐渡はわざとらしく肩をすくめると話を再開させた。

「恐らくですが、岩沼までは路線変更せずに済むかと思います。どちらかというと、その後がどうなるか、でしょうか」

「名取に、仙台?」

「ええ。名取はともかく仙台は情報が乏しく、判断が難しい状態です。ああでも、強行偵察におけるあの手法は確立しつつあります。ハラスメントも兼ねた今回のも位置を特定出来ました」

「お、いいね。魔法技研が作ったプログラムが役に立ってるみたいで」

「空軍にも好評のようです。どうやら神聖帝国軍はMJマジックジャミング装置を少しだけ移動させたようですが、捕捉出来たようです。これなら次また動かされても、破壊ミッションは以前に比べて発見は容易になるかと」

「ジャミング下であっても装置のわずかな波長を捉えておおよその位置をキャッチするだっけか。英国魔法協会魔法科学研究局ロンドン・マジックサイエンス・アカデミー提供のデータがこんな風に役立つとはねー」

「技研の閃きは時に変態的ですから。提供元も褒め言葉の意味でHENTAIだって言ってたそうです」

「でしょうね。魔法は本家本元のイギリスも、魔法科学に関して我が国の方が若干上だからさ」

「あそこは魔法科学に入れ込むのが土地柄と伝統的関係で少し遅れましたからね。……本題が逸れました。勿論ですが、本技術については全世界に有償供与されました。航路が生きてる限りは食糧輸入の一部担保になるそうです。英国は提供元ですから無償供与だそうですが」

「そりゃ当然」

 英国提供のデータが元とはいえプログラムを完成させたのは日本だということもあってか、当事者の英国を除いてまだ余裕のある国には有償供与を行ったあたり日本国政府も強かだった。戦争が始まってはや半年。以前に璃佳が父親と話したように日本国の食糧事情は戦争が長期化するほど死活問題となる。戦況は国内に限っては好転してきたとはいえ依然予断は許さない状態だ。技術で世界の経済戦争を生き残ってきた日本にとって、戦時となっても技術が取引材料になるのに変わりはなく、今回もその例に漏れず食糧事情の改善に役立てようとしたのである。
 最も、メリットは日本にだけあるわけではない。提供された諸外国では早速プログラムが役立てられていた。

「プログラムですが、欧州戦線北欧部で早速活用されているようです。積極的攻勢の際に勇猛果敢な戦闘機部隊が大規模MJ地帯の破壊に使われ、当該空域の作戦は成功。少なくとも周辺に限ってはレーダーの目が回復したとのことで、反転攻勢に打って出たと」

「厳冬期が明ける前に、ってとこかぁ。ウチも他人事じゃないね。プログラムは旅団戦闘団でも積極活用してかないと」

「はい。東北地方で寒さが完全に緩むまであと一ヶ月少々。CTの活動がやや低調となる間に仙台のケリはつけたいものですね。これは分析官としての提言ですが、宮城県は四月に入るまでに解決しなければ作戦に若干ですが支障が出るかと。仙台の神聖帝国軍を撃滅し、三月末までに宮城県を奪還する。宮城県の奪還如何で北海道までの道筋を付けられるかの天王山になるかと思います」

「了解。引き続き上から入ってくるのだけじゃなく独自に集めた情報の分析を続けて」

「はっ。承りました。では、私はこれにて。コーヒー、ごちそうさまでした」

「どーも」

 佐渡は立ち上がると、コーヒーの礼を言って璃佳の執務室になってる大天幕を後にする。
 十数分経って璃佳がコーヒーを飲み終えた頃。外から声が聞こえてきた。

「閣下、ただいま戻りました」

「熊川中佐だね。どうぞ」

「はっ。失礼します」

「ご苦労だったね。コーヒー、飲む?」

 入ってきたのは熊川だった。璃佳はちょっと早めに戻ってこれたのだろうか。と思ったが、少しの予定の前後はよくあることだ。さして気にせず、彼女は熊川を迎えた。

「いえ、向こうで寒いだろうからと頂きまして。大丈夫です」

「そ。分かった」

 璃佳はちらりと熊川を見る。僅かながら彼に対して違和感と何かピリリとした感覚を抱いた。自分と同様にコーヒー好きの彼が断るなんて珍しいなと。向こうで飲んだとはいえ、私が持ってる豆は備蓄してある上等品だから砂糖を多めにしてでも飲むなりするのに。とも。
 ちょっとばかし様子見するかと璃佳は判断して、会話を続けた。

「向こうとの調整はどうだった?」

「はっ。特に問題はありませんでした。先日話した通りの形で大丈夫だと」

「おっけ。じゃあその通りで」

「承知致しました」

 璃佳は熊川の立ち方と姿勢をさりげなく見る。わざとらしく、しかしどこか舐め回すかのように。いかにもこの後、何かをするのではないかといった雰囲気で。

「…………あの、閣下?」

「んー、どうしたの?」

「自分をじぃっと眺めておられたので……。何かゴミやホコリでもついてましたか?」

「んーん。なんでも」

 璃佳は軍用ワイヤレスインカムを気取られぬよう、トントントントントンと五回触る。それから電源を切って、インカムを軍服のポケットに入れた。

「ねぇ、

「はっ。は……?」

 甘ったるい声音で急に名前で呼ばれた熊川はキョトンとする。この人はどうしたんだ?   と言わんばかりの様子だ。
 璃佳は立つと、一歩一歩ゆっくりと熊川に近づく。

「どうされましたか、閣下」

「やだなぁ。に名前で呼んでよ」

「…………失礼しました。璃佳さん」

「んふふふ、えへへ.......」

 璃佳はその外見に似つかわしくない艶めかしさを伴った微笑みをしていた。頬も少し赤かった。軍用コートを脱ぎ、戦闘用のジャケットも脱ぐと、カッターシャツ姿に。さらに、カッターシャツのボタンを一つ、もう一つと取ると首筋の下側、鎖骨が露になる。

「あのさ。もう夜も遅くなるし、そろそろ、ね?」

「…………外にはまだ人がおりますが」

「いいじゃない。分からないようにしちゃえば。ね?   人払いは、してあるよ?」

 璃佳と熊川の間は僅かに一メートル。二人の体格差なら、この距離だと彼女が彼を上目遣いで見ることになる。

「ね、彰」

「は、はい」

 璃佳はとびっきりの笑顔を彼にすると、瞬間、表情を豹変させた。

は、誰だ?」

 そこからの璃佳の行動は早かった。彼の目の前まで一気に近づくと軍服の襟首を掴み身体強化を瞬時に構築。彼を床に叩きつける。熊川の口元からごはっ!   と息が思い切り抜ける音がした。加えて即時に捕縛魔法を三重構築までする。

「ったく。私の副官が愛人なわけねえっての。…………ちぃ!!   セルトラの尋問記録にあった帝国の身代わり人形か!!」

 捕縛した熊川らしきモノは脈が無かった。生気すらない。璃佳は瞬時に何が起きたか理解すると、ポケットにしまってあったインカムを左耳につけて電源を入れる。

「極めて高度の変装が可能な帝国のネズミが潜り込んでた!!   最大警戒!!    見つけだせ!!」

 璃佳が言い終えた直後、爆発音が聞こえた。方角は北東。距離は数百メートル程度。孝弘達のいる方だ。
 彼女は悟った。身代わり人形の正体の連中に、してやられたと。

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