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第3章 中央高地戦線編

第8話 甲府盆地奪還作戦の狼煙は上がる

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 ・・8・・
 10月15日
 午前6時前
 韮崎市・CT制圧下区域と友軍地域の境界線付近


 遂に甲府盆地奪還作戦の日がやってきた。
 韮崎市周辺に集結した日本軍は約一五〇〇〇。午前六時の作戦開始を前に、各々が待機していた。
 その軍の最前方。塩川左岸には第一特務連隊がおり、孝弘達も璃佳の近くにいた。
 孝弘は無線の内容に耳を傾けていた。

『スケープ3からスケープ6までの航空偵察情報が入った。塩崎方面の敵影少ない。約五〇〇。ただし竜王方面は推定一個旅団規模を確認。塩崎橋頭堡を確保後は速やかに竜王方面攻撃を推奨』

『松本AFWHQ《空軍飛行団司令部》より各部隊へ。二個飛行隊が作戦開始直後に空域到達。本作戦の航空支援を行う』

『CHFHQ《中央高地前線司令部》より各部隊へ。間もなく二個戦闘ヘリコプター飛行隊が作戦空域付近に到達。本作戦の地上戦力支援を行う。マップにマーク。今後回転翼機航空支援要請の際は本司令部航空指揮所が担当する』

 この作戦を支援する航空部隊のほか、各部隊からの通信が続々と入っていく。

 作戦開始まであと一〇分。魔法飛行戦闘を行う連隊第二大隊は少し離れたところにいるが、こちらも離陸の準備が出来たようだった。
 周りを見渡すと、先日の自分達の歓迎会では全力で楽しんでいた連隊員達も今は顔を引きしめて今か今かと開始を待っていた。璃佳も副官の熊川と最終確認を行っていた。

 璃佳はそれらを終えると、無線を通じて話し始めた。孝弘達は肉声が聞こえる距離にいるので、身体を向けた上で耳を傾ける。
 その口調はいつものような砕けたものではなく、連隊長に相応しい威厳のあるものだった。

「連隊諸君。作戦開始まであと一〇分を切ったから、改めて君達に伝えておく。本作戦は日本国内における初めての大規模反攻作戦だ。故に軍だけでなく政府からも、そして何よりここが故郷である山梨県民からも大きな期待が寄せられている。だから作戦は絶対に成功させる。いや、させなければならない。――とはいえ、だ。先日作戦方針を話した時にも言ったが、命を捨てる行動は厳禁。生き抜け。生きて私のもとに戻ってこい。これは最優先命令だ」

『応ッッ!!!!』

「それじゃあ第一特務連隊連隊訓唱和!!」

『戦友と共に戦い、戦友と共に生き抜き、戦友と共に勝利の声を上げよ!!    決して命を捨てず、なれども決して戦友を見捨てるな!!』

「大変結構!!    作戦開始八分前!!    武装の最終確認を怠るな!!」

『了解!!!!』

 連隊員達の声は、まるで地響きのように周りに広がり孝弘達は彼等の気迫を感じた。
 璃佳の言ったように、孝弘達は自身の武装を確認していく。すると、璃佳がやってきた。熊川は近くにいた第一大隊大隊長の川崎の方へ歩いていったから一人だ。

「連隊の気合が入ったところは見れた?」

「はい。流石は第一特務だと」

「それは良かった、米原少佐。けど、今は君達も第一特務だからねー。ところで、手配した専用武器はどう?   急ごしらえになったから全部希望通りとまではいかなかったし、本命は製作完了まで待ってもらうことになるけど」

 璃佳の言う専用武器とは、孝弘達の新しい武装のことだ。アルストルム世界において彼等は各々が専用で使っていた装備があったのだが、帰還に伴い置いてきている。だから富士・富士宮では戦線の武器庫にあったものを間借りしていた形になっていた。
 しかし、Sランクともなれば世界的にも専用装備を持っている者がほとんど。先日まで専用装備が無かった孝弘達に装備が必要なのは明らかであり、それを璃佳は全てとはいかないもののツテを使って届かせたのである。

「米原少佐は二丁拳銃。久しぶりの魔法拳銃更新で最新物の『三五式魔法拳銃』だね。装弾数は一八発。私も士官用で持っている〇九式より魔力伝導率が高いから今までより少ない魔力で属性付銃弾が放てるかな。威力及び耐久性も向上。上級魔法までなら全然大丈夫。まあそれ以上は君も杖を使うだろうしいいでしょ?」

「ありがとうございます。取り回しもしやすいですし、マガジンも全部で八つあればひとまず大丈夫です。背中にあるコレ魔法小銃もありますし、中距離精密射撃ならコレでも出来ますから」

「おっけー。次に高崎少佐と関少佐。専用魔法杖が作られるまではとりあえず二人ともその魔法長杖を使ってね。七条の蔵にあるモノだから品質は保証するよ」

「とりあえずだなんてとんでもない。かなりの代物ですよ、これ。私が頂いた方は、基本五属性の効果向上率も素晴らしいものでした。各属性に対応したこの宝石、一個でいくらするのかしら……。五つもあるんだから…………、考えるのやめよ…………」

「見た目からは考えられないくらい軽いですし、何より魔法伝導率と魔力消費軽減率も高いです。私が頂いたのは光属性に対する効果向上率に特化しているものですよね?    試射した時にびっくりしちゃいました……」

 水帆、知花の順に手に持つ全長約一メートル程度の魔法長杖の感想を言う。
 二人に手渡された魔法長杖は璃佳の言うように七条本家の蔵に所蔵されている逸品だ。いずれも明治時代の頃に製作されたもので、平時であれば博物館で展示されていてもおかしくない代物である。
 だが今は戦時。博物館展示級で一点物の魔法杖こそ戦場では心強い相棒となるのだ。

「高崎少佐のは各属性対応の五つの魔導宝石があしらわれているけれど、いずれも最上級品。貴女の場合は珍しい五色使いだしぴったりだよ。関少佐のは光魔法に完全特化で、三つ魔導宝石があるでしょ?   どれも光属性魔法を極限まで効力を高めてくれるし、魔力消費量の多い光属性魔法だけどそれならかなり低減させてくれるはず。大規模補助魔法や上級光属性魔法の手助けにもなるよ」

「ありがとうございます!」

「大事に使います……!」

「どういたしまして。最後に川島少佐。最初は二つ名的に盾系統かと思ったんだけど、違う意味でだったんだね。希望の薙刀は七条の蔵から、護符と召喚用符はこれで良かった?」

「ばっちりですよ。薙刀は護身と直接戦闘用に。ていうかこれ、かなり業物ですね。護符も上質な紙ですし祈祷済み。これなら効率良く降ろせます」

 大輝はアルストルムでは近接戦闘用に薙刀を用いつつ戦うスタイル。土属性魔法は近接戦闘支援に用いていた。ただ、本来の彼の役職は召喚士。いわゆるカードやタロットやタリス、日本の場合は護符や御札を用いて召喚する役職だ。召喚するモノは多岐に渡る。動物型や精霊、上級ともなれば神より僅かに権能を頂き降ろすということも可能だ。
 ただし、召喚士はただでさえ少ない魔法能力者の中でもその魔法利用から珍しい存在である。

「まさか君が召喚士だなんてね。あっちでも本職は召喚士だったってこと?」

「そうっす。一応接近された時の魔法は一通り使えますし近接戦闘もやれますけど、基本は召喚士っす。仲間を守護する者を降ろして戦うスタイルはあっちで身につけました。こっちでも基本は同じだと思うのと、やっぱしっくり来るんで」

「なるほどね。ま、その気持ちは分かるかな。私も得意属性は闇属性のみで、本職は召喚士だからさ」

「璃佳大佐も召喚士でしたね。あっちが無ければ選んでなかった職種でしたけど、今では親近感を抱きますよ。大佐には遠く及ばないでしょうけど」

「冗談は良してよ。今や同じSランクなんだから相当な召喚が出来るでしょ。データを見させて貰ったから、系統がまるで違うのは知ってるけどさ」

「自分は防御型っすから。大佐の召喚、楽しみに見させてもらいますよ」

「ふふっ、期待に応えなきゃね。さ、あと四分だ。気持ち切り替えてこ」

「了解っす」

 熊川が打ち合わせから戻ってきたタイミングで、璃佳も元の場所に戻る。
 残り二分半。璃佳は彼女の部下が持ってきたかなり横長の桐の箱を開けると、取り出したのは大きな鎌だった。長さは一メートル半以上で二メートルに近づくほど。璃佳の身長よりずっと大きかった。

「わぁ、デスサイズだ……」

「そういやあの人と言えば大鎌だったな……。しっかし実際に目にするとでけぇわ……」

「二十一世紀も半ばに近付いているけれど、魔導武器については近接戦用もまだまだ健在だからな」

「闇属性ならあの武器を触媒にしても相性良さそうよね。あれも七条の蔵からってなると私達のも含めて一体七条家の蔵には他には一体何が収められているのかしらね……」

 知花、大輝、孝弘、水帆の順に璃佳の専用魔法武器たるデスサイズを目にして感想を言い合う。

 璃佳は魔法小銃など現代魔法科学兵器を使うが、地上戦の中でも白兵戦となればデスサイズを使うことは知られている。これまでは現代戦である事と使い所が限られることから機会が無かったが、今回は相手がCTだ。『理性のある敵』が出たとして、魔法障壁さえ全破壊されなければ白兵戦は十分に有効。水帆の言うように璃佳は召喚士でもあるからデスサイズを触媒として召喚を行うことも可能だった。見るからに魔導触媒も施されているからである。
 七条の蔵の全容については四人共深く考えないようにして、作戦開始時間を待つ。
 あと一分。
 あと三〇秒。
 そして、午前六時。
 璃佳の大きな声が上がる。

「作戦開始!!    総員、塩崎・竜王方面に向け進発ッッ!!」
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