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第4章 関東平野橋頭堡構築編

第14話 ワタリビト

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 ・・14・・
「まずはありきたりだけど、貴官の名前・階級を聞こうか」

「…………貴官トハ、随分丁寧ナンダナ」

「一応はな。それで、名前と階級は?」

「…………クェイラス。神聖帝国ノ歴史初期ヨリ仕エル、ルフォート中爵家ガ三男、ルフォート・ディ・ザルバンド・クェイラス。神聖帝国第五近衛騎士団、第三分団分団長。階位ハ、チュウチョウ」

「中爵ということは、子爵系だったかな。チュウチョウ、ということは」

「中尉相当だね。ここ一ヶ月になってようやく相手の階級表が大体分かってね。また資料は共有しとくよ」

「ありがとうございます」

 璃佳の補足説明に孝弘は礼を言う。
 戦争が始まって以降謎ばかりだった神聖帝国と周辺属国の軍階級もこの頃になるとある程度までは判明するようになっていた。日本国内だけでなく衛星情報通信の中継基地局が生きている海外から情報共有がなされているからだ。
 神聖帝国の階級表は士官に限れば以下のようになっていた。
 小長(少尉)、中長(中尉)、大長(大尉)。これが尉官になる。
 小官(少佐)、中官(中佐)、大官(大佐)。これが佐官となる。
 そして将官については、小将官(少将)、中将官(中将)、大将官(大将)の順。元帥クラスについては、上大将官ということも判明していた。
 なお、階級と同時に貴族位についてもある程度判明している。下爵が男爵位で、中爵が子爵位。上爵が伯爵位で、大上爵が侯爵位。公爵については皇家爵と呼ばれているらしい。

「我等ノ軍ノ階級ハモウ知ラレテイタカ。属国人ガペラペラト喋ッタカ?」

「どうだかね。貴様が黙秘するのならば、私達もあれこれと話はしないよ」

 璃佳は冷たい眼差しをクェイラスに送ると肩をすくめて、

「…………ダロウナ」

「質問を続ける。この言語に覚えはあるか?   知っているか?」

 孝弘は記録用のメモに何かの文字を書いていく。それは日本語で無ければ英語でもない。そもそも地球言語では無い。アルストルムで広く用いられていた言語だった。
 孝弘がメモをクェイラスに見せると、クェイラスは文字を睨むように見た。首を横に傾げてもいる。この時点で孝弘は、身振りだけなら知らなさそうと判断していた。

「ナンダコレハ。知ランシ、見タコトモナイ」

「そうか」

「コレハ言語ナノカ?」

「ああ。言語だ」

「知ランナ。属国ノ言語デモナサソウダ」

「では、貴官の国や周辺国でも使用されていない言語だということか?」

「アア。分カラン。言語学者ナラ詳シイカモシレンガ、オレハ軍人ダ」

「分かった。質問の内容を変えよう。『異世界』という言葉を知っているか?」

「異世界…………?」

「異なる世界から訪れた者。異なる世界より現れし者。もしくは、流れてきた者。他にはそうだな……、外より呼ばれた者だろうか」

「…………マア、コノ程度ナラ構ワンカ。ソレハ、『ワタリビト』ノコトカ?」

「『ワタリビト』……。それが貴官の世界における異世界人の総称の事か?」

『ワタリビト』という単語が出たことで孝弘は表情をピクリとだけ動かしていたが興味は俄然に湧いてくる。相手国側からも異世界人の存在が確認出来そうなのだ。興味が湧かないはずがない。それは璃佳や熊川も同様だった。

「尋問者。貴官ノ質問ノ意図ガ分カランガ、ソチラニ存在スルノデアレバ、コチラ二存在シテイテモ不思議デハアルマイ」

「最もな意見だな。問いを続ける。『ワタリビト』とは何か?   貴官の国にとってどのような存在なんだ?」

「機密二触レル部分ハ話サンゾ」

「一般的な部分や機密外だけでいい」

「…………話スル前二水ヲクレ。貴官ハ話ガ分カリソウダ。喉ガ乾イテ仕方ガナイ」

「七条大佐、どうしますか」

「水くらいなら構わないよ。私も貴様の話が気になる。特別に許可するよ。ただしコップは渡せない。魔力は完全封印して抵抗不可能ではあるけれど、こちらに危害を加える可能性があるからね」

「ナンデモイイ」

「じゃあ魔力生成の水で。ほら、口を開けろ」

 孝弘は詠唱で水を生じさせると、えづかない程度の分量の水を相手に与えた。
 クェイラスは礼こそ言わなかったが、ようやく一心地ついた様子だった。

「約束通リ話ソウ。『ワタリビト』トハ神聖帝国ヤ属国等トハ違ウ所ヨリ現レタトサレル者達ノ総称ダ。公式書物トサレル文献デモ見ラレルシ、物語デモ登場ハスル。嘘カ本当カ分カランモノモアルガ、アル属国ノ建国者ハ『ワタリビト』ダト言ワレテイルシ、神聖帝国の伝説上ノ人物ガソウデハナイカトイウ話モアル。タダシ、数ハ余リニモ少ナイ。街ヲ歩ケバイルナンテモノデモナイ」

「興味深い話だな。つまり、伝説上の人物や過去の偉人の中には、『ワタリビト』だとされる人物が貴官の国や周辺国には確かに存在していたというわけだな」

「怪シイ書物ヤ物語書ハトモカク、公文書ニモアルノダカラ当然ダ。タダシ、一般的二知ラレテイル範囲ナラバコノ約一五〇年デ公文記録ニハ残ッテイナイ」

「今はいるか分からないと?」

「サアナ。俺ハ貴族トハイエ軍人ダ。上モ上ナラ知ッテイルカモシレンガ。マア、上ノ上ヲ捕虜ニデモシテ聞クコトダナ。ヤレルノナラバ、ダガ」

 クェイラスは後半の発言についてはやたら自信ありげに言ってみせる。捕虜だと言うのに、自国の軍事力については信じきっているようだった。

「それについては貴官が関する事ではない。質問を続ける。詳しくはまた尋問で聞かれるだろうが、貴官はこの国の言語を見たことがあるか?   他言語については後の尋問で質問があるだろうが、ひとまず我が国の言語だけでも聞いておく」

「黙秘スル。タダシ、個人的二言ウノデアレバ、知ッテイタラモット円滑二会話出来ルノデハナイカ?   大方、魔法カ魔法二類スル何カデ話シテイルノダロウ?」

「どうだかね。こちらもこちらの情報は喋るつもりはない。質問は以上だ」

「ソウカ」

 孝弘はこれ以上聞いても黙秘を貫かれる可能性が高いと判断し、後は尋問官に任せることにして話を終わらせた。

「米原少佐、尋問はこれでいい?   あと少しなら時間はあるけど」

「いえ、大丈夫です。『ワタリビト』の存在を聞けただけで、今回は収穫とします。後は尋問担当官の情報を待ちます」

「了解。じゃ、ここまでにしよっか。ご苦労様」

「はっ。こちらこそ、本件の場を設けて頂き感謝致します」

 孝弘は椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。

「ナア」

 すると、クェイラスは呼び止めてきた。孝弘は無表情で振り返ると、

「なんだ。自分からは以上だが」

「…………貴官ハ、ソコニイル二人ふたりハ、貴官ト連携ヲシテイタ三人ニセヨ、俺ヤ部下ガ戦ッタ者達ハ強カッタ。近衛騎士トシテモ、認メザルヲエナイ。見事、ダッタ。ダカラ、モシカシタラ、モシカシタラ…………。イヤ、ナンデモナイ。呼ビ止メテスマナイ」

 最後にクェイラスが何を言おうとしたは分からない。ただ、軍人として強者を認める発言をしたのは確かだった。

 ただ孝弘が感じたのは、見事という言葉と強い者を認めるその仕草や言葉は近衛という栄誉ある職についているからこそなのかもしれないと思っていた。似たような思想は、アルストルム世界でもあったから。
 その日の夜。戦争以前と変わらない星空を孝弘は眺めながら、ふと思っていた。

(ワタリビト。少なくともアルストルムが関わってなさそうなのは確かだけれど、地球世界との関与性までは分からなかった。この点は、もっと上の階級者を捕虜にするか、その場で聞くしか無いか。…………もし地球世界の人間が俺達のようにワタリビトとして神聖帝国に関与していたら。それに近い事があったとしたら。有り得ないかもしれないけれど、可能性がゼロではない限り、有り得ないは無いのだから。)

 と。
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