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第7章 決戦! 首都奪還作戦編

第6話 日比谷の惨劇

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 ・・5・・
 同日午前8時半過ぎ
 東京都千代田区・日比谷公園地下駐車場

「…………クソっ」

「分かってはいたけれど……。これは酷いってものじゃないわね」

「畜生外道の所業よな。なんと惨い……」

「クソッタレが。こんなことあるかよ……」

 孝弘達の眼前に広がっていた光景は、軍人であっても目を逸らしたくなるようなものだった。
 階段を降りていく時から嫌な予感はしていた。扉を開ける前から漂う悪臭で確信に変わった。だとしても、あってほしくなかった。
 一〇三小隊の面々が悪態をつく中で、孝弘は璃佳に連絡を取る。

「キャスター1よりセブンス。パッケージセンターは酷く散乱しています。繰り返します。パッケージセンターは酷く散乱、しています……」

『セブンスよりキャスター1。……了解。他の部隊からも同様の報告があった。君達も無事なパッケージを捜索しなさい』

「キャスター1了解。無事なパッケージを探します」

 孝弘は璃佳との通信を終えると、水帆や一〇三小隊の隊員達に璃佳の命令を伝える。

『日比谷公園地下駐車場北方面、現時点で生存者無し』

『日比谷公園地下駐車場南方面、こちらも生存者無し。引き続き捜索にあたる』

『日比谷公園第二地下駐車場、生存者無し。捜索を続行する』

 各所で生存者捜索を行うものの、誰一人として生きている者が見つからない。第一特務連隊の隊員達には惨い現実が突きつけられていた。

 銃弾で撃たれ死んだ男性。刃物で切りつけられて死んだ女性。火属性魔法で焼かれた性別不明の死体。氷属性魔法が刺さったままの老齢の夫婦。衣服をめちゃくちゃにされ、その最期が何だったか想像に難くない、死んだ少女。
 地下駐車場にいる民間人達は最後の最後まで逃げようとしたのだろう。手を伸ばして死んだ人。出入口に向かって倒れ骸を晒す人。

 しかし、いずれも共通しているのは悪臭が漂うにしては比較的マトモな状態の死体があるという点。衛生兵曰く、こうなってまだ一日か二日しか経っていないとのことだった。腐乱臭はあるがまだそこまで酷くなく、白骨化した遺体は日が経過していることから導き出した推測らしい。

 孝弘は生存者の捜索をしながら帰還前の出来事を思い出していた。

(トレニイトリツァの虐殺と同じだ……。無実の市民が殺され、嬲られ、こんな風だった。まさか、日本でこんな事を起こされるなんてな……。ここにいた人達は俺達が帰還する前、戦争が始まる前はどこにでもいる人達で、でもそれぞれがささやかな幸せの中で過ごしていたはずなのにな……。)

 死体。死体。死体。探せども探せども生きている者はいない。気付くと、歯と歯を合わせる力が強くなり、拳をきつく握っていた。

 その様子を見ていた水帆は、孝弘の肩を優しく叩き、掴んだ。

「孝弘……」

「…………分かってる。こうなることは想定していなかったわけじゃない。けどさ、やっぱ慣れないな……」

「慣れてたまるもんですか。慣れちゃ、ダメよ。向こうで経験したとしてもね」

「ああ……」

 孝弘は瞳が開いたままの死体の瞼を閉じさせて、それから小さく頷いた。
 それからすぐだった。無線から連絡が入る。

『こちら日比谷公園第二地下駐車場!   生存者発見!   繰り返す!    生存者発見!!』

 待望の報告に立川の本部含めて各所から安堵の息が漏れるが、現場にいる孝弘達第一特務の面々の表情は険しいままだ。何せ死体だらけの地下駐車場だ。やっと見つけた生存者も衰弱しているとの事で、即搬送が決定。しかし地上に行く前に緊急処置が取られていた。

『こちら日比谷公園地下駐車場北方面。生存者二名発見。二〇代の男女。ただし酷く衰弱しており、回復魔法による緊急処置が必要!』

『こちらキャスター4。応急的な処置をしてからすぐにわたしの所に連れてきてください。回復魔法の処置をとります』

『よろしくお願いします!』

 地上に待機している衛生班の他に応答したのは知花だった。彼女は光属性魔法の一種として回復魔法の扱いに長けている。軍医資格は持たないが、適役と言えるだろう。

 補足だが、この世界の回復魔法はゲームやアニメのように傷口を無かったレベルには出来ないし、ましてや切断された脚や腕が生えてくる事――切断された部位さえあれば接合させることまでは出来るが――は無い。魔法が万能のようで万能ではない最たる例が回復魔法で、あくまで回復促進でしかない。それでも極度に落ちた免疫を回復魔法を使うことで取り戻したり、自己回復する為の自己体力を戻す力はあるし、傷口が完全に塞がるわけではないにしても出血を止めたりする事までは出来る。体内で造血されるまでの繋ぎの役目までなら出来る。また、一定の消毒も出来ることから、この世界でも回復魔法は魔法医学の一つとして一定の地位はあるのだ。

 閑話休題。
 先の一報の後から、少しずつ生存者発見は入っていた。三名から五名、七名と僅かだが増えていく。さらに孝弘達のいる区画でも発見された。

『こちらでも生存者発見!    一〇代前半の男性!   かなり衰弱していますが、息があります!』

 見つけたのは一〇三小隊の女性軍曹だった。すぐに衛生兵が駆けつけ、容態を把握していく。万が一に備えて警戒を続けていた孝弘と水帆はやや遅れてその場に着いた。

「状況からしてすぐに死ぬことはありません。でも、回復魔法による緊急処置が必要です。すぐに搬送しましょう」

「良かった……。助かりそうなのね」

「はい。これならまだ助かります。本当に、良かった……」

 衛生兵の見解を聞いて水帆は安心からか深く息を吐いた。孝弘もこの時ばかりかは険しかった顔つきが緩む。
 まだ中学生くらいの少年は目をほんの少しだけ開ける。意識が朦朧としているからか口から何かを発することは無かったが、自分が助かったのには気づいたようだった。
 搬送する兵士達はすぐに到着し少年を運んでいく。その間にもまた数名の生きている民間人が発見され、これで生存者は一二名となった。

 この頃になると孝弘達がいる区画の生存者捜索は大方終わり、次の区画に向かう事になった。日比谷公園地下駐車場の北東、有楽町付近にある地下街及び地下鉄駅の辺りだ。この区画には孝弘達の他に日比谷公園地下駐車場北方面の捜索部隊も合流し、潜んでいるかもしれない敵を警戒しつつ生きている民間人を探していた。

 新たに二名の生存者が発見された時だった。連隊本部、璃佳から無線が入る。

『捕虜からの聞き取りで敵司令部の位置が判明した。神聖帝国軍の東京地区司令部が置かれたのは南千住付近。皇居・東京駅方面は前線拠点の一つで、司令部ではないらしい。さらにこの拠点は数時間前に放棄され、司令部要員は撤退。残ったのは現場部隊のみらしい。道理で倒した連中の後に敵は来ないし数も少ないわけだ。よって当初の予定を変更し救出作戦と並行して他部隊と共同で皇居・東京駅方面を拠点化させる。地下に展開の部隊各員は生存者捜索続行し、終了次第地上へ集合するように。以上』

 璃佳から受けた無線の内容に、第一特務の隊員達は胸を撫で下ろす。敵が潜んでおり襲撃される可能性がぐっと減ったからであり、小規模数の出現なら有り得るかもしれないがその程度ならすぐに対処出来るからだ。

 新たな情報が入った事で救出活動はより活発になり、さらに三人の生存者が見つかった頃には民間人の搬送を担当する車両部隊とそれらを護衛する部隊、さらには付近の防衛を第一特務と共に担当する戦車中隊と随伴歩兵部隊も到着した。

 時刻は午前一〇時前。この時点で生存者は一九名。それに対して死者は確認出来ているだけでも八五五名。後に『日比谷の惨劇』と呼ばれるこの出来事の民間人救出作戦は予定より早く進んでいた。

 同時に皇居と東京駅周辺の拠点化と簡易的ながら防衛設備の構築も進んでいく。第一特務だけでなく新宿や原宿方面を制圧して到着した一部部隊も合流し、周辺に展開する日本軍の兵力は約二五〇〇となる。
 しかし、このまま平坦な道のりで作戦が終わるはずがなく、新たな報告が孝弘達の耳に入った。

『1st.CRより連隊各員。秋葉原・御徒町方面、浅草橋方面より新たな敵の出現を確認。数は二個連隊程度。……訂正。なおも増大中。敵勢力は一個旅団程度と思われます』
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