上 下
23 / 250
第2章 富士・富士宮防衛戦

第9話 四人の戦果に七条璃佳は

しおりを挟む
 ・・9・・
 10月3日
 午後二時半過ぎ
 山梨県韮崎市中心部
 JR東日本中央本線・韮崎駅
 中央高地方面防衛軍・魔法軍第1特務連隊本部


 孝弘達がいる富士・富士宮方面での戦いが勝利に終わった翌日の一〇月三日。
 富士宮から北に約七五キロメートル離れた山梨県側の戦線、通称『中央高地戦線』でも動きがあった。

『中央高地戦線』は戦争が始まって二ヶ月が経過し北杜市と一部地域を残して山梨県のほぼ全域をCTの制圧下に置かれていた。いくら戦線整理の為に後退したとはいえ、このままだと山梨県全域を占領され、次は諏訪湖周辺に向かわれてしまう。
 そこで日本軍は『中央高地戦線』を担当する中央高地方面軍約一五〇〇〇に加えて、一旦戦況が落ち着いた新潟方面から約一五〇〇の増援を送る。

 それが孝弘達に無茶振りの作戦を命じた、七条璃佳が率いる魔法軍第一特務連隊だった。
 元より反攻作戦を行うつもりだった中央高地方面軍にとって、璃佳達は心強い援軍であり、事実として二日から始まった韮崎奪還戦は璃佳達第一特務連隊が八面六臂はちめんろっぴの活躍をした。
 北杜市の拠点より一斉に反撃を開始。第一特務連隊を先頭に徹底的な火力投射と第一特務連隊の過剰とまで言えるほどの魔法火力投射でわずか一日で韮崎市を奪還せしめたのである。
 これによって、中央高地戦線においても約二〇〇平方キロメートルではあるがCTの手から取り戻したのである。

 富士・富士宮方面の戦闘に並んで勝利を掴んだ中央高地方面軍。その立役者が一人、七条璃佳は自身が率いる連隊の本部にいた。


 ・・Φ・・
「――以上が昨日からの戦闘の報告になります。我々第一特務連隊からも一二名の戦死者と三三名の負傷者が出ましたが、士気は上がっております。作戦は成功と言っていいかと」

「まあ、まずまずだね」

 七条璃華は、副官であるメガネを掛けて知的な印象を受ける熊川彰くまがわあきら少佐からの報告を受けてそれなりに満足気にしていた。小柄な彼女が連隊本部作戦室の椅子に座っており、隣に控える熊川は身長一八〇センチの長身の男性であり年齢が三〇代前半であることから、誰も知らない人が見れば歳が離れすぎている兄妹か学校の教師と生徒のように見えなくもない。ただ二人は軍服であるし、周りにいる将兵にとってはいつもの風景なので誰も気にするはずがなかった。

「しかし、方面軍全体での死傷者は約四五〇か……。先が思いやられるね」

「確かにやや多い印象ではありますが、中央高地戦線に大型目標が少々目立ったからではないでしょうか?」

「それもあるけどね。あれから二ヶ月が経って、敵が学習してる気がする。当たり前と言っちゃ当たり前なんだけどさあ」

「送り込んでくる側が学んだのでしょう。あの門が単に開いただけではないのは既に常識になりつつありますし、絶えず流れ込んでくるバケモノ共の振り分けでもしてるんでしょうか」

「たぶんね。確かめる手段はあっても敵地ど真ん中の襲撃が出来ないから分かんないけど」

「緒戦で空爆したら貫通型大型爆弾の効果があまりにも薄かった上に、手痛い反撃を食らいましたからね。あちこちで戦っているから余裕が無いのもあるんでしょうけど」

「このままじゃジリ貧ってわけ。ジリ貧をなんとかすんのが私達だけどね」

 作戦室にいる連隊士官達は璃佳の言葉に頷く。韮崎を奪還した事で自信に繋がっているのか、はたまた元から士気の高い第一特務連隊だからだろうか、ジリ貧と分かってても諦めるような者はここにいなかった。

「ま、そん中で彼等も良くやってくれたと思うよ」

「連結型上級魔法を約一分弱継続させ、単独で大隊規模のCTを吹っ飛ばし、魔法対物ライフルで一体だけでも魔法小隊が潰されかねない超大型目標八体を八発の弾丸で撃破でしたか。Sランク能力者はやはり凄まじいですよ。A+の自分でも、報告だけで隔絶した強さを感じました」

「私にとっても想定以上だったかな。てわけで、彼等の話をしたいから連隊長室に行こうか」

「はっ。了解しました」

「つーことで、私は一旦席を外す。諸君らもどっかで休息を取りなよ?   も少ししたら、手配したコーヒーやココアに軽食が届くから休んどきな」

『ありがとうございます!』

 戦場において食は娯楽。璃佳がコネも含めて優先手配したモノが届くと知った室内の将兵は喜色の笑みを浮かべて敬礼した。
 笑顔で答礼した璃佳は席を外し、駅の二階に置かれた臨時の連隊長室に移る。
 彼女が場所を変えたのは孝弘達の情報に機密が含まれているからだ。一部の者に限ってある程度の話までは知られつつあるが、流石にこれから話す内容はあそこでは話せない。
 熊川がドアを閉めて防音魔法を用いてから、璃佳は口を開く。

「さっき、私は想定以上って言ったよね」

「ええ。それがどうかしましたか?」

「あれね、戦果の面だけじゃないのよ。私の想定以上に、ってこと」

「……その心は?」

 璃佳の発言に真意を図りかねたのか、熊川は少し間を置いて問うた。

「彼等はホンモノだよ。古川少将閣下の報告を読んだけどさ、彼等は『帰還組』の中でも逸材中の逸材。元民間人なんて生ぬるい表現じゃなくて、軍人であり超高位能力者。早い話、私と同類」

「大佐と同類とは。まさか大佐からそのような発言が聞けるとは」

「そう評価せざるを得ないでしょう?    『帰還組』は内政担当だった者はこの戦いに身を投じちゃいないし、むしろ遠ざかろうとしてる。戦闘組は半分がPTSD心的外傷後ストレス障害になって帰ってきて、やっぱり戦いから遠ざかろうとしてる。当然だけど」

「戦闘組は各々が辛い経験をしたからでしょう。誰だってなると思いますよ。しかも彼等はいきなり異世界に飛ばされ、戦わざるを得なかった。ならない方が珍しいかと」

「そそ、だから彼等は逸材なの。だって、普通有り得る?    帰還当日に戦闘し、その日に古川少将閣下に勧誘されて翌日には了承。バケモノのクソ共が動いた要素もあるだろうけど、普通は家族のもとに帰りたいって言うって。彼等は家族や友人の安否調査を引き換え条件の一つにして戦うって決めたらしいから大したもんだよ」

「確かに……」

 熊川は首を小さく縦に振る。
 彼も孝弘達の事が書かれている報告書に目を通していたが、四人の特異性についてはかなり強く感じていた。
 それだけではない。今回の戦果も大概だ。
 四人の合計撃破数も目を疑う数値だったが、熊川が注目したのは戦闘時の彼等の行動と様子である。

 曰く、約二万の大群を前にして動じる様子は無かった。

 曰く、独断専行は一切無く大尉という階級に準じた発言と振る舞いをしていた。

 曰く、戦闘時における法撃の用い方は非常に的確かつ効率的であった。

 曰く、基本五属性全てを用いる魔法能力者がとり、その魔法能力者の法撃威力は信じられないくらい高かった。

 曰く、四人での役割分担は最適化されており、あれだけの法撃などを行いながら万が一に備えて周辺の部隊に追加の魔法障壁を展開する余裕すらあった。

 曰く、司令部に送られてくる情報とやりとりは民間人だとは思えない。明らかに手練の現場指揮官や情報士官のそれだった。

 曰く、魔法対物ライフルで彼が担当する全ての超大型CTに対してヘッドショットだった。


 その他多数。
 まだ一日しか経過していないというのに挙げればキリがない程の報告が届いている。
 これら目を疑う様々な報告が各方面から出ている以上、事実であると判断せざるを得ない。
 そして、熊川は軍人としてこう思った。

 この第一特務連隊へ正式に配属させて、共に戦うに最適な人材達。
『帰還組』戦闘側にあるような諸問題がほぼ無い、完成された軍人。

 であると。
 どうやら熊川の考えと同じことを、璃佳は思っているらしい。

「熊川少佐。あの四人、絶対にウチに引き入れる。今回の戦功も踏まえて、しかるべき階級にさせる。そして、彼等が一番戦いやすく私達が最も戦果を上げられる方式になるよう私が動く。あの四人がいるだけで、作戦の幅は大いに広がるし、戦死傷率も低下させられるし」

「了解しました。連隊全体の調整を行いましょう。上との掛け合いはお願い致します」

「任せてちょうだい。『帰還組』四人を抱えられる位には戦功も貯まってるし、そうじゃなくても七条の名前を使って絶対に何とかするわ」

 璃佳は可憐な少女のようにニコッと笑う。
 だがすぐに、軍人らしい引き締まった顔つきに戻ると。

「こんなクソみたいな世界だもの。彼等が軍人になると決めたのなら、私も七条の名にかけて彼等が最も能力を使い任を果たせる環境を作ってあげようじゃない。彼等が言う、『大切な人を守る為に戦う』って認識、私も同じで気が合うし、気に入ったからさ」

 孝弘達が知らないところで、四人の道筋はまた大きく変わろうとしていた。






※ここまでお読み頂きありがとうございます。
作品を読んで面白いと感じたり良い物語だと思って頂けましたら、お気に入りなどして頂けると、とても嬉しいです。
引き続き作品をお楽しみくださいませ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

転生先のご飯がディストピア飯だった件〜逆ハーレムはいらないから美味しいご飯ください

木野葛
恋愛
食事のあまりの不味さに前世を思い出した私。 水洗トイレにシステムキッチン。テレビもラジオもスマホある日本。異世界転生じゃなかったわ。 と、思っていたらなんか可笑しいぞ? なんか視線の先には、男性ばかり。 そう、ここは男女比8:2の滅び間近な世界だったのです。 人口減少によって様々なことが効率化された世界。その一環による食事の効率化。 料理とは非効率的な家事であり、非効率的な栄養摂取方法になっていた…。 お、美味しいご飯が食べたい…! え、そんなことより、恋でもして子ども産め? うるせぇ!そんなことより美味しいご飯だ!!!

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

異世界帰りの俺は、スキル『ゲート』で現実世界を楽しむ

十本スイ
ファンタジー
ある日、唐突にバスジャック犯に殺されてしまった少年――同本日六(どうもとひろく)。しかし目が覚めると、目の前には神と名乗る男がいて、『日本に戻してもらう』ことを条件に、異世界を救うことになった。そして二年後、見事条件をクリアした日六は、神の力で日本への帰還を果たした。しかし目の前には、日六を殺そうとするバスジャック犯が。しかし異世界で培った尋常ではないハイスペックな身体のお蔭で、今度は難なく取り押さえることができたのである。そうして日六は、待ち望んでいた平和な世界を堪能するのだが……。それまで自分が生きていた世界と、この世界の概念がおかしいことに気づく。そのきっかけは、友人である夜疋(やびき)しおんと、二人で下校していた時だった。突如見知らぬ連中に拉致され、その行き先が何故かしおんの自宅。そこで明かされるしおんの……いや、夜疋家の正体。そしてこの世界には、俺が知らなかった真実があることを知った時、再び神が俺の前に降臨し、すべての謎を紐解いてくれたのである。ここは……この世界は――――並行世界(パラレルワールド)だったのだ。

処理中です...